45 / 77
40. 憤怒一辺倒
しおりを挟む真下から聞こえるその声は本当に大きく、聞き耳を立てなくとも会話の全てが聞こえた。
それだけ真下の階にいるその人の怒りが凄まじいということでもある。
マリィはその声だけでその人が誰か察した。
(この怒鳴り声はモロー公爵ね。
ということは、話に出てきたセロンはセロン王太子殿下、アーネットはアーネット王太子妃殿下ね)
そうマリィが考えてる間にもモロー公爵はずっと怒り狂っている。
会話の中身が丸聞こえであるが、本人は気づいていないようだ。
「アーネット、お前は慎ましくお淑やかで完璧で立派な人間だというのに!
そのお前を大切にしない男共しかいない上に国を揺るがすあの王族は!
クソ、許せるか!
存在そのものが悪だ!」
その声の後、女性の声が聞こえる。くぐもって聞こえないが明らかに公爵を止めているような声だった。
しかし、怒り心頭の公爵は止まらない。
「アーネット!怒って当然だろう!
最近、セロンの奴が姿を見せないと思ったら……クソ。女に頻繁に会い、しかも、王城に囲っているとの噂は本当だった。
クリフォードといい、あの兄弟ははカスだな!
アーネット、お前は不倫されたんだぞ!
何故止めるんだ!
こうしちゃいられん。娘を大切にしない一族なんているか!
全員、くたばってもらう!
特にセロンは絶対に許さない! 事情なんて知るか、毒殺でも何でもして惨たらしく……!」
その瞬間、マリィの目の前に座るその人が立ち上がった。
「フィルバート様……っ!?」
マリィが驚いてその人の顔を見る。だが、その表情に何も言えなくなった。
「マリィ夫人、すまない。離席する。
……セロンが頻繁に会っている女性というのは聖女のことだ。
彼女のことは極秘事項。国王とセロン、数人の侍従、そして、俺達しか知らない……。だから、アーネット王太子妃殿下は知らない。
不倫を疑われても仕方がないが、セロンをカス呼ばわりされるいわれは無い」
フィルバートはそうマリィに告げると、足早に部屋から出ていく。
その背中を見て、マリィは青ざめた。
「まずいわ……」
フィルバートのあの顔は明らかに頭に血が昇っていた。
「あのままじゃどうなるか……止めないと……!」
マリィも慌てて後を追う。
一方、真下の階。
このカフェで一番防音が効いている部屋だというのに、それを無意味にする勢いでモロー公爵は憤っていた。
「クソ! 私があの時上手くやれていれば、この国は私のものだった!
アーネットだってこんなに苦労せずには済んだのに!
あの玉座の上でふんぞり返っているクソ狸さえいなければ……!」
モロー公爵は親指の爪を噛み、ギリギリと鳴らす。
その隣にはモロー公爵夫人が座っている。夫人は紅茶を片手に公爵に頷いていた。
「えぇ、何故私達が国王と王妃では無いのでしょうね。
今の王家には我が娘を散々コケにされて許せませんわ。
クリフォードの時も酷かったですが、その弟もダメとは……」
夫人はそう話し紅茶のカップをテーブルに置く。湯気の向こうにいる彼女は焦りの表情を浮かべていた。
「ま、待ってください!
私はただ最近、セロン殿下に会っているかと聞かれたから、今はご多忙のようです、と答えただけではありませんか!
何故、それだけで国家転覆の話になり、セロン殿下が貶されてしまうのですか!?
私の話、聞いていますか!? 私はこの国にもセロン殿下にも不満はありません。
お願いですから国の平和を乱すようなことはお止め下さい」
彼女、アーネットは椅子から立ち上がり、両親を説得しようとしたが、しかし、2人の表情は変わらず、どころか、アーネットを見ていなかった。
夫人はアーネットにため息を吐いた。
「アーネット。貴方は優しすぎるのです。
セロン殿下こそ間違っているのです。貴方以上に大切にするべきものはないのに、どこぞのあばずれに熱を上げているのかしら……。
大体、私、最初からセロン殿下のことが気に食わなかったのよ!
アーネットを愛しアーネットの意向を優先するのが当然なのに、使用人から茶会から何から何までモローの者を追い出して、アーネットの周りを王家の者だけで固めて、アーネットに窮屈で孤独な思いを……」
「母上? それは当然です。セロン殿下に媚薬なんて盛ったモロー公爵家が信用されるはずがないではないですか!
セロン殿下の対応は何も間違っていませんわ。
しかも、婚約者になって初めての茶会で、そんなことをされたのですよ!?
彼がモロー公爵家を恐怖しても仕方がありませんわ。即刻婚約破棄されてもおかしくなかったのに、それでも彼が私の為に踏みとどまってくれたから今の私があるのですよ!? むしろ感謝すべきではありませんか!
それに、私、窮屈な思いも孤独な思いもしておりません。実家にいた頃より今の方がしあ……」
しかし、アーネットの言葉は遮られた。
「可哀想に。そんなに必死になって殿下をフォローをして……!
私達にはお見通しですからね。アーネットが無理をしていることくらい。
媚薬ぐらいで喚く王家がおかしいのよ! 殿下は最初から何故か貴方を警戒していたから、ちゃんとアーネットを愛せるようにちょっと手助けしただけじゃないの」
夫人は当然とばかり息を巻き、その隣に座る公爵も頷いた。
「そうだ! 世界一の姫であるアーネットを愛さないアイツが悪い!
やはりあの野郎! ぶっ殺してやる!
私の娘をコケにする男なんざ、私の槍術で串刺しに……」
その時だった。
「誰が誰を殺すつもりだ……? モロー公爵」
個室の扉が乱暴に開けられ、その人はらしくもなく挨拶もせずに入った。
部屋にいた全員が入ってきたその人を見て驚く、アーネットはあまりに驚きすぎて、そして、この会話を聞かれたという事実に青ざめて、絶叫した。
「……フィ、フィ、フィ……フィルバート先輩!?」
そのフィルバートはアーネットが見たことない程に憤って、そして、この場にいる全ての人間を明らかに敵視していた。
11
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。
他サイトにも公開中。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです
との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。
白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・
沈黙を続けていたルカが、
「新しく商会を作って、その先は?」
ーーーーーー
題名 少し改変しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる