【完結】転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾

文字の大きさ
19 / 28

19

しおりを挟む
メイド達が私の頬を冷やすために、濡らしたタオルを持って来てくれた。


「ありがとう。お父様とは顔を合わせたくないから、今日は部屋で食事を摂るわ」

「畏まりました」

ドアがノックされ、執事が入って来た。



「旦那様は、興奮されていらして……少し時間を置けば、ちゃんと話ができると思います」

「ええ、分かったわ」

「メイベル様の事は、とても大事に育てていらしたので、結婚して侯爵家を出て行くことになるのが辛いのだと思います」

「私に侯爵家の仕事をさせたいだけでしょう。今まで自分が教育した娘を、使えずに手放すのが癪に障るのよ」

執事は常にお父様の側に立ち、意見を無条件に支持し、他の意見には耳を貸さなかった。
その娘が、幼い頃から厳しく躾けられていても、当主のためならそれは必要だと考えていた。

「王家と繋がりが持てることは、侯爵家にとっても悪い話ではありません。王命ですから、この結婚が無くなると言うことはないでしょう」

「ええ、反対しても無駄だわ」

「ならば、わざわざ旦那様を怒らせるような態度は控えて下さい」

それが侯爵家のためであり、当主のためになる。ここに私の味方はいないわね。


その船に乗って、一緒に沈みたいならそうすればいいわ。

「そうね、私も大人げない発言をしてしまいました」

私がいなくなった後、侯爵家はサーシャが継ぐしかない。お父様が嫌でも、そうするしかないのよ。

「私がいなくなったら、サーシャが跡継ぎでしょう。結婚して家を出て行く私がとやかく言う話ではないけれど、サーシャよりもレインを引き入れて執務を学ばせる方が有益だわ」

私はもう侯爵家を救わないし、助けたりはしない。

「そうする他はありませんね」


その時自室のドアがバタンと開き、お父様がやって来た。
謝罪しに来たのだろうか……


「メイベル、勝手は許さない。当分、学院は休みなさい」

「旦那様!」


「王命で婚約するにしても、細かい話はまだ決まっていない。私が直接、王家とちゃんと話をする。それまでは侯爵家から一歩も出ることを許さない」

「もう決まった事です。私を屋敷に監禁するおつもりですか?」

「監禁もやむを得まい」

「自由を奪ってまで、自分の思い通りにさせたいのね」

「ふっ、そういう捻くれた考えのお前を、外に出すわけにはいかない。ちゃんと教育をし直さなければならないな」

お父様はそう言うと、後ろにいる護衛に私を拘束するように命じた。
幼い頃は、勉強しろと無理やり連れて行かれたこともあった。
言うことをきかなければ、お仕置きだと言って部屋に閉じ込められた日もある。

けれど私は、もう、何も分からなかった幼い子供ではない。

「監禁だなんて……旦那様、そ、それは、いくらなんでも……」

執事が流石にお父様の横暴な態度を止めに入る。
メイド達はおろおろしている。


「大丈夫ですわ。どこへ行けばいいのですか?私が反省するように貴族牢にでも入れますか?」

「そんな……」
「お嬢様を牢屋になんて」

侍従たちも動揺している。

「鍵がかかるから、そこで少し頭を冷やせ。食事は運ばせる。問題ないだろう」

侯爵家の護衛の者に両サイドから腕を持たれ、私はそのまま連れて行かれそうになった。

お父様は間違っている。
罰を与えたからといって、私が言うことをきくと思っているのだろうか。

部屋の外には、掃除中の使用人が立って私たちの動向を怯えながら見ていた。
素早く頭の中で状況を整理する。

逃げ出せないように監禁されたら、外への連絡手段がなくなるだろう。


「何時間考えても、何日食事を与えられなかったとしても。私が自分の考えを変えるわけではありません」

「誰のおかげでこの暮らしができていたのか、それを思い出せるくらいにはなるだろうな」

「お父様は、私が何不自由ない生活を、与えてもらっていた。そうお思いでしょうね」

「綺麗なドレス、豪華な食事、世話をしてくれるメイド。全てが侯爵家の娘であるから与えてもらえたものだろう。感謝の気持ちを持つのだな」

低く抑圧的な声は有無を言わせない当主としての命令だろう。

「自由だったのは、サーシャとお母様ですよね。お父様に従ってさえいれば、貴族の暮らしができたのですから。私だけは違っていました。私が自由を与えてもらえていたなら、こんなふうには育たなかった」

一瞬でお父様の顔は真っ赤になり、目は怒りで燃えた。
お父様の右手が上がった、もう一度殴られる。

そう思った瞬間、私は動いていた。
廊下の端に立っていた掃除メイドからモップを奪い、瞬時に柄の部分を大理石の床に叩きつけて折った。

モップの持ち手の長さは十分だ。

長い棒をくるりと回し、私を制止しようとした護衛たちの腕をバシンバシンと叩いた。
そしてモップは綺麗な弧を描き、棒の後ろで正確に敵の急所を捉えた。

即座に、2人の護衛が床に膝を突き、腕で体を支えた。

他の者は、驚いて身動きが取れないようだった。

私はモップを巧みに操って、ダンスのように美しく、くるりと回転すると、お父様の額の前に棒を突き付けた。


場の空気が凍り付いた。


「忘れていらっしゃるようですが、私、一人でヒグマを退治したのよ?」

お父様は目を見開き、額からは汗が流れる。

「メ、メイベル……」


従者たちは一斉に息を呑み、切迫した状況を見守っている。
緊張が走り、どうすれば良いのかと目は焦点を定めずに彷徨っていた。

少しでも動こうとする者に、私は素早く棒の先端を向けた。
お茶会のクマ退治を実際に見ていない者たちは、私の動作に驚き目を見張った。

静寂が辺りを包みこんだ。


「私は、自分に危害を加える者のみ攻撃します。よく考えなさい、ここに、ヒグマより強い者はいる?」

「……」

彼らの時間は止まったようだった。
誰も微動だにせず、声を発する事ができない。


「他者の自由を制限し、意のままに操ろうとする。自分の権力を誇示し、暴力や威圧的な態度を用いて、反抗を抑え込む。それのどこが侯爵としての責務を果たしていると言えましょう?模範となる行動を取り、困難な状況でも冷静に対応する。それ、できていますか?お父様」


「メイベルを、捕らえよ!好き勝手に何を考えているんだ!当主である私に刃向かい、剣を向けるなどあってはならないことだ!」

「剣じゃないわ、モップでしょう」

「黙れ!お前など、子ではない!出て行け!」

自分の部下たちが誰も動かないことに怒りが爆発したお父様は、声を荒げて叫んだ。

「分かりました。このまま家を出て行きます。けれど、私はあなたの言うことは二度と聞きませんし、今後、命令に従う事はないでしょう」

「勝手にしろ!侯爵家の物は持ち出させないぞ」

「なにもいりません。身一つで出て行きます」

「馬車も金も使わせない!」

「ええ、それで結構」


私は背筋をピンと伸ばし、堂々とした態度で強く頷いた。



「まさに願ったりだわ」



しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

あなたの事は好きですが私が邪魔者なので諦めようと思ったのですが…様子がおかしいです

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のカナリアは、原因不明の高熱に襲われた事がきっかけで、前世の記憶を取り戻した。そしてここが、前世で亡くなる寸前まで読んでいた小説の世界で、ヒーローの婚約者に転生している事に気が付いたのだ。 その物語は、自分を含めた主要の登場人物が全員命を落とすという、まさにバッドエンドの世界! 物心ついた時からずっと自分の傍にいてくれた婚約者のアルトを、心から愛しているカナリアは、酷く動揺する。それでも愛するアルトの為、自分が身を引く事で、バッドエンドをハッピーエンドに変えようと動き出したのだが、なんだか様子がおかしくて… 全く違う物語に転生したと思い込み、迷走を続けるカナリアと、愛するカナリアを失うまいと翻弄するアルトの恋のお話しです。 展開が早く、ご都合主義全開ですが、よろしくお願いしますm(__)m

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...