怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

桒(kuwa)

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154話

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「逃がすと思っているのかしら?《風雷》」

そう背を向けて走るシアンの足に向けてラストは《風雷》を放つ。が、それを《絶》で打ち消す。

「アホか。やらせる訳ねぇだろ」

「そうね。でも、貴重な魔力を使ってよかったの?それだとあの子たちが戻ってくるまでもたないわよ」

それは心理を衝いている。だが、そもそもそこまで持ち堪える気がない。

「……そうだな。だからメナに謝ってきていいか?」

シアンたちが行ったのを確認してからそう答える。

メナには悪いが、ああでも言わないとゲンを始めシアンもエストも納得しなかっただろう。まぁ、エストは納得してなかったが、シアンが手荒にだが黙らせてくれて助かった。

ここで駄々を捏ねられるだけ間に合わなくなる可能性が高くなる。シアンはカイゼルのことでそれを痛感しているはずだ。

他の戦場が終わっているというのにまだ戦っているというのは、絶望的なまでには圧倒されていないという吉報であり倒すに至っていないという凶報でもある。

相手が格上でありながらの長期戦は不利になっていくだけだ。戦闘経験に魔力量、それに仲間への信頼といった感覚・肉体・精神の全てに置いて庭に有利に働く。

「その間に回復するかもしれないのに見逃すと思うのかしら?」

「そうだよな。じゃあ勝手に行かせてもらうぞ」

ラストに背を向けてメナの方へ歩いていく。こんなくだらない決着をラストは望まないだろう。そう思いながらも背後に意識を集中して《絶》を唱える備えはしっかりとする。

だが、想定していた通り何事もなくメナの場所までたどり着いた。

そこで横たわるメナの手を取る。

「メナ、悪いな」

そうここで俺の巻き添えになるメナに謝る。メナまで巻き込みたくはなかったが、アルはこの戦いが終わった後の世界に必要だ。

この戦いの後、人間と魔物の共存する世が築かれていく上で管理する機関に魔物は必要だ。その役割を担えるのはアルしかいない。

元から共存思考だったのもあり俺がいなくても共存の道を模索してくれるだろう。何かと未熟だが、立場が人を作ると言う。だから俺がいなくなって管理者になれば案外、しっかりするかもしれない。今はその光景が微塵も浮かばないが…

それでもこの戦いでアルのことを過剰に庇う気はなかった。それは他の仲間との間に私情で優先順位をつけることになる。それはやってはいけない。少しでも勝つ確率を上げる、それ以外の要素で仲間の優先順位を変えてはいけない。

って、俺はアルとメナの間に優先順位をつけちまったのか。

「いいよ。元はと言えば私の責任だもん。ゼギくんが謝ることないよ」

そうメナは目を開けると上体を起こす。

「起きてんならそう言え」

「この方が役得かなって。でも、意識が戻ったのはゼギくんに話しかけられてからだよ」

今頃になって気づいたが、メナの魔力がある程度まで回復している。この回復量は自然回復の速さではないが、ゲンが治療した痕跡もない。

外の感覚を遮断して回復に集中していたのか。また無茶なことをする。俺とエストがやられてたらどうするつもりだったんだよ…

これがエストの言っていた俺の命とリンクしてるってやつか。本当にその通りじゃねぇか。

「メナ、靄から出て屋敷の場所で待ってろ」

そうすれば他の奴等が戻ってくる時に合流できる。たとえ俺が早々に負けようとも。

「それって、私が足手纏いってこと?」

「…そうだな。戦えねぇ奴がここに居ても邪魔だ。今の俺に周りを庇いながら戦う余裕はねぇ」

これは事実だ。あれだけトラウマを植え付けられたメナがラストと戦えるとは思えない。それに俺に余裕がないのも事実だ。

「ゼギくんって嘘吐くの下手だよね」

俺の心情を理解しているようにメナはそう言う。まぁ、今更本音は隠せねぇよな。

「嘘は言ってねぇよ」

「じゃあ本音を隠すのが下手だよね」

こんな状況にもかかわらず気は穏やかだ。おそらく死を悟っているからだろう。

今更、生にしがみつく必死さがない。

「素直に生きてきたからな。だが、メナは屋敷の場所で待ってろ」

たとえ本音じゃないと気づかれていても変わらない。アル同様、これからの世にメナは必要になる。庭と同様の機関を設ける時にメナの目は必要だ。

だからさっきアルとの間に優先順位をつけてしまった自分に腹が立つ。

「私も戦うよ。そのために休んでたんだもん」

「アホか。震えてるじゃねぇか」

対峙しなくても、そのことを考えるだけでメナの体は震えている。とてもじゃないが戦えるような状態ではない。

「それでも戦うよ。時間稼ぎは1人より2人の方がいいでしょ?」

全てお見通しってことか。こうなると流石に引かねぇよな。はぁ…

「危なくなったら退けよ」

「ゼギくんが守ってくれるから大丈夫だよ」

「だから、その余裕はねぇって言っただろ」

そうメナの退く気はないという意思を告げられると、手を引きメナを立ち上がらせる。

俺はエストから貰った魔力、メナは今まで回復に努めて生成された魔力があるとはいえ、全快の状態から見れば微々たるもの。戦況に大した影響を及ぼせるほどではない。

ラストが本気になれば5秒が10秒になる程度、本当に微々たるものだ。

「やっと終わったのかしら?いや、終わったのかい?」

そうラストが近づいてくると姿がメナから男性に変わる。それを見た瞬間、メナの体の震えは大きくなった。

分かっていたことだが、こんな状態では戦いにならない。強引に意識を奪って靄の中に放り投げるべきだったか?いや、それだと俺が時間すら稼げずにメナまで始末されてたよな。

そう思うことにするか。うん、そうだな。今更、考えても仕方がねぇ。

どの道、メナが退く気はなかったんだしエストが俺の命とリンクしてるとか訳の分からないこと言うせいで惑わされたからだ。あのアホ。

そう責任をエストに押し付けて頭を切り替える。

「ゼギくん、もう1回、手握って?」

メナの要望通り手を握る。すると、メナの震えが小さくなっていく。それに小声で自分に言い聞かせるように「ゼギくんがいるから大丈夫。これが最後なんだから頑張らないと」と呟くと震えは更に小さくなった。

「ゼギウスは凄いね。あれだけの恐怖を植え付けたら普通は対峙するだけで気絶するんだけどなぁ」

「ゼギくんの前で恥ずかしいところは見せれないからね」

そうメナは胸を張る。これが虚勢なのは言うまでもないが、虚勢でも取り繕えているだけ上等だ。

「何言ってんだ。今更、恥ずかしいも何もねぇだろ」

「あー、ひどーい!今のは私がカッコよくなるところでしょ!」

「ラストにカッコつけてどうすんだよ…」

メナはもうこの戦場で誰よりもカッコいいだろ。口にしたら調子に乗るから口が裂けても言えねぇけどな。

「いい関係だね。だけど、その関係、崩させてもらうよ」

ラストは躊躇なく一直線にメナの方へ向かっていく。それを前に出て剣の樋、それも柄に近い場所を手で押さえる。

「いい反応だね。でも、これはどうするかな?《火氷》」

空いている手から足元に向けて《火氷》を放たれるが無視してラストの剣を押さえ続ける。この軌道はメナには当たらない。

そう判断した通り《火氷》はメナの数センチ横を通り過ぎていった。

「流石にいい判断能力だね。じゃあこれはどうかな?《地雷》、《炎雷》、《風雷》」

俺の判断を遅らせるためか今度は連続で放ってくる。だが、その中で《炎雷》だけを《絶》で打ち消し《風雷》は顔を少し傾けて躱して《地雷》は無視した。

だが、《炎雷》は完璧には打ち消せず腕を掠め、躱そうとした《風雷》も頬を掠める。その中で唯一無視した《地雷》だけは予想通りメナに当たることなく通り過ぎていく。

スキルに込められた魔力量からその規模は分かる。だから適切な判断をしたつもりだったが、残魔力量から欲が出た。少しでも魔力を温存して稼ぐ時間を伸ばそうとした結果、判断に僅かな遅れが生まれて《風雷》を躱し切れなかった。

しかし、問題はそこじゃない。この一連の攻撃の狙いは当てることではなく、俺の判断を少しでも遅らせて隙を作って剣を取り戻すことだ。

その狙い通り押さえていた剣を下から取り戻されるとラストは一旦、距離を取った。
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