怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

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90話

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ドラルの城に戻るとマルスとカイゼルが来たのか城の近くで顔を合わせる。2人とも大した傷を負っているようには見えない。

マルスは後方で指揮を執りカイゼルは防衛線で戦闘に参加していたのだろうが、アタイたちとは戦っている相手が違う。ゼギウスは指揮を執りながら柱3体を引きつけ、エストとメビスはカイゼルと同期ながらも柱と戦っていた。

それを思うと少し解せない。何より、今こうやって自分の指揮を悔いているゼギウスを見ると八つ当たりだと分かっていても腹が立つ。

「お互い大変だったね」

こっちの状況を知らない何気ない労いの言葉だったのだろう。しかし、その言葉は今のアタイには許容できなかった。

「ふざけんな!後方で遊んでたアンタがお互いなんて言うな!」

痛む体を強引に動かしてマルスに襲い掛かる。それは即座にゼギウスに押さえられカイゼルもマルスの前に立つ。

「シアン、抑えろ!今暴れたら不味い」

珍しくゼギウスに押さえつけられた。そこに違和感を覚えながらも体はゼギウスを振り切ろうと暴れている。アタイの体がボロボロなのを知っているからそう言っているのかもしれないが今はどうでもいい。

「そっちで何があったのかな?僕もカイゼルも遊んでいると言われるほど怠けていたつもりはないんだけど」

「グラがやられたんだよ。俺の指揮力不足だ」

そうゼギウスは辛そうな顔をする。止めてよ、アタイが立ち直ったように虚勢を張っているのはアンタに責任を感じさせないためなのにそんな顔をしないでよ…悪いのは忠告を無視して変な戦い方をしたアタイなんだから…

「そういうことか。それは僕たちも戦線を上げて圧をかけるべきだったね。だけど僕もカイゼルも遊んでいるって言われるほど楽な戦いはしてないよ」

気持ちを抑えようとしているのにマルスの言葉1つ1つがアタイを逆撫でする。

確かに楽な戦いはしていないだろう。即席の軍の指揮の大変さも広域を守る戦いの難しさは分かっている。それでもやはり納得がいかない。

「何が楽な戦いはしてない、さ!七英雄じゃなくなったゼギウスに指揮を執らせた挙句、1番負担のかかる場所をやらせておいて、戦線を上げるくらい余裕があったのに楽じゃないなんてよく言えたね!」

「ゼギウスに指揮を執らせたのも負担のある場所を任せたのも前線に居た君やメナドールの責任だろう?それを棚に上げて僕の責任って随分と無責任な七英雄になったね」

それは正論だし、動けない状態になっていたアタイとメナドールの責任は重い。それでもあの状況、あの場で最善を尽くしていないのはマルスで、そう思うとこの態度は許せない。

「だ___」

「止めろ。とりあえずこの先どうするかを話すのが最優先だ。シアンも抑えろ」

そうゼギウスに言葉を遮られる。押さえつけから解放されたと思ったら流れるように担がれて耳打ちをされた。

「今マルスに接触したら気づかれるぞ。そうなったら少なくとも《暴食》は回収される。だから今は抑えろ」

「……ごめん」

ズルいなぁ。自分も辛いはずなのにアタイのことを気遣っている。ゼギウスはこういうところがあるから憎めない。ゼギウスにそう言われたらもうアタイは何も言えないじゃん。

ゼギウスに負んぶされたままゼギウスの部屋に連れて行かれる。部屋の中にはメナドールが寝かされていて、その傍にはエストがついていて凄く心配そうな表情で見つめていた。他にもメビスといつもゼギウスの元に居る人たちが居るが特に会話はなく空気は重い。

それはメナドールの容態が原因だろう。

聞いていたようにメナドールは重症なようで未だに意識がないようだ。そこに闇商人が付きっ切りで治療をしている。それも手術をしているというよりかは回復を早めるような手つきだ。

それはメナドールの重症さを表していた。腕の良い術師のスキルなら基本的には1回で完治させられる。そうでなくても自然回復を早めるような処置をするということは余程軽いか余程重いかだ。

前者はあり得ないからメナドールの復帰まで最低半年はかかると見てもいい。

グラのことも辛いだろうが、こうやって状態を目の当たりにする方が辛いだろう。それでもゼギウスは冷静な声で聞く。

「腐れ、どうだ?」

「できる限りのことはしましたが私の腕では完全回復には至りませんでした。申し訳ありません。状態は命の危機は脱しましたが、依然意識が戻る気配はありません。凍っていたおかげで間に合いましたが凍っていたせいで魔力回路を一部完全に閉ざされました」

この言葉はゼギウスに向けてというよりアタイやマルスに説明しているような口調だ。

それにしても魔力回路が閉ざされたとなると一般的に見れば実戦復帰は絶望的だ。メナドール自身の強さにゼギウスがついていることも考えれば復帰はできると思うが、簡単にはいかないだろう。

次に柱が進攻してくる時があったとして、その時までの回復は絶望的だ。そうなると当然、問題がある。

「ゼギウス、こうなったら《色欲》は返してもらうよ」

分かっていたが、やはりそういう話になった。ゼギウスの心境を考えれば現状維持にしてあげたいとは思うが、現状の戦力を考えれば七英雄に実質的な空席は作れないというのも分かる。

「それはできねぇな。今取り出せばメナがもつか分からねぇし回復が遅くなる」

「そうも言っていられない事情なのは分かっているだろう?グラを失いメナドールは回復するか分からない。シアンもすぐには戦えない。エスト、メビス、カイゼルにはまだ何かを任せられるほど信用と実績がない。その状況で七英雄でもない君に預けられる戦力はないよ」

腹立たしいがマルスの言っていることは正論だ。それでもゼギウスの擁護をしたいが、《暴食》の事を隠している手前、何も言えない。アタイの擁護がなくてもゼギウスは自分でどうにかできる、そう都合のいい考えをしてしまう。

「柱もすぐには来ねぇよ。ヴラドサには致命傷を与えた。頭脳を潰せば纏まれねぇ」

「それは柱の話で、僕が問題視しているのは庭に対してだよ。復帰できるかも分からないメナドールにいつまでも七英雄の称号を与えておくなら早く見切りをつけた方がいい」

「ならメナの代わりって赤頭と黄頭以下だろ?アホか、そんな奴育てるならメナの復帰を待った方がいいに決まってんだろ」

普段なら本人が居る前では言葉を包むところは包むが、今はその余裕もないようだ。特にエストの方は責任を感じているのか俯いている。生意気なことを言いそうなメビスも唇を噛んで黙っていた。

「それならメナドールが復帰したら戻せばいい」

「それだとメナがもつか分からねぇって言ってんだろ」

マルスとゼギウスの言い争いは過熱していく。一触即発の雰囲気で、ララやルルは恐怖で体が震えている。そんな状況になってもアタイは口を挟めないでいた。

「君みたいな無責任な立場は理想や聞こえの良いことをやればいいかもしれないけど、僕は違う。七英雄、延いては人類を率いる立場だ。そこに私情は挟めない」

「だから俺に譲れってか?それはねぇな。俺はメナを巻き込んだ。俺が巻き込んだ以上、俺の元に居る間は死なせねぇ」

「本当に君はカッコいいよ。だけど、互いに譲れないならやることは1つだね」

「仕方ねぇな。アル、万が一に備えて警戒はしとけよ。《扉》」

そうゼギウスが唱えるとゼギウスとマルスは靄を通ってどこかへ消えていった。そんな2人を見送りながらアタイは《暴食》のことが気づかれなくてホッとしていた…
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