怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

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137話

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「我よりもゼギウスの方が危ういのではないか?」

(他者の心配をするより自らの心配をするんだな、弱き者よ)

「いつになったら我のことを名前で呼ぶのじゃ!」

(この戦いに勝利した暁には名前で呼ぶことも考えよう。我等ドラゴンにとってそれだけ名は重い)

だからこの者は名乗らないのじゃな。それは別によいのだが、敵の姿が見えぬ。

橙色の靄を潜り広い空間に出たというのに庭の者の姿がない。もしや、我だけ騙された?

そう思っていると背後から魔力の揺らめきを感じる。そこへ振り向きもせず尻尾で払うと手で軽々と受け止められた。

「不意打ちとは自信がないのじゃな」

「あら?気づかれると思ってなかったわ。成長したのね」

受け止められた尻尾を撫でられながらそう褒められる。我のことを知っているような言い方だが、この者は実際に見ていたのだろう。手の内は知られていると思った方が良さそうじゃ。

だが、気になるのはそれだけではない。この者の手からは何も感じぬ。本当にただ撫でているだけ?いや、敵を前にそんなことはあり得ぬ。なら何を狙っているのじゃ?

そう内側で考えながら会話は途絶えさせないようにする。

「どこ目線じゃ!お主は我の敵であろう?」

「敵と言っても同じ魔物よ。本来なら私たちが敵対する理由はないわ」

この期に及んで何を言っているのじゃ。まさか本気で言っている訳ではあるまいな。

「同じではない。我とお主は見据える未来を違えたのじゃ。そうなった以上、同族でも争うのは当然のことであろう?」

「そうね、アルメシアちゃんの気持ちも分かるわ。ゼギウスちゃんは魅力的だもの。私もそっちに着きたいくらいにね」

さっきから何なんだこの者は、緊張感の無い会話にさっきの撫で…調子が狂うのじゃ。

そう気が緩んだ一瞬に掴まれていた尻尾から何やら魔力を注がれ魔力回路を乱される。その乱れで《龍装》が解かれた。

「なつ……お主、今何をしたのじゃ」

魔力回路を多少乱されたとはいえ、ドラゴンの姿が保てなくなるほどではなかったはず。それなのに魔力回路を修復する間もなく《龍装》が解けた。

だが、考える間もなくグリードに話しかけられる。

「ふふっ、敵を前に油断しちゃダメよ。私たちはずっと見てたんだから対策くらい考えてるわ」

そう我の頬を優しく撫でるとグリードは奥に歩いていく。

我と同じ人型の魔物にして耳や尻尾が狐のような女性。だが、ただの狐ではなく尻尾は9つ生えている。それだけでなく、戦う気の無い喋り方とは裏腹にグリードの体の内からは荒々しい戦闘狂の魔力を感じた。

(弱き者、気をつけろ。あの者は危険だ)

(そんなこと分かっておるわ。お主、あの者の思考は読めぬのか?)

そうグリードに会話を悟られないように念話に切り替える。もしドラゴンがグリードの思考を読めるのであればあの不可解な行動の意図も分かるかもしれない。

(読めるが無理だ)

(どういうことじゃ?)

(あの者の中には9つの魂が入っていて常に複数の思考がある。その全てを読むことはできるが、弱き者に伝える間に実行されるだろう)

そこに嫌な予感がする。庭に入った時、プライドを除き靄が設置されていて我等に敵を選ぶ権利があった。靄の色からその奥に待つ敵を考え全員が入ったはずじゃ。

実際に靄の色通り我の前にはグリードが居た。

だから我等が選んだ気でいた。だが、もしかしたら誘導されていただけかもしれぬ。

庭は我等の行動を見ていた。そこから誰が来るのかを考え備えていてもおかしくはない。

寧ろ、そうでもなければ我の相手にドラゴンが思考を読み切れない相手がいるとは思えない。それに我の《龍装》への対応の早さも考えるとその可能性は余計に高くなる。

「そんなに深く考えなくても大丈夫よ。私が全員の対策を考えていただけで他所は何も考えていないわ」

「お主も思考が読めるのじゃな」

「アルメシアちゃんの考えていることが分かりやすいだけよ。アルメシアちゃんの内側に居るドラゴンの思考は読めないもの」

ちゃん呼びに戦う気がないような素振り、本当に調子が狂う。だが、さっきはそう思っている間に《龍装》を解かれた。

だから気は抜けぬ。

「あら、残念。また気を抜いたらお仕置きしようと思ってたのに…」

「同じ手は何度も食わぬわ」

「そう……じゃあ普通に戦うしかねぇな」

言葉遣いが変わったかと思えば、グリードの顔つきも変わった。穏やかで優しい垂れ目は気性の荒そうな鋭いつり目に変わると、消えるように距離を詰めてくる。

その緩急に対応が遅れる。一瞬にして懐まで潜り込まれると、低い姿勢から蹴り上げられた。

それを下向きに手をクロスして腕から先を《龍装》で強靭なドラゴンに変えて受け止める。が、その細い足からは想像できないような威力の一撃で受け止め切れずに大きく宙に飛ばされた。

即座に宙で翼を広げ体勢を立て直してグリードを見下ろそうとする。が、グリードの姿が見えない。最初と同じように隠れた?

「そんな小細工しねぇよ」

そう背後から声が聞こえたと思ったら地面に蹴り落とされた。

先に声が聞こえたおかげで受け身が間に合い地面を転がり起き上がる。だが、再びグリードを見失った。

速いっ。さっきの今で目を切らないように意識していたつもりだったのに背面から蹴られたこともあり受け身を取った時にはグリードの姿がなかった。

そこからも対応ができないまま一方的に蹴り上げられては蹴り落とされてを繰り返す。それでも回数を追うごとに少しずつ反応が速くなり受け身は余裕で間に合うようになった。

それにグリードがスキルを使っていないのと我が魔力を使って受け止めていたのもあり大したダメージは受けていない。

「流石に硬ぇな。だけど、弱ぇ」

「そういうことは1度でも決定打を打ってから言うのじゃな。我はまだ深手を負っておらぬぞ」

「なら味合わせてやんよ。《煉獄》」

グリードがそう唱えた直後、この空間全てが炎に包まれる。その炎はスキルの名に相応しく肉体だけでなく霊魂までも燃やしそうな独特な感覚があった。

「お主が単細胞で助かったのじゃ。《龍装》」

この場に溢れる魔力に《煉獄》で生み出された炎。その2種類の魔力を纏えば《龍装》を完成させるには十分だった。

再び全身がドラゴンになるが、炎を多く取り込んだからか体は紅く燃え滾るように熱い。

「単細胞はそっちだぜ」

そう言われた直後、体の内側からドラゴンの呻き声が聞こえてきた。

どういうことじゃ?この炎に何か仕掛けが施されておる?それなら今すぐにでも___

(ぐぅ、ぐぐ…弱き者よ、我に構わずそのまま戦え)

(何故じゃ?それではお主が___)

(弱き者が気を遣うでない。我はこの程度耐えられる)

(それなら我の体から分離すればよかろう?)

(阿呆が。そんなことをすれば貴様はあの者の攻撃に耐えられなくなるぞ)

確かにドラゴンが我の内側から魔力を纏うことで防御を補助しておる。それがなければ今頃、我はグリードの猛攻で重傷を負っていたのは間違いなかろう。それに《龍装》もドラゴンの援助があったからあれだけ早く完成させられた。

だが、これだけ苦しんでいるドラゴンを内側に留めたところで魔力を司ることはできぬ。それに冷静に考えれば、この《煉獄》の中では下手にドラゴンを体から出すのは得策ではないか…

どうすればいいのじゃ?

「迷ってんじゃっ、ねぇよ!《グリード》」

ゼロ距離でそう唱えられると、足元にキツネが召喚された。

それを対処しようと目を取られたところで我の胸に手を当てられる。

「《霊魂分離》」

そう胸に当てられた手を強く押されるとドラゴンが我の体から押し出された。
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