上 下
44 / 49

42.魔女と奴隷と想い人

しおりを挟む
 ザジとオーウェンは、その後ウィニーに口をきいてもらい、少なくないが払うことが出来ないこともない金額で船に乗ることができた。人買いたちはオーウェンが想像していたほど野卑ではなく、気のいい船乗りといった風情だった。だけどそれも、ぼくが人間の男だからなんだろうな……と、彼は耳と尻尾をしっかりと隠して人間の子供の振りをしている伴侶の手を握りながら考えた。ウィニーもいい奴だが、奴隷を商っていることに変わりはない。獣人を商品だと割り切れる酷薄さがあるから、それを産まれた時から見ていて日常に思ってしまっているからなんの罪悪感も持たずにいい奴でいられている。

(このことについて何か結論を出せるほど、ぼくはまだ大人の男じゃないな……とりあえず、手の届くところしか守れない)

 オーウェンがザジを奴隷でなく一人の女性として扱っていても、彼らの住む街では獣人の地位が低いのは変わらない。

(ザジは故郷で暮らしたほうがいいんじゃないだろうか……ザジの両親次第だな……)

 帰りには獣人でぎゅうぎゅうになるのだろう船室でオーウェンはザジを包み込むように抱きしめながら、二人の行く末に思いを巡らせた。
 奴隷船は、岸にそって何度も寄港しながら最終目的地へと進んで行く方式を取っていた。オーウェンとウィニーによってケイト族は金にならないと聞かされたので、今回はザジの故郷では奴隷を仕入れることはしないらしい。現地の人さらいも買い取ってもらえないとわかれば無意味な人さらいは減っていくのではないだろうか。オーウェンはそう願いたかった。
 取引はないが、目的地の途中として寄港するのは同じなのでそこでおろしてやるという話になっている。数日後にまた立ち寄るので、元居た街に戻るのならその時にまた乗れ、ということだった。

「そういえばザジ、ぼくはケイト族の言葉を知らないんだなあ」
「そうですね。あたしが通訳しないと会話できないですね。なんかおかしい。今度はあたしがオーウェン様に教える番だ」

 船に持ち込んだ箒で船床を掃きながらそんな話をする。運賃は払っているのだが何もしないのが落ち着かず、なんとなく掃除でもしておけば悪いようにはされないかなと思って自発的にやっている行動だった。船がきれいになると船長は喜んでいたのでまあ、悪くない。

「連れてこられて何年たつ?」
「うーん、もうすぐ二年くらい経っちゃうのかな……思ったより早く帰れるってびっくりしてます。あたしを見つけたのがオーウェン様でよかった」
「ぼくも。ザジを見つけられてよかったと思うよ」

 簡単な挨拶などを覚えたりしながら、オーウェンはザジとの数日の船旅を続けた。
 そして、とうとうザジの故郷の近くの港へと上陸したのだった。その街はそこここにカラフルな旗がはためき、たくさん並ぶ四角い石の家もなぜか鮮やかな色で塗られており、ザジは何もない時期だと言うがオーウェンの目にはまるで祭りでもあるかのような色合いをしていた。思えば、オーウェンは知らない土地に来るのは初めてだった。場所が違うとこんなにも違うんだなとついキョロキョロしてしまう。

「ケイト族の集落は山の方なんで、ここからすこし距離があります」
「アンタ、山暮らしでなんでまた攫われたりしたの?」
「街まで降りて買い物してたとこだったんですよ。妹の婚姻のお祝いの品を買いに、他のきょうだいたちと内緒で街に降りてきてたんです」
「そりゃそりゃ……」

 幸せの絶頂から不幸のどん底へか。祝われるはずだった花嫁の気持ちを考えると、別に自分が悪いわけではないのにオーウェンの胸を苦い罪悪感がじわじわと満たした。

「前来たときは街に用がある人の荷車に乗せてもらったんですけど……」
「箒があるからいらないだろ」
「みんなびっくりするだろうな~」
「こっちにも魔女くらいいるだろ?」
「いるけど、あんまり見たことないな~」

 手を繋いで街を歩く。道行く人々が大きく黒いオーウェンと小さなザジとすれ違うたびに振り返っていた。

「もしかして、ぼく、怪しい?」
「怪しくないとでも思ってたんですか?」
「やれやれ、嫌だねえ……ッ!!?」

 バシィッ!!!!!

「あ痛ッだッ!!!?????」

 ため息をついた瞬間、オーウェンの膝の裏を強い衝撃が襲った。

「デハイラニニョ、セクエスタドール!!」
「おおおお、な、なんだい!!! 何しやがる!? 何!?」

 たまらずくずおれて膝をつくオーウェン。わからない言葉でまくし立てられて驚いて声の方を見ると、そこには棒を手にしたケイト族の少年が立っていた。いや、少年ではないかもしれない。男であることだけはわかったが、ザジの外見年齢がこの通りなので彼も大人かもしれなかった。
 少年はザジの手を取って引っ張って行こうとする。

「エスペラ、ミ、マリド!!」

 ザジの言葉に驚いた男が彼女の顔を見る。

「サ、サシー?」
「コモハスエスタド。フリオ。エボエルト」
「な、何? なに、なんなんだい。知り合いかい? なんて?」

 やっと立てるようになったオーウェンが近づくと、男はまだ警戒しているようだった。

「オーウェン様のこと人さらいだと思って、私のことを助けようとしたみたいです。オーウェン様、この人はフリオ。妹の婚姻相手です」

 フリオと呼ばれた男は、ザジとどことなく似た感じの丸い目をぱちくりさせながらオーウェンとザジの顔を見比べている。

「お、おら、み、やも、オーウェン」

 オーウェンは、船の中で教わった簡単な挨拶で自己紹介をした。その後は、ザジが通訳をしてくれてやっとなんとか会話をし、誤解を解くことが出来た。

『大変だったんだな、でも生きてて良かったよ。ビビアナも喜ぶと思う。早く教えてやりたい』
『あ、そうだ。カルラちゃんと向こうで会ったんだよ。今回は連れてこれなかったけど……』
『カルラも!? もう死んだと思ってた!! なんてこった!! 本当に早くみんなに伝えなきゃ!!』
「何言ってるのかぜーんぜんわからん……」

 荷車をロバで引いているケイト族を見つけて、三人でそれに乗せてもらいながら、ザジはフリオに今まであったことをざっと話した。

「アンタ、さっきからサシーって呼ばれてない? カルラってのはカーラのことかい?」
「ああ、ちょっとあっちと発音が違うんですよね」
「そういえばアンタがカーラのこと呼ぶときちょっと巻き舌だったね」
『そっちの人間の……オーウェンさんとザジはそういう関係なんだね』
『うん……。ちゃんとお父さんとお母さんに挨拶してからにしたいって話してるからまだ婚姻とかはしてないんだけど……』
『そうか。ビビアナがずっと気にしてたんだ。ねえちゃんが攫われちゃったのに自分だけ幸せになるのが辛いってさ。婚姻の式挙げるのも気が引けてやってなくて……これでようやく安心させてやれるよ』
『そうなんだ……。別にやっちゃってもよかったのに』

 二人の話していることはわからないが、故郷への帰還と同胞への再会にしてはザジの顔が曇っているのに気付いてオーウェンはおや? と思った。

(うー。好きな人いたけどぉ……妹の彼氏だったからぁ~。妹不幸にするのヤだしぃ~。諦めてたけどぉ~)

 庵に来たばかりの時にハーブ酒でべろべろになったザジが巻いていたクダを思い出し、オーウェンの頭の中で何かがカチリと嵌った。

(もしかして、このフリオってザジが昔好きだった男なのか!!)

 オーウェンの心にもやっとした何かが突然生まれた。今までダリアに執着するかつてのリチャードの妄念は理解できなかったが、今ほんのちょっとだけわかったような気がしたオーウェンだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

英雄は初恋の相手を逃がさない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:578

「すいか」はすでに割れている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:5

絶対結婚したくない令嬢と絶対結婚したい王太子

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:2,947

【完結】聖女になれなかった私と王太子の優しいあなた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:684

【R18】嫌いなあなたに報復を

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:815

処理中です...