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第2話:無欲の宮廷魔術師
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背は高く、顔立ちは女性に間違えそうなほど整っています。金に輝く髪はくしゃっとしたやらわそうで、扱っている光魔法も輝いていました。
にもかかわらず全身は真っ黒なコートで覆われています。
けれども、私は死ぬ覚悟がありました。ですが、この方は無能な私を生き永らえさせたのです。
「あなたが……この光魔法を……」
「ああ、事故だと思ったが、その様子だと――身投げか」
私の表情で気づいてしまったのか、彼は冷たく言い放ちました。
次第に、自己中心的な考えだとは思いますが、大変腹が立ってきました。
私は楽になりたかったのです。今頃、天国で母に褒めてもらえているはずだったのに。
私は差し出された手を掴まずに、一人で立ち上がりました。
この国では、と言うからには彼はオストラバ王国の人ではないのでしょう。
「そうです。私は死にたかったんです。無能ですから」
助けてもらったのにもかかわらず、私は冷たい態度を取ってしまいました。
「君みたいな美女が身投げしないといけないってことは、ずいぶん噂と違うな」
「……噂って?」
「誰もが幸せで、安全で、貧困のない素晴らしいオストラバ王国って話だ」
「それは本当です。――私以外は」
思わず、本音を漏らしてしまいました。彼からすれば、わけのわからない女性のたわごととして聞き流されることでしょう。
「……そうか。君が転移魔法を使うレムリ・アンシード公爵令嬢――か、極悪非道と聞いていたが、これも噂とは違うみたいだな」
「なぜ、私がそうだとわかったんですか」
私は驚愕しました。自国の方であれば、私の素顔を知っている人は多いです。
ですが、他国に出向いたことがない私の顔はあまり知られていないはず。
「どうしてだと思う?」
「わかりません」
私が答えると、彼はとても嬉しそうに笑みを浮かべました。憎たらしいほど、素敵な笑顔です。
「だったら城に案内してくれないか?」
「城? あなたは一体誰なんでしょうか?」
「俺の名前はアズライト・ヴィズアード。こういうもんさ」
彼は一枚の書状を見せました。
◆ ◇ ◆ ◇
オストラバ城――王座の間。
あろうことか、私は死を覚悟したのにもかかわらず舞い戻って来てしまいました。
ノヴェル王太子は、アズライト様が差し出された一枚の紙をお読みになっています。
隣には、エアリスが我が物顔で立っていました。
貴族の方々も整列してらっしゃいます。
アズライト様がお越しになったことで、せわしなく集合したようです。
中には私のことを慕ってくれていた人もいますが、今は話し掛けることすら許されてはいないようでした。
ただ、申し訳ないと言った表情で会釈をするだけです。
「あなたが、かの有名な無欲(アンセェルフィシュ)の魔術師、アズライト・ウィズアート様ですか。失礼かもしれませんが、もっとお年を召した方だと思っていた。ラズリー王国の宮廷魔術師ともなれば、白い髭を蓄えているのかと」
ノヴェル王太子が、少しだけ冗談交じりに言いました。失礼な言い方ではありますが、彼はいつもこうなのです。
ラズリー王国といえば、このオストラバ王国とは比べ物にならないほど強国で、魔王を倒した勇者のご出身だとも聞いています。
魔法、魔術の才能に溢れた人が多く、四季折々の素晴らしい国だという噂です。
私の転移魔法のおかげもあって、オストラバは安全な国と認められ、ラズリー王国の同盟国として認定されました。
アズライト様は、この国の防衛魔法を強固にするためにはるばるとラズリー王国から来て頂いたのです。
私も少しだけ名前を聞いたことがありました。
「よく言われます。ですが、ラズリー王国は頭が柔らかいんですよ。こんな若造の私でも、実力があれば白い髭を蓄えたおじさんになる前に良い地位につけます」
それに対し、アズライト様は不敵な笑みを浮かべました。年齢は二十より少し上でしょうか。
お互いに少しだけ威圧しているかのようでした。
「いや、逆に安心です。あなたのような素晴らしい才能を持つ方が来てくれたことを歓迎します。生憎、私は魔法の才能に恵まれなかったんですよ。その代わり、剣の腕には少々自信がありますが」
「あら、ご謙遜なさって! 私は知っていますわ。ノヴェル王太子が戦場に出れば世界を征服できるほどの腕前だと言われていることを!」
「冗談はやめてくれ、エリアス」
私の前にもかかわらず、二人はとても親し気にしていました。どうでもいいことですが、その態度には腹が立ちます。しかし、どうしようもありません。
「で、レムリ公爵令嬢。なぜ君はアズライト様と一緒に?」
鋭い目つきで、ノヴェル王太子は私に視線を向けました。
とても、蔑んだ目をしています。
私がどう返せばいいのかと迷っていると、アズライト様が話しはじめました。
「私が道に迷っていたら城まで案内してくれたんですよ。レムリ公爵令嬢はとても素晴らしいお方ですね。さすが、オストラバ王国に仕えるお方かと」
「そ、そうですか。それは良かったです」
ノヴェル王太子は、少しだけ不満そうでした。
「それと、防御魔法をかけるにあたって、街を調べる必要があるんですが」
アズライト様は私を見ながらウィンクをしました。身投げをしたことを言わずにいてくれたのです。
「であれば、エリアス。彼女は私の王太子妃となる女性でね、まだ城や宮廷には慣れていないですが、街には詳しいのです。良いか? エリアス」
「ノヴェル王太子、もちろんですわ。私にお任せください」
エリアスはとびきりの笑顔でアズライト様に顔を向け、姿勢を正し、お辞儀をしました。
しかし、アズライト様は私を見ています。
「出来ればレムリ公爵令嬢にお願いしたい。ここへ来る途中、面白い話を聞いてね、続きが知りたくてたまらないんですよ」
何を思ったのか、アズライト様は私を名指ししました。
面白い話なんて、私はしていないのです。
そういえば、転移魔法が使えなくなったことを伝え忘れていました。
アズライト様はその話を期待しているんでしょう。そうとわかれば、無能な私のことなんて必要がないはずです。
それを知ってなのか、エリアスがクスリと笑いました。
「アズライト様、改めてご紹介させていただきます。エリアス公爵令嬢と申します。それと、レムリ様はもう転移魔法が使えぬのです。私の義理の姉であり、これまで国を守ってくれた素晴らしい義理の姉なのですが――」
「わかっています。その上で、レムリ公爵令嬢にお願いしているのです」
アズライト様は、エリアスの言葉を遮って言い放ちました。これには、エリアスも唖然としています。
ノヴェル王太子といえども、ラズリー王国の宮廷魔術師である、アズライト様を無下にできるわけがありません。
見たこともないほど動揺して、構いませんが……と一言だけ返しました。
「それは良かった。ではレムリ様、お願いできますでしょうか?」
私は転移魔法が使えないただの無能です。
しかしながら、アズライト様はそんなことを一切気にしていないかのように、再び私に手を差しだしてくださいました。青い瞳がより一層輝いているかのように思えます。
「――喜んで、アズライト様」
にもかかわらず全身は真っ黒なコートで覆われています。
けれども、私は死ぬ覚悟がありました。ですが、この方は無能な私を生き永らえさせたのです。
「あなたが……この光魔法を……」
「ああ、事故だと思ったが、その様子だと――身投げか」
私の表情で気づいてしまったのか、彼は冷たく言い放ちました。
次第に、自己中心的な考えだとは思いますが、大変腹が立ってきました。
私は楽になりたかったのです。今頃、天国で母に褒めてもらえているはずだったのに。
私は差し出された手を掴まずに、一人で立ち上がりました。
この国では、と言うからには彼はオストラバ王国の人ではないのでしょう。
「そうです。私は死にたかったんです。無能ですから」
助けてもらったのにもかかわらず、私は冷たい態度を取ってしまいました。
「君みたいな美女が身投げしないといけないってことは、ずいぶん噂と違うな」
「……噂って?」
「誰もが幸せで、安全で、貧困のない素晴らしいオストラバ王国って話だ」
「それは本当です。――私以外は」
思わず、本音を漏らしてしまいました。彼からすれば、わけのわからない女性のたわごととして聞き流されることでしょう。
「……そうか。君が転移魔法を使うレムリ・アンシード公爵令嬢――か、極悪非道と聞いていたが、これも噂とは違うみたいだな」
「なぜ、私がそうだとわかったんですか」
私は驚愕しました。自国の方であれば、私の素顔を知っている人は多いです。
ですが、他国に出向いたことがない私の顔はあまり知られていないはず。
「どうしてだと思う?」
「わかりません」
私が答えると、彼はとても嬉しそうに笑みを浮かべました。憎たらしいほど、素敵な笑顔です。
「だったら城に案内してくれないか?」
「城? あなたは一体誰なんでしょうか?」
「俺の名前はアズライト・ヴィズアード。こういうもんさ」
彼は一枚の書状を見せました。
◆ ◇ ◆ ◇
オストラバ城――王座の間。
あろうことか、私は死を覚悟したのにもかかわらず舞い戻って来てしまいました。
ノヴェル王太子は、アズライト様が差し出された一枚の紙をお読みになっています。
隣には、エアリスが我が物顔で立っていました。
貴族の方々も整列してらっしゃいます。
アズライト様がお越しになったことで、せわしなく集合したようです。
中には私のことを慕ってくれていた人もいますが、今は話し掛けることすら許されてはいないようでした。
ただ、申し訳ないと言った表情で会釈をするだけです。
「あなたが、かの有名な無欲(アンセェルフィシュ)の魔術師、アズライト・ウィズアート様ですか。失礼かもしれませんが、もっとお年を召した方だと思っていた。ラズリー王国の宮廷魔術師ともなれば、白い髭を蓄えているのかと」
ノヴェル王太子が、少しだけ冗談交じりに言いました。失礼な言い方ではありますが、彼はいつもこうなのです。
ラズリー王国といえば、このオストラバ王国とは比べ物にならないほど強国で、魔王を倒した勇者のご出身だとも聞いています。
魔法、魔術の才能に溢れた人が多く、四季折々の素晴らしい国だという噂です。
私の転移魔法のおかげもあって、オストラバは安全な国と認められ、ラズリー王国の同盟国として認定されました。
アズライト様は、この国の防衛魔法を強固にするためにはるばるとラズリー王国から来て頂いたのです。
私も少しだけ名前を聞いたことがありました。
「よく言われます。ですが、ラズリー王国は頭が柔らかいんですよ。こんな若造の私でも、実力があれば白い髭を蓄えたおじさんになる前に良い地位につけます」
それに対し、アズライト様は不敵な笑みを浮かべました。年齢は二十より少し上でしょうか。
お互いに少しだけ威圧しているかのようでした。
「いや、逆に安心です。あなたのような素晴らしい才能を持つ方が来てくれたことを歓迎します。生憎、私は魔法の才能に恵まれなかったんですよ。その代わり、剣の腕には少々自信がありますが」
「あら、ご謙遜なさって! 私は知っていますわ。ノヴェル王太子が戦場に出れば世界を征服できるほどの腕前だと言われていることを!」
「冗談はやめてくれ、エリアス」
私の前にもかかわらず、二人はとても親し気にしていました。どうでもいいことですが、その態度には腹が立ちます。しかし、どうしようもありません。
「で、レムリ公爵令嬢。なぜ君はアズライト様と一緒に?」
鋭い目つきで、ノヴェル王太子は私に視線を向けました。
とても、蔑んだ目をしています。
私がどう返せばいいのかと迷っていると、アズライト様が話しはじめました。
「私が道に迷っていたら城まで案内してくれたんですよ。レムリ公爵令嬢はとても素晴らしいお方ですね。さすが、オストラバ王国に仕えるお方かと」
「そ、そうですか。それは良かったです」
ノヴェル王太子は、少しだけ不満そうでした。
「それと、防御魔法をかけるにあたって、街を調べる必要があるんですが」
アズライト様は私を見ながらウィンクをしました。身投げをしたことを言わずにいてくれたのです。
「であれば、エリアス。彼女は私の王太子妃となる女性でね、まだ城や宮廷には慣れていないですが、街には詳しいのです。良いか? エリアス」
「ノヴェル王太子、もちろんですわ。私にお任せください」
エリアスはとびきりの笑顔でアズライト様に顔を向け、姿勢を正し、お辞儀をしました。
しかし、アズライト様は私を見ています。
「出来ればレムリ公爵令嬢にお願いしたい。ここへ来る途中、面白い話を聞いてね、続きが知りたくてたまらないんですよ」
何を思ったのか、アズライト様は私を名指ししました。
面白い話なんて、私はしていないのです。
そういえば、転移魔法が使えなくなったことを伝え忘れていました。
アズライト様はその話を期待しているんでしょう。そうとわかれば、無能な私のことなんて必要がないはずです。
それを知ってなのか、エリアスがクスリと笑いました。
「アズライト様、改めてご紹介させていただきます。エリアス公爵令嬢と申します。それと、レムリ様はもう転移魔法が使えぬのです。私の義理の姉であり、これまで国を守ってくれた素晴らしい義理の姉なのですが――」
「わかっています。その上で、レムリ公爵令嬢にお願いしているのです」
アズライト様は、エリアスの言葉を遮って言い放ちました。これには、エリアスも唖然としています。
ノヴェル王太子といえども、ラズリー王国の宮廷魔術師である、アズライト様を無下にできるわけがありません。
見たこともないほど動揺して、構いませんが……と一言だけ返しました。
「それは良かった。ではレムリ様、お願いできますでしょうか?」
私は転移魔法が使えないただの無能です。
しかしながら、アズライト様はそんなことを一切気にしていないかのように、再び私に手を差しだしてくださいました。青い瞳がより一層輝いているかのように思えます。
「――喜んで、アズライト様」
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