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第3話:憎たらしい笑顔
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私は深々とお辞儀した後、アズライト様の手を掴みました。
エリアスとノヴェル王太子は気に食わないような顔をしています。少しだけ、私の気が晴れました。
しかしなぜ、アズライト様が私に優しくしてくれるのかはわかりません。
王座の間から少し離れて、私はアズライト様に問いかけました。
「どうして……私が身投げしたことを言わないでくださったんですか?」
「言ってほしくないんだろ? それぐらいわかるさ」
「それはそうですが……。それに、私は転移魔法が使えないということも……」
「ああ、初めて会ったときに”視えたよ”」
「視えた……?」
わけがわかりません。私は理由が知りたくて、アズライト様に質問を続けます。
「視えたとはなんですか」
「俺は生まれたときから右目だけが見えなくてな。その代わり魔力の流れが視える。それがさっきの答えだ。転移魔法は特殊だからね、その残りが視えたってわけだ。といっても、魔法そのものが使えなくなるのは俺も聞いたことがないな」
「アズライト様ですらわからないですか……」
やっぱり、もう元には戻らないのでしょう。
私は、とても悲しい気持ちになってしまいました。
「まあ、心配することはない。魔法の構造を詳しく説明できるやつなんていない。また使えるようになる可能性は十分にある」
「そうなんですか!?」
私は、目を輝かせてアズライト様の両手を握ってしまいました。なんとはしたないことでしょう、驚いて、すぐに離れました。
「す、すみません……」
「いや、構わない。それより、俺は怒ってるんだ」
「怒ってる……?」
「連続で魔法を使用させられたんだろう。君の色は疲弊しきっている。その表情も、とても悲しげだ」
アズライト様は、私の前髪をかき分けました。赤髪でだらしなく伸び切った前髪です。とても申し訳なくなりました。
「顔を出しているほうが綺麗だよ。さて、街を案内してもらえますか レムリ様」
「わかりました。どこからがいいでしょうか? オストラバの正門は北になりますが、防衛施設となりますと、南のほうが」
「そうだな、まずは――――――でお願いしたい」
「ええ!? 嘘ですよね?」
「大真面目だよ」
アズライト様は、憎たらしいほど素敵な笑顔をしました。
「これがオストラバ王国名物のアイスクリィムです! 溶けないうちに美味しくお召し上がりください!」
笑顔の素敵なお姉さんが、私たち冷たくて甘いアイスクリィムなるものを手渡してくれました。
アズライト様の最初のお願いは、甘い物が食べたいということでした。とんでもないお願いです。
アイスクリィムはオストラバでとっても有名です。私も知っていましたが、食べるのは初めてです。
なぜなら、十歳で宮廷に出向かされてから、七年間も街に出る事を許されてはいなかったからです。
「黄色と赤の二種類か、だったら、レムリ様は赤をどうぞ」
アズライト様は、赤色のアイスクリィムを渡してくれました。
「どうして私だと赤なんですか?」
「君の魔力は綺麗な赤色だ。髪と同じだよ」
「そうなんですか……」
綺麗な赤色、私は知りませんでした。なんだか、心が嬉しい気持ちになります。
「美味しい……」
一口食べると、思わず笑顔になりました。視線を横に向けると、アズライト様も嬉しそうにしています。
「凄いな、こんなにおいしいのか。これは噂通りだ。そういえば、レムリ様、いやレムリって呼んでいいか? なんだか煩わしい。俺のこともアズライトと呼んでくれ」
「そ、そんな!? 私のことはレムリで構いませんが、ラズリー王国の宮廷魔術師のアズライト様を呼び捨てだなんて……」
「だったら、君の命を助けたお礼としてそうしてくれ。そのくらい、いいだろ?」
アズライト様は、またもや憎たらしい笑顔をしました。そう言われれば、私は断ることができません。
「わかりました……アズライト」
アイスクリィムを食べながら歩くなんて、とてもはしたないことです。
だけども、とっても楽しいです。しかし、街人の方々がヒソヒソと私たちを見ながら話しています。
もしかすると、私が堂々と不貞行為を行っていると思われているのでしょう。
きっと、彼らはまだ私が王太子妃になると思っているからです。
「気になるのか?」
「少し……」
「彼らが何を言っているのかはわからないが、レムリはレムリだ。俺もラズリー王国では同じようにヒソヒソと話されることがある。どうせすぐに収まる」
「そういうものですか……」
そういえば、私は気になってしまいました。ノヴェル王太子は、アズライト様のことを無欲(アンセェルフィシュ)の宮廷魔術師と呼んでいました。
一体、どういう意味なんでしょうか。
「アズ……ライト、聞いていいですか?」
「ん?」
「無欲(アンセェルフィシュ)の宮廷魔術師って、どういう意味なんでしょうか? すみません、失礼でしたら聞き流してもらっても……」
「ああ、実は俺、強欲の塊なんだけど、それだと恰好が悪いだろ。真逆の名前を広めようと思って自分で頑張ってるんだ。ついさっきも、エリアス様を断って君を指名しただろ」
しかし、嘘か本当かわからない答えでした。
けれども、アズライト様は屈託のない笑みを浮かべます。とっても、憎たらしいです。
アイスクリィムを食べ終わった後、私は再度問いかけます。
「美味しかったですね。さて、本題に入りましょう。防御魔法ということでしたが、どこを案内すればいいのでしょうか? 北門? それとも、監視塔でよろしいですか?」
「ああ、あれは嘘だ。せっかくオストラバに来たんだ。観光がしたくてね。防御魔法をするのに街へ繰り出す必要なんてない」
「嘘……なのですか?」
「嘘」
私は、思わず笑ってしまいました。ここまで堂々と嘘を付くお方は初めてです。ついさっき身投げしようとしたことをすっかり忘れてしまうほどです。
なんだか、元気が出てきました。
「わかりました。レムリ・アンシード、オストラバ王国を存分に案内させていただきます!」
「いいね、そっちのほうがいい。それが、本当の君なんだね」
それから私たちは、オストラバ王国の街を存分に楽しみました。
美味しい物を食べたり、おもちゃの弓で、おもちゃの人形を討ったり、夢なんじゃないかと思うほど楽しい時間でした。
楽しすぎて、すっかりと日が暮れてしまいました。
「日が暮れてしまったな。ありがとう、レムリがこのオストラバ王国を愛していることがわかったよ」
「え? どういうことですか? って、すみません。なんだか、質問ばかりしてしまって」
「いや、いい。この街のことを話しているときの君はとても楽しそうだった。それがよくわかった」
「そう……ですね」
アズライト様の言う通りでした。私はこの街、このオストラバが大好きです。
それなのに、私は一週間後に去ることになるでしょう。
実家には戻れませんし、街での評判が悪い私に働き口なんてありません。
ましてやこんな私が冒険者になんて到底なれるわけもありませんから。国外に出ればすぐに野垂れ死んでしまうでしょう。
けれども、最後に楽しい思い出ができました。
「……帰りましょうか」
「そうだね、レムリ。早く戻らないと勘繰られてしまう」
「はい! あ、確かこのあたりに裏道があったはずです! 近道です!」
私は元気いっぱいに、路地を案内しました。幼いころは、こういう暗がりを通って近道していました。
しかし、
「よお、いい夜だなあ」
「色男さん、金持ってるか?」
「なんだ、ひょろっちぃカップルだなあ」
屈強そうな三人組の男が、私たちの前に立ち塞がりました。すっかり忘れていましたが、ここは観光客が多い地区です。
オストラバ王国の治安は保たれていますが、荒くれ者が寝泊りしていたりするので、あまり近づかないようにと母に言われていたのを思い出しました。
どうやら、私の顔を見ても誰だかわからないようです。兵士はこのあたりにいませんし、アズライト様に何かあってはいけません。
私は震える身体を押し殺して、毅然とした態度を取ります。
「私はレムリ・アンシード公爵、この方はラズリー王国の宮廷魔術師、アズライト・ウィズアート様です。その態度を改めなさい!」
「ああ? 誰だよ? そんなことで、この俺様がびびるとおもってんのか?」
しかし、火に油を注いでしまったようでした。三人組は手にしていた酒瓶を地面に放り投げます。その割れた音が響き、私はびくっと動いてしまいました。
「なんだあ? 嬢ちゃん。びびってんのか? 安心しなよ。そのひょろっちい男より、俺のが優しいぜ。――おい」
「へっ、兄貴はすぐ壊しますけどねえ」
「この前の女なんて、ひーひーいってましたぜ」
そこで、アズライト様が少し前に出ました。
見間違いかもしれませんが、笑みを浮かべていたような気がします。
「いいねえ、この俺に突っかかって来るヤツは随分久しぶりだ」
どうしてでしょうか、口調がほんの少し荒々しくなっているように思えます。
「何だとこのガキっ!」
男の一人が、アズライト様に右拳を振りかぶりました。私は怖くて目をつぶってしまいましたが、次に目を開けると、男の一人が地面に倒れていました。
「てめぇ……なにしやがった?」
「殴り返しただけさ。お前らじゃ視えなかったのか」
「ふざけやがって!」
アズライト様は、不敵な笑みを浮かべてらっしゃいました。
そして、黒いコートを放り投げると、私の目ではとても追いつかないほどの動きで、二人の男を倒しました。
何が起きたのかさっぱりわかりませんが、地面で鼻血を出していらっしゃいます。
ラズリー王国の宮廷魔術師は魔法を使わなくても強いのでしょうか。
「いいから、とっと失せな。これでもかなり手加減してるんだ」
「ちきしょう、話しがちげえじゃねえか!」
「きゃああああああああああ」
私は、とんでもない足手まといです。後ろから現れた別の男に体を掴まれてしまいました。それも、ナイフを持っています。
私の首に切っ先を当てると、動くなと叫びました。
三人組ではなく、四人組だったようです。
「いっちょあがり。おい、優男。殺しはしねえよ、気が済むまで殴らせろ」
「……好きにしな」
アズライト様は、両手を広げました。私の身を案じて、自らの体を差し出したのです。
そんな、そんなことをさせるわけにはいきません。
アズライト様は、このオストラバ王国の大切な客人です。私の命の恩人です。
一週間後には尽きてしまうこの命と天秤にかけるまでもありません!
「アズライト様、お逃げくださいっ!」
私はぐっと首を下に向け、わざとナイフの刃がめり込むようにしました。
首から、赤い血が滴り落ちます。私の髪と同じで赤いです。
アズライト様を守って死ぬなら、本望です。
「おい、やめろ――!」
しかし、男はなぜかたじろぎました。後ずさりして、私は前のめりに膝をつきます。
「レムリ!」
アズライト様が駆け寄ってくださると、すぐに首に暖かい光を感じました。
これは、治癒魔法です。世界でも珍しいとされているので、私は見たことがありませんでした。
傷はすぐに治り、血が元に戻っていきます。なんて、なんて素晴らしい魔法なんでしょう。私の転移魔法とは大違いです。
「大丈夫か?」
「はい、すみません。私のせいで危険な目に……」
「謝らなくていい。心配するな、傷痕は残らない。それよりも――」
アズライト様は立ち上がると、右手を前に出しました。
手の甲には、瞳と同じ青い紋章が浮かび上がります。とても綺麗ですが、もの凄い魔力です。体が震えあがるほど、おそろしさも感じます。
「ダメです! アズライト様!」
「殺しはしない。だが、女性に傷をつけた落とし前はつけてもらう。一日くらい寝てろ」
すると、アズライト様の手から魔法が飛び出しました。ナイフを持っていた男に青い光が直撃すると、勢いよく吹き飛びました。地面に倒れると、ピクリともしません。
仲間が駆け寄って声を掛けますが、気絶しているみたいでした。
「ちきしょう! 担いで逃げるぞ!」
「ったく、バケモンじゃねえか!」
逃げる男たちの後ろ姿を見ながら、アズライト様は訝し気な顔をしておられます。
確かに、彼らの言動はどこか変です。それに、私よりもアズライト様を狙っているような気がしました。
「あいつらなんだったんだろうなって、この国で勝手な魔術は禁止されてるんだった……レムリ、黙っといてくれ……」
アズライト様は、本当に素敵な笑顔をしています。
この方が王太子であれば、私は幸せだったに違いありません。
それから私たちは、急いで城に戻りました。夜も遅かったので、アズライト様を客室にご案内し、私も自室に戻りました。
今日ほどつらかった日はありませんが、今日ほど幸せを感じた日もありませんでした。
エリアスとノヴェル王太子は気に食わないような顔をしています。少しだけ、私の気が晴れました。
しかしなぜ、アズライト様が私に優しくしてくれるのかはわかりません。
王座の間から少し離れて、私はアズライト様に問いかけました。
「どうして……私が身投げしたことを言わないでくださったんですか?」
「言ってほしくないんだろ? それぐらいわかるさ」
「それはそうですが……。それに、私は転移魔法が使えないということも……」
「ああ、初めて会ったときに”視えたよ”」
「視えた……?」
わけがわかりません。私は理由が知りたくて、アズライト様に質問を続けます。
「視えたとはなんですか」
「俺は生まれたときから右目だけが見えなくてな。その代わり魔力の流れが視える。それがさっきの答えだ。転移魔法は特殊だからね、その残りが視えたってわけだ。といっても、魔法そのものが使えなくなるのは俺も聞いたことがないな」
「アズライト様ですらわからないですか……」
やっぱり、もう元には戻らないのでしょう。
私は、とても悲しい気持ちになってしまいました。
「まあ、心配することはない。魔法の構造を詳しく説明できるやつなんていない。また使えるようになる可能性は十分にある」
「そうなんですか!?」
私は、目を輝かせてアズライト様の両手を握ってしまいました。なんとはしたないことでしょう、驚いて、すぐに離れました。
「す、すみません……」
「いや、構わない。それより、俺は怒ってるんだ」
「怒ってる……?」
「連続で魔法を使用させられたんだろう。君の色は疲弊しきっている。その表情も、とても悲しげだ」
アズライト様は、私の前髪をかき分けました。赤髪でだらしなく伸び切った前髪です。とても申し訳なくなりました。
「顔を出しているほうが綺麗だよ。さて、街を案内してもらえますか レムリ様」
「わかりました。どこからがいいでしょうか? オストラバの正門は北になりますが、防衛施設となりますと、南のほうが」
「そうだな、まずは――――――でお願いしたい」
「ええ!? 嘘ですよね?」
「大真面目だよ」
アズライト様は、憎たらしいほど素敵な笑顔をしました。
「これがオストラバ王国名物のアイスクリィムです! 溶けないうちに美味しくお召し上がりください!」
笑顔の素敵なお姉さんが、私たち冷たくて甘いアイスクリィムなるものを手渡してくれました。
アズライト様の最初のお願いは、甘い物が食べたいということでした。とんでもないお願いです。
アイスクリィムはオストラバでとっても有名です。私も知っていましたが、食べるのは初めてです。
なぜなら、十歳で宮廷に出向かされてから、七年間も街に出る事を許されてはいなかったからです。
「黄色と赤の二種類か、だったら、レムリ様は赤をどうぞ」
アズライト様は、赤色のアイスクリィムを渡してくれました。
「どうして私だと赤なんですか?」
「君の魔力は綺麗な赤色だ。髪と同じだよ」
「そうなんですか……」
綺麗な赤色、私は知りませんでした。なんだか、心が嬉しい気持ちになります。
「美味しい……」
一口食べると、思わず笑顔になりました。視線を横に向けると、アズライト様も嬉しそうにしています。
「凄いな、こんなにおいしいのか。これは噂通りだ。そういえば、レムリ様、いやレムリって呼んでいいか? なんだか煩わしい。俺のこともアズライトと呼んでくれ」
「そ、そんな!? 私のことはレムリで構いませんが、ラズリー王国の宮廷魔術師のアズライト様を呼び捨てだなんて……」
「だったら、君の命を助けたお礼としてそうしてくれ。そのくらい、いいだろ?」
アズライト様は、またもや憎たらしい笑顔をしました。そう言われれば、私は断ることができません。
「わかりました……アズライト」
アイスクリィムを食べながら歩くなんて、とてもはしたないことです。
だけども、とっても楽しいです。しかし、街人の方々がヒソヒソと私たちを見ながら話しています。
もしかすると、私が堂々と不貞行為を行っていると思われているのでしょう。
きっと、彼らはまだ私が王太子妃になると思っているからです。
「気になるのか?」
「少し……」
「彼らが何を言っているのかはわからないが、レムリはレムリだ。俺もラズリー王国では同じようにヒソヒソと話されることがある。どうせすぐに収まる」
「そういうものですか……」
そういえば、私は気になってしまいました。ノヴェル王太子は、アズライト様のことを無欲(アンセェルフィシュ)の宮廷魔術師と呼んでいました。
一体、どういう意味なんでしょうか。
「アズ……ライト、聞いていいですか?」
「ん?」
「無欲(アンセェルフィシュ)の宮廷魔術師って、どういう意味なんでしょうか? すみません、失礼でしたら聞き流してもらっても……」
「ああ、実は俺、強欲の塊なんだけど、それだと恰好が悪いだろ。真逆の名前を広めようと思って自分で頑張ってるんだ。ついさっきも、エリアス様を断って君を指名しただろ」
しかし、嘘か本当かわからない答えでした。
けれども、アズライト様は屈託のない笑みを浮かべます。とっても、憎たらしいです。
アイスクリィムを食べ終わった後、私は再度問いかけます。
「美味しかったですね。さて、本題に入りましょう。防御魔法ということでしたが、どこを案内すればいいのでしょうか? 北門? それとも、監視塔でよろしいですか?」
「ああ、あれは嘘だ。せっかくオストラバに来たんだ。観光がしたくてね。防御魔法をするのに街へ繰り出す必要なんてない」
「嘘……なのですか?」
「嘘」
私は、思わず笑ってしまいました。ここまで堂々と嘘を付くお方は初めてです。ついさっき身投げしようとしたことをすっかり忘れてしまうほどです。
なんだか、元気が出てきました。
「わかりました。レムリ・アンシード、オストラバ王国を存分に案内させていただきます!」
「いいね、そっちのほうがいい。それが、本当の君なんだね」
それから私たちは、オストラバ王国の街を存分に楽しみました。
美味しい物を食べたり、おもちゃの弓で、おもちゃの人形を討ったり、夢なんじゃないかと思うほど楽しい時間でした。
楽しすぎて、すっかりと日が暮れてしまいました。
「日が暮れてしまったな。ありがとう、レムリがこのオストラバ王国を愛していることがわかったよ」
「え? どういうことですか? って、すみません。なんだか、質問ばかりしてしまって」
「いや、いい。この街のことを話しているときの君はとても楽しそうだった。それがよくわかった」
「そう……ですね」
アズライト様の言う通りでした。私はこの街、このオストラバが大好きです。
それなのに、私は一週間後に去ることになるでしょう。
実家には戻れませんし、街での評判が悪い私に働き口なんてありません。
ましてやこんな私が冒険者になんて到底なれるわけもありませんから。国外に出ればすぐに野垂れ死んでしまうでしょう。
けれども、最後に楽しい思い出ができました。
「……帰りましょうか」
「そうだね、レムリ。早く戻らないと勘繰られてしまう」
「はい! あ、確かこのあたりに裏道があったはずです! 近道です!」
私は元気いっぱいに、路地を案内しました。幼いころは、こういう暗がりを通って近道していました。
しかし、
「よお、いい夜だなあ」
「色男さん、金持ってるか?」
「なんだ、ひょろっちぃカップルだなあ」
屈強そうな三人組の男が、私たちの前に立ち塞がりました。すっかり忘れていましたが、ここは観光客が多い地区です。
オストラバ王国の治安は保たれていますが、荒くれ者が寝泊りしていたりするので、あまり近づかないようにと母に言われていたのを思い出しました。
どうやら、私の顔を見ても誰だかわからないようです。兵士はこのあたりにいませんし、アズライト様に何かあってはいけません。
私は震える身体を押し殺して、毅然とした態度を取ります。
「私はレムリ・アンシード公爵、この方はラズリー王国の宮廷魔術師、アズライト・ウィズアート様です。その態度を改めなさい!」
「ああ? 誰だよ? そんなことで、この俺様がびびるとおもってんのか?」
しかし、火に油を注いでしまったようでした。三人組は手にしていた酒瓶を地面に放り投げます。その割れた音が響き、私はびくっと動いてしまいました。
「なんだあ? 嬢ちゃん。びびってんのか? 安心しなよ。そのひょろっちい男より、俺のが優しいぜ。――おい」
「へっ、兄貴はすぐ壊しますけどねえ」
「この前の女なんて、ひーひーいってましたぜ」
そこで、アズライト様が少し前に出ました。
見間違いかもしれませんが、笑みを浮かべていたような気がします。
「いいねえ、この俺に突っかかって来るヤツは随分久しぶりだ」
どうしてでしょうか、口調がほんの少し荒々しくなっているように思えます。
「何だとこのガキっ!」
男の一人が、アズライト様に右拳を振りかぶりました。私は怖くて目をつぶってしまいましたが、次に目を開けると、男の一人が地面に倒れていました。
「てめぇ……なにしやがった?」
「殴り返しただけさ。お前らじゃ視えなかったのか」
「ふざけやがって!」
アズライト様は、不敵な笑みを浮かべてらっしゃいました。
そして、黒いコートを放り投げると、私の目ではとても追いつかないほどの動きで、二人の男を倒しました。
何が起きたのかさっぱりわかりませんが、地面で鼻血を出していらっしゃいます。
ラズリー王国の宮廷魔術師は魔法を使わなくても強いのでしょうか。
「いいから、とっと失せな。これでもかなり手加減してるんだ」
「ちきしょう、話しがちげえじゃねえか!」
「きゃああああああああああ」
私は、とんでもない足手まといです。後ろから現れた別の男に体を掴まれてしまいました。それも、ナイフを持っています。
私の首に切っ先を当てると、動くなと叫びました。
三人組ではなく、四人組だったようです。
「いっちょあがり。おい、優男。殺しはしねえよ、気が済むまで殴らせろ」
「……好きにしな」
アズライト様は、両手を広げました。私の身を案じて、自らの体を差し出したのです。
そんな、そんなことをさせるわけにはいきません。
アズライト様は、このオストラバ王国の大切な客人です。私の命の恩人です。
一週間後には尽きてしまうこの命と天秤にかけるまでもありません!
「アズライト様、お逃げくださいっ!」
私はぐっと首を下に向け、わざとナイフの刃がめり込むようにしました。
首から、赤い血が滴り落ちます。私の髪と同じで赤いです。
アズライト様を守って死ぬなら、本望です。
「おい、やめろ――!」
しかし、男はなぜかたじろぎました。後ずさりして、私は前のめりに膝をつきます。
「レムリ!」
アズライト様が駆け寄ってくださると、すぐに首に暖かい光を感じました。
これは、治癒魔法です。世界でも珍しいとされているので、私は見たことがありませんでした。
傷はすぐに治り、血が元に戻っていきます。なんて、なんて素晴らしい魔法なんでしょう。私の転移魔法とは大違いです。
「大丈夫か?」
「はい、すみません。私のせいで危険な目に……」
「謝らなくていい。心配するな、傷痕は残らない。それよりも――」
アズライト様は立ち上がると、右手を前に出しました。
手の甲には、瞳と同じ青い紋章が浮かび上がります。とても綺麗ですが、もの凄い魔力です。体が震えあがるほど、おそろしさも感じます。
「ダメです! アズライト様!」
「殺しはしない。だが、女性に傷をつけた落とし前はつけてもらう。一日くらい寝てろ」
すると、アズライト様の手から魔法が飛び出しました。ナイフを持っていた男に青い光が直撃すると、勢いよく吹き飛びました。地面に倒れると、ピクリともしません。
仲間が駆け寄って声を掛けますが、気絶しているみたいでした。
「ちきしょう! 担いで逃げるぞ!」
「ったく、バケモンじゃねえか!」
逃げる男たちの後ろ姿を見ながら、アズライト様は訝し気な顔をしておられます。
確かに、彼らの言動はどこか変です。それに、私よりもアズライト様を狙っているような気がしました。
「あいつらなんだったんだろうなって、この国で勝手な魔術は禁止されてるんだった……レムリ、黙っといてくれ……」
アズライト様は、本当に素敵な笑顔をしています。
この方が王太子であれば、私は幸せだったに違いありません。
それから私たちは、急いで城に戻りました。夜も遅かったので、アズライト様を客室にご案内し、私も自室に戻りました。
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