真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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55. マリィ、セロンと対峙する。

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カチカチ、と秒針が進む音がする。
すっかり冷めきった紅茶を前に、マリィはいつのまにか止めていた吐息を吐いた。
語り終わった目の前にいる彼はやっと肩の荷が降りたような、そんなすっきりした表情をしていた。

「すまない。話が脱線したな……こんな風に誰かに話を聞いてもらうなんて初めてで……つい話しすぎてしまった」

「い、いえ……」

「あまり気にしないでくれ。
僕は僕の話をしたくてここにいる為じゃない」

彼は改めるように咳払いし、マリィに向き合った。

「ただ正直言うと、少しアテが外れた。
てっきり噂は本当だと思っていたんだ。しかし、事実はそうではなく、貴方が……」

「あわわわっ……! それ以上はご容赦下さい!!」

マリィは慌てて彼を止める。当然、顔を真っ赤だ。 

恥じらい下を向く彼女から、セロンら何とも言えない気持ちになり目を逸らす。

一方、マリィは必死に熱くなる自分の頬を冷まし、平静を必死に装いながらセロンに告げた。

「お役に立てず申し訳ありません。
貴方はきっと私と一緒になってフィルバート様を説得したかったのでしょう?
ですが、どのように噂されていても、私とあの人には、な、何もない、の、です……!」

「だろうな……」

セロンはまたため息を吐いた。徒労だったとその顔は言わんばかりだ。しかし、そんなセロンにマリィは告げた。

「それに仮にもしそのような関係だったとしても。
私は多分、貴方の意見に反対していたでしょう」

「…………え?」

予想外の言葉にセロンは目を見開く。目の前に座る彼女はいつのまにかこちらを真っ直ぐに見つめていた。
目が合うと、マリィは苦笑いを浮かべた。

「私が知っているフィルバート様は、貴方や大勢の方が言うような才能と人望に溢れた王座に相応しいヒーローではなく……希望の魔法使いですから」

「希望の魔法使い……?」

「はい。あの人は希望の魔法使いだから、人を率いるより、時々困っている誰かを助けるくらいが丁度いいと私は思います。
希望は遅れてやってくるもので、常に誰かの上で輝いているものではありませんわ。そうでしょう?」

苦笑いを浮かべるその人の目はこれ以上なく優しい。
セロンは息を飲む。だが、彼女の言葉には納得出来なかった。拳を握り、つい声を荒らげてしまう。

「だが、皆、兄様の方が良いと……!」

「民衆の人気者が偉大な施政者になるとは限りませんわ」

「……!」

セロンを窘めるように、もしくは、セロンが抱える重荷の問題点を突くようにマリィははっきりと告げる。

「セロン様、確かに国を動かす程の人望があるフィルバート様は素晴らしいですわ。
ですが、その民衆は恐らくフィルバート様の意見を聞いて動いていませんわ。本当に好き勝手言っているだけなのです。
……そして、今のフィルバート様は……どんな方法を使っても絶対に説得に応じないでしょう。
私の目から見てですが、今のフィルバート様はとにかく幸せそうです。ルークをこれでもか可愛がってくださり、毎日我が家に来ることを楽しみにしていらっしゃいます。時たまルークや……わ、私のことしか考えていないのかと思うことも度々あるくらいです。
そんな状況で、フィルバート様が貴方や民衆の手により半ば強制的に王太子の座に座ることになったらどうなると思いますか?」

「…………」

「想像してください。本人の意思のない政権交代が起こった後を。
幾ら心優しいあの人でもどうなるのか分かりません。もしあの方がこれをきっかけに貴方や民衆に対し失望してしまったら。そうなればあの人は誰も救わなくなりヒーローではなくなってしまいます。
そうなれば、理想通りのヒーローではなかったフィルバート様に、民衆の方々はきっとこう言うのですわ。 
……まだ前の方が良かった、と」

「…………っ」

「王が人望や知名度だけで選ばれるのは世の中にとって正解ではありませんわ。
本人の意思と覚悟が無ければ、文字通り、腑抜けの治世となるでしょう。そして、失策や理想から外れた行為をすれば、身勝手な民衆はそれがたった1度だとしても、手のひらを返し罵るのです。
だから、私は反対なのです。
あの人は希望の魔法使いであって、皆の英雄ではないのですから」

そう言って彼女は微笑む。
セロンはまるで冷水を頭からかけられたかのように、今更になってハッとした。

フィルバートさえ説得して頷いてもらえばこのセレスチアの未来は全て上手くいくとセロンは思っていた。

だが、実際はそうではない。
多数決の多い方が正解とは限らない。それがこの世界だ。

セロンは肩を落とし目を閉じ俯く。あまりの落胆にその手は放り出された。そんなセロンにマリィはふとあることを思い出した。

(そうだわ。私、聞くばかりじゃなくて。この方に言わなくちゃいけないことがある)

マリィは気づき、落胆するその人にそっと話を切り出した。


「セロン王太子殿下。
噂には確か私とフィルバート様がカフェに行ったという話もあったそうですね?」

「あぁ、あったな。ズィーガー夫人……」

「そこでフィルバート様がモロー公爵と揉めた話は聞いていませんか?」

「……は?はぁ!?」

弾かれたようにセロンは顔を上げる。モロー公爵とセロンはもう6年になる因縁がある。あの親バカを通り越した何かなあの公爵は事ある事にセロンの命を狙い、その度にセロンは大変な思いをしてきた。
その公爵と揉めたと聞いて、セロンは驚いた。

「兄様は滅多に怒らない。揉め事だって起こさないのに。何故、モロー公爵と……」

「モロー公爵がカフェで貴方の殺害計画を立てていたのです」

「なんだと……」

「それをたまたま私達は聞いてしまい……フィルバート様は激怒して、魔法まで使うところでしたの」

「は、はぁぁ!?」

その信じられなさにセロンはマリィを2度見した。
フィルバートは滅多に魔法を使わない。使ったら確実にトラブルになるからだ。だが、それでも使ったというその事実にセロンは信じられない気持ちになった。
しかし、マリィが全く嘘を言っているようには見えず、セロンは息を飲む。
そんな彼にゆっくりとマリィは手を伸ばした。

「モロー公爵は今のセレスチアを作ったフィルバート様も罵りました。でも、その時、フィルバート様は言っていましたわ。
……今でも言える。俺は何一つ間違っていない。俺は最善を確かに選んだ。でなければ、今日はなかったのだから、と」

「……っ!」

「はっきり言っておきますわ。
そのフィルバート様の語る今日を作った1人は紛れもなく貴方なのですよ。セロン王太子殿下。
あなたはこの国にとって最善の王太子なのです」

マリィの手が所在無さげに放り出されていたセロンの手を握る。
その柔らかな手がセロンの冷めきった手を包んだ時、確かにセロンは……今までどれだけ努力しても認められてこなかった悲しい自分が、やっと報われた気がした。












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