真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

文字の大きさ
11 / 77

11. 歪な2人

しおりを挟む



時は少し巻き戻る。
クリフォードとシルヴィーが住む本邸。
そこにクリフォードは別邸から逃げ帰っていた。服は濡れ足を前に出すだけで水が滴り、前足を出す度身体中に痛みが走っあ。

「なんなんだ! あれは!」

こんなことは初めてだった。クリフォードは元王子だ。生まれてから丁重に扱われてきた彼が一方的に暴行されるのは初めてだった。しかも、全く見えない何かに。

「クソクソッ! 私がこんな目に遭うなんて」

手も足も出ず袋叩きに合い、酷く屈辱的なことにクリフォードは逃げ帰るしかなかった。
だが、あんなものに対処できるような力はクリフォードになかった。

(一体誰の仕業だ? マリィ? いや、違う。アイツは襲われる私を見て酷く取り乱していた。あとは……ルークか? だが、あんな赤ん坊が俺を傷つけられるわけがない。悪霊でもいたのか? クソッ、兎にも角にも腹立つ)

クリフォードはそう結論づけ、ようやく帰って来れた自宅の中に入った。
中に入れば侍女達がクリフォードを出迎えた。
30代後半くらいの女性達で固められた侍女達は、何故かずぶ濡れで身体のあちこちを抑えて痛がる主人を見て瞠目したものの、無言のままテキパキと湯浴みの準備と着替えの用意を始めた。
そんな侍女の1人をクリフォードを捕まえた。

「おい、湯浴みを手伝ってほしいんだが?」

クリフォードの言う手伝いというのは身体を洗って欲しいということだ。
王子だった頃は全て侍女が洗っていた、髪も身体も、そして、言葉に出せないようなあの場所も、とにかく至る所を。

しかし、目の前の侍女はにっこりと笑みを浮かべ……。

……断った。

「私達の仕事ではありません。シルヴィー様にやっていただいたらどうでしょう?」
「は? シルヴィーは私の愛する人で侍女ではない」
「そうですか? では、ご自分で洗って下さいませ」

そう言って、さっさと侍女は立ち去ってしまう。
クリフォードは舌打ちした。公爵家の当主になってからいつもこうだ。
主人の身体を労るのも侍女の仕事だというのに、この公爵家の侍女達は全く仕事しない。しかし、侍女の雇用についても国王がその権限を握っている為、幾ら不満でもクリフォードがクビすることは出来ない。

(いいさ。どうせこの家には年増しかいない)

苛立ちながらもクリフォードは1人で入浴し1人で着替え部屋に戻る。
すると、そこにシルヴィーが待っていた。

「なんだ、シルヴィーか……何の用だ」
「……」
「シルヴィー?」

シルヴィーは何処か思い詰めた顔をしていた。その手は震え、クリフォードを見つめる目は不安に満ちていた。

「あの……別邸に行ったと聞きました。本当ですか?」
「あぁ、行った。散々な目に遭ったが……」

別邸で起こったことを思い出しクリフォードの表情は歪む。その表情を見て、シルヴィーは小さく安堵の吐息を吐いた。
それにクリフォードは全く気づかない。

「シルヴィー、あの女はムカつく奴だ。俺を何だと思ってやがる。水をかけただけでなく、あのような目に遭わすなど……」
「……あのような目?」
「見えない何かに暴行を受けたんだよ!」

何か思い当たることがあったのか、シルヴィーの顔がさあっと青ざめ強ばる。
あの瞬間を思い出しクリフォードは苛立ち、親指を噛みながら足を揺すった。

「気味が悪い。部屋中の物という物が私をぶっ叩いてきやがった! 
シルヴィー、あの屋敷には悪霊がいる! お前は近づかないように」
「…………そうですね」

クリフォードの話を聞きながら、シルヴィー青を通り越して顔面蒼白になる。

「クリフォード様、それってあの方……マリィ様にも被害に遭われたのですか?」
「さあ? 知らないな。自分の身を守るのが精一杯だった」
「そ、そうですか……」

シルヴィーは青ざめながらも複雑そうな顔をする。
そんな時、クリフォードはふと思い出した。

「そうだ……シルヴィー、ルークをマリィにやったらしいな、本当か?」
「…………っ!」

その問いにシルヴィーはこれ以上ないほど動揺した。
あまり触れられたくない話だったからだ。
だが、シルヴィーは察していた。
もしここで下手な言い訳をすれば、それこそマリィが嫉妬して自分からルークを奪ったのだと言ってしまったら、彼は誤解して嬉々と別邸に行ってしまうだろう……シルヴィーを放って。
それだけはシルヴィーは避けなくてはいけない。

(けれど、だからといって本当のことは……)

シルヴィーは息を飲んだ。真実は話せない。流石に失望・・される。だから、彼女は。

「……あ、憐れだと思ったです」
「憐れ?」
「あの方は一生子どもなんか抱けないではないですか……特に愛する人とできた子どもなんて。だから、抱かせてあげかったんです」

口から出任せにそう告げる。そんな出任せをクリフォードはどう受け取るのか、じっとクリフォードを見つめながら。

「そうか。お前がやったのか。マリィは何もしていないと……」
「は、はい……」
「……ふーん、そうか」

残念そうな顔をするクリフォード。しかし、身勝手極まりないシルヴィーに失望したというより、まるで思い通りに行かなかったような顔だ。
もしかしたら彼はマリィが自分を思って子どもを奪っていて欲しかったのかもしれない。
そう思うとシルヴィーはワンピースの裾を強く握りしめた。

「そんなことよりシルヴィー」

クリフォードは話を変え、シルヴィーに手を伸ばす。

「ルークをやって良かったのか。仮にも私の君の息子だろう? 心が痛まなかったのか?」
「……」

シルヴィーの肩に手を回しそう聞いてくるクリフォード。シルヴィーはそんな彼に微笑みを浮かべた。

「いいえ。私にはクリフォードがいますし、それに子どもなんて直ぐに次を作れば良いでしょう?」

その言葉にクリフォードは気を良くした。
一時は足枷に思えたシルヴィーだが、やはり良い女だ。クリフォードをよく理解し慮り立ててくれる。

「……それもそうだな。お前には私がいる。
その言い方、次の子どもが欲しいように聞こえるが?」
「えぇ、女の子が欲しいのです……」 
「そうか。私は何でも良い」

そう何だっていい。もし自分に似ていても似ていなくとも構わない。育てるのも可愛がるのもシルヴィーの仕事だ。自分に関わりのないもの。それが子育てというものだ。そう思いクリフォードは寝室の鍵を閉めた。
今夜、誰にも邪魔されない為に。
結局、2人は翌日の朝まで部屋から出てくることはなかった。



数ヶ月後
シルヴィーが懐妊したというニュースが別邸に飛び込んできた。



しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

処理中です...