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おまけ もう1つの戦場5

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「何の報告だ?」

闇商人から耳打ちを受けたララとルルの表情が険しくなったのを見てガルドスが聞く。

「魔物の軍勢が人間界に向けて進攻を始めました」

「それはあの者たちが余との約束を反故にしたと?」

ガルドスは威圧するようにそう聞き返す。ララとルルがそんな小細工をしないと思いながらも謀っている可能性を考慮してのことだ。

「ガルドス様が庭とどのような約束をしたのかは存じませんが、こうなるのは元から分かっていたことです。魔物は柱によって統率されてきましたが、今はその柱がいません」

「頭を失った魔物の群れは人に対する憎悪に身を任せて人間界に進攻する」

事前にゼギウスから聞いていた内容をガルドスに話す。その言葉にガルドスは思考する。

謀ったか。いや、余には伝える必要もないと見下しているのか。何をしようと余はそれを呑み込むしかないと思われているのだな…

そうガルドスは内側に怒りを溜めながらも表に出さないように取り繕う。

「数と進攻地域はどこだ?」

「事態は急を要するので詳細は私の方から答えさせていただきます。正確な数は把握できていませんが数千万はくだらないかと。進攻地域につきましては人間界全土です」

闇商人が割って入り説明する。

「貴様等は進攻を事前に知っていたのなら対策も立てているのだろう?どの程度の進攻を防げる?」

「ドラルの城の正面だけなら数刻はもつかと。敵の戦力、柱がいないことを加味すれば帝国も常備軍で時間を稼ぐことは可能だと思われます」

それはあくまで数刻。ゼギウスたちが戻ってくるまでの時間稼ぎであって根本的な解決にはならない。そのことにガルドスは気づいている。

「余に指図するつもりか?無礼が過ぎるぞ」

「失礼いたしました。ですが、対策を話し合う時間も惜しいので無礼なのは承知で可能性の提示をさせていただきました。処刑をなさるのなら全て事が終わってからにしていただけると幸いです。では、ララ様、ルル様、急ぎ戻りましょう」

闇商人は淡々とそう告げるとララやルル、少女たちを連れて魔導馬車に戻ろうとする。だが、それをガルドスが引き留めた。

「待て。余に頭を垂れて頼まないのか?戦力を貸してください、と」

「図に乗らないでいただけますか?ゼギウス様が帰る場所を護るのが今の私の役目であり、貴方程度の相手をしている時間はありません」

そう返答する闇商人の目は治療の時に見た目と同じでガルドスはそれ以上、何も言えなくなる。そのままララたちがいなくなるのをしばらく見送り冷静さを取り戻すと自らも帝国へと戻っていった。

「お願いしなくてよかったのですか?」

「さっきのは引っ込みがつかなかっただけ」

魔導馬車に戻るなりララとルルが闇商人にそう聞く。その後ろでは少女たちが一緒にここまで来た子供たちの相手をしている。

「ララ様とルル様が頭を下げればガルドスは戦力を貸したかもしれません。ですが、あのような信用のできない屑に頭を下げる必要はないかと。それに、今更、寝返ろうなど虫のいい話にはさせません」

ララとルルは荷台に座っていて闇商人の顔が見えた訳ではないが、その時の顔だけは見たくないと思うほど禍々しいオーラが溢れていた。

「あっ、出過ぎた真似をして申し訳ありません」

闇商人はその過ちに気づくとすぐに振り返ってララとルルに頭を下げる。その時に見えた顔はいつも通りの闇商人のものだった。

「気にしなくていい。私もガルドスは気に入らない」

「ですが、皇国の正面はどうしましょう?」

現状、最も危険なのは皇国だ。帝国にはガルドスとその常備軍、王国はその先にドラルの城があり魔物の進攻を食い止めることができる。

だが、皇国は常備軍が少なければミレーネという指導者を失った。それに魔物の進攻に気づいているかも怪しいところだ。

「スーさんはドラルの城の防衛から離れたくないと思うので私が行きます。帝国からの侵攻があった場合は無防備になりますが、今は仕方ないかと」

それは魔物の規模に闇商人の戦闘能力を考えれば自らを犠牲にする選択だというのは戦闘経験の浅いララやルルであっても分かる。それでも自分たでは足手纏いになるだけというのも分かっていた。だから2人は何も言えない。

「それなら私も協力します」

そう少女が名乗りを上げると双子の少女も「「私も」」と声を揃える。少女たちの回復能力は常人のそれを遥かに凌駕していて既に戦える状態に戻っていた。

「それなら私は皇国民の非難を促します」

「私は王国民の非難を誘導する」

思いついたようにララとルルも前線の邪魔にならなくて自分たちにできることを言う。直接、戦えないからと言って何もしなくていい理由にはならない。何より本人たちがそれを嫌っていた。

その想いを闇商人は汲み取る。

「お願いします。何をするにも魔道具があった方がいいので1度、ドラルの城まで戻ります。その後、ルルさんを王国近辺まで送り、その足で私たちは皇国まで向かいます」

その指示に全員が同意の返事をした。

戦闘はまだでも緊張感の漂う魔導馬車はドラルの城に戻ると闇商人と少女が降りて魔道具を取りに行く。

だが、あまり時間はない。魔物がすぐそこまで進攻してきているのを示すように防衛設備が作動している音がしていた。

各方面で防衛設備の砲撃や罠に掛かった音が近づく中、闇商人と少女は急いで倉庫に向かう。

「そことあそこの黒い箱を持っていってください。私は追加で必要な物を取ってから行きます」

「分かりました」

指された黒い箱を手に取ると少女は魔導馬車の方へ戻っていく。闇商人はこうなると分かっていた時点である程度の仕分けはしていた。

しかし、ララとルルが避難誘導をすると言い出したのは想定外で、それに必要な物を探す。

「あー、あれでもない。これでもない。どこにやったの、私!」

普段の冷静な喋り方からは想像できないほど取り乱しながら闇商人は魔道具の山を漁っていく。大雑把に大きさや系統で分けてはいるものの、大半が失敗作で使えないものばかりで目的の物を探すのは困難を極める。

それでもララとルルが避難誘導をするには魔道具があった方が効率は良く、ある程度の自衛をするための魔道具は必要だ。

魔物の群れが迫ってくるのを防衛設備の作動音で感じながらも探していると、ようやく見つかった。

「あった!」

そう拡声器の形をした魔道具を手に取る。その他にもいくつかの魔道具を1つの箱に入れると急いで魔導馬車に戻ろうとした。

だが、倉庫を出るとすぐ近くに魔物の姿が…

どうやら防衛設備の間を抜けてきたようだ。その魔物は闇商人を見つけるなり襲い掛かってきた。

しかし、闇商人がそれに対して迎撃する様子はない。箱から手を離して戦うことはできるが、そうすると箱の中の物が散らばり拾い集める時間が必要になる。その間に他の魔物が来たらその対応に追われ身動きが取れなくなってしまう。

その思考が闇商人の手を止めたのだ。

だから、闇商人は逃げきれないと分かっていながらも魔導馬車の方へ走っていく。その中でどうやったら魔物の攻撃を受け止めながらも倒れずに箱の中を散らばらせないようにできるかを考える。

だが、そんなことお構いなしに魔物は距離を詰めると鋭い鉤爪で闇商人を引っ掻く。それを闇商人はチラッと魔物の姿を確認すると魔物の筋肉量と振り下ろす角度を計算して1歩踏み出す。

しかし、踏み出すタイミングを間違えたのか魔物の爪が当たる感覚がない。当然だ、瞬時に計算するには情報が不足していた。

半ば諦め半分で魔物の爪が迫るのを待つが、その気配はない。それどころか背後から魔物の悲鳴と燃える音が聞こえてきた。

その音に振り返ると、そこにはスーがいた。

スーは早く行けとばかりに首を闇商人の進行方向に振ると他の防錆設備を突破した魔物の相手をする。

「ありがとうございます」

聞こえてはいないと思いながらもそうお礼を言うと闇商人は魔導馬車に戻る。そして王国に向けて魔導馬車を走らせながら魔道具の使い方の説明をした。
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