旦那様、王太子だからといって思い通りにはさせません

おてんば松尾

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ウィリアムside 執務

生まれたての子鹿のようにプルプルと震える両足に苛立つ。

やっと立ち上がることができた。
だがまだ歩くことはできない。

自室のベッドに移ってから、寝ながらでもできる書類仕事をする毎日が続いた。
側近のジェイが私の部屋で仕事をするようになった。

「思ったほど仕事が溜まっていないな」

サインが必要な書類のみを渡された。
不在の間私の穴を埋めるべく、皆が頑張ってくれたのだろう。

「皆、必死で仕事しています。早く元気に働いて下さい」

笑いながらジェイはそう言う。

「国民の前に顔を出さなければならない行事や、会議はどうしている?」

「ステラ様がウィリアム様の代理で出席されています」

私は驚いて目を丸くする。

「なんだって?」

「忘れているかもしれませんが、王太子殿下の仕事を以前から三割ほどステラ様がやっています。そのおかげで殿下も時間に余裕ができて、ゆとりをもって生活されていました。このひと月ほどは、殿下の代わりを務めようと、他の職務も頑張ってらっしゃいました」

「ステラが……」

まさか妃が、私の仕事を代わりにするなど考えてもみなかった。
できたのだろうか?

「彼女は私の部屋へは顔を見せない。見舞にも来ないから、おとなしく自分の好き勝手に暮らしているのだろうとばかり思っていた」

「ウィリアム様が、必要のない謁見を拒まれてらっしゃったからです。面倒だと言って、陛下や王妃様ですら寄せ付けないでしょう」

できるだけリハビリに集中したいから見舞いなどは断っていた。
情けない姿を万人に晒すことも屈辱だった。

「しかし、ナージャはしょっちゅう顔を見せるが……」

「ああ。確かにナージャ様は誰も止める者がいませんでしたね。『お腹の子の父親に会う事は重要だ』と言ってたかな。ステラ様はお忙しい方ですし、ウィリアム様に呼ばれるまでは来られないのではないでしょうか」


ナージャは妊娠初期だ。ローズ宮でゆっくりするように言っているのだが、伝わっていないようだ。
しかし正妃であるのなら、ステラは私の見舞いに来るべきだろう。

「呼ばなければ来ないとは、いささか生意気だろう。彼女はいったいどういう人物なんだ」

「どういうって……忘れているかもしれませんが、しつこいくらいにステラ様に会いに行ってたのは殿下の方ですよ」

まさか……信じがたい。まるで私が正妃に惚れているかのような言い方だ。

「記憶をなくす前の事は、正直私らしくないと思う。いったいどうしてそういう状態になったのかは知らないが、今はまた新しい関係になったと思って欲しい。感情というものは変わるものだ」

「……ステラ様は正妃ですから夫婦として過ごさなければなりませんよ。正妃ですからね、冷たい態度は取ってはなりません。正妃ですからね」

「しつこいぞ」

ジェイの歯に衣着せぬ物言いは腹が立つ。冷たくもなにも、彼女とは会っていない。

「殿下の命を救ったのはステラ様です。ありがとうと言いましたか?」

「とにかく、こんな情けない姿で彼女と対峙したくはない」

「対峙って、戦うわけじゃないんだし……」

呆れたように肩で息をつくジェイを横目に睨んで仕事を再開した。






「そう言えば、夫婦の寝室はどうなっているんだ?」

夜具を整えている侍女に訊ねた。

「どうと申されますと?」

「私は事故に遭うまでは夫婦の寝室で休んでいたのか?一人の方が眠れるから、自室で寝ていたと思うのだが」

「毎晩夫婦の寝室でお休みでした」


「そうか」

ではステラは今は何処で休んでいるのだ。

「お体の具合が戻れば夫婦の寝室にいらっしゃいますか?その……妃殿下に夫婦の寝室でお休みいただくよう申し上げてもよろしいでしょうか」

「彼女は何処で休んでいる?」

「現在はご自分の寝室にいらっしゃいます」

「まだ、少し歩けるようになった程度だ。私は今まで通り自室で休む。ステラは好きな場所で眠ればいい」

「……畏まりました」

侍女はそう言うと部屋を出て行った。
呼ばなければ私の見舞いには来ない。夫婦の寝室にも立ち入らない。

それのどこが仲睦まじく過ごしていた夫婦というのだ。
こちらから出向かなければならないなど、生意気以外の何ものでもない。
ナージャは何も言わずとも顔を出し、私の様子を見に来ているというのに。


くそっ……


私は杖を使いゆっくりとドアに向かって歩いて行った。


「殿下!どちらへ行かれるのですか」

ドアの前に待機している警護の者が、驚いた様子で開けた扉を押さえた。

「ステラの部屋へ参る」

たしか妃の部屋は同じ階の西向いだ。

「殿下、ステラ様は自室にはいらっしゃらないと思います」

「なに?」

こんな夜遅くに出かけているだと?
もしかして、誰か通じる者がいるのか。貞操感のない女だったとは……
それならば、私のもとへ顔を出さない理由に納得がいく。
だが、まだ一年しか経っていない、しかも正妃だぞ。
立場というものをちゃんとわかっているのだろうか。
私は眉間にシワを寄せた。


「ステラ様は執務室にいらっしゃると思います。いつもこの時間はまだ仕事をされています」

仕事をしている?もう十時過ぎている。
あきれ返って、棒のように突っ立ったまま無言になる。

こんなに遅くまで……

考えてみれば、自分も夜遅くまで仕事をしていた。睡眠時間を削ってでもやらなければならない仕事があった。
だが隣国から来た彼女が肩代わりできるようなものではない。

様子を見に行きたいが、執務室はここから離れているし階も違う。
この足では向かうのが困難だ。

「明日の朝、朝食後の散歩に付き添うよう、ステラに伝えてくれ」

「承知しました」

リハビリも兼ねて、毎朝庭園を歩くよう言われている。
三十分ほどだから、彼女に付き合ってもらおう。少しは話もできるだろう。



自室に戻りベッドに入って考えた。
妻だとはいえ、先触れもなく訪ねようとしたのはまずい。
私は何を考えていたんだと反省した。

しかし仕事をしているなんてありえないだろう。
事務官は何をしているんだ。ジェイも止めるべきだ。
妃にそのような事をさせる必要はない。


けれど、彼女はなぜ私に会いに来ないんだ。
そうすればちゃんと指示を出したのに。
仕事はしなくてもよいと伝えることができるのに。


「どう考えても……彼女に避けられているのだろう」

なにが仲の良い夫婦だ。



私が目覚めてからひと月が経とうとしていた。


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