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おまけ もう1つの戦場6

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「くれぐれもご自身の身が危ないと思ったら避難してください」

こんなことを言っても無駄だと分かっていながらも闇商人はそう声を掛ける。それに対してルルも「分かった」と思ってもいない返事をして魔導馬車を降りていく。

ルルを見送る余韻もなく闇商人はすぐさま皇国に向けて魔導馬車を走らせた。

「申し訳ありません。皇国領まで少し離れていますがここで降りていただけますか?」

ドラルの城という防壁の無い皇国側は思っていたよりも魔物の進攻が速く、撤退戦を考えるとすぐにでも前線を築かなければならなかった。

「はい、大丈夫です。みんな、行くよ」

そうララは一緒に乗っている子供たちを連れて近い町に向けて走っていく。

「では、私が防衛設備を作るので御三方は退き気味に足止めをお願いします」

「それって私たちが頼りないってこと?」

「私たち戦えるよ?」

闇商人の指示が気に入らないように双子の少女が食いつく。そこへすかさず少女がフォローを入れる。

「違いますよ。本番が始まる前に魔物の群れに呑まれたら困るからですよね?」

「はい。思う存分、暴れる舞台を用意するのでその準備運動をしておいてください」

「分かった」

「なら早く行こっ!」

あっさりと納得するなり双子の少女はゼギウスの剣を持って飛び出していく。

「私が手綱を握るので安心してください」

少女も一言、闇商人にそう告げると双子の少女を追っていった。

それを見送る間もなく闇商人は準備を始める。箱の中から小型化した魔道具を取り出し点在した場所に配置していく。全てを配置し終えると「《展開》」と唱えて魔道具を本来の大きさに戻す。

魔道具は防壁や砲台、罠といった様々な防衛設備に姿を変える。

だが、その範囲は狭く、とてもじゃないが皇国に進攻する全ての魔物を止められるとは思えない。

しかし、それを補うように闇商人は巨大な人型の風船を膨らませる。その風船には魔物を誘き寄せる人のフェロモンのようなものが塗り込まれているようだ。

魔物の群れを迎え撃つ準備が整うと笛を吹き前線で戦う少女たちへ合図を送る。それから少しすると魔物の群れを引き連れて少女たちが戻ってきた。

改善策の意見を求めて事前にドラルの城に設置されている防衛設備を見せていたこともあり、少女たちは難なく防衛設備を躱すと左右に展開する。

中央に闇商人と少女の2人が立ち両翼に双子少女が別れている。その配置は1番穴となる闇商人を少女が助け、両翼の双子の少女は闇商人と少女のことを無視して戦う想定だ。

風船が効きすぎたのか、早速、仕掛けを無視するように防壁の上から魔物が溢れ出てくる。それらを4人でスキルや体術、剣技で倒していく。

しかし、この場の誰も広範囲を一掃できるスキルを持っていないせいで所々から突破されていく。それを速さで補おうとするが、圧倒的な数を前に追い付かない。

それに防衛設備で守れているのは魔物が押し寄せている極一部でしかない。だが、範囲を広げたところで穴が増えるだけで防衛設備を活かせなくなってしまう。

しかし、状況が厳しいのはここだけではなかった。

「すぐそこまで魔物の軍勢が迫ってる。その数は数千万に上り、すぐにでも避難が必要」

ルルは魔導馬車を降りた場所から最も近い街にしてドラル進攻で魔物の軍勢が迫る恐怖を味わったフロンの街でそう呼び掛けるが、その反応は芳しくなかった。

拡声器のような魔道具を使っているおかげで多くの人の耳に入るが、誰も信じていない。そんな中、おばさんが近づいてきた。

「お嬢ちゃん何言ってるのさ。数千万って、そんな規模…嘘を吐くにももう少し現実味のある数字にしなよ」

「空き巣をするつもりなら相談に乗るよ?お嬢ちゃんくらい若いならやり直しが利くから」

そうお婆さんもルルを諭すように声を掛ける。

それも当然の反応だろう。いきなり数千万の魔物を押し寄せてくると言われて信じろという方が無理な話だ。

だが、現実として魔物の声は迫ってきている。

しかし、魔界に最も近いこの街ではそんな声が聞こえてくるのも日常なのだろう。魔物の声が聞こえているはずなのに誰も焦っている様子がない。

「早く避難して!お願いだから!じゃないとゼギウスとの約束を守れない!」

そう涙目になりながらルルは必死に訴える。

これはルルにとって一か八かの賭けだった。

旧王国領、特にフロンの街でゼギウスは絶大な力を持っている。それが上手くいって避難してくれるか逆にゼギウスの名前を利用したと断罪されるかのどっちかだ。

どちらにせよゼギウスを利用することになりルルとしては避けたかったが、今のルルにこの街の人の心を動かす術がなかった。

「お嬢ちゃんはゼギウス様の知り合いなのかい?」

ゼギウスという名前に外に出ていた街の人は足を止めルルの話を聞こうとする。そこですぐに嘘と断定せずに聞こうとする辺りこの街の人の人の好さとゼギウスの存在の大きさが表れていた。

「ゼギウスに助けてもらって世話になっている。ゼギウスは今も世界を護るために戦っていて……だから私はゼギウスが戻るまでゼギウスの帰る場所、受け入れてくれる人々を守らなければならない」

ルルは涙を流しながら強い意志を持って訴える。その言葉が響いたのか話を聞いていた人の表情が変わった。

「そっか、それなら避難しないといけないね」

「よし、お年寄りと子供から優先して避難させるぞ。若い奴は足腰の弱い人の避難を手伝え!」

そう外に出ている人から順に伝播していき、あっという間に街全体の避難が始まる。

だが、それは決してルルの言葉を100%信じているという訳ではない。

ルルの言葉が響いたのも確かだが、もしルルの言っていることが本当だったらゼギウスに迷惑をかけるかもしれない。そのかもしれないに全財産を投げ捨てられるほど、この街の人にとってゼギウスの存在は大きいのだ。

それを目の当たりにしたルルは改めてゼギウスの偉大さを実感して避難誘導の手伝いをした。

「もうすぐ魔物の群れが進攻してきます。ですから避難してください!」

丁度、闇商人たちが戦い始めたのと同じくらいの時にララは町に着くと闇商人から受け取った拡声器のような魔道具を使って呼び掛ける。その声を繰り返すように子供たちも大きな声で「避難してください!」と呼び掛けていた。

「あれ、お姉さんだ!どうしたの?」

拡声器の声が聞こえたのか遠くから少年が駆け寄ってくる。その少年の親しげな喋り方から分かるように、この少年はララにブローチをくれた少年だ。

そうここはシアンの故郷の町、魔界から近く馴染のあるこの町なら協力が得られると思いララはこの町に来ていた。

「もうすぐここに魔物の群れが攻めてくるの。だからみんなで避難して」

「んー、そういう話は分からないからついてきて!」

少年に誘導されるままついて行くと町長の元に案内された。

「お久しぶりです」

内心で焦りながらもララは裾を摘まんで丁寧に挨拶をする。だが、焦りが表れているのか明らかに巻き気味だ。そのことに町長は気づいていた。

「ただ事ではなさそうだが、どうしたんだい?」

「すぐ近くまで魔物の群れが進攻してきています。その数は数千万を超えていてすぐにでも避難が必要です。ですから、その呼び掛けに来ました」

「ほぉ、それはありがとうな。老人と幼子を優先して避難させろ。若くて戦える者は武器を持ち迎撃するぞ。若いが戦えない者は近くの街にこのことを伝えよ。よいな、全員が協力してこの危機を乗り切るぞ!」

町長が即座に指示を出すとその場にいた全員が「おぉ!」と声を出し各々の役割を果たしに行く。

「お嬢ちゃん、これでよいかな?」

「はい!ありがとうございます!それでは私も他の街にもこのことを伝えてきます!」

屈託のない笑顔を浮かべて一礼するとララは次の街に向けて走っていった。
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