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悲劇の悪役令嬢は回帰して王太子を人柱に
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✦ 6:00AM~ 力の覚醒
胸の痛みも、血の臭いも、もう何も感じない。
だけど確かに、あのとき私は死んだ。
処刑台の上で目を閉じた、あの瞬間。
気がつけば、私はこの朝へと戻ってきていた。
目を開けたとき、身体の奥からあふれ出すような力を感じた。
今までとは比べものにならない。こんな魔力、私は知らない。
視線を水瓶に向ける。
部屋の隅に置かれたそれは、ただの清めの水のはずだった。
けれど今、その水面は小さく波打っている。まるで、私の鼓動に応えるかのように。
そっと手をかざす。
祈りの言葉も、神の名も必要ない。ただ「願う」だけで、水は応じた。
複数の水滴が宙に浮かび、瞬く間に鋭く凍り、氷の刃となって天井へ突き刺さる。
「この力、前とは桁違いだ……」
思わず自分の手のひらを見つめる。
ただ過去に戻っただけじゃない。私の力は明確に、異質に、そして圧倒的に進化していた。もはやかつての私ではない。
試しに、部屋のベッドや机を浮かせてみる。すべてがゆっくりと宙に舞い旋回した。私の思うがままに、重たい物も自由に動かせる。そして静かに元の位置に着地させるとそっと息を吐いた。
「……すごいわ」
この力はきっと、回帰とともに目覚めたもの。
あるいは輪廻の加護か、それとも……神が与え直した恩寵なのか。
でも、この力があることを知られたら、私はまた“神の器”として利用されるだろう。
そう、これは誰にも知られてはいけない。
きっと新たな加護を利用するため、儀式は中止されるだろう。
聖女として生かされるかもしれないし、あるいは、恐れられてその場で処分される可能性もある。
けれど私はもう聖女には戻らない。国民のため、国王のために尽くしたところで、力を失えば“不要”として処分される。
そんな運命ならいらない。同じ過ちは二度と繰り返さない。
……そのとき、音もなく扉が開いた。ノックも、声もない。
入ってきたのは、身の回りの世話をしていた世話係だった。
冷たい目、無礼な態度の修道女。
嫌というほど覚えている顔だった。
彼女が盆に載せてきたのは、処刑の日の朝と、まったく同じ朝食。
乾きかけたパンと、具のないスープだけ。
「食事です。最後だからチーズと果物もつけるようにって言われましたけど、私がいただきました。どうせ死ぬんですもの、もういらないでしょ?」
その口調は、いつもと同じ。
人を見下し、あざ笑うような態度。
この修道女は、私がここに閉じ込められてからずっとこんな調子だった。
時には手を上げ、わざと食事を床にぶちまけることも珍しくなかった。
私は何も言わず、水瓶に目をやる。
静かに浮かび上がる水の粒が、霧のように空中を漂う。
やがてその水滴は、侍女の手の甲をかすめ、頬をなで、額に触れた。
彼女はビクッと肩を震わせて振り返った。
だが、そこには誰もいない。気配も音もない。
次の瞬間、まるで何かに気づいたかのように、彼女は背筋を正し緊張した様子でテーブルに食事を置いた。
「……こ、ここに置いておきます」
かすれた声でそう言うと、盆を机に置き、逃げるように部屋を出ていった。
私は指先で空気を払うように動かす。
水滴はすぐに瓶へ戻り、静かにその役目を終えた。
「……彼女、たぶん凍傷になるわね」
肌が赤く腫れ、痛みが走る。ひどくなれば皮膚が黒く変色し、やがて……壊死するかもしれない。
「神殿に仕える者なら、食べ物を粗末にしてはならないし、人を物のように扱うなど、絶対に許されない」
私は力を見せつけたかったわけじゃない。
ただ、彼女は、自分のしてきたことの報いを受けた。それだけ。
バレずに罰を与える。
それが、今の私にできる最善のやり方。
でも……時間がない。
「もっと早く戻れていれば……」
夜中なら、逃げ出すこともできただろう。
でも今、私に残された時間は、あと五時間しかない。
私は固くなったパンをスープにひたし、無理やり口に押しこむ。
これが、処刑を待つ者に与えられる最後の食事。
けれど私はもう、あの未来をなぞるつもりはない。
この国では“祈りの力”とは魔力のことを指す。
魔力を持つ女性は“聖女”と呼ばれ、特別な存在として扱われてきた。
十八年間、私は聖女として生きてきた。
神殿に残された文献を読み、歴代の聖女たちの力と歩みを学んできた。
ある者は人の命を救い、ある者は天候を操った。
火や風を使う聖女もいれば、空を飛んだ聖女もいた。
かつての聖女たちに出来たことが自分にもできるかもしれない。自分に今どれほどの力があるのか確かめたかった。
そして今一番欲しい力は“転移魔法”だ。
好きな場所へ一瞬で移動できるなら、ここから脱出するのも簡単だ。
私は、誰もいないであろう場所を思い浮かべた。
神殿の地下倉庫。人がほとんど来ない、暗く静かな場所。
すっと空気が揺れたかと思うと、次の瞬間、私はそこにいた。
……できた!
それからすぐに王都の路地裏へ。
次いで、山の中へ。
一度でも行ったことがある場所なら、転移は確実だった。
そして最後に自分の部屋へ戻ったとき、私は確信した。
「……やれる」
転移の瞬間を見られれば騒ぎになる。 転移先に人がいない保証もない。 それが今の問題だ。
ならば、見られても平気なように変装する必要がある。
けれど、それを準備する時間は……もう、ほとんど残っていなかった。
もうすぐ七時になる。
同じ繰り返しなら、修道士がここへやってくるはずだ……
胸の痛みも、血の臭いも、もう何も感じない。
だけど確かに、あのとき私は死んだ。
処刑台の上で目を閉じた、あの瞬間。
気がつけば、私はこの朝へと戻ってきていた。
目を開けたとき、身体の奥からあふれ出すような力を感じた。
今までとは比べものにならない。こんな魔力、私は知らない。
視線を水瓶に向ける。
部屋の隅に置かれたそれは、ただの清めの水のはずだった。
けれど今、その水面は小さく波打っている。まるで、私の鼓動に応えるかのように。
そっと手をかざす。
祈りの言葉も、神の名も必要ない。ただ「願う」だけで、水は応じた。
複数の水滴が宙に浮かび、瞬く間に鋭く凍り、氷の刃となって天井へ突き刺さる。
「この力、前とは桁違いだ……」
思わず自分の手のひらを見つめる。
ただ過去に戻っただけじゃない。私の力は明確に、異質に、そして圧倒的に進化していた。もはやかつての私ではない。
試しに、部屋のベッドや机を浮かせてみる。すべてがゆっくりと宙に舞い旋回した。私の思うがままに、重たい物も自由に動かせる。そして静かに元の位置に着地させるとそっと息を吐いた。
「……すごいわ」
この力はきっと、回帰とともに目覚めたもの。
あるいは輪廻の加護か、それとも……神が与え直した恩寵なのか。
でも、この力があることを知られたら、私はまた“神の器”として利用されるだろう。
そう、これは誰にも知られてはいけない。
きっと新たな加護を利用するため、儀式は中止されるだろう。
聖女として生かされるかもしれないし、あるいは、恐れられてその場で処分される可能性もある。
けれど私はもう聖女には戻らない。国民のため、国王のために尽くしたところで、力を失えば“不要”として処分される。
そんな運命ならいらない。同じ過ちは二度と繰り返さない。
……そのとき、音もなく扉が開いた。ノックも、声もない。
入ってきたのは、身の回りの世話をしていた世話係だった。
冷たい目、無礼な態度の修道女。
嫌というほど覚えている顔だった。
彼女が盆に載せてきたのは、処刑の日の朝と、まったく同じ朝食。
乾きかけたパンと、具のないスープだけ。
「食事です。最後だからチーズと果物もつけるようにって言われましたけど、私がいただきました。どうせ死ぬんですもの、もういらないでしょ?」
その口調は、いつもと同じ。
人を見下し、あざ笑うような態度。
この修道女は、私がここに閉じ込められてからずっとこんな調子だった。
時には手を上げ、わざと食事を床にぶちまけることも珍しくなかった。
私は何も言わず、水瓶に目をやる。
静かに浮かび上がる水の粒が、霧のように空中を漂う。
やがてその水滴は、侍女の手の甲をかすめ、頬をなで、額に触れた。
彼女はビクッと肩を震わせて振り返った。
だが、そこには誰もいない。気配も音もない。
次の瞬間、まるで何かに気づいたかのように、彼女は背筋を正し緊張した様子でテーブルに食事を置いた。
「……こ、ここに置いておきます」
かすれた声でそう言うと、盆を机に置き、逃げるように部屋を出ていった。
私は指先で空気を払うように動かす。
水滴はすぐに瓶へ戻り、静かにその役目を終えた。
「……彼女、たぶん凍傷になるわね」
肌が赤く腫れ、痛みが走る。ひどくなれば皮膚が黒く変色し、やがて……壊死するかもしれない。
「神殿に仕える者なら、食べ物を粗末にしてはならないし、人を物のように扱うなど、絶対に許されない」
私は力を見せつけたかったわけじゃない。
ただ、彼女は、自分のしてきたことの報いを受けた。それだけ。
バレずに罰を与える。
それが、今の私にできる最善のやり方。
でも……時間がない。
「もっと早く戻れていれば……」
夜中なら、逃げ出すこともできただろう。
でも今、私に残された時間は、あと五時間しかない。
私は固くなったパンをスープにひたし、無理やり口に押しこむ。
これが、処刑を待つ者に与えられる最後の食事。
けれど私はもう、あの未来をなぞるつもりはない。
この国では“祈りの力”とは魔力のことを指す。
魔力を持つ女性は“聖女”と呼ばれ、特別な存在として扱われてきた。
十八年間、私は聖女として生きてきた。
神殿に残された文献を読み、歴代の聖女たちの力と歩みを学んできた。
ある者は人の命を救い、ある者は天候を操った。
火や風を使う聖女もいれば、空を飛んだ聖女もいた。
かつての聖女たちに出来たことが自分にもできるかもしれない。自分に今どれほどの力があるのか確かめたかった。
そして今一番欲しい力は“転移魔法”だ。
好きな場所へ一瞬で移動できるなら、ここから脱出するのも簡単だ。
私は、誰もいないであろう場所を思い浮かべた。
神殿の地下倉庫。人がほとんど来ない、暗く静かな場所。
すっと空気が揺れたかと思うと、次の瞬間、私はそこにいた。
……できた!
それからすぐに王都の路地裏へ。
次いで、山の中へ。
一度でも行ったことがある場所なら、転移は確実だった。
そして最後に自分の部屋へ戻ったとき、私は確信した。
「……やれる」
転移の瞬間を見られれば騒ぎになる。 転移先に人がいない保証もない。 それが今の問題だ。
ならば、見られても平気なように変装する必要がある。
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同じ繰り返しなら、修道士がここへやってくるはずだ……
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