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56. 聖女というイキモノ
しおりを挟むマリィがセロンと話していた頃、ルークは目を瞬かせていた。
廊下を抜け、部屋の扉を開けたルークを待っていたのは、大量のぬいぐるみだった。
「わぁ!」
くまやうさぎ、ねこ、いぬなど様々な動物のぬいぐるみ達が視界いっぱいを埋めつくし、ルークを一斉に出迎えた。
どうやら扉の形に合わせ、ぬいぐるみが積み上げられているらしい。
ルークは驚きながらも恐る恐るぬいぐるみを掻き分け、部屋の中へ足を踏み入れる。
部屋の中はとても幻想的な夢の世界が広がっていた。
壁紙は全てパステルピンクに統一され、ふわふわした雲の形をした照明が垂れ下がり、部屋を彩るように虹色のリボンや風船が揺らめいている。
ピンクのカーペットが敷かれた部屋の床は風船やぬいぐるみが転がっており、踏まないように歩かないとすぐに踏んでしまいそうだった。
ルークはそっと気をつけて進んでいく。
風船とぬいぐるみの間を縫うように進んでいくと、部屋の奥にユニコーンの形をした2人がけのソファが一つ置いてあった。
そこに彼女はいた。
こんなファンシーな部屋にいるというのに、彼女はルークと初めて出会った時と同じ格好で座っていた。
それはあまりにこの部屋に似合わず異様でチグハグな光景だったが、ルークは気にせず彼女に近づいた。
「えっと……ひ、久しぶり?」
友達のいないルークはこういう時の挨拶の仕方なんて分からず、恥ずかしくなって後ろ手に組んで目を逸らしてしまう。
もじもじしていると、相変わらず無表情の彼女は自分が座るソファから腰を上げた。
「えぇ、久しぶりね」
そこでルークはハッとなって彼女の方を向いた。
初めて聞いた彼女の声は、とても綺麗だった。澄んだ青く透明な湖の妖精が実際にいたらこんな声だろうとルークが思うほどに。
ルークは目を輝かせ、彼女に駆け寄った。
「元気だった?」
「……気分はいい」
「凄い部屋だね。ふわふわしてる」
「そうね」
「好きなの?」
「……多分、そう」
「多分? なにそれ変なの」
会話が出来ることが嬉しくて、ついルークはニマニマとした笑みを浮かべて頬を緩ませた。
そんなルークを彼女はじっと見ていた。その空色の目にまるで焼き付けるように。
「ルーク、わたしとおしゃべり、嬉しい?」
「! う、うん、嬉しい! エメインは?」
「わたし……?」
「エメインは僕とおしゃべりするのどう?」
「わたしは……」
エメインはそこで天井を見上げた。それを不思議に思ってルークも天井を見上げる。
すると、天井から色とりどりの星型のクッションがふわふわと落ちてきた。
「わっ!」
ルークは忽ち、色とりどりのクッションに飲まれていく。下敷きになりかけたが、ルークの手を彼女の手が掴み、引き寄せたことで無事だった。
「ありがとう。助かった」
ルークは笑顔で直ぐに感謝を告げる。
すると今度は何処からかシャボン玉が幾つも舞い始めた。
「なにこれ、きれい……!」
シャボン玉を初めて見たルークは大興奮だ。空飛ぶそれをつい目で追いかけると、ルークの真横から泡の柱のようになってしまった大量のシャボン玉が襲ってきた。
「うわあああ!」
クッションの次は大量のシャボン玉に飲まれかけ、ルークは悲鳴をあげる。
またもエメインが助けてくれたことでルークは助かったが、そこで流石のルークも気づいた。
自分が何か反応する度に何かが起こる。それも非常識で、突拍子もなく。
こういう現象をルークは何度も見てきた。だから分かる。
「エメイン、もしかして……僕と同じなの?」
「…………」
「僕と同じ、魔法使いなの……?」
その瞬間、夢と喜びと嬉しさに満ちていたその空間は煙のように消えていく。
壁紙はピンクから色褪せ黄色みがかかった白い壁紙に。
雲の形をした照明は古めかしいシャンデリアに。
部屋を彩るように揺らめいていた虹色のリボンや風船は壁に飾られた小難しい風景画や肖像画に。
ピンクのカーペットも転がっていた風船やぬいぐるみは全て最初からそんなものなかったかのように消えた。
気づけば、そこには年季を感じる焦げ茶色の客室があった。ベッドと机と対面ソファだけのシンプルな部屋。こちらが本来のこの部屋の姿のようだ。
ルークが驚いていると、エメインはルークの手を握りどこかへ歩き出した。
ルークはそれに目を瞬かせながらも着いていく。
エメインが連れてきたのはベッドだった。
大の大人が4、5人眠れるような子どもの2人からすれば大きすぎるベッド。そこにエメインが座ると、エメインは自分のすぐ隣を手で叩き、ルークに座るよう促した。
ルークが座るとエメインはベッドの上で膝を抱えた。
「残念だけど、私は聖女よ」
彼に彼女はそう告げた。そして。
「貴方みたいな、混ざり物ではないの」
「まざりもの?」
「貴方のお母さん、前の聖女、なのでしょう?」
その問いにルークは下を向いた。先程までにこやかだったその顔は複雑なものになっていた。
それに気づき、エメインは青ざめた。
「ルーク……?」
「エメイン。
僕の生まれはそうかも……だけど、今の僕はマリィの子どもだよ。
僕のお母さんは誰がなんと言おうとマリィだ」
「……ごめんなさい」
「僕の方こそごめんね。君の話はそんな話じゃないのに。
ただあの人をお母さんって思うと……何だかモヤモヤするんだ。あの人もきっと僕のこと化け物としか思っていないし気持ち悪いと思う。
でも、僕があの人から生まれちゃったのは本当だから」
ルークはエメインに気を遣わせないよう頑張って笑顔になる。
それにエメインはなんとも言えない顔をした。
「化け物……それは私達の方、なのにね」
「エメイン……?」
エメインはそっと戸惑うルークの右手を手に取り自分に胸に持っていくと目を閉じた。
「これはひみつの話。人間には内緒の話。
シルヴィーが、神との契約を破ったから、次の私は破らないように、全部教えられたの。禁忌も結末も全て……。
本当なら、誰にも話せない。
でも、貴方は混ざり物、だから話せる」
「内緒……?」
「そう、だから、私達以外の誰か……マリィにもフィルバートにも話したらダメ。
この世界で私達しか知らない秘密なの」
その瞬間、エメインの背中に真っ白に輝くそれが現れた。
「……!」
ルークは目の前で見ているものが信じられなかった。
部屋を照らす程に明るいエメインの背中にあるそれは鳥の翼だった。
左右に一枚ずつ、エメインがその翼を広げると、部屋に羽根が舞う。
光るそれをルークは目で追い、1枚、手に取る。だが、手に取った瞬間、その羽根は消えた。
「エメイン、君は……なに?」
「…………」
だが、ルークの質問にエメインは何も答えなかった。
だが、代わりに。
「私、聖女だけど出来損ないなの」
「出来損ない……?」
「あの御方は……違った。国王陛下は、人類に原因がある、って言っていたけど。でも、私が生まれながら、聖女として、中途半端なのは、本当。
聖女の証でもある、この翼だって本当は、どんなに広げたって、混ざり物の貴方も含め普通の人間には……本来なら私にも見えないものなの……」
「じゃあ、見えてる方がおかしいの?」
「……そう」
エメインは目を伏せる。その時、ルークは自分の手を握るその手が震えていることに気づいた。
だから、そっと魔法を使った。
すると、彼女の背中にあったその翼はまるで空気に溶けていくように見えなくなった。
エメインはハッとなってルークを見る。
ルークは微笑んでいた。
「これで見えなくなったよ。僕も皆も、もちろん君も!」
「!」
そのルークの優しさにエメインは目を見開き固まる。
沈黙が部屋を支配する。
何かダメだっただろうかとルークは首を傾げる。だが、その瞬間、ずっと無表情だったエメインの頬が赤くなっていることに気づいた。
「……すごく、うれしい……」
その瞬間、2人に向かい洪水のようにハート型のカラーボールが打ち寄せた。
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