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幕間 クリフォード 中編

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アーネットは何処に行っても注目の的だった。

完璧な淑女と評される彼女は、貴族令嬢の手本であり、彼女の一挙一動は直ぐに噂になった。

「アーネット様がトパーズの着いた指輪を買ったわ。次の流行はトパーズよ!」  

「アーネット様が本を買ったわ! 作者はフランソワって人みたい! 絶対いい本よ、買わなくちゃ!」

「アーネット様、クリフォード様とデートしたんだって!
しかも、あの有名なカフェに行ったんだって!」

彼女と行動すれば私も語られる。

私は注目される。

嬉しかった。

だが、そのアーネット本人と私は致命的に合わなかった。


「クリフォード様、何故全て私任せですの?」

アーネットはとにかく口煩かった。ただ黙って私に従っていればいいのに細かいことで直ぐに怒った。

「公務も外交も……ただ挨拶するだけの食事会も全部私が計画し手続きし台本を作っているのですか?
貴方はただ私の台本を読んで口を動かしてるだけ。
王太子あろう人が怠慢すぎませんか?」

「うるさいなぁ……! お前は私の妻になる女だろう!? 私の為に尽くすのが仕事だ。当然のことじゃないか!」

「はぁ……。国王陛下が仰っていましたが、国王陛下は一度も王妃様を頼ったことはないそうですわ。
公務も外交も自分の責任で行うものだから配偶者には任せないと。それに対して、貴方は……」

「うるさいと言っているのが分からないのか!
父上なんて知るか!
お前は私の言う事だけ聞いていればいい! 
私の王太子妃になるんだ。お前は私に相応しくあればいいんだよ!」

「…………。
今、私は貴方を心底から軽蔑致しましたわ。
こんなのが王になるなんて、セレスチアは腐ってしまったのね……」


アーネットはそう言って私の言う事を聞くことも……私の傍にいることもやめてしまった。

馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿……!

お前がいないと私が目立てないだろう! 何のために可愛くもないお前を傍に置いているんだと思っているんだ!

私は憤った。

アーネットを何度も呼びつけた。しかし、アーネットは私を侮辱するような目で私を見つめるばかり。

そのうち、アーネットの父親であるモロー公爵まで私を目の敵にするようになって、噂によれば国家転覆まで考えていると聞く。
こんなはずじゃなかった。
大体私に尽くさないアーネットが悪い。モロー公爵もアーネットを叱りつければいいのに。親子揃ってわからず屋め!



だが、不快な出来事は立て続けに起こった。


その頃、私はアーネットと共に学院に通っていた。

友人のいなかった私も流石に友人ができ、彼らとつるむようになった。
だが、この学院は隣国の王子や姫が留学に来るくらい世界的に著名で高名なのに、私の周りに来るのは明らかに私にゴマをすりに来た伯爵や男爵の令息ばかり
……正直見劣りする連中だった。

そんな俺に対し、学院には誰からを慕われているムカつくヤツがいた。

名前だって呼びたくない。

顔半分を覆うような長い前髪に丸眼鏡のアイツ……。

あの研究室と教室の往復しかしないようなガリ勉は、何故か人から好かれていた。

いつも誰かしらに囲まれている。
宰相の子どもや隣国の王子、高官の娘……本当に多くの人間に囲まれている。

あんな陰鬱なヤツの何がいいのか、俺には分からない。
だが、学院の注目の的はいつだってアイツだった。


「君は素晴らしいよ。授業態度も生徒からの人望も全て目を見張るものがある。後は、何故か万年平均点の成績と運動音痴だけだが、まぁ良いだろう。
君を次期生徒会長に推薦したい。どうだろうか? 今ところ同級生や下級生、上級生の殆どが君の名前を出している。君がなってくれたらきっと皆喜ぶよ」


アイツは何をしても何をさせても満点を取るような完璧な人間ではなかった。何でもそつなくこなす人間でもなかった。どちらかと言えば、俺と同じ、才能のない人間のはずだった。
でも、誰もが放って置かなかった。
とにかくアイツは人に好かれた。

「先輩、一緒にご飯食べようよ~」

「今度私の国に来ない? 貴方なら歓迎するわ」

「おい! 研究ばかりしてないでたまには私に構え! 」

学院にいれば耳を塞いでいても誰かしらアイツを誘う声が聞こえた。
そして、その度にアイツは首を横に振った。


「俺にはやることがあるから。他のやつに当たってくれ」


そう言ってどんな誘いも無下にした。
でも、誰も不快な顔をしない。また別の日に彼を誘うだけ。
私でさえも、この王太子である私でさえも誰かに誘われたことないのに、袖に出来るアイツが羨ましくて、妬ましくて……殺したくてたまらなかった。

……アーネットが彼に執心していると知ってからは尚更……。



「聞いた? アーネット様、最近はずっとあの人と一緒にいるんだって」

「この前はカフェテリアでクローディア殿下も交えてお話されていたわ」

「今度王宮で2カ国合同研究発表会するんだって、あの人発案で、アーネット様が支援したとか。アーネット様すっごく張り切ってたって! あの人が手を出すことが出来ないくらいアーネット様があの人の為に何でもやったらしいよ」


私の時、あんなに文句ばかり垂れていたのに、アイツに対しては嬉々として手伝うアーネットの気が知れない!

私に尽くせよ! あんな陰気なヤツではなく!
怒り狂った私はアーネットを詰め寄った。

「アーネット、何のつもりだ! 私の事は放っておいて、あの男ばかり尽くして! 自分の立場分かっているのか!?」

だが、アーネットは生意気なことに私を睨み返してきた。

「その言葉、そっくりお返ししますわ。最近、殿下は悪い噂しか聞かない人とばかり関わっていると専らの噂では無いですか。
それに貴方、賭博まで手を出して……」

「私の事は関係ない! 私が何をやったって私の自由だろう!
それよりお前だ! この私が婚約者にしてやっているのに、お前は何故私の為に働かない!」

「…………この際、はっきり言わせて頂きますわ。
貴方に何の価値がありますの?」

そこで私は思わず固まった。

アーネットの冷たい目と目が合う。

その言葉は、私にとって鬼門だった。

「アーネット……!」

「貴方に尽くす意味が見い出せません。王太子という立場以外、貴方には何もありません。
ただただ怠惰で狡いだけの人。努力しなければ何も掴めないのに、他人の努力で注目を浴びようなんて虫が良すぎますわ。
そんなに貴方に比べて、あの人は違いますわ。あの人は本当に何でもやってあげたくなる……。
それは、あの人が貴方とは真逆な人だからよ。
殿下。もう二度と話しかけないで下さいまし。エスコートも要りません。貴方が隣にいると私の価値まで落ちてしまいそうですもの」

「アーネット……! アーネット! 許さないぞ! 私に価値がないだって!? よくも言ったな!」

私はアーネットに手を上げた。

彼女は怯みもしなかった。真っ直ぐに私を見上げてくる。

それが腹立たしくて私は本気で彼女を痛ぶろうとした。その身に私の恐ろしさを覚えさせないとダメだと思った。

だが。

「やめろ」

アイツが私の振り上げた手を掴んだ。

「今来たから何があったのかは分からないが……注目されているぞ、モロー公爵令嬢、クリフォード殿下」

アイツにそう言われて、俺は周りを見た。

人気が無かったはずのその場所に、大勢の人間がいた。

俺は注目されていた。それが怯えた目ばかりなのはどうでも良かった。

俺は注目されていた!

アイツの手を振り払い、思わず俺は歓喜した。幾つもの目が俺を見ている! 他でもない俺を!

だが。

「モロー公爵令嬢、大丈夫か?」

「すみません。お見苦しいところを……」

「そんなことはいい。
手が震えている……怖かっただろう? 
教師は呼んである。後は任せろ。
……貴方は無理をするな。今すぐ家に帰った方がいい」

「ありがとうございます……」

一瞬で、衆目は全て、アイツに奪われた。

アーネットを送り出し、アイツは私の方を向いて告げた。

「もうすぐここに教師が来る。貴方は一回頭を冷やせ」

その言葉を告げる瞬間だけ、私に衆目が向いた。

だが、アイツが私に告げたのはそれだけだった。それから直ぐに一部始終を見ていた生徒を探しに行き、私に向けられた衆目は忽ち別の方向を向いてしまう。

私は苛立った。

だから、アイツを詰った。元から嫌いな奴だ。この際、アイツを貶めたかった。

「おい! 俺を何だと思っている! 貴様、誰に意見したか分かってないのか!」

だが、アイツは顔色一つ変えなかった。

「クリフォード殿下、落ち着け。
貴方が王太子なのも、偉いのも分かっている。
それよりも今はこの騒ぎを早く収束させた方がいい。この場にいる生徒全員が動揺している」

「あんな奴らどうでもいい! お前が……!」

拳を振り上げた。周りから悲鳴が上がる。だが。

「殿下」

その時、不意に、長い前髪の奥にある琥珀色の目と目が合った。

その瞬間、俺は動けなくなった。

体が何かに拘束されたわけじゃない。ただそう……戦意が喪失した。
自分の中の怒りが消えていく。苛立って振り上げた拳が徐々に落ちていく。

呆然となっていると、アイツはムカつく澄まし顔で話しかけてきた。

「俺の対応が悪くて怒ってるようだが今はそんな場合ではない。
……殿下は頭を冷やしてくれ。王太子だろう? 暴力がどれだけ人の心を傷つけ恐怖させるか分かってる筈だ」

アイツはムカつくことしか言わなかった。

そして、周囲の人間も、俺を見ないままわざと避けるようにその場から去っていった。

注目が、注目が無くなる……!

どうにかしようしたが、もう遅かった。

いつの間にか、そこには私と教師しかいなかった。







私が欲しいのは注目。

私を称える目だ。


どうすればいいか考えた。もうアーネットは役に立たない。あんな奴、傍に置くだけ不快だ。


だが、神は私を見離さなかったらしい。

そんな時、私は出会ったのだ。


聖女シルヴィーに。














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