優雅にざまぁ、ごめんあそばせ

おてんば松尾

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悲劇の悪役令嬢は回帰して王太子を人柱に

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✦10:00 AM~ 王太子の訪問


部屋の扉が静かに開いた。
王太子レオンハルトが姿を現す。

「支度は整ったようだな、リディア」

王太子は悲しそうに微笑んだ。

「分かっているだろうが、これは仕方のないことだ。お前は選ばれし者。それは国民のための犠牲であり、聖女にとっては最も誇らしい栄誉だ」

前回の私は、ただ黙って彼の言葉に頷き、自分の運命を受け入れようと諦めていた。
あがいたところで、結局は同じ結果になると思っていたから。

「名誉ある死ですものね……」

この国には、誰かを人柱にしなければ災厄は祓えないという言い伝えがある。
それを口実に、私は生贄として差し出される運命を受け入れた。だが……

今の私は違う。
人柱に意味などないとはっきりと言える。

なぜなら、私をこの世界に回帰させたのは神だから。
もし私がただの生贄でしかないのなら、神が再び命を与えるはずがない。
この命には、意味がある。死ぬために与えられたのではない。

「お前のことは愛していた」

彼は言った。
そう、それはあまりにも見え透いた嘘だ。

「けれど、聖女の力が失われてしまった今、それはもはや厄災にすぎない。本当なら、お前と結婚し、この国を幸せへと導くつもりだったのだ。王太子として国のことを考えれば、今回の犠牲は仕方のないことだ」

この人はいったい何を言いに来たのだろう。
わざわざ言い訳を述べに来たのか? 自分は悪くないと、主張したいのか?

婚約していた頃から、彼がすでにアイラと関係を持っていたことを私は知っている。
そして、ちょうど私の祈りの力が失われたそのタイミングで、すべてを私のせいにして、彼はアイラとの未来を選んだ。

私は冷たく言い放つ。

「誰かの犠牲の上に築かれる幸せなんて、決してあってはならないことです」

「……なっ!」



私は視線を逸らし、わざとらしく窓辺へと歩み寄る。
外の光を浴びながら、背後に向けて静かに言葉を投げた。

「本当におめでたい人ですわね。……この国が滅びるとしたら、災厄のせいではなく、この先、玉座に座るあなたの無知と驕りのせいでしょう。愚王の治世に未来はない。そのことが、なぜまだお分かりにならないのか、不思議ですわ」

王太子の目に、瞬時に怒りが宿る。
彼は一気に距離を詰め、私の胸倉をつかもうと腕を振り上げた。

だがその瞬間、私はそっと小指を動かした。

「……あら?」

口元には柔らかな微笑を浮かべながら、指先をひと撫でするだけで、空気が密やかに震えた。
そして、王太子の動きがピタリと止まる。

彼の体は、まるで時間の檻に閉じ込められたかのように動かない。
怒りに染まった表情のまま、両腕を宙に浮かべ、言葉も喉の奥で凍りついた。

「殿下。ご尊大なお怒りが、ご自身の品位を損ねぬよう願いますわ」

空気に漂っていた魔力は、すでに霧散していた。
数秒の沈黙の後、王太子は急に身を震わせ、我に返る。

「……今のは、何を……?」

「何かありましたか? 私はただ少し、落ち着いていただけるよう願っただけです」

こちらを見る王太子の瞳には、混乱と怒りが入り混じっていた。
だが、魔力の存在には気づいた様子はない。
私の聖女の力がまだ残っていることは、知られてはならない。

「そういえば」と私は軽く思い出すような調子で話を続けた。

「新たな聖女でしたっけ? アイラ様。あの方、祈りの力なんてありませんよ? せいぜい、かすり傷が少し癒える程度です。それに……彼女、妊娠していらっしゃいますよ?」

「なっ!何だと!妊娠……そんなことはあるはずない! 彼女は清らかな身であるために私との関係は最後まで……何をいい加減なことを言っているんだ!」

私はくすりと笑い、静かに目を伏せる。

「夜中の神殿裏の回廊で、護衛騎士がアイラ様の髪を愛しげに撫でて……そして、彼女の唇に口づけていましたわ」

レオンハルトの顔から血の気が引いた。
私は片眉をわずかに上げ、口角を冷ややかに引き上げた。

「私には到底真似できません。そこまで大胆な裏切り行為は」

「何の根拠があってそんなことを言う! 自分が生贄になるからといって、命乞いか? 嘘を並べたてても、お前が人柱になるという事実は変わらん!」

「私、聞きましたの『こんな日が、ずっと続けばいいのに』って騎士が言っていたのを。アイラ様は嬉しそうだったわ。まるで、恋する女の顔だった」

「嘘を吐くな……っ! 騎士……ボルブか……」

彼がボルブなのかは知らない。けれど、新聖女の専属護衛騎士だというのは知っている。

「ふふ……あの夜、彼らは気づいていなかったわ。塔の陰で祈っていた私が、ずっとそこにいたことを」

私は足元に漂う香の煙を見下ろすようにして言った。

「だから、大事な秘密を話してしまったのよね。『あなたの子を身ごもったわ』って。彼女、自分から言っていたの」

「ボルブの子……か……」

「それからしばらくして、あの子はよく口を押さえて苦しそうにしていた。医師を呼ぶでもなく、薬草を求めるでもなく……ただ、誰にも見られないように隠れて吐いていたわ。つわりかしら?」

「まさか、そんな……!」

「あなたの手で“聖女”を名乗らせたその女は、すでに“清らか”ではないの。だって妊娠しているんですもの。“彼女とはまだ一線を越えていない”って、あなたが言ったわよね?」

私はわざと同情に満ちた視線を向ける。

「じゃあ、その子どもは誰の子なのかしら?」

彼の瞳が動揺していることを物語っている。
口を開こうとしても、言葉は出てこないようだ。

人柱の儀式を終え、レオンハルトたちは、すぐに結婚式を挙げることが決まっていた。
子の産み月を曖昧にするために、式を急ぐ必要があったのだろう。
……レオンハルトは、まんまと彼女の策略に嵌められたのだ。

彼の沈黙こそが、何よりも雄弁だった。

「これ以上“神の意志”を、都合のいい言い訳に使わないで。そんな嘘、神様が一番嫌うわよ」

その瞬間、遠くで鐘の音が鳴った。
それはまるで、誰かの罪を非難しているかのように。
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