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5.侮辱には屈辱を
しおりを挟むルークが別邸にやってきて3日。アロンゾ国王からマリィに手紙が届いた。
手紙には一言。
好きにやれ。
そう書いてあった。
かなりぶっきらぼうな返答だったが、しかし、同時に国王から何をやっても構わないと許可されたようなものだ。
マリィは口角を上げると手紙を机の上に置き、傍で待っていたルークを手慣れた動作で着替えさせた。
「王様の許可はいただいたし、貴方のことは任せて。
昔、孤児院でバイトしていたの。書類仕事は苦手だけど子育てはちょっとは出来る方よ。大変な思いをした記憶しかないけど、今になって役に立つなんて、人生分からないものね」
服を着せるとマリィはルークを抱き上げる。
相変わらずマリィが抱きしめてもルークは泣かない。笑いもせずにただじっとマリィの方を見ているだけだ。
もしかすると感情の出し方も分からなくなっているかもしれない。
「表情がないのも考えものね。絵本でも買ってあげようかしら……?」
マリィが真剣に悩んでいると、買い物から帰ってきた乳母が部屋に入ってきた。
「奥様、本邸の方からお手紙が来ています」
「あら、ようやくね。やっとルークのことでお話しする気になってくれたのかしら」
「いえ、それが……」
乳母が差し出した手紙には封筒も何もなかった。裸の紙で、しかも、乱暴にポストに入れられたのか、丸められて皺だらけになって汚れている。これでは手紙というよりゴミだ。
(なるほど、私に渡す手紙なんてゴミ同然というわけね。)
明らかに嫌がらせだ。
差出人の名前は書いてないが、こんなことをするのは1人しかいない。
マリィは丸められた手紙を広げて読んだ。
“王宮の連中から15日の建国記念式典の参加を求められた。私はシルヴィーと共に行く。いくら期待しようとエスコートなどしないからな”
手紙にはそう綴られていた。
国王からの手紙には全くそんなこと書いていなかったが、本邸には行事に参加するよう通達があったらしい。
マリィはため息を吐いた。
何故、公的行事に妻でも貴族でもない、一年前あれだけ騒動を起こしたシルヴィーを連れて行こうとしているのかなど気になることが山ほどあったが、マリィはそんなことどうでもいい。
ルークのことなど一切書いていないその手紙にマリィは呆れを通り越し段々と腹が立ってきた。
「……分かりました。どうせ貴方とは仮面夫婦ですもの。貴方がその気なら私だって考えがあります」
ルークを乳母に預け、マリィは部屋を飛び出した。
(丁度良い。やりがいがあるわ。
……クリフォード様、くだらない手紙を送れないくらいにはその顔潰してやるわよ)
今までドレスさえ買えなかったマリィにとってこの式典が初めての社交界デビューになる……マリィは、それを逆手に取るつもりだ。
(よく言うじゃない。
男は強さ。女は強かさ。
私を舐めないで下さいな)
マリィは侍女に急いで商人とドレスデザイナー、スタイリストを呼ぶよう頼んだ。
式典まで約1ヶ月ほど時間がある。マリィは本気を出すことにした。
建国記念式典当日。
年に1回行なわれる、このセレスチアの建国を祝う式典にはほぼ国中の貴族が一同に会する。
国王が主催として開催するこの式典で、神官は来年の平穏と安寧を祈り、貴族は国のために民に奉仕することを誓う。
そんな式典の後には夜会が開かれる。国でも1、2を争う盛大で煌びやかな夜会だ。
そこにクリフォードはいた。その隣にシルヴィーを伴って。
当然の事ながらこちらを見る貴族達の目は痛い。その視線には憎悪と嫌悪が混じる。しかし、クリフォードはそれを鼻で笑うだけだった。
(フンッ、皆、分かっていない。
愛と自由に生きることの何がおかしい。頭の固い残念な奴らだ。
やはり私は真実の愛を示し、己が正しかったという証明しなくてはいけない。未来の人間達が愛に生きられるよう私が導くのだ)
クリフォードはそう思い未来の英雄となる自分に胸を張る。
だが、気づいていない。彼らの視線の意味を誤解していることに。
クリフォードは誤解したまま笑みを浮かべ、シルヴィーを伴って、針のように突き刺さる視線の中を歩いた。
(そうだ。とくと見よ、この私を。このシルヴィーの愛らしさを)
シルヴィーは珍しい色を持つ美少女だった。
パールのように輝き、コスモスのような儚げな色合いをしたその髪色は唯一無二。
ラズベリーの色をした大きな瞳も麗しく、紅く色付いた頬はつい触りたくなるほど愛らしい。
そんな彼女にクリフォードは微笑みをむけると、彼女も静かに微笑み返す。
やはり美しい。通りがけの男が何人かシルヴィーに視線を奪われているのを見て、クリフォードは内心鼻が高かった。
(そう。私は誰もが羨む世界で一番美しい人に愛されているのだ。私はなんと幸運な人間だろう)
そんな時、ふと脳裏に数日前やってきた生意気な女が過ぎる。
あれは美しいが受け入れられない。
(私の愛を試す為に父上が用意した女だ。妻とは絶対認めない。私にはシルヴィーがいる)
当然、クリフォードは彼女を迎えにも行かなかった。
馬車もエスコートもなく、今頃、彼女は途方に暮れ嘆いているだろう。
クリフォードはほくそ笑む。
(私も悪い男だ。内面はともかくあれだけの美人を袖にするなど……世の男が私を羨み私に嫉妬するだろうな。
だが、いい気味だ。マリィ、そのまま私を思い嘆いているがいい)
そんなことを思っていると、ふとクリフォードは物言いたげなシルヴィーの目と目が合った。
「どうした?」
「あの……ルークのことなのですが……」
ルーク。その名前を聞いてクリフォードは眉根を寄せた。
最近、やたらと別邸からその件で連絡が来ている。だが、クリフォードはこの件に関しては全てシルヴィーに任せていた。
(子どものことは女の仕事だろう。俺の仕事じゃない。何故、一々俺に聞いてくるんだ)
そうクリフォードは思うが、口には出さず、シルヴィーに微笑みを浮かべた。
「シルヴィー、その件は君に一任しているだろう。君がやりたいようにやればいい」
「しかし……」
「ルークは生まれてからずっと君が世話してきたじゃないか。ルークを一番よく知っているのは君だろう。別邸の連中が何か言っているが、とどのつまり君がどうしたいかじゃないのか? 君がルークの母親なのだから」
「…………」
クリフォードはそう言うと話は終わったとばかりにシルヴィーから視線を逸らした。やや顔色の悪い彼女の腰に手を回す。
「さぁ笑ってくれ。美しい人。私達の仲を見せつけなければ、
私達は過ちを犯したのではなく運命を切り開いたのだと証明しなくてはならない」
「は、はい……」
ぎこちなく笑うシルヴィーの手を引き、クリフォードは歩き出す。
その時だった。
男の叫び声が響いた。
「だ、誰だ! あの美女は!」
何かに驚き口を開けて会場の中心を指差す男につられて、クリフォードとシルヴィーも会場の中心を見る。
……そこには女が一人いた。
日に照らされた新雪のような煌めきを持つ銀髪、月に照らされた夜の海のように美しい藍色の瞳、その容貌は凛として美しく、まるで何処かの王女のような気品が漂う。
絶世の美女……そう呼ぶに相応しい女性だった。
その美しい女性の傍らには大勢の人がいた。女性も男性も彼女の美しさに息を飲み、魅了されているようだった。その目を輝かせ、彼女に近づこうとする。
あるものは友にならないかと誘い、あるものは一夜の夢をとダンスに誘う。
そんな中、一人の女性が彼女に質問した。
「あ、貴方のお名前はなんですか? 是非とも聞かせてください」
そう女性が聞くと、彼女は口元を扇子で覆いながら答えた。
「私はマリィ・ズィーガーと申します。国王陛下の嘆願によりズィーガー公爵家に先日嫁ぎましたの。以後、お見知り置きを」
その瞬間、クリフォードとシルヴィーに会場中の視線が集中した。
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