真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

文字の大きさ
6 / 77

6.波乱に咲く一輪の花

しおりを挟む


突然自分達に向けられた視線に思わずクリフォードとシルヴィーは固まる。
その視線には殺気のようなものが混じっていた。

「よりによってあのクリフォードの妻だと?」
「国王陛下、何を考えていらっしゃるの」
「我々を危機に追いやった輩にこんな美しい妻を迎えるなど」
「そもそも、妻でもない女。しかも、あの穢れた聖女様をこんな場所に連れて来ているなんて……」
「マナーどころの話じゃない。空気も読めてないよ、あれ」
「公爵夫人も憐れね。あんな男と結婚させられて」

口々にそう罵られ、シルヴィーは顔面蒼白になる。しかし、クリフォードは彼らの言葉など聞いていなかった。

クリフォードを見るその視線には嫉妬と羨望が垣間見える。こんなにも美しいマリィを手に入れたクリフォードに誰もが嫉妬し羨望しているのだ。

ゾクゾクとした愉悦がクリフォードの中に芽生える。それはやがて快感になった。

だから、クリフォードはついシルヴィーから離れた。

「マリィ、お前が来ているとは知らなかった。どうだ。ダンスでも……」

酒も飲んでいないのに、この状況に浮かされたのか、酔ったようにそう告げるクリフォード。

彼女に手を差し伸べれば先程以上に衆目の的になった。会場の中心で彼女と踊れば更に注目されるだろう。クリフォードは笑みを浮かべた。

しかし、美しいその人はクリフォードを一瞥することなく、先程、ダンスに誘った男性の手を取り、クリフォードを置いて立ち去ってしまう。

置いて行かれ、クリフォードは目が点になった。しかし、次第にその目は吊り上がり……。

(何故、無視する! この私の誘いなのに!
私を追いかけてこの式典に参加したのではないのか!)

自分の誘いを無視した彼女にクリフォードは顔を真っ赤にして憤った。
一方、シルヴィーは信じられない目でクリフォードを見ていた。

「ク、クリフォード様……?」
「……っ。シルヴィー、すまなかったな。あの女、マナーも何も知らないらしい。夫からの誘いを断るなど!」
「で、でも、あの人は真実の愛で結ばれた人ではないわ。貴方の真実の愛は私でしょう? クリフォード、私の前で愛してもいない人とダンスするの?」

そう不安そうに、しかし、核心をついたことを聞いてくるシルヴィーにクリフォードは内心舌打ちした。シルヴィーは愛らしい美しいが、今、そんなことはどうでも良い。

注目を浴びたい。

「シルヴィー、君ならば分かるだろう。これは必要必須のことなのだよ。夜会で一度は踊るのは義務だ」
「でも、だからって、私の前で……」
「では、シルヴィー。1度もダンスを習ったことのない君が私と踊れるのかい?」
「……」

愕然となるシルヴィー。その隣で苛立ちを露わにするクリフォード。
そんな彼らを見て、全てを理解した貴族達はそっと彼らから離れた。



煌びやかなシャンデリアが照らす賑やかな夜会。

その中心はいつの間にかマリィになっていた。

マリィのその白百合のような美しさに皆、魅了されたのだ。

マリィは次々とダンスに誘われ、様々な男性と談笑しながら会場の中心で踊る。

その様を見ながらクリフォードはじっと機会を伺っていた。

何としても彼女と踊る為に。

しかし、マリィはクリフォードのことなど目もくれず次々と別の男と踊る。その中にはこの国の大臣や騎士団長、他国からやってきた国賓までいる。

クリフォードは歯噛みする。まるでコケにされている気分だった。

(俺の気を引くためにこんなことをしているのだろうが腹が立つ……! あの女、私をここまでイラつかせやがって……)

そんな時だった。
会場中で歓声が上がる。クリフォードが慌ててそちらを見れば、麗しいマリィに国王がダンスを申し込んでいた。

(あの女、父上までたらしこんでいたのか!)

我慢ならなくなりクリフォードは走り出す。
しかし、それは突如やってきた護衛達によって阻まれた。

「クリフォード・ズィーガー様ですね」
「なんだ! 貴様、邪魔するな」
「参加者リストにない方を連れ込んでいるのではないかと言う報告がございました。その確認をさせて下さい」
「はぁ!?リストだと?」

クリフォードは苛立った。何故、今更そんなことを聞いてくるのか。
周りを見ると人混みの間からクリフォードとシルヴィーを見てクスクスと嘲笑する人々がいた。先程……マリィの傍にいた彼らだ。クリフォードは舌打ちした。

「アイツら……!」
「クリフォード・ズィーガー様、そこの女性の方はどなたです?
この式典には貴族の方しか参加出来ない筈です。奥様でもないようですが?」

護衛達がクリフォードの隣にいるシルヴィーを指差した。クリフォードはシルヴィーを庇うように立った。

「私の愛する人だ」
「平民ですか?」
「あぁ、今はそうだ。しかし、いずれ公爵である私の妻になる者だ。連れて来て何が悪い!」
「悪いですよ。未来の妻と言われても承服致しかねます。高貴な方々しかいないこの場に平民なんて有り得ない。この場に足を踏み入れられるのは相応しい地位を持つ方のみ。貴方が伴っているその方は我々から見て下賎な娼婦と同じなのですよ」
「な!」
「趣味が悪いですなぁ、クリフォード様。
その点、流石国王陛下。慧眼がございます。ただ愛らしいだけで無作法で無知な平民が公爵家夫人など相応しくない。だから、あの美しく聡明なマリィ様を夫人にしたのでしょう。
彼女は今日がデビューだったというのに既にこの影響力だ。今からますます脚光を浴び、引く手数多になるでしょう。
貴方が喚いたところで、その平民の魅力などたかが知れている。
将来クリフォード様がマリィ様と別れたら……皆様、歓喜するでしょうな。あの美しいマリィ様を手に入れるチャンスだと」

護衛達がクリフォードとシルヴィーをせせら笑う。

一方、クリフォードは呆然としたまま固まっていた。まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃に絶句していた。

やがて護衛達は呆然とするクリフォードとシルヴィーを拘束し会場の外へ追い出した。




一方、その反対側。内心呆然となりながらマリィは国王と踊っていた。

(訳が分からない。何故、私はこの国のトップであるその人と踊っているの?)

あまりの状況にマリィは信じられない気持ちでいた。そんなマリィに国王は微笑んだ。

「驚いたか、マリィ夫人?」
「え、えぇ、それはもう……」

国王と直接会うのはマリィがハルトマン男爵家から去ったあの日以来だ。まさかこんな形で再会するとは思わなかった。

そもそもクリフォード達に一矢報いる。それだけの為にこの1ヶ月、マリィは自分を磨き上げたのだが、まさか磨き上げた自分の容姿が様々な人々を魅了するとは思わなかった。次々にダンスを申し込まれ、褒め称えられ、終いには国王とも踊ることになると誰が想像出来たか。

予想だにしない展開の連続にマリィの背中に汗が流れる。

そんな時、不意に国王が口を開いた。

「君がこんなに美しいとは思わなかったよ。確かに最初に出会った時も美人だとは思っていたけどね。
見ない間に誰もが放って置けない程の美人になるなんて、つい私も君に触れたくなってしまったよ」
「えっ、えっと……ありがとうございます?」

本気なのか世辞なのか分からないが、国王に絶賛され、マリィは引き攣った笑みを浮かべる。

そんな彼女に国王は楽しそうに喉の奥で笑った。

「くっくっ、因みに、見たか? あのクリフォードの顔」
「見てませんわ。興味無いので」
「それもそうか。
しかし、本当に痛快だったよ。やはり私の目に狂いはなかった。君をクリフォードの妻にして正解であった。心の底からそう思う」

付き合いの浅いマリィでも分かる。国王はとても上機嫌だ。
だが、国王が上機嫌であればあるほどマリィの機嫌は悪くなり沈み込んだ。
何を基準にクリフォードの妻にして良かったと国王は言うのかさっぱりである。嫁いで以降マリィは散々な目にばかり遭っているというのに。
つい国王に向けるその目にうんざりとした気持ちが混じる。
そんなマリィに気づいているのかいないのか国王は話し続けた。

「あの2人に対する貴方のあしらい方は実に面白い。傍目から見ていると片腹痛くてしょうがなかった。
女の武器とは凄いな。
ただ美しくあるだけでここまで人を屈辱を味わせることが出来るのか。後学の為に貴方を研究したくなるよ」
「私は当然のことをしただけですわ。見世物ではありませんよ。お断りです」
「ははっ、分かっているとも。
だが、私は確信した。君を選んだのは13年後にとってやはり正解だったと。
君はやってくれると信じているよ。
手紙で伝えた通り、好きにやれ」

そう国王が告げると同時に音楽が鳴り止む。
そして、国王はマリィだけしか見えないように……意味深な笑みを浮かべた。

「さて、今回、君の知らないところで色々手を回してもらった。しばらく煩いだろうが致し方ないことだと思い頑張って欲しい。健闘を祈る」
「…………は?」

その言葉にマリィは思わず目を見張る。しかし、国王はひらひらと手を振りマリィを置いて立ち去ってしまう。

「ちょっ……!」
「マリィ様、どうか私めに至福の時間を……」
「え、えぇ、もちろん構いませんわ」

その背を追いかけようとしたが国王が去った瞬間、一躍夜会の人気者となったマリィに人々が殺到する。
マリィは何事もなかったかのように微笑みを浮かべ、その手を取った。
だが、その内心は穏やかではない。

(本当何を考えているのか分からない方だわ……。その上、何かしたみたい。
あぁ、嫌な予感がする。
それにしても13年後……?)

国王は何故かかなり13年後を気にかけている。10年後でも15年後でもなくどうしてキリの良くない13年後なのかマリィは気になったが、やはり国王の腹の中などマリィには分からない。しかし。

(13年後にとって私は正解……何だかあの感じ。未来を知っているようだったわ……)

マリィは踊りながら国王が去った方を見る。そこにはもう誰もいなかった。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

処理中です...