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第二章 旅の始まりと、初めての戦闘
捜索④~再会~追憶―アレク⑥―
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荒野を、バル、ユーリ、暁斗、泰基は進んでいく。
先頭を歩くユーリの足取りに、迷いはない。
「おい、ユーリ。大丈夫なのか。その教会、一軒あるだけなんだろ。少しでも方向間違えると、着かないぞ」
なんせ、道も何もない。
バルがそう言いたくなるのも分かるが、ユーリからすれば、何も問題はなかった。
「大丈夫です。――光魔法の気配がしますから」
「どういうことだ?」
「教会には、光の女神ヴァナの力が宿っていると言われています。その女神の力が、教会を求めている人に対して、場所を教えてくれることがあるんです。――常に感じるわけではないですが、今ははっきり分かります」
だから大丈夫だと、ユーリは言い切った。
そして、夕方。四人は教会にたどり着いた。
「すいません。どなたか、いらっしゃいますか」
ユーリが先頭になって中に入り、声をかけると、奥から誰かが出てきた。
四人を見ると、目を見張った。
「これはまた珍しい。このような場所に、またお客様がいらっしゃるとは。ご用は何でしょうか。私はフロイドと申します」
頭を下げるフロイドに、ユーリも頭を下げて、挨拶を返した。
「私は、アルカトル王国から来た神官で、ユーリと申します。――実は、人を探していまして、こちらに来たのではないか、と思い、寄らせて頂きました。アレクとリィカ、という二人なのですが、ご存じないでしょうか」
「……ふむ」
フロイドは、ユーリを見て、さらに後ろにいる三人を見る。
期待と畏れ。半々に入り交じったような目を見て、フッと笑うと、
「申し訳ありませんが、こちらで少々お待ち下さい」
奥に入っていったフロイドを待つこと、少々。
戻ってきたフロイドの後ろにいたのは、少女。探していたうちの一人だった。
「「「「リィカ!!」」」」
四人の声が重なった。
「…………………………………みんな……」
床に座り込んだリィカの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
泣き出したリィカに、フロイドが近づいた。
「やっぱりお仲間の方でしたか。良かったですね、リィカさん」
黙って、何度もうなずくリィカに、今度は泰基が近づいた。
バル、ユーリ、暁斗は、泣き出したリィカにどうしていいか分からずに、オロオロしている。
「待たせて悪かった、リィカ。頑張ったな」
言って、頭を優しくなでた。
その様子を見ていたフロイドが、ユーリに話しかけた。
「ところで、ユーリさんも神官との事ですが、《全快》は使えますか?」
その質問に、ユーリがハッとした顔になる。
「ええ、使えます」
「それは良かった。お若いのに素晴らしいですね。私は《上回復》までしか使えないものですから。――アレクさんのところにご案内します」
そして、今度はリィカを見る。
「良かったですね、リィカさん。《全快》であれば、問題なく治ります。アレクさんは、大丈夫ですよ」
その言葉に、さらにリィカは泣き出した。
アレクの傷を見て息を呑む一同に、リィカが小さく告げた。
「……もう二日もね、目を覚まさないの」
「大丈夫ですよ、リィカ。後は僕に任せて下さい」
リィカは、ユーリにコクリと頷いて、回復の様子をずっと見続けた。
※ ※ ※
懐かしい回復魔法の気配に、ほんの少し、アレクの意識が浮上した。
(……ユーリ?)
それだけ思って、また意識は沈んだ。
〔アレクシス〕
暗殺者に備えて、熟睡することのない日が続いていたある日、俺たちは猪の討伐依頼を受けた。
嗅覚がするどく、突進力もある魔物だが、攻撃を躱されてもすぐに方向転換ができないので、その隙に倒すことができる。
その前に、ゴブリンの群れに遭遇して戦闘になったのだが、妙に腕が重いことに気付いた。
(――何だ?)
腕だけじゃない。身体も思うように動かない。
ゴブリン相手にやられるほどではないけれど、明らかにおかしかった。
「シス、どうしました?」
聞かれて一瞬悩んだが、俺の不調に二人を巻き込むわけにはいかなかった。
素直に言うと、まずユーリが眉をひそめた。
「最近、きちんと寝ていないからじゃないですか? 《回復》はしますけど、たまった疲れは魔法じゃ取れないから、きちんと休んで下さい。――依頼、どうします?」
前半は俺に向けて、後半はバルに聞きながら、俺に魔法をかけてくれた。
「確か、数日の猶予はあるはずだ。だったら、今日はやめて明日にしようぜ」
「……二人とも、悪い」
「気にしなくて良いですよ。無理しても良い事なんてないんですから」
「そうだぜ。それよりも、ちゃんと具合悪いって言えて、偉いじゃねぇか」
「子供扱いするな!」
じゃあ帰ろうか、と動き出したとき、ドドドドド……と地響きがした。
「……やばいな。猪だ。――来るぞ!」
バルがそういった瞬間、こっちに突進してくる猪の姿が見えた。
目が合った、と思った瞬間、横に躱そうとして、――躱しきれなかった。
思い切り跳ね飛ばされて、近くの木に叩き付けられる。
「……ぐっ!」
とんでもなく痛い……が、そうも言っていられない。次に突進してくる前に動かないと、と思ったが、身体が重い。
「シス!」
「『光よ。彼の者を守る障壁を作れ』! ――《結界》!」
動けない俺を見て取って、俺の回りにユーリの結界が作られた。
猪が再度突進してきたが、《結界》が防いだ。しかし、
(こんなに威力あるのか!? これじゃ二度目の突進で《結界》は壊れるぞ!)
そう思ったが、《結界》にぶつかって動きの止まった猪に、バルが切りつけて、一撃で倒した。
「シス! 大丈夫か?」
「ああ。あっちこっち痛いけど、大丈夫だ」
これなら動けないこともないだろう。と思ったら、再びドドドドド……と地響きがした。
「まさか!」
二匹目の猪が姿を表した。そして、俺とバルのいる方に突進してくる。
バルは、俺の方をチラッと見ると、避けずにその場で剣を構える。
「ばかっ、バル! 何やってるんだ! 避けろ!」
「《光球》!」
いつの間に詠唱していたのか、ユーリの魔法が猪に命中する。しかし、スピードは落ちたが、変わらず突進してくる。
「――バル!」
俺が悲鳴のような声を上げたとき、
「……しょうがないですね。少し手をお貸ししますよ」
そんな声が聞こえて、誰もいなかったはずの空間に、いきなり黒ずくめの姿が現れた。と思ったら、突進中の猪を、横から蹴り飛ばした。
「「「……は……?」」」
あまりに突然のことに、思考が追いつかない。
しかし、そんな事は関係ないとでも言わんばかりに、
「とどめを刺して下さい」
「あ、ああ……」
言われたバルは、呆然としながらもとどめを刺したが、……もう黒ずくめの姿はなかった。
「……え……ええ……?」
幸いにも、三匹目の遭遇はなく、依頼の達成報告をして、今日は解散となった。
バルに、何で避けなかった、と聞いたら、もう《結界》はもたなかっただろう? と言われ、逆に気付いていなかったらしいユーリが驚いて、落ち込んでいた。
落ち込んだユーリをなだめつつ、俺は秘密の通路を通って城に戻った。
思い出すのは、俺たちを助けてくれた、あの男の事だ。
(一体何者なんだ? 突然現れて気味が悪い)
そんな事を考えていたら、侍女に呼び止められた。見かけたら、父上の執務室に来るように伝えてくれ、と話があったらしい。
タイミングがいいな、と思いながらそのまま向かう。
そして、執務室に入ると、そこにいたのは父上一人だった。
(いや、もう一人いる?)
違和感はあるが、姿が見えない。否が応でも、兄上に暗殺者が差し向けられたときのことを思い出して、その場で立ち止まった。
――と、父上の後ろに黒ずくめの姿が見えた。
「あ…………っ!?」
危ない、と言おうとして、その黒ずくめを見たことがあることに気付いた。
――俺たちを助けてくれた、あの黒ずくめの男だ。
「アレク。そんな所で突っ立ってないで、さっさとこっちに来い」
父上から声がかかった。ニヤニヤと面白そうに笑っている。
(……なんか、嫌な予感しかしないんだが……)
黒ずくめの男から目を離せないまま、父上に近づくと、その男に一礼された。
「アレク。紹介しておこう。こいつはフィリップと言う。儂の子飼いの諜報機関の長をやっておる」
「アレクシス殿下には、お初にお目にかかります。諜報機関『影』の長をやっております、フィリップと申します」
「……諜報機関……?」
「まあ、本来であれば裏に徹している連中だ。国ではなく、あくまでも儂個人のための諜報機関だな。気配は完全に断つし、情報を集めるだけでなく、戦う方にも秀でておる。おかげで、政治的にもずいぶん助かっておるし……」
そこで一瞬言葉を切って、意味ありげに俺を見る。
「勝手に城を抜け出して好き勝手やっているどこぞの放蕩息子を、見守ってもらうこともできる、というわけだな」
「…………!」
「おや、陛下。見守りですか? 監視と仰っていた気が致しますが」
「おぬしは、少しは儂に配慮しろ。監視と言って嫌われたらどうする」
……この際、監視でも見守りでもどっちでもいい。
要するに、城の外でのこと、全部バレていた、ってことじゃないか……!
ずっと見られていて、今回は危ないと思われて、手を出してきたって事か。
――そうだ。俺はいいが、バルとユーリはどうなるんだ?
「アレク。今日のところは休め」
そう声を掛けられ、父上を見る。
「今晩は、ミラー騎士団長が王宮に詰めてくれることになった。だから、お前は気にせずに休め。――毎晩のように暗殺者に備えるなど、どこかで諦めるかと思ったが、まったく諦めようとせん。今日は、何も考えずに寝ろ」
「……あ、の。父上……」
「……好きなこと、やりたいことをやれるのも、今だけだ。大人になっていけば、やりたくてもできないことなど、たくさんある。だから、自由にやればいい」
俺は、大きく目を見開いた。
「ただし、無理はするな。無茶はするな。万が一にでも死ぬような真似は絶対に許さんからな」
「……はい」
「ちなみにお前たちがやっていることは、ミラー騎士団長も、シュタイン神官長も大分前から知っておるぞ」
これには頭を抱えた。
そして、ぐっすり寝た次の日。
外で会った二人に、フィリップの事などを話すと、二人も頭を抱えた。
「これだけ出かけているのに、何も言ってこないなあ、とは思ってたんですよ……」
「全部バレてる、ってマジかよ……」
そして、三人そろって大きなため息をついた。
こうしている今も、たぶんどこかで見られているんだろうな……。
気力をなくした俺たちは、今日依頼を受けるのは、やめておいた。
ついでに、王宮でも公の場でなければ、気軽に話してほしい、と言ってみたら、二つ返事で答えが返ってきた。
ただ、俺の名前は、王宮では「アレク」呼びで、という事だけは付け足しておいた。
先頭を歩くユーリの足取りに、迷いはない。
「おい、ユーリ。大丈夫なのか。その教会、一軒あるだけなんだろ。少しでも方向間違えると、着かないぞ」
なんせ、道も何もない。
バルがそう言いたくなるのも分かるが、ユーリからすれば、何も問題はなかった。
「大丈夫です。――光魔法の気配がしますから」
「どういうことだ?」
「教会には、光の女神ヴァナの力が宿っていると言われています。その女神の力が、教会を求めている人に対して、場所を教えてくれることがあるんです。――常に感じるわけではないですが、今ははっきり分かります」
だから大丈夫だと、ユーリは言い切った。
そして、夕方。四人は教会にたどり着いた。
「すいません。どなたか、いらっしゃいますか」
ユーリが先頭になって中に入り、声をかけると、奥から誰かが出てきた。
四人を見ると、目を見張った。
「これはまた珍しい。このような場所に、またお客様がいらっしゃるとは。ご用は何でしょうか。私はフロイドと申します」
頭を下げるフロイドに、ユーリも頭を下げて、挨拶を返した。
「私は、アルカトル王国から来た神官で、ユーリと申します。――実は、人を探していまして、こちらに来たのではないか、と思い、寄らせて頂きました。アレクとリィカ、という二人なのですが、ご存じないでしょうか」
「……ふむ」
フロイドは、ユーリを見て、さらに後ろにいる三人を見る。
期待と畏れ。半々に入り交じったような目を見て、フッと笑うと、
「申し訳ありませんが、こちらで少々お待ち下さい」
奥に入っていったフロイドを待つこと、少々。
戻ってきたフロイドの後ろにいたのは、少女。探していたうちの一人だった。
「「「「リィカ!!」」」」
四人の声が重なった。
「…………………………………みんな……」
床に座り込んだリィカの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
泣き出したリィカに、フロイドが近づいた。
「やっぱりお仲間の方でしたか。良かったですね、リィカさん」
黙って、何度もうなずくリィカに、今度は泰基が近づいた。
バル、ユーリ、暁斗は、泣き出したリィカにどうしていいか分からずに、オロオロしている。
「待たせて悪かった、リィカ。頑張ったな」
言って、頭を優しくなでた。
その様子を見ていたフロイドが、ユーリに話しかけた。
「ところで、ユーリさんも神官との事ですが、《全快》は使えますか?」
その質問に、ユーリがハッとした顔になる。
「ええ、使えます」
「それは良かった。お若いのに素晴らしいですね。私は《上回復》までしか使えないものですから。――アレクさんのところにご案内します」
そして、今度はリィカを見る。
「良かったですね、リィカさん。《全快》であれば、問題なく治ります。アレクさんは、大丈夫ですよ」
その言葉に、さらにリィカは泣き出した。
アレクの傷を見て息を呑む一同に、リィカが小さく告げた。
「……もう二日もね、目を覚まさないの」
「大丈夫ですよ、リィカ。後は僕に任せて下さい」
リィカは、ユーリにコクリと頷いて、回復の様子をずっと見続けた。
※ ※ ※
懐かしい回復魔法の気配に、ほんの少し、アレクの意識が浮上した。
(……ユーリ?)
それだけ思って、また意識は沈んだ。
〔アレクシス〕
暗殺者に備えて、熟睡することのない日が続いていたある日、俺たちは猪の討伐依頼を受けた。
嗅覚がするどく、突進力もある魔物だが、攻撃を躱されてもすぐに方向転換ができないので、その隙に倒すことができる。
その前に、ゴブリンの群れに遭遇して戦闘になったのだが、妙に腕が重いことに気付いた。
(――何だ?)
腕だけじゃない。身体も思うように動かない。
ゴブリン相手にやられるほどではないけれど、明らかにおかしかった。
「シス、どうしました?」
聞かれて一瞬悩んだが、俺の不調に二人を巻き込むわけにはいかなかった。
素直に言うと、まずユーリが眉をひそめた。
「最近、きちんと寝ていないからじゃないですか? 《回復》はしますけど、たまった疲れは魔法じゃ取れないから、きちんと休んで下さい。――依頼、どうします?」
前半は俺に向けて、後半はバルに聞きながら、俺に魔法をかけてくれた。
「確か、数日の猶予はあるはずだ。だったら、今日はやめて明日にしようぜ」
「……二人とも、悪い」
「気にしなくて良いですよ。無理しても良い事なんてないんですから」
「そうだぜ。それよりも、ちゃんと具合悪いって言えて、偉いじゃねぇか」
「子供扱いするな!」
じゃあ帰ろうか、と動き出したとき、ドドドドド……と地響きがした。
「……やばいな。猪だ。――来るぞ!」
バルがそういった瞬間、こっちに突進してくる猪の姿が見えた。
目が合った、と思った瞬間、横に躱そうとして、――躱しきれなかった。
思い切り跳ね飛ばされて、近くの木に叩き付けられる。
「……ぐっ!」
とんでもなく痛い……が、そうも言っていられない。次に突進してくる前に動かないと、と思ったが、身体が重い。
「シス!」
「『光よ。彼の者を守る障壁を作れ』! ――《結界》!」
動けない俺を見て取って、俺の回りにユーリの結界が作られた。
猪が再度突進してきたが、《結界》が防いだ。しかし、
(こんなに威力あるのか!? これじゃ二度目の突進で《結界》は壊れるぞ!)
そう思ったが、《結界》にぶつかって動きの止まった猪に、バルが切りつけて、一撃で倒した。
「シス! 大丈夫か?」
「ああ。あっちこっち痛いけど、大丈夫だ」
これなら動けないこともないだろう。と思ったら、再びドドドドド……と地響きがした。
「まさか!」
二匹目の猪が姿を表した。そして、俺とバルのいる方に突進してくる。
バルは、俺の方をチラッと見ると、避けずにその場で剣を構える。
「ばかっ、バル! 何やってるんだ! 避けろ!」
「《光球》!」
いつの間に詠唱していたのか、ユーリの魔法が猪に命中する。しかし、スピードは落ちたが、変わらず突進してくる。
「――バル!」
俺が悲鳴のような声を上げたとき、
「……しょうがないですね。少し手をお貸ししますよ」
そんな声が聞こえて、誰もいなかったはずの空間に、いきなり黒ずくめの姿が現れた。と思ったら、突進中の猪を、横から蹴り飛ばした。
「「「……は……?」」」
あまりに突然のことに、思考が追いつかない。
しかし、そんな事は関係ないとでも言わんばかりに、
「とどめを刺して下さい」
「あ、ああ……」
言われたバルは、呆然としながらもとどめを刺したが、……もう黒ずくめの姿はなかった。
「……え……ええ……?」
幸いにも、三匹目の遭遇はなく、依頼の達成報告をして、今日は解散となった。
バルに、何で避けなかった、と聞いたら、もう《結界》はもたなかっただろう? と言われ、逆に気付いていなかったらしいユーリが驚いて、落ち込んでいた。
落ち込んだユーリをなだめつつ、俺は秘密の通路を通って城に戻った。
思い出すのは、俺たちを助けてくれた、あの男の事だ。
(一体何者なんだ? 突然現れて気味が悪い)
そんな事を考えていたら、侍女に呼び止められた。見かけたら、父上の執務室に来るように伝えてくれ、と話があったらしい。
タイミングがいいな、と思いながらそのまま向かう。
そして、執務室に入ると、そこにいたのは父上一人だった。
(いや、もう一人いる?)
違和感はあるが、姿が見えない。否が応でも、兄上に暗殺者が差し向けられたときのことを思い出して、その場で立ち止まった。
――と、父上の後ろに黒ずくめの姿が見えた。
「あ…………っ!?」
危ない、と言おうとして、その黒ずくめを見たことがあることに気付いた。
――俺たちを助けてくれた、あの黒ずくめの男だ。
「アレク。そんな所で突っ立ってないで、さっさとこっちに来い」
父上から声がかかった。ニヤニヤと面白そうに笑っている。
(……なんか、嫌な予感しかしないんだが……)
黒ずくめの男から目を離せないまま、父上に近づくと、その男に一礼された。
「アレク。紹介しておこう。こいつはフィリップと言う。儂の子飼いの諜報機関の長をやっておる」
「アレクシス殿下には、お初にお目にかかります。諜報機関『影』の長をやっております、フィリップと申します」
「……諜報機関……?」
「まあ、本来であれば裏に徹している連中だ。国ではなく、あくまでも儂個人のための諜報機関だな。気配は完全に断つし、情報を集めるだけでなく、戦う方にも秀でておる。おかげで、政治的にもずいぶん助かっておるし……」
そこで一瞬言葉を切って、意味ありげに俺を見る。
「勝手に城を抜け出して好き勝手やっているどこぞの放蕩息子を、見守ってもらうこともできる、というわけだな」
「…………!」
「おや、陛下。見守りですか? 監視と仰っていた気が致しますが」
「おぬしは、少しは儂に配慮しろ。監視と言って嫌われたらどうする」
……この際、監視でも見守りでもどっちでもいい。
要するに、城の外でのこと、全部バレていた、ってことじゃないか……!
ずっと見られていて、今回は危ないと思われて、手を出してきたって事か。
――そうだ。俺はいいが、バルとユーリはどうなるんだ?
「アレク。今日のところは休め」
そう声を掛けられ、父上を見る。
「今晩は、ミラー騎士団長が王宮に詰めてくれることになった。だから、お前は気にせずに休め。――毎晩のように暗殺者に備えるなど、どこかで諦めるかと思ったが、まったく諦めようとせん。今日は、何も考えずに寝ろ」
「……あ、の。父上……」
「……好きなこと、やりたいことをやれるのも、今だけだ。大人になっていけば、やりたくてもできないことなど、たくさんある。だから、自由にやればいい」
俺は、大きく目を見開いた。
「ただし、無理はするな。無茶はするな。万が一にでも死ぬような真似は絶対に許さんからな」
「……はい」
「ちなみにお前たちがやっていることは、ミラー騎士団長も、シュタイン神官長も大分前から知っておるぞ」
これには頭を抱えた。
そして、ぐっすり寝た次の日。
外で会った二人に、フィリップの事などを話すと、二人も頭を抱えた。
「これだけ出かけているのに、何も言ってこないなあ、とは思ってたんですよ……」
「全部バレてる、ってマジかよ……」
そして、三人そろって大きなため息をついた。
こうしている今も、たぶんどこかで見られているんだろうな……。
気力をなくした俺たちは、今日依頼を受けるのは、やめておいた。
ついでに、王宮でも公の場でなければ、気軽に話してほしい、と言ってみたら、二つ返事で答えが返ってきた。
ただ、俺の名前は、王宮では「アレク」呼びで、という事だけは付け足しておいた。
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