真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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18.再会

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「どけぇ! その女を1発殴らせ……えっ?」

男の怒鳴り声がふいに途切れる。男の目は既にマリィなど見ていなかった。
マリィを守るその人へその血走った目は向けられる。
が、しかし、その血走った目はその瞬間、硬直し、みるみるうちにその赤い顔は青く、白く、黄色くなっていく。

「あっ! あ、貴方、貴方様は……!」

歯をガタガタと震わせ驚愕する男を前に彼はマリィから手を離すと、マリィを庇うように自分の背中にマリィを隠し、男と向かい合った。

「随分乱暴なことをするな?」

「えっ、あっ、あ、貴方様の連れでしたか?」

「……。君の目が腐っていなければそういう事だ。
だが、先程のことを君に問おうとは思っていない……まぁ、彼女について他言無用……それを守れるならだが?」

「……ひっ! 絶対に、絶対に言いません! 見なかったことにします! も、申し訳ありませんでした!」

彼の言葉に男は何度も頭を下げ、やがて逃げるようにその場を立ち去っていった。

ようやく去った脅威に、マリィは胸を撫で下ろし、深い息を吐く。

そんなマリィの頭の上からその体を隠すように黒い外套がかけられた。

「あっ……ありが……」

労りから外套がかけられたと思いマリィはお礼を言おうとしたが、その瞬間、マリィの口を彼の手が塞いだ。

「シッ。もう声を出してはダメだ」

マリィは驚き外套の下から彼を見上げる。

長い前髪、丸い眼鏡、端正な顔立ち……。

そこにはやはりあの王立図書館で出会った彼がいた。

だが、彼は前髪で隠れていても分かるほどに厳しい表情していて、マリィにそっと耳打ちしてきた。

「貴方が誰かは存じ上げないが、貴族なのは分かる。貴方がどうしてこんな場所にいるのかは聞かない。だが、何も知らないようだから教えておく。
この辺り一帯は普通の繁華街に見えてその実、色街だ……かなり違法な方の。
良いか? ここには君と同じ貴族がよくお偲びで来る。
もし、ここにいることが他の貴族に知れたら貴方の人生に一生残るような醜聞になるだろう。
できるだけ外套に身を隠せ、顔を伏せろ。声は絶対に出してはいけない」

「……!」

教えられた事実にマリィは瞠目するしかない。そんなマリィの口から手を離し、彼は彼女の腰に手を回した。

「このように触れられるのは嫌だろうが少し我慢してくれ。こうでもしないと察しのいい奴に怪しまれる。
ここから出るぞ」

その言葉にマリィは無言で何度も頷いた。



人がごった返す道の中をマリィは抱きしめる彼に寄りかかるように、そして、外套で顔を隠し俯きながら歩く。

確かに街をよく見ればそういう街だと分かるほど露出の多い女と鼻の下を伸ばした羽振りのいい男ばかりが歩いている。
道沿いには露店以外にも、着飾った派手な女達が客寄せの為に並び、道行く女性から好みの女を探しては熱心に口説いている男もいた。

しかも、異様に甘ったるい匂いがそこかしこからしている。ちらりと見れば煙を吹いている男や怪しい粉を売っている商人も人混みに紛れていた。

そして。耳をすませばマリィも聞いたことがある知った声がチラホラと聞こえる。

マリィは青ざめた。こんな場所で顔を上げた瞬間、どうなるか分かったものではない。  

こんな場所にいたと社交界にバレたら、面白可笑しく噂され、自分、そして、やがてはルークまで酷く笑われるだろう。

恐怖で身体が強ばる。だが、そんなマリィを気遣い、彼はマリィをずっと支えてくれた。
その力強い腕のおかげでマリィは歩ける。

「もう少し耐えろ。もうすぐ街から外れる」

その彼の言葉にマリィは小さく頷き返事をする。



だが、ソイツはやってきた。

「お、おい、そこのお前止まれ!」

彼の前に立つように一人の男が飛び出してくる。

マリィがチラッと盗み見ると、その男はあのピンクの部屋にいた気持ち悪い男だった。慌てて着替えたのか、その服装は乱れている。どうやら逃げたマリィを探してここまで来たらしい。

「き、君の連れに用がある! 君の連れは僕が探している人に背格好が似ている! 今すぐその顔が見たい!」

その言葉にマリィは肩を震わせた。
この男自体はどうにでもなるだろう。その行動力はともかく軟弱だ。また一発お見舞いすればいい。
だが、この男の為に顔を上げた瞬間、マリィの存在がバレてしまう。あともう少しでこの街から離れられるのに、この気持ち悪い男のせいで全て台無しになりそうだ。

不安から震えるマリィを彼は一瞥すると、男に相対した。

「断る。彼女は俺の女だ。他所の、しかも、素性の知らない男に見せてやるほど安い女じゃない」

「何だと!? えっと、どうやって従わせれば……あっ!
ぼ、僕を誰だと思っているんだ! 
僕はな! オルム伯爵家の次男グラハムだ!
僕の命令に従わないと、その……つ、潰すぞ!」

恐らく人を脅したことがないのだろう。彼は不慣れながらも怒鳴り声を上げて彼を脅す。

すると、その声に何の騒ぎかと道行く人々の好奇の目が彼とマリィの方に向けられた。やがて、わらわらと人が集まり始め、2人はいつの間にか人混みに囲まれた。

状況はどんどん最悪な方に行っている。

絶対絶命。そんな言葉がマリィの脳裏に過ぎった。

だが、彼は冷静だった。

「だから何だ? 俺と彼女の時間を邪魔しないでくれないか。
伯爵家の次男程度で俺を脅せるとでも?」

「は、はぁ!? な、生意気だぞぅ!
お前も名を名乗れ! 本当に脅せないか判断してやる!」

男がそう叫ぶと、彼は前髪の奥で琥珀色の目を光らせた。

「分かった……そこまで言うなら仕方がないか」

「……っ」

僅かに見えたその目に男は息を飲む。
何故か彼に恐怖、いや、畏怖を覚えた。

段々と血の気が引いていくのは気のせいではない。手先が震え足元が覚束なくなり1歩、1歩、男は彼から離れる。

そんな男に彼は淡々と、そして、はっきりとずっと秘めていた己の名を告げる。

「俺の名前は、フィルバート・だ」








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