優雅にざまぁ、ごめんあそばせ

おてんば松尾

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悲劇の悪役令嬢は回帰して王太子を人柱に

14悲劇の悪役令嬢は回帰して王太子を人柱に

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雲ひとつなく、空は静かに晴れ渡っていた。
あまりにも清らかで、死にゆく私にはひどく残酷に思えた。

神殿内に新しく建てられた「龍祈殿」には、龍の鱗を模した白い円形台座が設置されていた。
正面には御神体の巨大な龍の石像が祀られている。

この国では龍神を自然の化身とし、古くから崇拝していた。
神の恩寵を得るには犠牲が必要という供犠信仰で、御神体が“慈悲”ではなく“力”を象徴している。
今まで、龍神を見たものは誰もいない。
しかし、確かに存在すると信じられている存在だった。

半年前に突然、私の祈りは龍神に届かなくなった。
聖女の力が失われたのだ。
その原因はどれだけ調べても分からなかった。

そして、聖女としての力を失った私は“国に災厄をもたらした者”とされた。

近年発生した洪水、疫病、飢饉。民の怒りが神殿へと向かう中で、王と神官たちは決断を下した。

『古き龍祈殿を取り壊し、新たな龍神を祀る。そして、人柱には役目を終えた聖女を』

その言葉を口にしたのは、ほかならぬ王太子”レオンハルト・ディアス”。
かつて「永遠の愛を誓う」と微笑んだ私の婚約者だった。
 
今、彼は献納台の傍らに立ち、冷酷な目で私を見下ろしている。
龍祈殿には、張り詰めた空気が満ちていた。
白装束の神官たちは整然と並び、ただ、沈黙して静かに儀式の進行を見つめていた。

「リディア・エルフォード。お前の献身に、龍神はきっと応えてくださるだろう」

レオンの声が響いた。

その隣には、白い絹の儀礼衣をまとった、新たな聖女が並んでいた。
彼女の名はアイラ。王太子の今の婚約者であり、私の失墜と入れ替わるようにして現れた伯爵令嬢だ。
王子の寵愛を受け、そのまま聖女の座に就いた。
透き通る金髪に、清らかな笑み。誰もがその慈愛に満ちた微笑みに「聖女」の姿を重ねる。
だが、私に言わせればあれは芝居にすぎない。彼女の祈りは形ばかりで、真の力など宿していないことを知っていた。

この儀式は演出された死の舞台。
私は神への贈り物という名の道化だった。
人柱。人身御供。
美しく整えられた、ただの犠牲の品。

「新しい龍祈殿の人柱として選ばれし者が、その命を神に捧げる」 

大神官の声が、石造りの神殿に低く響いた。

私は何も言わなかった。
祈りも、叫びも。ただの一言すら口にせず、石の階段を静かに上り、冷たい台座の中央へと膝をつく。

「死を恐れるな。神と一体になるための聖なる儀式だ。さあ、行くがいいリディア。これこそが、真の信仰のかたちなのだ」

その言葉を合図に、私の心臓は聖なる剣によって貫かれた。

空気が砕けた。

刃は迷いなく胸骨を裂き、何かが壊れる音が身体の内側で響く。
熱いものが喉元を伝い、白装束を朱に染めながら、ゆっくりと滴った。
そして、世界が崩れ、時が逆流する感覚が私を飲み込んだ。
私は見た。
最期の瞬間、王太子の口元が、まるで余興を楽しむかのように歪んだのを……

***

目覚めた瞬間、視界が白く焼けた。
脳が追いつかず、息が詰まる。

朝の光が格子から差し込んでいた。
石床に落ちる長い影。冷たい空気の匂い。
ひとつひとつが、胸の奥に刻まれた記憶と完全に一致していた。

違和感ではなかった。それは確信だった。

これは過去だ。

私がすでに“終えた”はずの、あの日の始まり。

「生贄にされた、あの日の朝に時間が巻き戻っている……」

私は震える手で胸を押さえた。あるはずの傷は、ない。
血も、剣も、叫びも。なんの跡形もなかった。

「私は回帰した……」

急いで時間を確認した。
壁の向こうから、朝を知らせる鐘の音が聞こえる。
あの景色、あの朝、あの最後の六時間前だ。

ただの夢ではない。死を越えて、私は“戻された”のだ。

死が終わりでないのなら、この命はもはや神のものではない。
選ばれ、従わされ、奪われる役目は終わった。

今度、捧げるのは私の命ではなく、神の名を盾に笑っていた者たちの命だ。

もう、この身を神殿に捧げるつもりはない。

次に神へ差し出すのは、あなたよ……レオンハルト。

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