(未完)ALONEST(アル・オネスト)〜111人の頂点を目指す〜

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1話「包囲網」

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ティ・ルナノーグがクリアされてから1週間。全プレイヤーに向けたアナウンスは特になく6タイトルに新ダンジョン追加のアップデートが行われただけだった。

しかし、一部のプレイヤーには運営から招待状が届いていた。

それは俺、柊十六夜ひいらぎいざよいPNプレイヤーネームJOKERジョーカーにも届いていて理想郷社の本社ビルに向けて足を運んでいる。ナビの指示通りに高層ビル群に挟まれた大通りを歩いて角を曲がると大きさは他のビルと同じくらいだがやたらと敷地の広いビルが建っていた。

ビルの正面に向かって両脇に駐車場は勿論のこと奥にはテニスコートやフットサルコート、バスケットコートと運動するスペースが見える。それは周りのビルよりも明らかにお金がかかっているが、ビルの脇から見えているだけでそれほど広いのだから更に奥やビルの後ろも考えれば凄いを通り越して最早怖い。流石は今話題の理想郷社と言ったところだろうか。

「でけー」

そんな見たら誰もが抱きそうな感想を口にしながらビルの上の方を見る。

小さい頃から、理想郷社がまだ無名の頃から遊んでいる身としては嬉しいような、届かないような遠い存在になって寂しいような気もする。

敷地に足を踏み入れビルの中に入ると、中には6タイトルに出てくるキャラクターやアイテムがガラスケースに展示されていて展覧会が開かれているようだ。しかし、一般人の少なさに誰も気に留めていない様子からこれが通常時なのだと分かる。

それらを見ようと視線を右往左往させながら受付へ行く。

受付にはタブレット端末が置かれていて要件を選択できるようになっている。しばらく探しても今日俺が来た要件に当てはまる項目は見つからない。

そろそろ口頭で伝えようと内線で数コール鳴らすと横から声をかけられる。

「困っているなら手伝う」

そう声をかけられたのとほぼ同時に内線は繋がるが「あ、すみません。解決しました」と内線を切る。

それは話しかけられた声に聞き覚えがあり、こっちで対処した方が早いと思ったからだ。

聞き慣れた抑揚がなく感情の感じられない声のした方へ振り返ると思っていた通りの人がいた。

白く透き通った肌に蒼色の瞳、銀髪のショートカットと人形のような綺麗な女性、立花氷美たちばなひみが立っている。これだけでも特徴的だが、氷美の1番の特徴は頭の頂点で上下に少し動いているアホ毛だ。

これは声からも表情からも感情の分かりにくい氷美の感情を読み取ることのできる必須アイテムだ。

久しぶりに会うからか氷美の容姿、アホ毛に視線が吸い寄せられているとコンッ!と痛くはない程度の拳骨を落とされる。

「痛っ。いきなり何するんだよ」

それでも反射的に声は出て抗議の視線を送る。何で今の流れで拳骨を落とされたのか分からない。

「今アホって思った。アホ、失礼。だからお仕置き」

表情に一切変化がなく怒っているように見えるがみょんみょんと跳ねるアホ毛が再会の喜び余っての行動だと主張している。ツンデレか!

「アホ毛とアホは違うだろ。ってかいつまでも子供扱いするな。…それでわざわざ氷美が来た理由は?」

十六いざ…JOKERは私の弟、のようなもの。迎えに来るのは当たり前」

確かに氷美は俺のことを弟と思っている節があり知り合ってからも長い。だが、今の時期なんて特に忙しいはずだ。

「何が目的だ?」

「博士がJOKERは可愛い女性が行くと喜ぶって。それとあの子からの伝言、預かっている。もうあんなこと起こさせない」

何度も言うが表情に変化がなく分かりにくい冗談はさて置き伝言が目的ということになるが、その伝言に興味はない。

「まぁ、氷美は可愛いって言うより綺麗。美人だよな」

「それセクハラ」

話を逸らそうと茶化すと再び拳骨を落とされる。尤もな理由だ。

一見、ただ一蹴されたように見えるが氷美の頬が赤くなっているのを見逃がさない。というか肌が白いため見逃がしようがない。それはアホ毛を見ずとも氷美が照れていることを教えてくれる。

茶化したと言っても勿論本音だが、こうも素直な反応をされると少し申し訳なくなる。

そう思っている心を読まれたように三度拳骨を落とされた。

会った時もそうだが氷美は俺の心を読むことができる。心を読まれているということは当然、本音という部分も読まれている訳で余計に恥ずかしくなったのか氷美の顔は頬だけでなく全体が真っ赤になっていた。

「時間、ない。行く」

真っ赤な顔で短くそう口にすると顔を背けて足早にエレベーターへと歩いていく。氷美に続いて乗り込んだエレベーターは一般用ではなく従業員用だった。

氷美はエレベーターに乗り込むと階層を押さずにタッチパネルに向かって何かしている。よく見ると網膜、指紋、パスワードの入力、と3段階の認証を行っていた。

一般用のエレベーターではこんな面倒な確認作業は必要ないのだろうがこのエレベーターがそれを必要とするのはそれだけ機密性の高い場所に通じているということでもある。

「同じ事やって」

促されるままにタッチパネルの前に立ちゲストのボタンをタップして網膜と指紋の登録をする。それでデータが作られたのか半透明のカードが刷られた。

それを抜き取り氷美が無言で差し出すカード入れに入れて首から提げる。

これでエレベーターの稼働準備が整ったのかタッチパネルには数字が並ぶ。

おそらくこのエレベーターはカメラによる視認と重量のかかっている場所から何人が乗っているのかを算出して全員が認証を行わなければ動かないシステムなのだろう。それだけ立ち入りの制限された場所に行くというのは少しワクワクする。

「何階?」

「B1」

返答に合った通り地下1階を押して壁にもたれかかる。

「来てくれてよかった」

氷美が唐突にそう口にする。この舞台のことを知っていても俺がここに来ないと思っていたのだろう。正直、迷った。

「ゲームに罪はない。それに氷美がいるからな」

「良かった。私も手伝った力作、JOKERにも遊んでほしい」

「そりゃ楽しみだな」

そんな短いやり取りをしている間にエレベーターは地下1階に着いた。

氷美に先導されるままエレベーターを降りて廊下を歩いて奥へ進んでいくと両開きの扉の前までやって来た。中からは複数の話し声が聞こえてくるあたり既に多くの参加者が集まっているようだ。

自分で入るタイミングを決めろというように氷美はこちらを見ている。それならここで立ち止まっている意味はない。

右側の扉を開けて中に入る。

外に聞こえてきた声が嘘かのように何も聞こえなくなり、その代わりとでも言わんばかりに全員の視線が集まる。

それらを気にも留めず見回すとホールのように開けていて左右二塊に分かれて椅子が並べられていた。

左側は6タイトルのデバッガーで構成されるギルド、UNKNOWNアンノウンのギルドフラッグが前方に飾られている。それが60席ありUNKNOWNからは各タイトルの担当から10人ずつが選抜されたのだと想像させる。対して右側も60席用意されていて各タイトルのクリア集団レイドの席が10席ずつ用意されていた。

エル・ドラードのクリア集団、四神連合。オフィールのクリア集団、紫淵の深煙。ニライカナイのクリア集団、銀の銃弾シルバーバレット。エデンのクリア集団、金色の食卓。シャンバラのクリア集団、天空の旅団。そしてティ・ルナノーグのクリア者である俺の席が合計60席用意されている。その横には各集団、というか所属するギルドのギルドフラッグが飾られていた。

いや、俺のところは10席もいらねーだろ。

俺という個人を除いて全てが最低でも100人規模で構成されるトップギルドだ。ラスボス戦が半集団戦ハーフレイドバトルということを加味しても挑戦したプレイヤーは50人ずつ。それなのに各集団10席ずつしか用意されていないということはラスボス戦に置ける貢献度順で選抜されているのだろう。

UNKNOWN側は全員座っているというのに6タイトルのクリア集団はほとんどの人が立っているのを見るにスタッフに詳しい予定でも聞いているのだろう。ここにいるのは大半が成人している人、若めに見ても大学生が数人、と大人の事情があるのだろう。高校生は俺とUNKNOWNにもう1人くらいしかいないはずだ。

用意された席に向かおうと1歩足を進める度に周りからの視線は警戒から怒りの色が強くなっていく。

無理もない。ここにいる人の多くは6タイトルに重課金しているプレイヤー。その中でもプレイヤースキルの秀でた人たちだ。そこに見た目中学生くらいの高校生が入ってくればどこぞの御曹司かチーターを疑うだろう。そこにプレイヤー1人とNPC48体でクリアした非現実性を考慮すればチーターと断定されているはずだ。まぁ、そんな事実はないが。

自分たちの聖域を侵された気になって敵意剥き出しの視線を向けられるのはここに来る前から分かっていた。氷美もそれを分かっていたからホールの前で立ち止まったのだろう。

それらと目を合わせず無駄に用意された10席の真ん中に座る。

リュックを隣の席に置いてポケットからスマホを取り出す。漫画でも読もうと視線を落としていると足音が近づいてくる。足音的にUNKNOWNの方からやって来たようで、若い男性に話しかけられた。

「少年、UNKNOWNのギルマス、ゼロからの伝言だ。俺は一言一句そのまま伝えるだけで俺の意思じゃないからな」

若い男性は不服そうにポケットからメモを取り出すと広げて読み始める。

いや、そのメモ渡せば読まなくて済むだろ。

「JOKER様、この度はこの舞台に来られましたこと誠におめでとうございます。私も自分のことのように嬉しく思っております。時間もないので挨拶はこのあたりで本題に入りますが、私と同盟を組んでいただけないでしょうか?正確には現実世界における1ヶ月の間、不可侵条約を結んでいただきたいのです。とのことだ。俺にはそこまで警戒する意味が理解できないがギルマスの意向だ。しっかり伝えたぞ」

「アホか。って返しといてくれ」

「……分かった。ギルマスにもそう言われているからな。はぁ…俺怒られるんだろうな。伝言とはいえギルマスにアホかって言うとか下手したら追放もあり得るよな…」

若い男性は渋々といったように間を空けて頷くとそう呟きながらUNKNOWNの席へ戻っていく。そこには俺の伝言をしたくない気持ちと伝言の内容に対する恐怖が如実に表れていてUNKNOWNの上下関係が窺える。

若い男性が来て以降は特に何もなくスマホで漫画を読んでいるとアナウンスが聞こえてくる。

「お集りの皆様、時間になりましたのでご着席ください」

スマホを仕舞いアナウンスの聞こえてきた壇上付近に目を向けると少しして理想郷社の社長、神谷直継かみやなおつぐが壇上に上がる。

「まずは忙しい中お集まりいただきありがとうございます。このトッププレイヤーを集めたPvP大会は理想郷社を作った時からの目標であり、本日こうして実現を目の前に出来ていることを大変嬉しく思っております。この大会に参加するまで、参加にあたって皆様の中には多大なる犠牲を払っている方も多いかと思います。それに対し何の補償も出来ない無力さを理想郷社の代表としてお詫びします。その補償、にはなりませんがその選択を後悔させないだけの大作が出来たと自負しております」

直継にしては偉く真面目に話している。外向けの話し方というのもあるのだろうが、それにしてもこれだけ真面目なのはこのイベントに対する思いの強さが表れているようで感慨深い。

「それではこちらの映像を」

直継が指をパチン!と鳴らすとホールは暗くなり直継の背後に映像が映し出される。

ALONESTアル・オネスト

盛大なBGMと共にタイトルが表示される。

ヒューム妖精人エルフ獣人ビース魔人デモン鬼人オーガ龍人ドラガ。6タイトルでプレイヤーが使うことのできる6種族がそれぞれの特徴を活かして戦闘を行っている。

豊富な職業を活かし様々なスキルを駆使して戦う人。森という聖域では環境を操り種族の特性でもある回復を使いながら戦う妖精人。完全獣化をすれば一時的なステータス上昇は勿論、聴覚を始めとする五感が鋭くなるのを活かして戦う獣人。眷属の召喚にバフデバフ、自らがアタッカーにもなれる戦闘の幅を活かして戦う魔人。単純なステータスなら6種族で最も高く、それを活かして敵と正面から正々堂々と戦う鬼人。全ての不利要素を圧倒的な火力で覆して戦う龍人。

その映像に映るスキルは6タイトルで見たことの無いものでそれだけでもゲーマーの心を擽る。それ以外に6種族が6タイトルと同じ種族なのは分かるが姿が違った。

分かりやすい所で言えば6タイトルの龍人には翼が生えているがALONESTの龍人には翼が生えていない。それは暗に6タイトルとは勝手が違うことを示唆しているようだ。

ざっと周りに耳を傾けて聞こえてくる感想からそのことに気づいている人は1割もいない。もしくは気づいていても重要視していないか。それでも気づいていないであろう9割は6タイトルよりも綺麗な映像に新タイトルという昂揚感に心を躍らせているようだ。

「続いてこちらを」

全体の興奮が冷めやらぬ中、直継がもう1度指をパチン!と鳴らすと映像はスライドへと切り替わる。

新デバイスの導入。スフィア型のデバイスの写真にあちこちから線が引かれ細かい説明が書かれている。その内容は分からないが幾つか分かることがある。

特殊なスーツを着てスフィアの中に入って操作するということと、スフィア内はU液なる謎の液体で満たされプレイヤーの動きに反応してアバターを操作するということだ。

それは今までの操作方法とは全く違い、その感覚に慣れるまでにはかなり時間がかかりそうだ。それまでは無茶な行動は出来ず慎重な立ち回りを求められるが、それは他のプレイヤーも同じで然したるデメリットにはならない。強いて言うならNPCや敵MOBに負けないように注意は必要だが、そのあたりは気づけている時点で回避のしようがある。

新タイトルに新デバイス、それはこの場のボルテージを最高潮にするには十二分で周りからは口笛や歓声とその興奮度合いを示す音が鳴り止まない。

そんな歓声を止めたのは再び点灯した照明だった。それは再び直継が話し始める合図で全員が聞き入ろうとしている。

「今見ていただいたのは明日からプレイしていただくALONESTの映像とALONESTに使用する新デバイスの紹介です。ALONESTは6タイトルの特徴とも言うべきサブシステムを全て導入しており新デバイスによって指1本に至るまでの精密な操作が可能になりました」

そこまで言うと直継はネクタイを緩めて水を一口飲む。ゴクと喉を鳴らす音がマイクを通って聞こえてきて直継は仕事終わりにビールを飲んだ人のように息を吐く。

「っはー。と、用意された説明はここまでにして僕から君たちへアドバイスを送ろう。ALONESTは間違いなく僕が作ってきたゲームの中で最高傑作であり最高難易度だ。それに6タイトルとは違いラスボスが設定されていない。これが意味するところ、この大会、求められているプレイヤーの質が変わっているということだ。このゲームにコンテニューは無い。自分の立ち回りをよく考えて頂点を目指してほしい。僕からの話はこれで終わりだ。全員の健闘を祈っているよ」

あと少し我慢していれば威厳があっただろうに…何とも堪え性のない男だ。いや、ここまで堪えただけ成長か。

そんなことを思いながら壇上を下りていく直継を呆れた目で見ていると一瞬目が合った気がした。

その瞳は明らかに俺を煽っていて生き残れるものなら生き残ってみろとでも言いたげだ。それはこのトッププレイヤーの中でという人任せなものではなく俺の作ったゲームでという自分が用意した物への絶対的な自信が感じられる。

面白い。それだけの自信があるのだから肩透かしということはない。正直、ここに来るかは迷っていたが来て正解だったようだ。そう今、確信した。

直継が去ってからはスタッフから何やら説明を受けていたような気がするが全く以って聞いていなかった。頭にあるのは直継が用意したゲームがどんなものか、それをどう攻略するかということだけだ。

俺は純粋に最高に面白いゲームをしに来ただけでそれ以外のことはどうでもいい。賞品やら名誉やらそんな物に興味はない。

いや、1つだけ興味のある賞品がある。それは優勝者に送られるALONESTのデータだ。

それはこのPvP大会が終わってもALONESTを遊べるということだ。このPvP大会はALONESTを攻略する前に終わる。それでは不完全燃焼だ。俺はこのゲームを攻略したい。

まぁ、大人は競合他社に売るとかそういう考えがあるのかもしれないが俺にはそんな大層な欲はない。いや、俺の方が欲深いかもしれないな。だが、それが俺の望みだ。

話が終わったのか周りがざわめき始めると話を聞いていなかったのがバレたのか氷美にタブレット端末で頭を叩かれる。

そのタブレットはプレイヤー全員に配布されるもののようで、それを受け取らずぼーっとしていたのだから話を聞いていないのがバレるのは当然か。

スタッフからの話はここでの生活についてのものだったようだ。このタブレットにはこのビルのマップや他のプレイヤーへのチャット機能、運営への連絡、この大会のルール、等ここでの生活に必要な情報が全て入っているようだ。勿論、さっきまでの話の内容も。

エレベーターで発行したカードを差し込んで6タイトルのアカウントでログインすればセットアップ完了というお手軽さだ。ログインするとマップに映っていた部屋の1つが赤くなる。どうやらここが俺の部屋ということらしい。どうやらクリアしたタイトル毎に区画で分かれているようだが、不運なことにティ・ルナノーグの区画はエレベーターから1番遠かった。

セットアップが完了すると有難くも痛かった説教は終わり、氷美はホールから出ていく。俺もここに用はなく自室に向かおうとするとマイクを通した声が聞こえてくる。

「私、UNKNOWNの現ギルドマスターのゼロがここにいる皆様に提案します。ここに対JOKER包囲網を結成しませんか?」

聞き覚えのある声に自分のPNが出てきたこともあって足を止めて振り返るとそこには思っていた通りの女性、鳳凰院麗華ほうおういんれいかがいた。

マイク越しでも伝わる場慣れしているような堂々とした話し方。聞き取りやすく聞く者を魅了という名の洗脳しそうなほど上品なその声を発したのはうざったらしくも腰まで伸びた艶のある赤髪に強さを感じさせる切れ長の目。それでいながら威圧感を覚えさせない気品さを兼ね備えた端正な顔立ち。高い靴でも履いているのか身長は高く見え、身に纏うドレスはどこかの令嬢のように見える。普通の人ならドレスに負けそうなものだが鳳凰院麗華はドレスも自身も偏った力の差を感じさせず互いを引き立てていた。

紛れもなく俺がこの場で会いたくなかった人No.1だ。

人前で話すことに慣れている堂々とした立ち振る舞いは言葉に力を持たせ、その容姿は人の目を集める。今の短い言葉だけで既にこの場は鳳凰院麗華のものになった。

元々チーターという偽りのフィルターにかけられ敵意に晒されているというのにこの場を掌握した鳳凰院麗華からの提案。俺がどれだけ脅威かはさて置き先ず排除しようと協力しそうな雰囲気が出ている。

俺を犠牲にして準備期間を作る算段だろうか。確かに操作方法の変わった新作ゲームでゲーム攻略をしながら他のプレイヤーを警戒するというのは面倒くさい。そこで俺の敗北を戦闘開始の合図にすればいいとでも思っているのだろうが、そんな甘い提案を鳳凰院麗華はしない。いきなりチェックをかけているのだ。

そんなことにも気づかず前向きに考えている人が多い中、1人手を上げて素直な疑問を口にする人がいた。

「四神連合のスザクです。JOKERさんが強いのは先日のティ・ルナノーグ戦からも理解できますが、そこまでする必要があるとは思えません。私たちが各集団から選抜された10名なのに対しJOKERさんは1人。十分に各集団で対応できる範囲内だと考えています。それよりも警戒すべきはUNKNOWN、中でもゼロさんだと私は考えています。そもそもUNKNOWNがどれだけギルド内で協力するのかは分かりませんが、もし全員が協力するのなら6集団の合計と同等の戦力を有することになります。そうでなくともラスボス戦や普段の活動で情報が洩れている私たちと違ってUNKNOWNの方は表立って戦闘をした記録がありません。包囲網を敷くべきは寧ろUNKNOWNに対してだと思いますが、それ以上にJOKERさんを警戒する理由があるのでしょうか?」

四神連合は6集団の内で唯一複数のギルドから構成される集団。そのリーダーの1人でもありギルド:朱雀のギルマスでもあるPN:スザク。ギルド名やPNにも使っていて好きなのか朱色のショートカットに低めの身長に見える女性で、後ろ姿からは学生に見えるがその落ち着いた態度からは少なくとも大学生には見える。この場で物怖じせず堂々と話す姿を見るに社会人かもしれない。寧ろそう言われた方がしっくりくる。

スザクの提案した意見は尤もであり、これに対する返答次第では対UNKNOWN包囲網に変わると言ってもいい。

それでも表情一つ変えずに鳳凰院麗華は再びマイクを口に近づけると口を開く。

「スザクさんの見立て通りUNKNOWNがこの中で最も戦力を有する戦力であり、その大半が序盤に置いて協力することは否定しません。ですが、貴方はこの大会で重要なことを分かっていないようですね」

スザクの見解である自分たちの有利も認めた上で鳳凰院麗華は俺に対する包囲網の姿勢を崩さず畳みかける。

「私たちのように大規模ギルドの主力はJOKERさんのように多くのNPCを作らずとも人数に事欠くことはありませんでした。だから仕方ないのですが私たちがNPCを2体、もしくは3体しか所有していないのに対しJOKERさんは53、いえ、52体所有しています。それもラスボス戦で通用するほど高度の戦術を組み込まれたNPCで中堅ギルドであれば主力になることは間違いありません。それは私たちの所有するNPCとは圧倒的な練度差がありここにいるトッププレイヤーを以ってしても1集団で対処するのは難しいと私は考えています」

確かに1集団との戦いに負ける気はしない。だが、それはNPC全てがALONESTに連れていければの話だ。NPCも1人カウントされていれば俺の戦力は他の集団と大差なく包囲網を敷くほどの脅威には成り得ない。それが確定していない時点で包囲網を敷くのは早計だ。

加えて、1集団での対処が難しいとしてもUNKNOWNは話が違う。それに気づいている人はいるのだろうが鳳凰院麗華に割って入ることができないようだ。

「このALONESTに置ける戦いの鍵となるのは駒の取り合い、自勢力以外でどれだけの戦力を引き込み相手に戦力差をつけるかです。それを表すように自分の集団以外との同盟や協力も許されています。コンテニューの存在しないALONESTでは1度ゲームオーバーになったプレイヤーが戻ってくることはありません。その戦いに置いて裏切ることのない駒を52体所有しているJOKERさんが脅威であるのは言うまでもなく、たとえUNKNOWNであっても正面から戦っては少なくとも半壊は免れないでしょう。私たちプレイヤーには操作方法の変更は大きく影響しますがNPCには影響しませんから。では、どの勢力にとっても脅威であるのならば早めに摘みませんかということです」

そう饒舌に本音のようなものと嘘を使わないことで鳳凰院麗華は一定の信用を得たと言っていい。確かに操作方法の変更がNPCには影響しないのは目から鱗で、もし全てのNPCが連れて行けるのであれば序盤最大勢力は俺になる。これは包囲網を結成するに値する話かもしれない。

その勢いのままに鳳凰院麗華は包囲網の内容について提案する。

「包囲網といっても具体的にはJOKERさんが退場するまでの情報の共有と共闘といったところでしょうか。JOKERさんが生存している間は原則として包囲網に参加している集団に戦闘を仕掛けることを禁止します。ですが、例外として裏切った集団、もしくは個人がいれば参加している全員でそのプレイヤーを処刑します。裏切りが有効にならないよう管理は最大勢力である私たちが務めます。それと発案者としてJOKERさんと対峙する際はUNKNOWNが他の集団の合計と同じだけ選出することを約束します。これで如何でしょうか?」

俺が脅威である証明に俺を除いた誰もが得をし過ぎず損をし過ぎない提案だ。他の集団にとってもUNKNOWNが一枚岩であると言質が取れた今、自分たちの安全を確保しつつUNKNOWNの戦力を削れるのはおいしい。俺が勝ちを狙うなら序盤の有利を活かしてUNKNOWNを狙うと考えると考えているはずだ。

しかし、それは罠だ。

新タイトルに置いて情報は数にも勝る武器になる。だから俺という共通敵を作ることでその間、全体で協力する体で情報を集めつつ態勢を整えたいのだ。それに俺だけに意識を向けるのであれば全体に意識を向けなければならない俺に比べて対応が楽になり、お互いに全方位に警戒して戦うよりも被害を減らせる。そこに参加した集団からも助っ人が来るのだからその被害軽減は計り知れない。

数が多いUNKNOWNからも情報が得られることで他の集団は得の方が大きいと思いがちだが、情報が集まればそれを最も活かせるのは数で勝るUNKNOWNだ。

しかし、UNKNOWNからも情報が得られるというのは各集団にとっては大きく、どこかの集団が参加を表明した時点で他の集団は参加しないデメリットが生じる。

なんとも頭の回ることで。

それでも無視できない要素として1人に対する重みの違いがある。単純な人数比でという話もあるがこの10人しかいない各集団は下手したら2人退場するだけで集団としては半壊と同等の意味を持つ場合がある。集団として見た時に各役割の欠損はそれだけ致命的だ。

俺を退場させるついでに幾つかの集団を半壊させられれば他の集団が協力しても穴は見えており簡単に捻り潰すことができる。そうなれば後はUNKNOWN内で争うだけだ。

もしこのことに気づいている人がいたとしても場を掌握した鳳凰院麗華から全員を説得することは難しく、どこかが包囲網に参加すれば自分たちに勝ち目が無くなる。おまけにこれだけ場を掌握できる鳳凰院麗華が内部を纏めていないとは考えにくくUNKNOWNの離反による内部崩壊も期待できない。

そうならないためには俺と協力してUNKNOWNと正面衝突というのが1番勝率の高い選択肢だが、偽りのフィルターによってそれはあり得ない。そのことに気づいていても然るべき人が言わなければ俺に対する反戦感情を高めるだけで、それができる人はこの場に居ないだろう。

要するに詰みだ。

尤も、このことに気づいているプレイヤーを2人知っているがさっきの理由からこの場では動かないだろう。

まぁ、元から誰とも組む気のない俺には関係ない話だ。どれだけ早く包囲網を崩壊させ、その戦力をUNKNOWNに向けるか。それが俺の考えるべき手段だ。せめて3分の1くらいはUNKNOWNを削ってもらいたいものだ。

そんなことを考えている間も各集団ではどうするか話し合っていたようだ。その話し合いは熾烈になっていき、今はガヤガヤと騒がしい。

しかし、それは6集団側の話でありUNKNOWNの方は落ち着いていた。

それはこれが既定路線であり鳳凰院麗華が内部を纏め切っていることを表している。

ただ、流石はトッププレイヤーの集まり。いや、並みプレイヤーでも気づくことかもしれないが俺に対する敵意はありつつもどこの集団も包囲網への参加を宣言しない。それは俺の戦力を侮り自分の集団だけでも倒せるという自信からかもしれないが、この包囲網のあやうさに気づいているようにも見える。

それでもそこまで考慮して根回しするのが鳳凰院麗華だ。

面倒くさそうに頭を掻きながら男性は空いている方の手を上げ話始める。

「~~~~~~~~~~~」

しかし、その声はこの騒がしさの前では無力で何も聞こえない。すると男性は壇上に上がり鳳凰院麗華からマイクを受け取ると心の底から面倒くさそうに再び話始める。

「紫淵の深煙ギルマスのシエンだ。紫淵の深煙は対JOKER包囲網に参加する。悪いな、坊主」

今度の声は全員に聞こえたようでシエンが話始めると静かになった。

申し訳ないという気持ちは微塵も感じられないがマイクを持つ手で軽く謝るような仕草をする。

PN:シエンは短いボサボサの髪を掻く癖がるのか立ち上がるのにも発言するのにも1度頭を掻く動作を経由する。生気の無い目にだらしなく服を着ているその姿からどうしようもないおっさんに見えるがゲームの腕前に関してはこの場に相応しいだけのものを持っている。

紫淵の深煙が包囲網への参加を表明したことで均衡は崩れ金色の食卓、天空の旅団、銀の銃弾の順にギルマスが包囲網への参加を表明した。

やはり参加しないことに対するデメリットと俺に対する敵意を考慮して参加せざるを得ないといったところか。こうなればどれだけ早く、自分たちの犠牲を少なくUNKNOWNの犠牲を多くして倒せるかが生命線となる。はずなのだが、四神連合は包囲網に対する参加を表明しない。

友好関係でもない俺に味方する義理はないはずだ。それなのに参加しないということはそれ以上のメリットがあるということだが、UNKNOWNに対する牽制以外に理由は見つからない。

その牽制ですらも潰れ役でデメリットの方が大きく見える。もしかしたら最悪の状況にしないための被害を最上限に抑えるという考え方なのかもしれない。

あの冷静な分析のできたスザクのことだからそれもあり得るか。まぁ、俺を1集団で対応できると考えているあたり自分たちの評価が高いだけかもしれないが。

何れにしても初期段階で警戒すべきプレイヤーは大体分かった。

そうなればこの場にはもう用はなく、自室へと向かう。
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