真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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幕間 セロン 後編

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グランバーは本当に寒い場所だった。

一年中雪と氷に覆われ、凍てつく風が大地に吹き付ける永久凍土の世界。

そこに送られたセロンは早速数人の侍従達と共に聖女の様子を見に行った。

聖女エメイン。

彼女のことをセロンはよく知らない。もちろん王族として軽くその出自やプロフィールは知っているがそれだけだ。
聖女は人の為祈り救う者……その一般的な認識しかセロンは持っていなかった。

(このグランバーには修行の為にいるという話だったが……。
聖女のことだ。こんな過酷な環境にいても温かい部屋で瞑想とかそのくらいだろうな……)

セロンはとても軽く考えていた。
とにかく国王の言う通り、聖女の様子を見て、直ぐに王都に帰ろうとした。

だが、待っていたのはあまりにも酷い現実だった。






吹雪が襲う灰色の夜。
汚い罵詈雑言と、容赦ない暴力、かけられる冷水。
小さな檻の中で身を屈める少女の苦しむ呻き声……。

セロンが目にしたのは想像絶する凄まじい光景だった。
修道服を着た男と女が悪魔のような形相で寄って集って幼い子どもをなじっていた。

「結界を張って傷口塞ぐだけで満足するのは聖女じゃねえんだ!何がこれが精一杯だ、と言い訳するな!」

「あのシルヴィーでさえも最低限のことはできたんだぞ!?
なのに、お前は最低限以下! お前、サボっているんだろう!」

「何をやっても中途半端な役立たず! 貴方みたいな聖女、私達は望んでいなかった!」 

「お前に力がないからこうしてやっているんだ! 恨むなよ。私達の理想にそぐわないお前が悪いんだからな!」


そのおぞましい光景にセロンは青ざめ息がまり立っていられなくなり地面に崩れ落ちた。

エメインは聖女として不完全だった。
能力も実力も中途半端。人が望む結果を出せず、どんなに頑張っても誰にも認められずに無能と罵られる。

まるでその姿は……。

「やめろ……」

修道服を着た悪魔達は檻を蹴り、凍りかけの水が入ったバケツをぶちまける。寒空に小さな少女の悲鳴が響き渡る。

足を縺れさせながらセロンは立ち上がった。

「やめろ……!」

聖女の為とその口では言いながら、追い詰め、罵り、悪魔が笑う。

セロンは張り裂けそうな胸を手で押さえながら駆け出す。

「やめろ!!」

無能、無能と悪魔達が合唱している。役立たずには存在価値すらないと言わんばかりに。
檻の中で彼女は倒れ伏しても、合唱を止めない。彼女が冷たい檻の中で静かに息絶えようとしているというのに。

その姿に、セロンは自分を重ねた。
どんなに頑張っても評価されず、いつまでも理解されず、誰にも望まれていない自分を……。

「彼女は僕だ……! どんなに努力しても才能も人望もない僕だ……どんなに足掻いたって抜けられない場所で身勝手な人間に追い詰められている僕だ……!」

胸をかきむしり、その目に涙を湛えて、セロンはその地獄に飛び込んでいく。
彼女の入っている檻を引っつかみ、檻を閉じる簡素な錠を引きちぎって、彼女をすぐさま救い出した。
悪魔達が一斉に怒り出した。

「誰だ! 貴様! 私達の邪魔をするな!」

「これは神聖な修行なのよ!」

「我々は聖女を覚醒させなければならないんだぞ!?」

「この世界を救う素晴らしい聖女にする為に、これは必要なことなんだ。彼女は人を救わなければならない!」

彼らは口先だけは立派な声を言う。だが、その顔もその目もこんな聖女要らないと言っていて……死んでもいいと言っていて……。 
彼らに心の底から怒りが湧いた。

「何が修行だ!こんなもの虐待……いや、大層な理由をつけて殺そうとしているだけだ!
お前達は聖女の庇護下にありながら、聖女の手による安寧を享受していながら!
ただ理想の聖女ではないからと無価値と断じ、何故彼女の死を望むんだ!
そこで好き勝手言っているお前達より、こんな状態になっても国を守っている彼女の方に価値があるに決まっているだろう!」

セロンは自分の上着を冷たくなってしまっている彼女に着せ抱える。  

悪魔達はずっと耳障りのいい耳が腐るような悪態をセロンに吐き続けたが、セロンは全て無視し、一刻を争う状況にあるエメインを抱えて走り出した。

駆け込んだ先は、グランバー唯一の診療所。

そこでエメインは一命を取り留めた。






それからグランバーでは色々あった。

教会とはもちろん揉めた。彼らは聖女が死にかけようがなんだろうが関係ないようで、本調子ではない彼女をまた修行に連れ出そうとした。その度にセロンは教会を止め、彼女を守った。

教会からは誘拐罪で訴えると脅され、セロンに着いてきた侍従達もセロンに教会と聖女に首を突っ込むなと警告したが、セロンは2つとも無視した。

全ては彼女を救う為に。

適切な治療して分かったことだが彼女の身体も心も限界を迎えていた。

死を迎える寸前の身体、聖女として力を振るえなくなった心。彼女はもう立ち上がれなくなっていた。

そんな彼女をセロンは甲斐甲斐しく世話した。出来ることは何でもしたかった。
彼女は……正しく自分なのだから。

だが、ある日、ずっと無表情で無反応だった少女はセロンに口を開いた。

「……貴方と私は違う」

前触れもなく発されたその言葉にセロンは目を見開いた。彼女の方を見れば、彼女の仄暗い目と目が合った。

そして、彼女はゆっくりと口を開いた。

「私は逃げられない。そういうだから……後がない。
でも、貴方は逃げられる。替えがきく。違う?」

「……!」

「貴方と私は違う。考えた方がいい。
逃げられるのなら、逃げるべきよ」

セロンは彼女に自分の話をしたことなど1度もなかった。だが、彼女は全てを見透かした上でそう告げた。

だからこそ、その言葉は胸にきた。 

確かに自分と彼女は違う。

逃げられるなら逃げるべき……そうだ。

わざわざあんないない他人ばかり崇め続ける場所で生き続ける理由はない。

そっとセロンの背中を押した彼女はそれっきりセロンに何かに言うことはなかった。
教会から彼女を保護して王城に連れてきた時も彼女はされるがまま無言でついてきた。

きっとセロンが行動を起こすまで彼女は待つつもりだ。

それが彼女の優しさなのか選択なのかはセロンには分からない。だが、セロンは感じた。

選択するなら今だと……。 

「やっぱり兄様に……王太子になってもらおう……」

セロンは1人決意した。

「民に望まれない王太子が玉座に座るなんて出来ない
……そして、僕もこれ以上この立場にいても辛いだけだ。
このまま引きずり下ろされるなら、僕の方から譲るさ」

だが、問題はあのフィルバートをどう説得するかということだ。

今までのやり方やありきたりな方法では絶対に頷かない。

「協力者が必要だ。家族以外で、兄様をよく知っていて、兄様を説得出来るような人が……」

セロンは考えた。だが、セロンは今のフィルバートの交友関係をよく知らない。誰に協力を頼むべきか分からなかった。

そんな時だった。

王城内で侍女達が騒いでいたのをたまたま聞いてしまったのだ。

「聞いた? あのフィルバート様にとうとう恋人ができたらしいよ!」

「まじ~? えぇ!? 嘘っ! 信じらんない! 相手誰!」

「それがね、絶対驚くよ!
なんとね……あの白百合姫様だって!!」

「えぇええ!? マリィ・ズィーガー夫人!? 社交界に咲く難攻不落の高嶺の花、150人連続切りのあの白百合姫~!?」

「この前王城に来た時も仲良さそうにしてたって話だし、カフェに2人で行ってるとこ見たって色んな人が言ってる!
で、最近、ズィーガー夫人の子どもの家庭教師になったらしいけど、わざわざめっちゃ容姿整えて通ってるらしいよ!
ルクセン通りに住む貴族の人達みんな毎日悲鳴上げるぐらい超イケメンになってるんだって!」

「ま、まじ? 絶対付き合ってんじゃん!どんなに偉い人を前にしても、あの格好だったあの人が、子どもの家庭教師になったくらいで格好変えるなんて有り得ない!」

「だよね!? 絶対あの美人の白百合姫に合わせているんだよ! ヤバすぎ!!」

その話にセロンは目を見開いた。
フィルバートにそんな人ができていたなんて知らなかった。
だが、確信した。

「……彼女だ」

あのフィルバートにそこまでの変化を与えた人なんて今まで1人もいなかった。 

セロンのやるべきことは決まった。

……彼女を自分の味方にすることだ。



そうセロンが決めた瞬間、エメインが口を開けた。


「……セロン、ルークに会いたい。手紙、渡したい」








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