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幕間 クリフォード 前編
しおりを挟む私と亡き母親との思い出はあまり多くない。だが、その数少ない思い出はどれも不快な思い出ばかりだった。母上ともう呼びたくないほどに。
「…………こんな貴方に価値なんてあるのかしら」
「かち? ははうえ、どういうこと?」
「分からないなら構わないわ。つまり、貴方はそこまでということなのだから。
……全ての人間は生きているだけで価値があるもの。でも、私は思うの。クリフォード、今後もこのままなら貴方は無価値な人間になるでしょうね」
私の母親は真面目な顔で本心からそう言った。私を馬鹿にしていたわけでも貶していたわけでもない。
私に価値があるのか、と本気で考えただけ。
その言葉に私が深く傷つくとも知らないで。
私は第一王子クリフォード・セレスチア。いずれ王太子となり国王となるもの。
だが、私はあまりにも才がなかった。
私の弟達は容姿は私にそっくりなのに私とは違い勉学や剣など秀でており優秀だと持て囃されていた。
母親の幸せは正にそれだったのだろう。弟達が誰かに褒められる度に自分のことのように幸せそうに笑い、そして、弟達を褒めて可愛がり愛した。
幼い私も弟達のように褒められたかった。勉学も剣も楽器も絵画も出来るようになりたかった。
しかし、何も出来なかった。
いくら学んでも身につかない。
教える教師が悪いのだと思い何度も変えた。学習内容も分かりやすく簡単にしてもらった。
だが、弟達に全く敵わない。気が遠くなるような差がどんどんと開いていった。
そんな状況に私は嫌気が差し、次第に勉学から距離を置いた。
何もやっても才能がないことが分かるだけ。こんなのやってられるか。
周りは努力すればどうとでもなると口煩く言っていたが、私は逃げ出した。褒められもしない事をやり続けるのは無意味だ。そう思って。
母親はそんな私にため息を吐き、そして、いつからか私のことを眼中に入れなくなった。
私は焦った。どうにかして母親の目を自分の方に向けたかった。弟達の方ばかり見ないで欲しかった……才能がなくとも私を認めて欲しかった。
だから……弟達を殴った。
幼い弟達が庭で遊んでいるところを襲いかかった。体格差もあるし、向こうは俺に警戒もしていなかった。だから、簡単に勝てた。
殴る度に「兄上も一緒に遊ぼう」と笑って誘ってくれた弟達が悲鳴をあげる。その悲鳴を聞いている内に、私は笑いが止まらなくなった。
楽しかった。嬉しかった。これで認められるはずだ。私は才能ある弟達より上だと証明できたのだから。
そして、ずっと待ち望んでいた母親の目が私の方を向いた。それが嬉しかった幼い私は母親に駆け寄った。抱きしめて褒めてくれると思った。
だが、母親は私を抱きしめてくれなかった。喜ぶ私を見るその母親の目は……恐ろしく冷たかった。
「何故、弟達に暴力を振るったのです。
弟達は貴方を慕っていた。現に貴方を傷つけたこともないでしょう。
貴方は自分がしたことを分かっていますか?」
「は、ははうえ、わかりません。それよりも、どうしてほめてくれないの、ですか?
おとうとよりも、ぼくはつよいんですよ!」
「はぁ……。弟達より強い。それで何故褒められると思っているのか理解できません。
貴方は無抵抗の人間、しかも、何の罪もない人間を自分勝手な理由で傷つけたのです。
褒められたければ貴方は認められるまで努力をすれば良かっただけだったのに。貴方は最低で卑劣な手段を選んだのです。悲しい事に罪悪感もない。これで認められると本気で思っている。
残念よ……クリフォード……。
これは罰です。貴方が自分の仕出かしたことが自覚できるまで、私は一切貴方に関わりません」
「そんな!」
私は何故、こんなにも母親に失望されたのか分からなかった。
確かに弟達は大怪我をした。でも、あんなもの聖女様が治せば直ぐにどうとでもなる。何も問題はない。
努力なんてしたところで私が弟達を追い越せるはずがない。こうしなければ私はいつまでも弟達に比べられ息苦しい思いをしなければならなかった。何がいけないと言うんだ。
母親の言葉が理解できない。でも、母親に固執していた私は泣いて縋りついて母親をどうにか引き止めようとする。しかし、母親は私を冷たく見下ろすだけだった。
「…………こんな貴方に価値なんてあるのかしら」
「かち? ははうえ、どういうこと?」
「分からないなら構わないわ。つまり、貴方はそこまでということなのだから。
……全ての人間は生きているだけで価値があるもの。でも、私は思うの。クリフォード、今後もこのままなら貴方は本当に無価値な人間になるでしょうね」
そう言って母親は、幼い私が幾ら泣き叫んで懇願しても、もう私を見ることはなかった……。
その言葉に私はショックを受けた。
私に価値がないと言われたようなものだ。
何故だ。私は必要なことをしただけ。私は悪くない。それなのに、どうして母親は分かってくれないのか。
……私は母親に初めて苛立ちを覚えた。
それから程なくして、母親は病で亡くなった。死体になった母親の手を取り弟達は泣いていた。
「母上、僕は母上に言われたように勉学を極めて国を支えられる大臣になります」
「僕も人の為に剣を振るう英雄になります。母上、見守っていて下さい……」
泣きながらそう告げる弟達。その背を見て私は舌打ちした。
イライラする。ムカついて堪らない。
母親は弟達にそんなことを言い残していたのか。私には何も言わなかった。本当に何も言い残してはくれなかった。
私が何も出来ないから?
私に価値がないから?
理由は分からない。だが、母親は私に期待もしてくれなかった事実だけがここにある。
その事実に私は苛立ち、弟達を背後から蹴り飛ばそうとした。
だが。
「故人の前で何をしようとしている。クリフォード」
父上が私を止めた。
「ち、ちちうえ……」
「今は故人の死を悼み偲ぶ時間だ。だが、クリフォード、貴様は何をしようとした? 答えろ」
「あ、ぁ、う……」
私は答えられなかった。
答えてしまったら……目の前にいる父上に殺されてしまう気がした。
それほどまでに父上は憤っていた。
「クリフォード、彼女は貴様の母親である前に我が国を支えてくれた素晴らしき国母だ。
貴様はその国母の死をなんと心得ている。
不快という理由だけでこの場を荒らし故人の顔に泥を塗る気か? 貴様はあの世でも彼女を泣かせるつもりか?」
「…………っ」
「どういうつもりだったのだ? クリフォード。早く答えて見せよ」
父上の気迫の前で私はぶるぶると震えることしか出来なかった。
言い返すことも、抵抗することも、出来ずに震えて黙って拳を握るしかなかった。
それに父上はため息を吐いた。
「……致命的だな。
貴様はセレスチア王家の長子。産まれる前から王になることが決まっているというのに、未だその自覚もなく覚悟もない。この程度で怯みよって……本当に貴様はアイツに似ているな……」
アイツ……?
それは一体誰の話だろう。私がそう思った時には父上は私に背を向けて立ち去っていた。
それからの私の人生も実に不愉快なものになった。
父上の采配かそれとも周りの配慮か。私は弟達への接触を禁止され、父上も会いに来ない為に、私は独りになった。
私を世話する侍女や勉強を教える教師以外、私に話しかける人間はいなかった。ゆくゆくは王になるというのに、だ。
そう私は王太子になりいずれ王になるのだ。なのに、貴族の連中も平民の奴らも私に近づかない。弟達には友人もいるというのに私には友人になろうとするものすらいなかった。
私に話しかける者を待つ。私から話しかけに行くなど自分を安く売っているようで嫌だったからだ。しかし、誰もが私に社交辞令で挨拶を交わすだけで素通りしていく。
何故だ?何故……。
その原因は結局、分からない。
俺はいつまでも孤独だった。
王太子だというのに、注目もされず関心も向けられない。
嫌だ、嫌だ。
誰か俺を称えてくれ。敬ってくれ……俺を見てくれ。
心が悲鳴を上げる。しかし、救ってくれる人間は何処にもおらず、才のない自分では脚光を浴びるようなことも全くなかった。
そんな時、私はアーネット・モローと婚約した。
アーネットは赤毛の美しい少女だった……頬にあるそばかすさえ無ければの話だが。
彼女はセレスチアの筆頭公爵家の令嬢だった。
正に王太子の自分に似合う相手だった。
そして、彼女と一緒にいると私はどこに行っても目立った。
私は学んだ。
私に才や学が無くとも、連れる女が上物なら私は注目を浴びれるって。
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