真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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39.デートにしては味気なく外出というには濃い日の始まり

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まさかこんなことになろうとは誰が想像しただろうか。
マリィは特にそう思う。

昼下がりの街。爽やかな青空、遠くから聞こえる道行く人達の声、 コーヒーの香り……人の気配を感じるだけの静かなカフェ。

マリィは目の前に座るその人を見た。

目の前にはブラックコーヒーを嗜む彼がいる。
マリィの視線に気づき、その人は顔を上げた。

「どうした?」

「いえ……ただ貴方とこうなるとは、予想しなかったな、と。
貴方とは偶然出会って……偶然助けていただいて、それだけでも幸運で、感謝しかありませんのに……ルークの家庭教師になっていただいて……。
不思議な縁を感じています」

マリィがそう正直に話すと、目の前に座るフィルバートはカップを置いた。

「確かに。そう思うと、貴方とこうしてお茶しているのが信じられないな。
まさか貴方とこんな関係になるとは思わなかった」

貴族向けの上品でありながら落ち着いたカフェの2階、2人は全面擦りガラス張りでサンルームのようになっているその個室で話し合っていた。
この場所自体は主に貴族の秘密のデートに使われている場所だが、扉の外にはマリィの侍女が1人控えており、二人の間に置かれた机の上には大量の書類……全て今後のルークの教育目標や内容についての話し合いのメモが広がっていた。

フィルバートがマリィを外出に誘った理由、それはルークの教育方針を決める為だった。
男と女、2人きり、しかし、そこには甘さはなく、色香も絡まず、ただここにはいない誰かを思う穏やかな時間が過ぎていた。

「マリィ夫人、ルークはどうだ?」

「元気です。ただ今日は久しぶりに駄々をこねて……ずっと拗ねて怒っていました。
自分も行きたいって。
全く。遊びに行くわけじゃないに……」

「それは悪い事をした。
君達の屋敷で話し合いをすると、俺がルークと遊んでしまって話し合いにならない気がしたからな。
だから、こうして他の場所を選んだわけだが……ルークは不満だろうな。置いていかれたようなものだから」

「そうですね。ルークには悪い事をしました。
それにしても……ふふっ、貴方がルークと遊んでしまうからなんて、そんな理由だったんですか?
ずっとルークに甘いと思っていましたが、フィルバート様は子どもがお好きなんですか?」

「いや、そんな事は無い。
だが、ルークは心の底から俺に懐いてくれるだろう?
だからこそ、何でもしたくなるというか、言われなくてもやりたくなるというか……」

「ふふっ、分かります。
ルークはとにかく可愛いんです。素直で無邪気で……だけど、しっかりしたとこもあって……とっても可愛い子なんです」

「あぁ、可愛いな。
そして、それはきっと貴方がそれだけルークを大事にしてきた証拠でもある」

マリィはふと前髪から覗くその目と目が合う。
向けられた優しげなその眼差しにマリィは息を飲む。そして、彼はマリィへ微笑みを浮かべた。

「愛されてきた人間とそうじゃない人間は顔つきからして全く違うものだ。
貴方のそばにいるルークは愛されてきた人間の顔をしている。
貴方の愛が今のルークの笑顔を作っているんだ。
貴方は自分を誇っていい。あの子が可愛いのは正しく今までの貴方が素晴らしい母親だったからだ」

フィルバートはそう告げて、マリィを讃える。
それがマリィにはとても嬉しく、思わず赤くなった頬を隠すように俯く。
子育てなんて誰からも褒められないものだ。だが、彼は本心からマリィを讃え褒めてくれた。
それが嬉しく気恥ずかしくマリィは彼から目を逸らし、膝の上でドレスを握ってしまう。
しかし、マリィはこれだけは伝えなければと口を開けた。

「だ、だとしたら、ルークも褒めてくださいませ。
私を貴方の言う素晴らしい母親にしたのはルークなのですから……」

そうマリィが告げると、フィルバートは確かにそうだな、と呟き、飲みかけのコーヒーに手を伸ばした。

2人がすっかり話し込んでしまったせいで、コーヒーは待ちくたびれ冷めきっていた。


その後も2人は話し合いを続け、紙の山ができるほどにルークの将来について話し合った。

貴族令息、そして、魔法使いとしてどうあるべきか、ずっと2人は考えた。

だが、話し合いの最中、フィルバートは驚く程マリィを尊重してくれた。ずっとルークを育てていたというのもあるだろうが、マリィ自身を敬ってくれる。
そして、マリィの考えを踏まえ、ルークのことを真剣に考えてくれた。

「大半の貴族令息は学院に入学する前提で勉強するが、貴方の考えを聞くに、入学前提の一般的なカリキュラムより、彼が将来困らないことを前提にした長期的なカリキュラムの方が良さそうだ。
任せてくれ。ちゃんと作る」

そんな彼にマリィの胸が温かくなるのを感じた。彼がルークの家庭教師になって本当に良かったと心の底から思う。

(優しくて、思いやりもあって、頼もしくて……この人ほど完璧な人、絶対にいないわ。
私がルークの家庭教師に求めていたもの全部持ってる。
でも、不思議ね……)

話し合いも終盤になった辺りで、マリィはふと気になった。

(性格もこれだけ良くて、わざわざ隠しているけど容姿も良いし、人からも慕われてて、聞きかじった感じ交友関係も広そうなのに、この人、独身なのよね……)

マリィが彼について知っていることはとても少ない。
だが、誰もが放っておかないそんな彼が独り身というのが俄に信じられなかった。

もしかしたら事情があるのかもしれないが、彼と最近知り合ったばかりのマリィにはさっぱりだ。

(まぁ、別にいっか……。個人のプライベートを根掘り葉掘り聞くなんて趣味じゃないし、彼の人生だもの)

マリィがそう思うと、同時にフィルバートは一枚のメモを完成させた。

「夫人、大体必要なものを書いた。来週までに用意してくれると助かる。
教科書はこちらで用意しよう」

フィルバートの手からマリィはそのメモを受け取る。そこにはびっしりと色んなものが書かれていた。
彼のルークへの本気度合いが見て取れるようでマリィは嬉しくなった。

「ありがとうございます。貴方のお陰でルークもやっと公爵家らしい教育が……」

だが、マリィがそう言いかけた瞬間、真下の階からその声は響いた。

それは人間の鼓膜を突き破るが如き凄まじい轟音のような怒鳴り声だった。


「やはり国家転覆だー!! あのセロンのクソガキに娘を任せていられるかー!
アーネット! 私を離せ! 私は殺るぞー!」










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