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52. 一方、フィルバートは泣きつかれていた
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フィルバートはデニスと一緒にいた。
だが、フィルバートはすっかり疲れ切った顔をしており、デニスはフィルバートとは真逆に上機嫌な満面の笑み、絶好調の顔をしていた。
「なぁ、デニス。俺はお前の家に居候させてもらっている身だ。その分、お前には感謝をしているし、義理も感じている。
だから、お前の頼みは出来るだけ聞こうと思っている。
思っているが……なぁ、人の生死に関わるからどうしても来てくれと言われて来たのに。
その実、他人の落し物探しとはどういうことだ?」
2人は人で賑わう街を歩いていた。
ただし、買い物や散歩の為ではなく、デニスの手伝いの為だった。
デニスは今、今後世間を脅かすと思われるとある案件を追っており、その手がかりを掴むべくとある物を探していた。
それが落し物。
その落し物は案件に関わるとある重大な人物がうっかり落とした物らしく、デニスは落し物が本人の手に戻る前に回収しようとしていた。その為に駆り出されたのがフィルバートというわけである。
「だって先輩、こういう探し物マジで得意じゃないですか! 落としたもの、隠されたもの、誤魔化されたもの……。あと、迷子、困っている人、何かを隠している人を見つけるのもガチで上手い。
だから、先輩を頼るのも仕方がないっていうか? 先輩以外有り得ないっていうか?
それに先輩、人の生死に関わるのは本当ですよ?
何せ落とし主が落としたのは……マジもんの殺人兵器ですからね」
「殺人兵器?」
「毒薬ですよ、正体不明のね」
そのデニスの言葉にフィルバートは目を細めた。
デニスは淡々と説明を続ける。
「南東の大陸からもたらされた解毒薬未開発の最新鋭の毒薬です。
名前はロスト。
現地では神の水なんて呼ばれていて、何でも願いを叶える水として崇拝、信奉されているらしいですがね」
「願いを叶える水……?」
「詳細は分からないんですけど、その水に願いを込め、対象に呑ませると忽ち任意の効果が得られるそうです。ロストは願う人によって水は薬になり媚薬になり毒薬になるそんな変幻自在な水らしいです。
でも、主に使用される用途は専ら毒薬。
ロストは変幻自在というだけじゃなく超便利で超厄介な性質があるんです」
一見すればとても便利で万能薬にもなりそうな水。しかし、毒薬として主に使われているということは、最高にろくでもないものだと分かる。
デニスはため息を吐いた。
「たとえば、誰か一人を殺したいと願います。ロストはその瞬間、毒薬になります。
ロストの恐ろしいところはここからです。
不特定多数のいる夜会でロストを混ぜた冷水を出します。ロストは無味無臭の水ですから水に混ぜても誰も気づきません。全員がロストを含んだ水を飲んでしまいます。
普通の毒薬なら全員が中毒症状を訴え、死に至るでしょう。
でも、ロストが苦しめるのは最初に願った1人だけ。
まるでターゲットだけを殺す必中必殺の暗殺者のように、ロストは狙った相手だけを殺せるんです。
水道水に混ぜれば、1万人のうち数人だけを殺すなんて事も出来る。しかも、痕跡一つ残さずにね。
だから近隣国ではかなり問題になっていて、とうとう我が国までやってきたというわけです」
「…………それは危険だな」
フィルバートは考え込んだ。
もしそんなものがこの国に流通してしまい、蔓延してしまったら、ありとあらゆる場所でロストを使った暗殺が行なわれるだろう。
様々な重要人物が狙われ、殺される……そうなればこの国の秩序は忽ち崩壊する。
……落し物は絶対に見つけなくてはならない。犠牲者を出さないためにも。
デニスはフィルバートにその期待の目を向けた。
「危険でしょう?
早くそのブツを見つければ、容疑者を検挙できる動かぬ証拠になります。流通元だって分かるでしょう。そうなればこの案件は早期解決! 平穏無事!ってなわけです。
だから、お願いしますよ! 先輩!」
しかし、そのデニスの期待の目とは反対に、フィルバートは険しい表情になり……ため息を吐いた。
「尚更、プロであるお前らがやるべき案件だと思う。
俺は毒薬に詳しくない上に警備隊とは関係ない素人だ。警備隊ならともかく素人である俺が国の行く末を握るような責任を背負うことなんて流石に出来ない。
俺は帰る……これは限度がある」
「いやいや、ダメですよ!
先輩がいれば100人力、いや、1000人力なのに! そりゃないですよ!
目星! せめて目星だけでも!頼みますよ~!
容疑者は最近突然謎の崩落をした無人のスラム街あたりで失くしたみたいなんです。全ては瓦礫の下ですが、先輩の才能なら見つけられるでしょう~!? ねぇ、先輩、俺を置いていかないで~!」
期待の目は一気に涙目になり、フィルバートに縋り付く。彼の頭に見える幻の犬耳はしょぼんと垂れており、彼の腰に見える幻の尻尾はしゅんと垂れ下がっていた。
しかし、フィルバートにはそんな涙目や幻に絆されず、デニスを振り払った。
「デニス、お前は俺を当てにしすぎだ。
確かに俺は探し物は得意かもしれない。
だが、探し物なんて人手を集めて探せばいいだけの話だ。特に大体の場所が分かっているならな。
俺だって忙しい。人さえいれば出来ることは頼まないでくれ」
正論を突きつけ、拒絶し、フィルバートはデニスに背を向けようとする。
当然、デニスは引き止めた。
「そりゃないですよ~! 先輩~!」
その上、みっともなく、わぁと泣き出し、フィルバートの腕に縋り付く。
あまりのみっともない泣き声に周りの人間が何事かと2人の方を向き、2人は衆目の的になる。頭を抱えフィルバートはため息を吐くしかない。
「はぁ……全くコイツは……。甘やかしすぎたか? ……ん?」
その時、ふとフィルバートは視界の隅にそれを見つける。
「先輩、絶対に頷くまで離さ……先輩?」
デニスもフィルバートの異常に気づき、顔を上げ、掴んでいたフィルバートの腕から手を離す。
手が離れるとフィルバートは歩き出し、そちらに向かう。
そこには大量のオレンジが入った箱を前に、腰を両手で押えながら蹲る老人がいた。
その老人にフィルバートは声をかけた。
「じいさん、大丈夫か?」
「うっ、うぅ……気にするな。ただのぎっくり腰だ……」
「原因はこのオレンジの箱か?」
「あぁ、すぐそこの自分の店に運ばなくてはならなくてな……」
「分かった。じいさん、まずは貴方を店まで背負って運ぼう。店で安静にしていてくれ。
オレンジの箱はこれだけか? 他のものがあれば代わりに運ぶぞ」
「えぇ!?」
驚く老人。しかし、フィルバートは躊躇いなく、老人に背中を向け腰を落とした。
デニスはその光景を前に頭をかいた。
「出た。先輩の人助け癖……一度始まると止まらないんだよな」
つい笑ってしまう。ため息にも似たデニスの吐息が街に溶けていった。
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