真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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40. 憤怒一辺倒

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真下から聞こえるその声は本当に大きく、聞き耳を立てなくとも会話の全てが聞こえた。
それだけ真下の階にいるその人の怒りが凄まじいということでもある。

マリィはその声だけでその人が誰か察した。

(この怒鳴り声はモロー公爵ね。
ということは、話に出てきたセロンはセロン王太子殿下、アーネットはアーネット王太子妃殿下ね)

そうマリィが考えてる間にもモロー公爵はずっと怒り狂っている。
会話の中身が丸聞こえであるが、本人は気づいていないようだ。

「アーネット、お前は慎ましくお淑やかで完璧で立派な人間だというのに!
そのお前を大切にしない男共しかいない上に国を揺るがすあの王族は!
クソ、許せるか!
存在そのものが悪だ!」

その声の後、女性の声が聞こえる。くぐもって聞こえないが明らかに公爵を止めているような声だった。
しかし、怒り心頭の公爵は止まらない。

「アーネット!怒って当然だろう!
最近、セロンの奴が姿を見せないと思ったら……クソ。女に頻繁に会い、しかも、王城に囲っているとの噂は本当だった。
クリフォードといい、あの兄弟ははカスだな!
アーネット、お前は不倫されたんだぞ!
何故止めるんだ!
こうしちゃいられん。娘を大切にしない一族なんているか!
全員、くたばってもらう!
特にセロンは絶対に許さない! 事情なんて知るか、毒殺でも何でもして惨たらしく……!」

その瞬間、マリィの目の前に座るその人が立ち上がった。

「フィルバート様……っ!?」

マリィが驚いてその人の顔を見る。だが、その表情に何も言えなくなった。

「マリィ夫人、すまない。離席する。
……セロンが頻繁に会っている女性というのは聖女のことだ。
彼女のことは極秘事項。国王とセロン、数人の侍従、そして、俺達しか知らない……。だから、アーネット王太子妃殿下は知らない。
不倫を疑われても仕方がないが、セロンをカス呼ばわりされるいわれは無い」

フィルバートはそうマリィに告げると、足早に部屋から出ていく。
その背中を見て、マリィは青ざめた。

「まずいわ……」

フィルバートのあの顔は明らかに頭に血が昇っていた。

「あのままじゃどうなるか……止めないと……!」

マリィも慌てて後を追う。





一方、真下の階。

このカフェで一番防音が効いている部屋だというのに、それを無意味にする勢いでモロー公爵は憤っていた。

「クソ! 私があの時上手くやれていれば、この国は私のものだった!
アーネットだってこんなに苦労せずには済んだのに!
あの玉座の上でふんぞり返っているクソ狸さえいなければ……!」

モロー公爵は親指の爪を噛み、ギリギリと鳴らす。
その隣にはモロー公爵夫人が座っている。夫人は紅茶を片手に公爵に頷いていた。

「えぇ、何故私達が国王と王妃では無いのでしょうね。
今の王家には我が娘を散々コケにされて許せませんわ。
クリフォードの時も酷かったですが、その弟もダメとは……」

夫人はそう話し紅茶のカップをテーブルに置く。湯気の向こうにいる彼女は焦りの表情を浮かべていた。

「ま、待ってください!
私はただ最近、セロン殿下に会っているかと聞かれたから、今はご多忙のようです、と答えただけではありませんか!
何故、それだけで国家転覆の話になり、セロン殿下が貶されてしまうのですか!?
私の話、聞いていますか!? 私はこの国にもセロン殿下にも不満はありません。
お願いですから国の平和を乱すようなことはお止め下さい」

彼女、アーネットは椅子から立ち上がり、両親を説得しようとしたが、しかし、2人の表情は変わらず、どころか、アーネットを見ていなかった。
夫人はアーネットにため息を吐いた。

「アーネット。貴方は優しすぎるのです。
セロン殿下こそ間違っているのです。貴方以上に大切にするべきものはないのに、どこぞのあばずれに熱を上げているのかしら……。
大体、私、最初からセロン殿下のことが気に食わなかったのよ!
アーネットを愛しアーネットの意向を優先するのが当然なのに、使用人から茶会から何から何までモローの者を追い出して、アーネットの周りを王家の者だけで固めて、アーネットに窮屈で孤独な思いを……」

「母上? それは当然です。セロン殿下に媚薬なんて盛ったモロー公爵家が信用されるはずがないではないですか! 
セロン殿下の対応は何も間違っていませんわ。
しかも、婚約者になって初めての茶会で、そんなことをされたのですよ!?
彼がモロー公爵家を恐怖しても仕方がありませんわ。即刻婚約破棄されてもおかしくなかったのに、それでも彼が私の為に踏みとどまってくれたから今の私があるのですよ!? むしろ感謝すべきではありませんか!
それに、私、窮屈な思いも孤独な思いもしておりません。実家にいた頃より今の方がしあ……」

しかし、アーネットの言葉は遮られた。

「可哀想に。そんなに必死になって殿下をフォローをして……!
私達にはお見通しですからね。アーネットが無理をしていることくらい。
媚薬ぐらいで喚く王家がおかしいのよ! 殿下は最初から何故か貴方を警戒していたから、ちゃんとアーネットを愛せるようにちょっと手助けしただけじゃないの」

夫人は当然とばかり息を巻き、その隣に座る公爵も頷いた。

「そうだ! 世界一の姫であるアーネットを愛さないアイツが悪い!
やはりあの野郎! ぶっ殺してやる!
私の娘をコケにする男なんざ、私の槍術で串刺しに……」

その時だった。


「誰が誰を殺すつもりだ……? モロー公爵」

個室の扉が乱暴に開けられ、その人はらしくもなく挨拶もせずに入った。

部屋にいた全員が入ってきたその人を見て驚く、アーネットはあまりに驚きすぎて、そして、この会話を聞かれたという事実に青ざめて、絶叫した。

「……フィ、フィ、フィ……フィルバート先輩!?」

そのフィルバートはアーネットが見たことない程に憤って、そして、この場にいる全ての人間を明らかに敵視していた。














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