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8. 痴れ者の悪あがき
しおりを挟む「マリィ、いるのだろう! 出てこい!」
止める侍女の手を振り払い、クリフォードは乱暴に扉を開け別邸に押し入る。
クリフォードは焦っていた。
夜会の後、クリフォードとシルヴィーはあの護衛達から連絡を受けた憲兵隊に無理やり自宅に帰らされ、不審者を連れ込んだという罪で自宅謹慎と罰金刑を即日命じられた。
牢に入れられなかっただけマシだが、自身の正当性を信じて止まないクリフォードにとってそれは屈辱以外の何ものでもない。しかし、クリフォードが幾ら正当性を主張したところで憲兵隊の人々は鼻で笑うだけだった。
「クリフォード様。貴方はこの国の神でもなければ王族でもない。屁理屈を述べたところで誰も相手にしませんよ。それくらいも分からないのですか?」
「国王陛下もお可哀想に。賢君にして名君と称えられるあの方の第一子がこれとはね。貴方の弟君は皆優秀だというのに。
こうして生かしているのも我が子可愛さなのだろうが、こうも生き恥を重ねられたらたまったものではない」
「聖女……あぁ今は掟破りのただの平民か。最早良さは外見だけとなったあの女と一つ屋根の下、何処にも行かずいつまでも乳繰りあっていれば良かったものを」
憲兵隊に笑われ、クリフォードは我慢ならなかった。おまけにシルヴィーまで貶され、クリフォードは怒りに震えた。しかし……その反面、クリフォードは何も言えずにいた。
クリフォード達を夜会から追い出したあの護衛達の言葉が脳裏を過ぎったのだ。
「高貴な方々しかいないこの場に平民なんて有り得ない。この場に足を踏み入れられるのは相応しい地位を持つ方のみ。貴方が伴っているその方は我々から見て下賎な娼婦と同じなのですよ」
娼婦……。
クリフォードは愕然とした。
彼らから見てシルヴィーは聖女ですらないのだ。そんな彼女と真実の愛を全うしたところで、やっていることは娼婦に熱をあげる平民と変わらないのだとクリフォードは今更気づく。
(違う! 私は堅苦しい貴族や父上に神の掟などでは縛られない尊い愛があるのだと証明したかっただけだ。
……私は違う……平民と同じではない!
だが、このまま真実の愛を突き通しても、私はバカにされたままになるのではないか……?)
ここまでバカにされて、クリフォードは今更になって疑問を覚える。
シルヴィーを愛しているのは変えようのない事実。しかし、はたして愛を訴え続けたとてクリフォードが大衆から認められることはあるのだろうか。
あんなに愛していたシルヴィーが足枷に思える。
このままではクリフォードは伝統と利益に縛られたセレスチアの未来を切り開く愛の先駆者と認められない。
英雄になれない。
クリフォードは歯噛みした。
一方、自分の名目上の妻であるマリィは既に注目の的になっていた。
「見ました? ズィーガー公爵夫人」
「マリィ様でしょう? 見ましたわ。嫉妬する気が失せるほど美しかった」
「国王陛下は知っていたんだな。僕、あんな男爵令嬢がいたなんて知らなかった」
「俺は悔しいよ。知っていたら公爵夫人になる前に手に入れたのに」
「聞いたか? マリィっていう超美人な公爵夫人。クリフォード元王子には勿体ない美人だって皆言っているあの方!」
「聞いたぞ。女神のようなのだろう? 噂じゃ美人だと持て囃された元聖女シルヴィー様より美しいとか」
「そう! 世界一珍しい髪色をしていたシルヴィー様も霞んでしまうほどらしい!皆そう言っているよ。
あーぁ、あの野郎、シルヴィー様と真実の愛で結ばれてるとか言ってんだから、早く離婚してくれねぇかな。そしたら、俺にもワンチャンあるよな?」
あの夜会を経て、マリィは一躍有名人となり、今や絶対に手に入れられない高嶺の花として社交界の噂になっていた。
誰もがその美しい容姿に夢中になり褒め称え羨んだ。これから様々な行事に出れば出るほど、その人気は加速していくだろう。社交だけでなく市井にも出向くようなことがあれば、更に噂になるに違いない。
それだけ彼女は美しいのだ。地位も立場もなくなり愛らしいだけになってしまったシルヴィーよりも。
あれだけ世間を騒がせたクリフォードとシルヴィーはあっという間に忘れ去られ、今や見向きもされていなかった。
クリフォードは危機感から舌打ちした。
「これではマリィと離縁した途端、私は世間に認めさせることも注目されることもなく、痴れ者として終わる!
幾らいつかシルヴィーを妻にし公爵家を手に入れることが出来るとしてもこれではあんまりではないか!
この私が愚か者と断じられたまま終わるなど許せない!
注目を、まず注目を集めなくて……私がいることを世に示さなければ」
居ても立っても居られず、シルヴィーを置いてクリフォードは別邸まで来た。
今の自分の唯一の利点は、彼女の旦那であるということだ。そう、全ての男が羨む立場に自分はいる。
クリフォードにはそれが希望の光に見えた気がした。
別邸へ無理やり押し入り、クリフォードはマリィを探した。
遠くからマリィの声がする。
その声を頼りにクリフォードは歩を進めると、その部屋を見つけた。
色紙と花で可愛らしく飾り付けられた幼い雰囲気の部屋。
その部屋に違和感を覚えつつも、クリフォードはノックもなしにその扉を乱暴に開けた。
「マリィ!」
そこにはルークに絵本を読み聞かせついたマリィがいた。
マリィは突然やってきたクリフォードに驚き目を見開いた。思わず、膝の上にいるルークを抱きしめる。
とうとうクリフォードがルークを引き取りに来たのだと勘違いしたのだ。
「何しに来たのですか?」
つい口から出た声はとても冷たかった。マリィの雰囲気を察してかルークの表情も強ばる。
張り詰めた空気が部屋を支配した。
一方、強気になって部屋に押し入ってきたもののクリフォードは驚きのあまり呆然としていた。
クリフォードの目には社交界で美しいと評判の女と、シルヴィーのもとにいるはずの自分そっくりな息子が映っている。
(何故? どうなっている? シルヴィーはこんなこと一言も俺に報告していないぞ?)
別邸からの連絡をシルヴィーに丸投げしていたクリフォードはここに息子がいるなど知らなかった。ましてや、そのシルヴィーが別邸からの連絡を無視し連れ戻そうともしないのも。
その為、クリフォードは勘違いした。
クリフォードの表情は2人の感情と反比例するように段々と笑みを浮かべ喜悦の表情になっていく。
「マリィ! お前、私の子を本邸から奪うほど私を愛していたのか!」
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題名 少し改変しました
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