怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒（kuwa）

文字の大きさ

大中小

64 / 185

62話

しおりを挟む

これでゼギくんたちの方針は決まった。ゼギくんらしくて面白い選択だ。

「メナ少し話せるか？」

ゼギくんにしては珍しく慎重な聞き方で、少しは悪いとは思っているようだ。

「今はゼギくんと話したくない」

「そりゃ怒ってるか。なら勝手に喋るから聞きたくなきゃ耳を塞いどけ。マルスはまだ生きてる。獲物を奪った挙句、倒せなかったのは悪い。そんな身で頼むのは悪いが、手を貸してくれないか？」

「えっ？」

思わず声が出てしまう。ゼギくんがこんなに真剣に頼んでくるのは初めてだ。それもどの勢力につくかなんて全てを左右するようなお願いは聞いたことがない。

ゼギくんは去る者は追わず来る者は拒まずの人だ。そのゼギくんが私を頼ってくれた。そのことに表情が緩む。

「えへへ～、ゼギくんそんなにお姉さんのことが好きならそう言えばいいのに～。可愛いな～もう」

さっきまで怒っていたことも忘れてゼギくんを抱きしめてしまう。はっ、まさか私の怒りを静めるための策略！？

「鬱陶しいが、手を貸してくれるなら今日くらいは我慢するぞ」

「えっ、じゃあお言葉に甘えて……」

ゼギくんが止めるの待ちで強く抱きしめるが、ゼギくんに抵抗する様子はない。嫌そうな顔はしているものの拳を強く握って耐えている。私のハグはそんなに嫌なのか…ってそうじゃない。ゼギくんがそこまで頼むのなら答えは1択だ。

「ゼギくんにお願いされたら断れないよ」

「そうか。じゃあ早速、この世界全域に人形を放ってくれ。それで四六時中動かせる体制を整えろ」

「えーっと、間隔はどのくらいのつもりかな？」

「切り替えるだけで全域が見えるようにだ」

考えたくもないくらい無茶な要望だ。しかし、嫌な予感は止まらない。

「もしかして…屋内も？」

「当たり前だ」

「ゼギくん怒ってる？」

最早嫌がらせとしか思えない無茶な要望に涙目になるが、ゼギくんの表情は変わらない。どうやら真面目に言っているようだ。

「いいや」

「えーっと…私の力じゃ足りないかなーって…」

「魔力なら俺が提供してやるし報酬はもう得始めてるよな？今更できませんが通る訳ないだろ」

あははー、これはゼギくん怒ってるなー。でも、それだけ頼ってもらえるのは素直に嬉しい。これからが過労になることは決まったから遠慮なく報酬を貰おう。

そうゼギくんを改めて強く抱きしめる。

「メナドールさんは早く仕事してください！」

「羨ましいのかな？でも残念、これは私の報酬だから譲りませーん」

羨ましそうに怒っているララちゃんに少し意地悪をしてしまう。ゼギくんを上げるつもりはない。

「そんな理由でしかご主人様に拒絶される癖に…」

「私は拒絶されないもん。だってゼギくんが拒絶する方が面倒くさいって思うまで絡んだもん」

あれ？言ってて悲しくなってきたな。ゼギくん慰めてよ。

そう視線を送るがゼギくんは嫌そうな表情を浮かべているだけだ。ゼギくんはツンデレ、そういうことにしよう。

しばらくゼギくんを堪能して周りが呆れて部屋を出て行くとゼギくんを離す。

「あの子たちにも戦わせるの？」

これは気になっていたことだ。ここに残る以上、戦闘に巻き込まれることは避けられないがここに護衛をつけられるほど余剰戦力はない。それどころかララちゃんたちにも前線に立ってもらいたいくらい戦力不足だ。

「アルとスー、腐れは最低限戦えるくらいにはするつもりだ。まぁ、庭との戦いは俺が受け持つつもりだけどな」

「私も戦わなくていいの？」

「庭との戦いはな。それまでは目と戦いで相当動いてもらう」

庭との戦いまでゼギくんは力を蓄える算段か。悲しいことに私が戦えるくらいまで強くなるのは間に合わない。それくらいには戦力差がある。

だから庭との戦いまでの戦闘は私とアルメシアちゃんでどうにかする。

「分かったよ。ところで七英雄と柱はどうするの？」

「七英雄の方は放置ってことで話はつけてある。柱の方も基本的には七英雄に任せるつもりだ。その間にここを整える」

「だから目が必要なんだね。どれだけ目を置いても庭には対応できないと思うけど、庭が攻めてくる可能性はないの？」

「ないな。あいつ等との戦いは庭でになる。そうでなきゃ世界が耐えられない」

世界が耐えられない、か。それ程の戦いと分かっていれば逆に自分にできることに専念しようと割り切れる。

「じゃあ早速だけど魔力を貰える？」

「分かった」

そうゼギくんは手を差し出す。その手を握り返すが、恥ずかしい。いつも抱き着いているのに手を握っているだけの今の方が恥ずかしい。ゼギくんから手を出してくれたからかな？

「何で顔赤らめてんだよ」

ゼギくんは何とも思っていないようだ。ムードも何もあったものじゃない。

ゼギくんからの膨大な魔力を受け取って自分の魔力に変換する。そしてその魔力から蠍を生成していくと、あっという間に部屋を埋め尽くすくらいの蠍が生成された。

それにしてもゼギくんの魔力は凄い濃度だ。生み出した蠍の強度や視界の広さ、操作精度からもそれは分かる。最初から開けておけばよかったが、窓を開けて蠍を放つ。すると外から「きゃー！」という悲鳴が聞こえてきた。

ララちゃんかな？うーん、この蠍ちゃんたちは可愛いと思うんだけどなー。

どれくらいの時間続けていたかは分からないが、相当な時間蠍を生成し続けるとゼギくんは眠ってしまった。

かなり序盤で数えるのは止めたが6桁は軽く超えていた。私なら4桁も生成すれば意識を失ってしまうだろう。やっぱりゼギくんは桁外れだなー。

まだ蠍の数は足りないがゼギくんが眠ってしまったからには蠍の生成はできない。

そう防衛の下見も兼ねて外へ散歩に行く。

「えいっ、やー！」

歩いていると裏庭の方からそんな声が聞こえてくる。気になって見に行くと闇商人ちゃんがララちゃんとルルちゃんに剣の振り方を教えていた。

「何をやってるのかな？」

黙ってみているのも悪くて声を掛ける。

「あっ、メナドールさん、私たちも最低限の自衛くらいはできるようになろうと思いまして…」

少し恥ずかしいのかモジモジとしながらララちゃんが答える。これからの戦闘を考えれば戦力にならないことを分かっているのだろう。だけど、それは尊いことだ。

「何も恥ずかしいことはないわ。各々が自分にできることをする。その気持ちが大事なの。闇商人ちゃんだって始めは今のララちゃんとルルちゃんよりも酷かったでしょ？」

「そうですね。私の場合は剣も握れませんでした。そのことを考えれば2人とも強くなれますよ」

闇商人ちゃんの場合は年齢も事情も違うだろうけど2人に自信をつけさせるためにそう言うと闇商人ちゃんも乗ってくれた。流石にその辺りの空気の察知には敏感だ。

それでも2人も意図に気づいているのか表情が浮かない。

「それじゃあ私がスキルの使い方を教えてあげる」

「そんな七英雄のメナドール様に教えていただくなんて恐れ多いです！」

そうララちゃんに首をブンブンと横に振りながら断られた。元の立場が立場だから仕方がないけれど少し距離を感じる。これからは一緒に生活する身なのだから互いに過剰な気遣いはない方がいい。

「人に教えるっていうのは勉強になるのよ？忘れかけている基礎を思い出せて自分のスキルを見直すことができるの。急には強くなれないけれど、見直せば無駄を減らせる。だから貴方たちにスキルを教えさせてくれないかしら？」

これは距離を縮めるためというのもあるが、本当のことだ。それに納得したのかララちゃんとルルちゃんは笑顔になる。

「そういうことでしたらお願いします！」「お願いします！」

「闇商人ちゃんもね」

「はい。是非お願いします」

こうして空いている時間は3人にスキルを教えることになった。

しおりを挟む