片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ

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『実が会社を辞めた?』

 俺の親友である東木 実(あずまぎ みのる)が突然の退職届を出して会社を辞めてしまった。
 もちろん、俺はすぐに実に電話したが、俺のスマホに登録されている実の電話番号はまさかの社用スマホの番号だった。

「そうなんだ! 何か知らないか?」
『そんなの会社の人に聞きなさいよ。同じ秘書課の子達とか』

 社長室の中を落ち着きなくうろつきながら、俺は大学の頃からの友人の一人に電話していた。
 こいつは会社の立ち上げ当時には一緒に活動していたが、アパレル関係の仕事がしたいと言ってうちの会社を退社後、自分でアパレル会社を立ち上げている。
 性別は男性だが、中身はその辺の女性よりもよっぽど乙女だ。

「聞いたが、誰も何も知らないらしい」
『それなら嫌気が差したんでしょ』
「楽しそうに仕事していたのに!?」
『仕事じゃなくて、あんたにでしょ?』
「そんな、どうして……?」
『長年片想いを利用されて嫌にならないわけないでしょ? むしろ、縁を切るのが遅すぎよ』
「俺はあいつの片想いを利用なんてしていない!」
『本当に?』

 電話越しの声がやけに冷たく、目の前にいないのに相手のジト目が見えるような気がした。

『本当に、あの子の気持ちを利用していないって言えるの? あの子の気持ちを知っていて、ずっと自分の夢に付き合わせていたのよ?』
「でも、仕事が落ち着いたら正式に付き合おうと思ってこれまで頑張ってきたんだ!」
『それ、いつも不思議だったんだけど、あの子に言ってあげたことある?』
「え?」
『あんた、私たちにはあの子のことよく惚気てたけど、その惚気をあの子の前で見せたことないわよね?』
「いや、そんなことはないと思うが? 仕事がよくできることはしょっちゅう褒めてたし、これまでずっと一緒にいてくれたことにも感謝してた。いずれは結婚するつもりだってこともお前たちの前で言ったこともあっただろ?」
『でも、私たちに惚気るみたいなデレデレの顔は見せたことないでしょう?』
「そんなの見せるわけないだろ!」

 実にだけは格好いい姿を見せていたいに決まっている。

『あんた格好つけだもんね。でも、そのせいで、あんたの言葉、本気にされてなかったわよ?』
「どういうことだ?」
『私があの子に将来を約束してもらってよかったわねって言ったら、あの子、あれは社長の冗談だって少し辛そうに苦笑してたわよ』
「え……俺はそんな冗談言わないが?」
『でも、あの子にだけは本気にされてなかったのよ』
「そんな、どうして?」
『そんなの、あんたのせいでしょ? デートもしない。手も繋がない。好きという一言も言わない。結婚してほしいなんて正面から言ったこともないんでしょ? 冗談だと思われて当然よ』
「でも、あいつはちゃんと俺のことわかってくれていたはずだ。だから、これまでずっと一緒に右腕として頑張ってくれていた」
『わかっていたのは、あんたの夢のことよ。あんたが繰り返し語るから、あんたの夢のことはよく知っていたでしょうね。でも、あんたのあの子への気持ちは何も知らなかったはずよ』

 まさか、年々募るばかりのあいつへの想いが全く伝わっていなかったなんて……

 俺は愕然とした。

「俺は、これから一体どうすれば……」
『今すぐにあの子の家に行けばいいじゃない? こんなところで寄り道してないで』

 もちろん、実の電話番号が社用スマホのものだと知った時にすぐに家に行こうとした。
 しかし、そこで俺は重大なことに気づいたのだ。

「……知らないんだ」
『は?』
「俺は、あいつの家がどこにあるのか知らないんだ。あいつは俺の健康を心配して、俺の家によく料理を作りに来てくれたけど、俺は、一度もあいつの家に行ったことがないんだ……」
『死ね!! このクズ野郎!』

 次の瞬間には電話が切られていた。



 友人に電話を切られた俺は災害時などの緊急用に連絡先を管理しているはずだと思い出して秘書課に聞いたが、個人情報は社長であっても無闇に見せることはできないと言われてしまった。
 それも本人が退職届を出した後にもかかわらず……と、諫めるような声音だった。
 それならばと人事部に問い合わせたが、会社立ち上げ時からの仲間が部長であるため、先ほど電話していた友人同様の反応で断られた。
 電話越しでは冷静な部長としての口調だったが、すぐにスマホにメッセージが送られてきた。

── あいつがやっと不毛な恋に区切りをつけようとしているのに邪魔をするな!

「これから恋人として尽くすつもりだ」と返信してみたが……

── 二十年間一度もできなかったやつができるわけないだろ?

 そう厳しい返信があった。
 友人たちからの信用が恐ろしいほどない。

 俺が勝手をやっていても会社が回っていたのは、実が周囲との関係を良好に保ってくれていたおかげだ。
 俺は本当に、実がいなかったら何もできないのだ。

 精神的にズタズタになって帰ると、冷蔵庫の中に実が作り置きしてくれた料理が入っていた。
 作り置きの入ったタッパには賞味期限の目安とか、何ワットで何分温めるとか、薬味はどうするとか、おすすめの味変とかが付箋に書いてあった。

 実がちょくちょく掃除してくれたおかげでキッチンもリビングも綺麗だ。
 うちによく来てくれてたから遅くなった日には泊まれるように客間も用意したし、遠慮してリビングで寝るかもしれないと思ったからベッド代わりにもできるソファにしたのに、実はこの部屋に一度も泊まったことがない。
 実のために用意した客間のベッドやリビングの広いソファーは他の友人たちが使っていた。

 俺は恋人にするなら実だと決めていた。
 今は仕事が忙しいけれど、ちょっとしたきっかけがあればいつでも実と恋人になるだろうと思っていた。
 だけど、仕事の忙しさを言い訳に、俺は実の気持ちを放置し続けた。
 いや、俺自身は放置していたつもりはないけれど、結果としてそうなってしまった。

 こんな俺だから、嫌気が差してしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
 だけど、俺は他のやつを俺の隣に立たせるつもりはないし、実がこの先、他の奴の隣に立つのかと思うと胸が焼け付くように痛い。

「……」

 俺は胸元のシャツをぎゅうっと握った。

 こんな思いを、実は長いこと抱えていたのだろうか?

 退職届には決まりきった文言だけが書かれていた。
 実の気持ちはたったの一文もなかった。

 俺に文句があったのなら、せめて何か言ってくれれば引き留めることもできたかもしれないのに、決まりきった文言だけの退職届には未練も何も感じられなかった。

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