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プロローグ2
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厳かな雰囲気漂う巨大な扉の前でPN:JOKERは扉の奥の様子を映像で見ながら黄色い半透明のキーボードを打ち込んでいた。
JOKERの後ろには縦8列に6体ずつの計48体が皆一様に片膝をついて跪いている。その様子は軍隊や崇拝するものを前にでもしていない限り異様ともとれる光景だが、それが自然になされているのは48体全てがNPCだからだ。
そのNPCの内訳は半身を覆う程の籠手を装備した人が2人に龍人が2人、鬼人が4人、人が4人、化物が4体、妖精人が4人、魔人4種が1人ずつ、妖精2体に精霊が2体、人型の九尾が4人、獣人4種が1人ずつ、ローブを着た何かが4人、女王が4人、王が4人と豊富な種族がいた。
48体のNPCを従えているというのが異様な光景ではあるのだが、それはさて置きJOKERの見ている映像に大きな動きがあった。
映像に映るのはJOKERの前に聳える巨大な扉を使うに適した大きさの鎧で全身を覆った2本の剣を装備する化物と、それに対峙する50人のプレイヤー。鎧の化物はティ・ルナノーグのラスボス、その名はこのタイトルと同じティ・ルナノーグであり、その戦闘が困難を極めるのは間違いない。
ラスボス戦は半集団戦、つまり最大50人で挑むことができる。それは現状全プレイヤーが生存していて戦闘が膠着しているように見えるのだが、それはすぐに崩れた。
ティ・ルナノーグが2本の剣を一振り、二振り、と連続で振るうとその度にプレイヤーが5人、10人と散っていく。武器種から一撃一撃がそれほど高威力には見えずそれが事実なのは今までの戦闘映像からも確かなのだが、現実として目の前で起きている。
考えられる理由としては戦闘が長時間に亘ったことによるプレイヤー側のSP切れだ。
こういったラスボス戦を初見で挑む集団は情報収集のために慎重に戦う。ラスボスがどんな立ち回りをするのか、どんな追加効果のある攻撃をしてくるのか、それらが分からないため通常よりもHPを多めに維持しなければならない。
それらを加味しても十二分なアイテムを持ち込んで挑むものだが、それを上回るのがラスボスだ。
こうなってはもう結果は見えており、数分も経たないうちに先に挑んでいた集団は全滅した。
戦闘が終わったのを確認するとJOKERは映像を閉じ、キーボードをもう少し打つと短く号令をかける。
「待機解除、全員行くぞ」
号令に従いNPCが立ち上がるとJOKERは巨大な扉に手を触れて扉の先へと足を進める。
ラスボス戦闘エリアに足を踏み入れた瞬間、柱に付けられている蝋燭が近い場所から灯っていく。部屋は黒い大理石を基調に造られていて柱の付け根は違う石材で装飾されている。天井も同じく石材のようだが宇宙を模したような黒に光が点在していた。
他に目につくのは一直線に伸びる赤い絨毯くらいで、絨毯に沿って視線を走らせると床に両手剣を突き立てて立っているティ・ルナノーグがいた。
ティ・ルナノーグは両手剣以外にも背中に2本の剣を携えており、その立ち姿はJOKERが仕掛けるのを待っているようだ。
「さてと、始めるか。編成パターン最新、敵種大型物理、579HPSP管理、210ヘイト管理、3バフ、6デバフ、JQK状況判断、4後方待機、A超火力。配置に付け」
JOKERからそう指示が送られると48体のNPCは一斉に動き始めティ・ルナノーグの正面に与えられた役割毎に位置取る。その動きはNPCだから当然と言えばそこまでだが、いや、NPCだからこそか。色んな種族が交差しながら陣形の完成形へ無駄なく動くそのさまは何千何万と試行錯誤し無駄のない動きを追求した努力と反復を感じさせる動きだった。
陣形は前列から1列目に鬼人と獣人がヘイト値の高い攻撃でティ・ルナノーグの攻撃を引きつけ、2列目のローブに女王、王が状況に応じて前後列の役割をカバーしながら攻撃する。3列目は両端に九尾が2体ずつ配置され端の回復を円滑にして中央の人、魔人、魔人、人の2人ずつの並びが味方にバフを敵にデバフをかける。4列目は妖精、妖精人、精霊の順に左から並び全体を回復で支援する。ここまでの4列がバウムクーヘンの一欠片のように並ぶ。そこから少し離れて前列に化物が、後列の中央にJOKERが立ち両脇に籠手と龍人が並んでいた。
ティ・ルナノーグは、というかラスボス戦はプレイヤー側から仕掛けなければ戦闘は始まらないためこうやって万全の陣形を整えてから戦闘を開始できる。
「《54枚が紡ぐ世界》」
先制攻撃とでも言わんばかりにJOKERがそうスキルを唱えるとJOKERとNPCの頭上にそれぞれ与えられた数字とマークの刻まれたカード、トランプが浮かび上がる。今この場に居ないジョーカーの1枚と8の4枚はJOKERの背後に浮かび上がった。
それらのトランプはJOKERがティ・ルナノーグに向けて指をパチン!と鳴らすとトランプは一斉に動き出しティ・ルナノーグを囲み抑え込んだ。
しかし、それは両手剣で斬られた訳でもスキルで無効化された訳でもなくパリン!とガラスが割れるような音を立てて弾ける。それは明らかにスキルが失敗したエフェクトだった。
不発だったとはいえ攻撃は攻撃、ティ・ルナノーグは両手剣を構え動き始める。
「まぁ、効かないよな。戦闘開始」
まるで《54枚が紡ぐ世界》が不発になることが分かっていたかのようにJOKERがそう呟くとラスボス戦が始まった。
陣形から汲み取れる作戦通り鬼人と獣人がヘイト値の高い攻撃でティ・ルナノーグの攻撃を引きつけるが、武器種の中でも一撃が高威力に分類される両手剣ということもあって一撃で鬼人も獣人も3割ほどHPが削られる。それでも妖精人によって鬼人も獣人もHPが即座に全快した。
他も概ね作戦通りバフやデバフをかけて状況を有利にしながら戦闘を展開するが、この陣形、バウムクーヘンの一欠片には致命的な欠陥があった。
それはアタッカーの不在だ。
その欠陥を表すようにそれから5分ほど戦闘が続いてもティ・ルナノーグのHPは1ドット削れたかすら分からない。どの攻撃もヘイト値の管理、行動妨害、弱体化、とダメージはあっても副産物でダメージがある程度でお世辞にも戦闘を終わらせるための攻撃には成り得ない。が、次の瞬間、この集団のアタッカー不在を補って余りあるアタッカーが現れる。
「A撃て」
JOKERの短い指示に反応して龍人が《龍の咆哮》をティ・ルナノーグの弱点部位である関節部に撃ち込んだのだ。
《龍の咆哮》は溜めていたエネルギーを指の一関節ほどに圧縮して放出する。ゆっくりと対象に向かって飛んでいき、当たると破裂して咆哮を周囲に轟かせてダメージを振り撒く範囲攻撃スキルだった。
それは弱点に当たったことに加え最大5分の溜め攻撃を最大まで溜めたこともあって一撃でティ・ルナノーグのHPゲージが目に見えるほど削れ、それが2発でティ・ルナノーグの4本あったHPゲージは1ゲージの2割ほどが削れた。
一見ただ高威力スキルで一気にダメージを与えたように見えるがここには技術が詰まっていた。
そもそもこのゲームに置いて溜め時間の長いスキルは実戦的ではないと言われている。それは溜め時間があれば溜め無しのスキルで攻撃していた方が火力を出せるというのもあるが、多くの溜め時間を要するスキルは発動者が動いてもダメージを受けても溜め時間がリセットされる。それに加えて溜めている間はヘイト値が上昇し続けて敵に狙われやすい。それならば溜め無しのスキルで刻んで攻撃した方がリスク分散になりヘイト管理もしやすいというのが一般的なこのゲームに置ける見解であり、PvPは勿論のこと範囲攻撃の多いボス戦でも使えないというのが常識だ。
しかし、それはどちらの攻撃も全て弱点に当たった場合の計算であり、実践的な観点で見れば刻んだ攻撃が全て弱点に当たることはないため溜め時間のあるスキルの方が火力は出る。但し、それを言えば最大まで溜めることも実践的ではないため両方理論値を用いているのだ。
それでも龍人は2体とも最大まで溜めた《龍の咆哮》をティ・ルナノーグの弱点に当てた。
それを可能にしたのは鬼人と獣人のヘイト稼ぎとローブが味方にかけたヘイト値上昇デバフだ。
鬼人と獣人が最もヘイト値を集めているのは当然だが、龍人の溜めている間のヘイト値上昇を打ち消すほどのヘイト値上昇をローブがバウムクーヘンの一欠片にいる全員にかけていた。
おまけに鬼人は《龍の咆哮》が弱点に当たるように両手剣の軌道を確定させるまで攻撃を引きつけてから両手剣の衝撃波による2次ダメージに《龍の咆哮》のダメージ拡散も最小限に抑えるという見事な連携だった。
そして何より恐ろしいのは扉の前で見えていた映像からこの攻略を生み出し即座に実践できるほど正確にNPCの行動を調整したJOKERの観察眼に柔軟な思考だ。
これほどの攻略をされては繰り広げられるのはもはや戦闘ではなくただの作業。そのままティ・ルナノーグの行動に対応しながら同様に作業を行い、それは9回繰り返された。
そこでティ・ルナノーグに変化が訪れる。
最初の1回に繰り返された9回、その全てが最大まで溜められて弱点に当たった。それによってティ・ルナノーグのHPゲージは2本削れ、残り2本になっていた。
それは行動パターンが変わる節目でありティ・ルナノーグも例外ではなかった。
ティ・ルナノーグは持っている両手剣を地面に出した靄に捨てると背中に携える2本の剣を抜いて構える。
先に挑んでいた集団はこのHPゲージで敗北した。それなりに長く戦っていたが2ゲージあった両手剣に比べ得られている情報は少なく、確実に分かるのは両手剣の時よりも攻撃間隔が短く硬直も減り一撃の威力が低くなったという武器種を見れば分かる情報くらいだ。
推測としてはSP不足による戦線の崩壊という点から一時的なアイテム使用不可の解除不能デバフをかけられたか、普通のデバフだが効果倍率が高くSP管理を含め全体の回復が追い付かなくなったか、致命傷ではないが回復が必要な程度の攻撃を連発されたか、の3つが挙げられるが、現行映像からはHPやSP、ステータス情報も確認できないため断定には至らない。
そんな中、JOKERが執ったのはさっきまでと同じ戦法。つまりは様子見だった。
しかし、それは10秒も経たないうちに破られる。
一撃目の左手から振り下ろされる剣はヘイト値の高い獣人を攻撃したが、直後の右手から振り下ろされる剣は龍人を攻撃した。
どのような判断基準によって龍人が攻撃されたかは分からないが、少なくともそれが判明していない間はこの戦法は成功しない。
「Aを連撃、2JQKで包囲、2を北、Qを東、Jを南、Kを西に移行。579は50%に変更。10は2と交代で北に入れ、交代間隔は10分。残りは継続、戦闘再開」
JOKERの判断は早かった。
今度の指示は鬼人がティ・ルナノーグの正面を、女王が左側を、ローブが背後を、王が右側、と指示された方角を位置取り、それよりも外側を籠手と龍人が右回りと左回りに分かれてティ・ルナノーグの周りを回る。
残りは少し下がった位置に1列目から人と魔人が中央の獣人を挟むように位置取り、2列目は九尾と妖精人が妖精と精霊を挟む。そして3列目には変わらずJOKERが立ち、その両脇を化物が位置取っていた。
鬼人、ローブ、女王、王は絶え間なく攻撃を続け、籠手と龍人は弱点を攻撃できるタイミングで素早く攻撃を重ねては退くヒット&アウェイを繰り返す。妖精人、妖精、精霊、九尾は前線を優先に全員のHPが50%を切らないように回復をかけ続け、人と魔人は前の陣形と同じようにバフとデバフをかけ続けていた。
その戦法にはJOKERの余裕が窺える。
さっきのティ・ルナノーグがパワータイプでJOKERの執った戦法もパワータイプなのであれば今のティ・ルナノーグはスピードタイプでJOKERの執る戦法もスピードタイプだ。
要するに同じ戦法を被せる、言ってしまえば格下を相手にする横綱相撲だ。
一見、不遜とも取れるこの戦い方は嵌まっていた。
それは知識の無い者が行えばただの愚行であり無謀だが、知識のある者がそれを活かした上で行うのであればそれは立派な攻略だ。
《龍の咆哮》のように一撃で大ダメージを与える攻撃はなかったがアタッカーの役割が増えたため40分も経たないうちにティ・ルナノーグのHPゲージは3本目も無くなった。
残りHPゲージが1本になるとティ・ルナノーグに再び変化が訪れる。
最初の変化と同じように足元に現れた靄に2本の剣を捨てる。そこまでは同じなのだが、今度は代わりに使う武器がない。
ティ・ルナノーグは片膝をついて屈むと靄の中に両手を入れてゆっくりと鞘に納まった刀を取り出した。
それは明らかに今までの武器とは質が違った。
決してそのようなことはないのだが、ティ・ルナノーグが今まで使っていた武器がどこの武器屋にでも売っているような量産品。或いはゲーム開始時の初期装備にも見えてしまうほど今までの武器と今取り出した刀は質が違う。それは鞘に納まっている状態でも一目瞭然だ。
武器の変化は分かりやすく行動パターンの変化、戦闘スタイルの変化を表す。
ティ・ルナノーグがパワータイプからスピードタイプへと変わったのは単純に武器にあった戦い方に合わせただけで武器自体についているステータス上昇値を除けば元のステータスは同じだ。つまり、どちらの戦い方もできるだけのステータスがあるということ。
そこにどちらのステータス上昇も兼ね備えていそうな刀。武器種的に見てもパワータイプとしてもスピードタイプとしても使える汎用型だ。そこから考えるに今までのパワーとスピードを兼ね備えたバランスタイプ、というのが武器的にもラスボスの最終ゲージ的にも妥当だ。
それでもJOKERはそれ以上の危機を本能的に感じ取っていた。
しかし、気づくのが遅かった。
ティ・ルナノーグは刀を鞘から抜きながら「グオォォォオオッ!」と今までの無機質丸出しの鎧からは想像できないような雄叫びを上げる。
その雄叫びにはバインド効果があり身動きが取れなくなるだけでなく、バフデバフの全ての付与効果を解除する追加効果もあった。
「ぜ___《反撃準備》」
バインドが解けるのと同時にJOKERは全員に回避指示を出そうとするがティ・ルナノーグの納刀する動作を見て対応を変える。
JOKERは2段階スキルの1段目、反撃スキルの発動準備をした。
一閃___。
「《全反撃》」
ティ・ルナノーグが抜刀する居合の衝撃波に合わせてJOKERもラスボス戦開始から1度も振っていない大鎌を振り抜く。
それは居合の衝撃波を何倍にも増幅させて撥ね返した。
その一撃は一瞬にしてティ・ルナノーグの残りHPを全て削った。
それはJOKERの勝利を意味していたが、そこに歓喜の様子はない。
無理もない。今の反撃スキルは反射的に行ったものであり、明確に倒すことを目的とした攻撃ではなかった。加えて全員のHPが1という満身創痍っぷりで今の反撃で倒せていなければどうなっていたかは想像に難くない。
それはこの戦いの終わりにはあまりにもあっけなく達成感を覚えさせない。
しかし、そんなJOKERの心の内とは裏腹に辺りにはゲームクリアを祝福するCongratulationsの文字とそれを華やかにする色とりどりの花火が打ち上がる。更には盛大なBGMが鳴り響き戦闘の疲れを癒しつつ気分を高揚させた。
それはプレイヤーに次へと進む活力を与える。
それなのに、その活力を向けるべき次のタイトルの告知はなかった…
JOKERの後ろには縦8列に6体ずつの計48体が皆一様に片膝をついて跪いている。その様子は軍隊や崇拝するものを前にでもしていない限り異様ともとれる光景だが、それが自然になされているのは48体全てがNPCだからだ。
そのNPCの内訳は半身を覆う程の籠手を装備した人が2人に龍人が2人、鬼人が4人、人が4人、化物が4体、妖精人が4人、魔人4種が1人ずつ、妖精2体に精霊が2体、人型の九尾が4人、獣人4種が1人ずつ、ローブを着た何かが4人、女王が4人、王が4人と豊富な種族がいた。
48体のNPCを従えているというのが異様な光景ではあるのだが、それはさて置きJOKERの見ている映像に大きな動きがあった。
映像に映るのはJOKERの前に聳える巨大な扉を使うに適した大きさの鎧で全身を覆った2本の剣を装備する化物と、それに対峙する50人のプレイヤー。鎧の化物はティ・ルナノーグのラスボス、その名はこのタイトルと同じティ・ルナノーグであり、その戦闘が困難を極めるのは間違いない。
ラスボス戦は半集団戦、つまり最大50人で挑むことができる。それは現状全プレイヤーが生存していて戦闘が膠着しているように見えるのだが、それはすぐに崩れた。
ティ・ルナノーグが2本の剣を一振り、二振り、と連続で振るうとその度にプレイヤーが5人、10人と散っていく。武器種から一撃一撃がそれほど高威力には見えずそれが事実なのは今までの戦闘映像からも確かなのだが、現実として目の前で起きている。
考えられる理由としては戦闘が長時間に亘ったことによるプレイヤー側のSP切れだ。
こういったラスボス戦を初見で挑む集団は情報収集のために慎重に戦う。ラスボスがどんな立ち回りをするのか、どんな追加効果のある攻撃をしてくるのか、それらが分からないため通常よりもHPを多めに維持しなければならない。
それらを加味しても十二分なアイテムを持ち込んで挑むものだが、それを上回るのがラスボスだ。
こうなってはもう結果は見えており、数分も経たないうちに先に挑んでいた集団は全滅した。
戦闘が終わったのを確認するとJOKERは映像を閉じ、キーボードをもう少し打つと短く号令をかける。
「待機解除、全員行くぞ」
号令に従いNPCが立ち上がるとJOKERは巨大な扉に手を触れて扉の先へと足を進める。
ラスボス戦闘エリアに足を踏み入れた瞬間、柱に付けられている蝋燭が近い場所から灯っていく。部屋は黒い大理石を基調に造られていて柱の付け根は違う石材で装飾されている。天井も同じく石材のようだが宇宙を模したような黒に光が点在していた。
他に目につくのは一直線に伸びる赤い絨毯くらいで、絨毯に沿って視線を走らせると床に両手剣を突き立てて立っているティ・ルナノーグがいた。
ティ・ルナノーグは両手剣以外にも背中に2本の剣を携えており、その立ち姿はJOKERが仕掛けるのを待っているようだ。
「さてと、始めるか。編成パターン最新、敵種大型物理、579HPSP管理、210ヘイト管理、3バフ、6デバフ、JQK状況判断、4後方待機、A超火力。配置に付け」
JOKERからそう指示が送られると48体のNPCは一斉に動き始めティ・ルナノーグの正面に与えられた役割毎に位置取る。その動きはNPCだから当然と言えばそこまでだが、いや、NPCだからこそか。色んな種族が交差しながら陣形の完成形へ無駄なく動くそのさまは何千何万と試行錯誤し無駄のない動きを追求した努力と反復を感じさせる動きだった。
陣形は前列から1列目に鬼人と獣人がヘイト値の高い攻撃でティ・ルナノーグの攻撃を引きつけ、2列目のローブに女王、王が状況に応じて前後列の役割をカバーしながら攻撃する。3列目は両端に九尾が2体ずつ配置され端の回復を円滑にして中央の人、魔人、魔人、人の2人ずつの並びが味方にバフを敵にデバフをかける。4列目は妖精、妖精人、精霊の順に左から並び全体を回復で支援する。ここまでの4列がバウムクーヘンの一欠片のように並ぶ。そこから少し離れて前列に化物が、後列の中央にJOKERが立ち両脇に籠手と龍人が並んでいた。
ティ・ルナノーグは、というかラスボス戦はプレイヤー側から仕掛けなければ戦闘は始まらないためこうやって万全の陣形を整えてから戦闘を開始できる。
「《54枚が紡ぐ世界》」
先制攻撃とでも言わんばかりにJOKERがそうスキルを唱えるとJOKERとNPCの頭上にそれぞれ与えられた数字とマークの刻まれたカード、トランプが浮かび上がる。今この場に居ないジョーカーの1枚と8の4枚はJOKERの背後に浮かび上がった。
それらのトランプはJOKERがティ・ルナノーグに向けて指をパチン!と鳴らすとトランプは一斉に動き出しティ・ルナノーグを囲み抑え込んだ。
しかし、それは両手剣で斬られた訳でもスキルで無効化された訳でもなくパリン!とガラスが割れるような音を立てて弾ける。それは明らかにスキルが失敗したエフェクトだった。
不発だったとはいえ攻撃は攻撃、ティ・ルナノーグは両手剣を構え動き始める。
「まぁ、効かないよな。戦闘開始」
まるで《54枚が紡ぐ世界》が不発になることが分かっていたかのようにJOKERがそう呟くとラスボス戦が始まった。
陣形から汲み取れる作戦通り鬼人と獣人がヘイト値の高い攻撃でティ・ルナノーグの攻撃を引きつけるが、武器種の中でも一撃が高威力に分類される両手剣ということもあって一撃で鬼人も獣人も3割ほどHPが削られる。それでも妖精人によって鬼人も獣人もHPが即座に全快した。
他も概ね作戦通りバフやデバフをかけて状況を有利にしながら戦闘を展開するが、この陣形、バウムクーヘンの一欠片には致命的な欠陥があった。
それはアタッカーの不在だ。
その欠陥を表すようにそれから5分ほど戦闘が続いてもティ・ルナノーグのHPは1ドット削れたかすら分からない。どの攻撃もヘイト値の管理、行動妨害、弱体化、とダメージはあっても副産物でダメージがある程度でお世辞にも戦闘を終わらせるための攻撃には成り得ない。が、次の瞬間、この集団のアタッカー不在を補って余りあるアタッカーが現れる。
「A撃て」
JOKERの短い指示に反応して龍人が《龍の咆哮》をティ・ルナノーグの弱点部位である関節部に撃ち込んだのだ。
《龍の咆哮》は溜めていたエネルギーを指の一関節ほどに圧縮して放出する。ゆっくりと対象に向かって飛んでいき、当たると破裂して咆哮を周囲に轟かせてダメージを振り撒く範囲攻撃スキルだった。
それは弱点に当たったことに加え最大5分の溜め攻撃を最大まで溜めたこともあって一撃でティ・ルナノーグのHPゲージが目に見えるほど削れ、それが2発でティ・ルナノーグの4本あったHPゲージは1ゲージの2割ほどが削れた。
一見ただ高威力スキルで一気にダメージを与えたように見えるがここには技術が詰まっていた。
そもそもこのゲームに置いて溜め時間の長いスキルは実戦的ではないと言われている。それは溜め時間があれば溜め無しのスキルで攻撃していた方が火力を出せるというのもあるが、多くの溜め時間を要するスキルは発動者が動いてもダメージを受けても溜め時間がリセットされる。それに加えて溜めている間はヘイト値が上昇し続けて敵に狙われやすい。それならば溜め無しのスキルで刻んで攻撃した方がリスク分散になりヘイト管理もしやすいというのが一般的なこのゲームに置ける見解であり、PvPは勿論のこと範囲攻撃の多いボス戦でも使えないというのが常識だ。
しかし、それはどちらの攻撃も全て弱点に当たった場合の計算であり、実践的な観点で見れば刻んだ攻撃が全て弱点に当たることはないため溜め時間のあるスキルの方が火力は出る。但し、それを言えば最大まで溜めることも実践的ではないため両方理論値を用いているのだ。
それでも龍人は2体とも最大まで溜めた《龍の咆哮》をティ・ルナノーグの弱点に当てた。
それを可能にしたのは鬼人と獣人のヘイト稼ぎとローブが味方にかけたヘイト値上昇デバフだ。
鬼人と獣人が最もヘイト値を集めているのは当然だが、龍人の溜めている間のヘイト値上昇を打ち消すほどのヘイト値上昇をローブがバウムクーヘンの一欠片にいる全員にかけていた。
おまけに鬼人は《龍の咆哮》が弱点に当たるように両手剣の軌道を確定させるまで攻撃を引きつけてから両手剣の衝撃波による2次ダメージに《龍の咆哮》のダメージ拡散も最小限に抑えるという見事な連携だった。
そして何より恐ろしいのは扉の前で見えていた映像からこの攻略を生み出し即座に実践できるほど正確にNPCの行動を調整したJOKERの観察眼に柔軟な思考だ。
これほどの攻略をされては繰り広げられるのはもはや戦闘ではなくただの作業。そのままティ・ルナノーグの行動に対応しながら同様に作業を行い、それは9回繰り返された。
そこでティ・ルナノーグに変化が訪れる。
最初の1回に繰り返された9回、その全てが最大まで溜められて弱点に当たった。それによってティ・ルナノーグのHPゲージは2本削れ、残り2本になっていた。
それは行動パターンが変わる節目でありティ・ルナノーグも例外ではなかった。
ティ・ルナノーグは持っている両手剣を地面に出した靄に捨てると背中に携える2本の剣を抜いて構える。
先に挑んでいた集団はこのHPゲージで敗北した。それなりに長く戦っていたが2ゲージあった両手剣に比べ得られている情報は少なく、確実に分かるのは両手剣の時よりも攻撃間隔が短く硬直も減り一撃の威力が低くなったという武器種を見れば分かる情報くらいだ。
推測としてはSP不足による戦線の崩壊という点から一時的なアイテム使用不可の解除不能デバフをかけられたか、普通のデバフだが効果倍率が高くSP管理を含め全体の回復が追い付かなくなったか、致命傷ではないが回復が必要な程度の攻撃を連発されたか、の3つが挙げられるが、現行映像からはHPやSP、ステータス情報も確認できないため断定には至らない。
そんな中、JOKERが執ったのはさっきまでと同じ戦法。つまりは様子見だった。
しかし、それは10秒も経たないうちに破られる。
一撃目の左手から振り下ろされる剣はヘイト値の高い獣人を攻撃したが、直後の右手から振り下ろされる剣は龍人を攻撃した。
どのような判断基準によって龍人が攻撃されたかは分からないが、少なくともそれが判明していない間はこの戦法は成功しない。
「Aを連撃、2JQKで包囲、2を北、Qを東、Jを南、Kを西に移行。579は50%に変更。10は2と交代で北に入れ、交代間隔は10分。残りは継続、戦闘再開」
JOKERの判断は早かった。
今度の指示は鬼人がティ・ルナノーグの正面を、女王が左側を、ローブが背後を、王が右側、と指示された方角を位置取り、それよりも外側を籠手と龍人が右回りと左回りに分かれてティ・ルナノーグの周りを回る。
残りは少し下がった位置に1列目から人と魔人が中央の獣人を挟むように位置取り、2列目は九尾と妖精人が妖精と精霊を挟む。そして3列目には変わらずJOKERが立ち、その両脇を化物が位置取っていた。
鬼人、ローブ、女王、王は絶え間なく攻撃を続け、籠手と龍人は弱点を攻撃できるタイミングで素早く攻撃を重ねては退くヒット&アウェイを繰り返す。妖精人、妖精、精霊、九尾は前線を優先に全員のHPが50%を切らないように回復をかけ続け、人と魔人は前の陣形と同じようにバフとデバフをかけ続けていた。
その戦法にはJOKERの余裕が窺える。
さっきのティ・ルナノーグがパワータイプでJOKERの執った戦法もパワータイプなのであれば今のティ・ルナノーグはスピードタイプでJOKERの執る戦法もスピードタイプだ。
要するに同じ戦法を被せる、言ってしまえば格下を相手にする横綱相撲だ。
一見、不遜とも取れるこの戦い方は嵌まっていた。
それは知識の無い者が行えばただの愚行であり無謀だが、知識のある者がそれを活かした上で行うのであればそれは立派な攻略だ。
《龍の咆哮》のように一撃で大ダメージを与える攻撃はなかったがアタッカーの役割が増えたため40分も経たないうちにティ・ルナノーグのHPゲージは3本目も無くなった。
残りHPゲージが1本になるとティ・ルナノーグに再び変化が訪れる。
最初の変化と同じように足元に現れた靄に2本の剣を捨てる。そこまでは同じなのだが、今度は代わりに使う武器がない。
ティ・ルナノーグは片膝をついて屈むと靄の中に両手を入れてゆっくりと鞘に納まった刀を取り出した。
それは明らかに今までの武器とは質が違った。
決してそのようなことはないのだが、ティ・ルナノーグが今まで使っていた武器がどこの武器屋にでも売っているような量産品。或いはゲーム開始時の初期装備にも見えてしまうほど今までの武器と今取り出した刀は質が違う。それは鞘に納まっている状態でも一目瞭然だ。
武器の変化は分かりやすく行動パターンの変化、戦闘スタイルの変化を表す。
ティ・ルナノーグがパワータイプからスピードタイプへと変わったのは単純に武器にあった戦い方に合わせただけで武器自体についているステータス上昇値を除けば元のステータスは同じだ。つまり、どちらの戦い方もできるだけのステータスがあるということ。
そこにどちらのステータス上昇も兼ね備えていそうな刀。武器種的に見てもパワータイプとしてもスピードタイプとしても使える汎用型だ。そこから考えるに今までのパワーとスピードを兼ね備えたバランスタイプ、というのが武器的にもラスボスの最終ゲージ的にも妥当だ。
それでもJOKERはそれ以上の危機を本能的に感じ取っていた。
しかし、気づくのが遅かった。
ティ・ルナノーグは刀を鞘から抜きながら「グオォォォオオッ!」と今までの無機質丸出しの鎧からは想像できないような雄叫びを上げる。
その雄叫びにはバインド効果があり身動きが取れなくなるだけでなく、バフデバフの全ての付与効果を解除する追加効果もあった。
「ぜ___《反撃準備》」
バインドが解けるのと同時にJOKERは全員に回避指示を出そうとするがティ・ルナノーグの納刀する動作を見て対応を変える。
JOKERは2段階スキルの1段目、反撃スキルの発動準備をした。
一閃___。
「《全反撃》」
ティ・ルナノーグが抜刀する居合の衝撃波に合わせてJOKERもラスボス戦開始から1度も振っていない大鎌を振り抜く。
それは居合の衝撃波を何倍にも増幅させて撥ね返した。
その一撃は一瞬にしてティ・ルナノーグの残りHPを全て削った。
それはJOKERの勝利を意味していたが、そこに歓喜の様子はない。
無理もない。今の反撃スキルは反射的に行ったものであり、明確に倒すことを目的とした攻撃ではなかった。加えて全員のHPが1という満身創痍っぷりで今の反撃で倒せていなければどうなっていたかは想像に難くない。
それはこの戦いの終わりにはあまりにもあっけなく達成感を覚えさせない。
しかし、そんなJOKERの心の内とは裏腹に辺りにはゲームクリアを祝福するCongratulationsの文字とそれを華やかにする色とりどりの花火が打ち上がる。更には盛大なBGMが鳴り響き戦闘の疲れを癒しつつ気分を高揚させた。
それはプレイヤーに次へと進む活力を与える。
それなのに、その活力を向けるべき次のタイトルの告知はなかった…
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そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
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※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
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