真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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10. 私の子どもにならない?

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「マリィ様、とにかく1週間は安静にして下さい。
見えるところに痣もないですし、骨折も大きな怪我もありませんが、全身むち打ちのような状態なので毎日温浴し湿布を忘れずに貼るように。そして、無理しないこと。良いですか?」

「はい、分かりました」

「しかし、突然クローゼットが倒れてきたなんて滅多にないですよ。本当に偶然なのですよね?」

「え、えぇ……」

クリフォードが押し入ってきた翌日。マリィは医者の治療を受けていた。
当然、部屋中の物が独りでに動いてクリフォードを襲い、クローゼットがマリィにぶつかってきたなど言えるはずもない。
マリィは昨日のことは全て秘密にし、侍女達や乳母、医者にはクリフォードと激しい口論になり夢中になっていたらクローゼットが突然倒れてきたということにしている。
しかし、勘のいい医者はマリィを疑い目で見てきた。

「マリィ様の痣の位置などを見るとどうにもただ倒れてきたとは思えないのですが……マリィ様、旦那様から暴力振るわれたんじゃないんですか?」

「そんなことは……」

しかし、確かに疑われてはいるが、専らクリフォードに暴力を振るわれたのではないかという疑いで、幸いクローゼットが宙を舞って猛スピードで突っ込んできたとは勘づかれていないようだ。
マリィは内心、ホッとした。

「そ、それはさておき、ルークは無事ですか?」

「はい。怪我はありません。体重も平均体重まで増えましたし身長の伸び方も良い傾向。至って健康体です」

「それなら……」

「しかし、マリィ様が目の前で倒れたのを目の当たりにしたせいか。昨晩は一睡もせず泣き叫び、朝からミルクも飲まずにぐずっておいでです。乳母の方がげっそりしておりましたよ」

「あわわ……!」

マリィは慌てて侍女にルークと乳母を連れてきてもらうよう頼んだ。




一日ぶりに会うルークは目元を腫らし頬を真っ赤にして申し訳なさそうに俯いていた。その目は涙目で、今にも泣きそうだ。
そんなルークをマリィはそっと抱きしめ、背中を撫でた。

「よしよし、貴方は何も悪くないわよ、ルーク。あの勘違い野ろ……ゴホン、クリフォード様が悪いのよ。私も無事。だから、大丈夫よ」

「うっ、う、わ、わあああ!」

何か思い出したのか突然泣き叫び始めるルーク。そんなルークをマリィはずっと慰めるように抱きしめ続けた。
ルークは表情が変わらない静かな子どもだったというのに、今ではそれが嘘のように激しく感情を露わにして泣いている。余程、昨日の出来事がトラウマになっているようだった。
そんな様子を見て、医者は眉根を寄せた。

(マリィ様は何も言わないが、やはりクリフォード様が何かしたのだ。
あの方は聖女に手を出すような方……ルーク様がトラウマになるような惨いことをマリィ様にしたのだ……赤子とはいえ実の息子の前でなんてことを)

医者の中でどんどんと誤解が加速して行く。
そんな医者の内心など露知らず、マリィは泣き叫ぶルークをあやしながら別のことを考えていた。

(魔法使い……確か、クリフォード様はそう言っていたわね……)

部屋中の物に襲われていた時、クリフォードは確かに「魔法使い」と叫んでいた。
魔法使い……それをマリィはよく知らない。聞いたこともない。マリィは考え込んだ。

(魔法使い。それがルークなのかしら?
あの不思議な力は神様の祝福でも精霊のちからでもなくルーク本人のものということ?
分からないわ……でも、もしそうだったらこの子は人知を超えた力を持っていることになる)

マリィはルークを抱きしめながら小さくため息を吐いた。
あの未知の力が何なのか調べなくてはならない。それからルークをどうするのか、今後どうして行くのか決めなくては。
だが、一つ、確かな事がある。

……クリフォードとシルヴィーには絶対ルークは渡せないということだ。

子どもに興味ないクリフォードとずっとルークを放置して何もしないシルヴィー。
こんな2人のもとにルークを返してしまったら、ルークはどうなるのか……マリィは決心した。
一人の大人として、いや、ルークを愛する者として何をすべきかその答えは分かりきっている。

「……ねぇ、ルーク。
私の子どもにならない?」

そのマリィの言葉にルークは泣き止んだ。







一方。同じ頃。
国王は城の庭で緩やかなティータイムを過ごしていた。
テーブルに所狭しと並んだ数種類の菓子と数十種類の紅茶。それらに国王の目は輝いていた。

「1週間に1度しかないこの30分、この時間が私の幸福……あーぁ、多忙でなければ、毎日でもしたいのだが」

国王がそう独り言を呟いていると、ふと王宮の方からこちらに歩いてくる人影に気づいた……どうやら今週のティータイムは潰れてしまったらしい。
国王は残念そうに肩を落としたが、直ぐに口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。

「久しいな。セロン。王太子教育は上手くいっているか?」

やってきたのはクリフォードとよく似た金髪碧眼の青年。
名前はセロン。クリフォードの弟の1人で来年には王太子として立太子される予定の少年だ。
しかし、そのセロンの表情は固い。苦虫を噛み潰したような顔をして国王の前に立った。

「えぇ、王太子教育は問題ございません。
……そんなことよりも父上、今の現状について問いたいのですが。
何故、兄上……クリフォードの婚約者であったアーネット嬢を私の婚約者にしたのですか?」

「んー? 何故だろうな? 私は知らぬよ」

「はぐらかさないでいただきたい。
あのマリィ・ズィーガー公爵夫人もそうです。あのような方を何故、クリフォードにやったのですか」

「ほう、貴様まで彼女に魅了されたのか。やはり兄弟だな」

「父上!」

テーブルに手を叩きつけ、セロンは血走った目で国王に詰め寄る。
しかし、国王は自分で淹れた紅茶を片手に微笑むだけで動揺もしない。全く動じず笑みすら浮かべてみせる国王に、セロンは舌打ちする。
だが、睨みつけることは止めない。
お互い見つめ合ったまま、しばしの沈黙が庭園に流れる。
やがて国王はセロンの気迫に負けたのか、それとも沈黙に飽きたのか、紅茶を味わいながら淡々と話し始めた。

「セロン、お前とアーネット嬢の婚約に私は一切関与していないのは真実。全てモロー公爵の独断だ。
そもそも私が我が子の婚約に口を出したのは此度のマリィ嬢だけ。元々のクリフォードとアーネットの婚約を言い出したのも私ではなくモロー公爵だ。
あのウシガエル、余程、実権を握りたいようだ、
そういえば、セロン。最近、モロー公爵は媚薬を購入したそうだ。良かったな。数日しない間にアーネット嬢を愛せるようになるぞ。そして、アーネット嬢との間に男子が産まれたら、お前は御役御免だ。背中に気をつけるように。モロー公爵は完璧主義だからな、お前の暗殺計画も完璧だ」

「なっ……」

あまりの内容にセロンは絶句する。そこにトドメのように国王から、何のとは言わないが紅茶と赤ワインは格好の代物らしいぞと言われ、セロンはふらついた。
そんなセロンを横目に国王は次の紅茶をカップに注ぎ始めた。

「セロンもクリフォードもそうだが実に短慮だ。私の無関心さやモロー公爵の思惑ぐらい直ぐに思い当たらねばなるまいに、これでは国政など回せない。貴族の思惑にまんまと乗せられ利用される暗君となってしまう。
セロン、お前は自分の代でセレスチアを終わらせるつもりか」

「……っ!」

「まぁ、良い。どちらにせよ、お前が王太子になりアーネット嬢を娶ることは決まってしまっている。後はお前次第だ。私は自分の代の国政にしか興味がない上、息子の世話をし尻拭いするほどお人好しではない。まぁ、頑張れ」

国王はそう告げると紅茶に口をつけ話を終わらせた。
しかし、まだ国王は言っていないことがある。セロンは自分の短慮さに後悔しながらも、どうしても気になっていた質問を国王にぶつけた。

「父上、では、何故なのです?」

「ん?」

「何故、クリフォードは例外なのです。
貴方は私の世話も尻拭いもしないのでしょう。しかし、クリフォードはあれだけのことをしたというのに貴方の独断で生かされ、息を飲むほど美しいあの人を妻に出来た。
今やクリフォードは全てのセレスチア国民から嫌悪と羨望の眼差しを向けられる人間になった。
それは何故なのです」

セロンはもちろんその疑問はセレスチアの人間なら誰もが思っているだろう。それほど国王の行動は誰にも理解できないほど不可解すぎた。
国王から公爵位と極上の妻をもらい働きもせず悠々自適に生きるクリフォード。
彼に罰を与えるのでは無かったのか、セロンはクリフォードの現状を見て、内心、実父である国王に失望したものだ。
しかし……踏み込んではいけない問いだったかもしれない。
その問いを国王に投げかけた途端……国王は背筋が凍るようなにんまりとした笑みを浮かべた。

「……ち、父上……?」

「ははっ、例外ねぇ……。だが、セロン。残念だが例外なのはクリフォードではないのだよ」

「はっ、はい?」

「私の目的はひとえに国民の平穏と安寧。それのみ。
私は国の為ならば何でも行うぞ。たとえ周囲に全く理解されずともな」

国王が紅茶を飲み干すと同時に、庭園に冷たい風が吹く。冬でもないのにセロンは身が凍る寒さを感じた。

「さて、クリフォードの件だが……セロン、この私が生半可なことをすると思っているのか?
あの2人は私の愛する国民を殺しすぎた。だが、未だにその自覚がない。実に致命的なことだ。倫理観や道徳観もなく罪の意識もない者に償いをさせたところで無意味だからな。
……だから、私はマリィを選んだのだ。
美醜で選んだ訳ではない。結果的に利用させてもらったがあの美貌も私にとって無くとも良いものだった。そう、私にはマリィという人間そのものが必要だったのだ。
セロン、今は傍目から見ても分からないだろうが、やがてクリフォードもシルヴィーも少しずつ確実に苦しみ始める。
どうするだろうなぁ、真実の愛とやらがあれば乗り越えられるレベルに抑えてやったが……人間という存在は私の想像以上に脆く汚いからな」

国王はそう言って笑うと、茶菓子に手を伸ばし一口で食べてしまった。




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