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うちの夫がやらかしたので、侯爵邸を売り飛ばします
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ナイザル男爵家は、王都の外れにある。
くすんだ灰色の漆喰と、古びた屋根瓦。
風雨にさらされ、すっかり老朽化した屋敷だった。
門の前で馬車が止まると、老いた門番が目を丸くした。
「……お嬢様?お、お帰りで……?」
「ええ。ただいま戻りました。父と母に……夫とともに帰ってまいりましたと伝えて」
門が開き、馬車が前庭に入っていく。
荒れた芝と手入れのされていない花壇が、男爵家の窮状を物語っている。
玄関の前で馬車を降りると、扉が勢いよく開いた。
「いったいお前は、どの面下げて戻ってきたんだ!」
現れたのは、ナイザル男爵と夫人だった。男爵の重く響いた声に、ナタリーが小さく身をすくめる。
男爵は、ひどく取り乱しているようで、禿げ上がった頭に脂汗が滲んでいる。
「お、お父様……ライアン様もご一緒なのよ……」
ナタリーが焦った様子で俺の存在を告げた。
横にいるのだから分かっているだろうが、挨拶がない。
今まで男爵家に援助金を渡してきた。侯爵である俺に対する態度ではない。
すぐに別の声がかぶさる。
「世間がどう噂しているか、あなたは分かっているの?」
母親だった。厳しい目が、ナタリーを睨みつけている。
世間の噂?何を言っているんだ。
「あなたが、ネイル侯爵夫人を離婚に追い込み、ルビー様の夫と逃げたって、街で噂されているのよ」
「それは事実と違います!離婚を望まれたのは、他ならぬルビー様のほうです!」
ナタリーは切実に訴えた。だが、母親の視線は冷たい。
「結果として略奪して結婚したのは事実でしょう。浮気して正妻の座を奪うのと何が違うの?」
ナタリーが助けを求めるように俺の袖を掴んだ。手が震えているのが分かった。
「誤解だ。ルビーは……妻は、私たちの子のために籍を一度抜こうと言ってくれたのだ!」
俺は勘違いをしている男爵夫人に説明する。まさか略奪婚だったと噂されているのか?
寝耳に水で、驚いて思わず語気を荒げた。
「お腹の子を侯爵家の嫡子として迎えるための手段だ。だから、子が生まれたあとは復縁するという取り決めをしているのだ」
父上の顔が、さらに険しくなる。
「では、なぜ今ライアン様はここにいらっしゃるのですか?ルビー様のもとへ向かわれるのではなかったのですか?それに……ご自宅はどちらに?」
「街では旧侯爵邸は売却され、王家が買い取ったという噂です。もう工事も始まっているそうですわ」
「そ、それは……」
そんなことはこっちが聞きたい。
「お父様、私たちは今まで新婚旅行に出ていました。そのため、ルビー様と連絡が取れなかったのです……」
「ともかく、ルビーの居場所が分かり次第、きちんと話をして、新しい住まいにナタリーを迎え入れるつもりだ。彼女は妊娠している。まずは部屋に案内してくれ」
男爵は苦い表情を浮かべたが、やはり娘のことが気がかりなのだろう。そのまま屋敷の中へと案内してくれた。
俺はとりあえず客間に通されて荷物を置いた。
とはいえ「客間」と呼ぶには窮屈で、ソファとテーブルを置くだけで部屋はほぼ埋まってしまうような狭い部屋だった。
***
旅の荷解きもできないまま、俺は応接室でこれまでの経緯を説明していた。
男爵夫妻はうすい紅茶をすすりながら、険しい表情のまま首を振った。
「……ナタリーあなたは分かっているの?男爵家の状況は、もう爵位を手放さなければならないほど困窮しているのよ」
母親の言葉に、ナタリーは肩を震わせ、唇を強く噛んでいる。
男爵たちは、俺の資産を当てにしている。確かにナタリーが俺の子を産むんだから、この先、男爵家に援助はすると言っていた。
しかし、こんなに一方的に非難されるのは心外だ。
俺ははっきりと言わなければならないと口を開いた。
「どうか、彼女を責めないでほしい。俺たちは正式な手続きを経て、結婚した。ナタリーが父親のいない子を産んだと周囲に非難されないよう、配慮した結果だ」
ナタリーは隣で相槌を打つ。
「もし結婚せずに子どもが生まれれば、その子は“私生児”として扱われてしまう。それを避けるために、出生届には父親として俺の名前を記入する。つまり、俺が侯爵家に戻れば、何ひとつ問題はないのだ」
けれど、男爵の視線は冷たかった。
「問題なのは、手続きの有無じゃないのだ……もともと、ライアン様が侯爵家の旦那様だったから、深い仲になったナタリーに対して喜んでいた。我が家には幸運が舞い込んだと思っていた。だが……だが、今は、ルビー様と離婚されたと言う」
「何度も言っているように、ルビーとの離婚は一時的な措置だ。子どもに父親がいない形にならぬよう、ルビーが気を遣ってくれただけの話だ」
「だが……本当に復縁できるのか?」
「当然だろう。ルビーは俺を愛している」
くすんだ灰色の漆喰と、古びた屋根瓦。
風雨にさらされ、すっかり老朽化した屋敷だった。
門の前で馬車が止まると、老いた門番が目を丸くした。
「……お嬢様?お、お帰りで……?」
「ええ。ただいま戻りました。父と母に……夫とともに帰ってまいりましたと伝えて」
門が開き、馬車が前庭に入っていく。
荒れた芝と手入れのされていない花壇が、男爵家の窮状を物語っている。
玄関の前で馬車を降りると、扉が勢いよく開いた。
「いったいお前は、どの面下げて戻ってきたんだ!」
現れたのは、ナイザル男爵と夫人だった。男爵の重く響いた声に、ナタリーが小さく身をすくめる。
男爵は、ひどく取り乱しているようで、禿げ上がった頭に脂汗が滲んでいる。
「お、お父様……ライアン様もご一緒なのよ……」
ナタリーが焦った様子で俺の存在を告げた。
横にいるのだから分かっているだろうが、挨拶がない。
今まで男爵家に援助金を渡してきた。侯爵である俺に対する態度ではない。
すぐに別の声がかぶさる。
「世間がどう噂しているか、あなたは分かっているの?」
母親だった。厳しい目が、ナタリーを睨みつけている。
世間の噂?何を言っているんだ。
「あなたが、ネイル侯爵夫人を離婚に追い込み、ルビー様の夫と逃げたって、街で噂されているのよ」
「それは事実と違います!離婚を望まれたのは、他ならぬルビー様のほうです!」
ナタリーは切実に訴えた。だが、母親の視線は冷たい。
「結果として略奪して結婚したのは事実でしょう。浮気して正妻の座を奪うのと何が違うの?」
ナタリーが助けを求めるように俺の袖を掴んだ。手が震えているのが分かった。
「誤解だ。ルビーは……妻は、私たちの子のために籍を一度抜こうと言ってくれたのだ!」
俺は勘違いをしている男爵夫人に説明する。まさか略奪婚だったと噂されているのか?
寝耳に水で、驚いて思わず語気を荒げた。
「お腹の子を侯爵家の嫡子として迎えるための手段だ。だから、子が生まれたあとは復縁するという取り決めをしているのだ」
父上の顔が、さらに険しくなる。
「では、なぜ今ライアン様はここにいらっしゃるのですか?ルビー様のもとへ向かわれるのではなかったのですか?それに……ご自宅はどちらに?」
「街では旧侯爵邸は売却され、王家が買い取ったという噂です。もう工事も始まっているそうですわ」
「そ、それは……」
そんなことはこっちが聞きたい。
「お父様、私たちは今まで新婚旅行に出ていました。そのため、ルビー様と連絡が取れなかったのです……」
「ともかく、ルビーの居場所が分かり次第、きちんと話をして、新しい住まいにナタリーを迎え入れるつもりだ。彼女は妊娠している。まずは部屋に案内してくれ」
男爵は苦い表情を浮かべたが、やはり娘のことが気がかりなのだろう。そのまま屋敷の中へと案内してくれた。
俺はとりあえず客間に通されて荷物を置いた。
とはいえ「客間」と呼ぶには窮屈で、ソファとテーブルを置くだけで部屋はほぼ埋まってしまうような狭い部屋だった。
***
旅の荷解きもできないまま、俺は応接室でこれまでの経緯を説明していた。
男爵夫妻はうすい紅茶をすすりながら、険しい表情のまま首を振った。
「……ナタリーあなたは分かっているの?男爵家の状況は、もう爵位を手放さなければならないほど困窮しているのよ」
母親の言葉に、ナタリーは肩を震わせ、唇を強く噛んでいる。
男爵たちは、俺の資産を当てにしている。確かにナタリーが俺の子を産むんだから、この先、男爵家に援助はすると言っていた。
しかし、こんなに一方的に非難されるのは心外だ。
俺ははっきりと言わなければならないと口を開いた。
「どうか、彼女を責めないでほしい。俺たちは正式な手続きを経て、結婚した。ナタリーが父親のいない子を産んだと周囲に非難されないよう、配慮した結果だ」
ナタリーは隣で相槌を打つ。
「もし結婚せずに子どもが生まれれば、その子は“私生児”として扱われてしまう。それを避けるために、出生届には父親として俺の名前を記入する。つまり、俺が侯爵家に戻れば、何ひとつ問題はないのだ」
けれど、男爵の視線は冷たかった。
「問題なのは、手続きの有無じゃないのだ……もともと、ライアン様が侯爵家の旦那様だったから、深い仲になったナタリーに対して喜んでいた。我が家には幸運が舞い込んだと思っていた。だが……だが、今は、ルビー様と離婚されたと言う」
「何度も言っているように、ルビーとの離婚は一時的な措置だ。子どもに父親がいない形にならぬよう、ルビーが気を遣ってくれただけの話だ」
「だが……本当に復縁できるのか?」
「当然だろう。ルビーは俺を愛している」
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