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57. 出来損ないのエメイン

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カラーボールの洪水はベッドや家具をまるで海に浮かぶ船のように浮かせ、天井近くまで押し上げる。

「ボールでプールが出来ちゃった……」

バランスを崩せば乗っているベッドが転覆してしまいそうな状況の中、ルークは驚いていた。
ハート型のカラーボールは全部赤やピンクばかり、ルークはそれを不思議そうに見ていた。ルークは今までハートを見た事がなかった。もちろん、意味も知らない。
だが、エメインの感情から生み出されたものなのは分かる。ルークはこれがどういう意味なのか気になって仕方がなかった。

「これって……どういう気持ちなの……?」

そんなルークの素直な疑問に対し……そっと目を逸らしエメインは話を変えた。

「私、貴方のことだけ、力が出るみたい」

「……え?」

「知らない誰かの為に、何かをしようって思うと全然ダメなの。
でも、貴方のことを思うとなぜか、力が出る。しかも、全然抑えられない……」

「なんで?」

「分からない。国王陛下に聞いたら、心の問題と、言われてしまったわ」

エメインはため息を吐いた。
そんなエメインをルークは不思議そうに見た。

「でも、魔法が使えるなら良い事じゃない?」

「ううん、私のこれは、魔法じゃないの。ルーク」

「魔法じゃない?」

「貴方の、それは魔法よ。
でも、私のこれは天恵。
私のは、神から直接貰ったものだから。貴方のそれと違って、いつかは返さないといけない……そして、返す時まで、知らない人々の為に使わないといけない。
だから……知っている誰かの、それもたったの1人の為にだけなんて……ダメなの。
貴方のことしか、力が使えないなんて……本当に出来損ないなの……」

エメインは下を向く。その瞬間、部屋を埋めつくしていたカラーボールの海は綺麗に消え、部屋に置かれた家具も2人を乗せたベッドも天井の高さから落下した。

「あっ!」

全てが自由落下の速度で床に向かっていく。その家具やベッドが床に叩きつけられる直前、ルークの魔法が間一髪、止める。

全てのものをゆっくりとルークは降ろすと、ルークは未だ自分の手を握るエメインの手をそっと離した。
そんな些細なそれにエメインの目が揺れる。
だが、直ぐにルークはエメインの手を包み込むように握りしめた。

「正直、僕には君が出来損ないかどうか分からない。僕の知ってる聖女は君とあの人しか知らないから……。
でも、君と僕ってそっくりだと思った」

「そっくり……?」

「うん、僕の魔法もね。知らない誰かよりマリィとかフィルバートのことを思うと、上手くいくんだ」

そう告げ、ルークはエメインに微笑んだ。

「フィルバートがね、魔法を使う理由なんて人それぞれでいいんだから、出来る方法でやればいいって言ってた。
エメインが僕のことでしか力が使えないなら、僕のこと想像しながらやってみようよ!」

「ルークのことを想像しながら……?」

「そう! エメイン、僕と何かしたいこととかないの? 想像するだけでいいから考えてみて?」

「したい、こと……」

エメインは視線を下に下げる。そこには小さな手でエメインの手のひらをぎゅっと温かく握ってくれる手がある。

エメインは生まれたその時から誰にも手を差し伸べられることなんてなかった。むしろ、エメインにとって手は自分の体に叩きつけられ虐めるもので、いい思い出は全くなかった。

だが、あの日、自分の手を握ってきたルークのその手がとても柔らかくて温かくて、エメインのずっと凍りついていた心はその瞬間、溶けてぐずぐずになった。

そして、ぐずぐずになった心は、あの日からずっとルークを恋しがって、あの温もりに焦がれて、こうして会える日を待っていた。

そんなエメインがルークとしたいこと……そんなもの一つしかない。

「私……わたしがしたいこと……」

ルークの青い目とエメインの空色の目がかち合う。
エメインの頬がまた忽ち赤くなった。

「あ、あのね……ルーク、私は冷たい場所しか知らないの……牢屋とか、檻とか、懲罰部屋とか……あと、実はおひさまの下に、出たこともないの……」

「……うん」

「だから……お外に、行ったことがなくて……お外に行きたい。
でも、ただ、お外に行くだけんじゃなくて……。
あのね。昔、聞いた話だけど、人間って本当に特別な人としか、しないことが、あるのでしょう?」

「……そうなの? それ知らない……」

「知らないの? あ、あのね、でーと、って言うらしいの……」

「でーと?」

ルークはでーとという概念が分からず、首を傾げ、目を瞬かせる。

そんなルークの手にエメインは指を絡め、握り返すようにその手を握った。

それに気づき、ルークはハッとなってエメインの方を見る。

そこには……自分より歳上の、女の子の顔をしたその子がいる。同じような年頃の子どもなのに、ルークは不思議な艶を感じ、息を飲んだ。

握りしめる手から色んなものを感じる。

お互いの柔らかな感触と温もり、汗、そして、繋がった感覚……。

何かいけないことをやっているような気がして、ルークもエメインを見つめながら顔が赤くなる。

その瞬間、エメインの、光のなかったその目に、光が宿った。



「……私、貴方といつかおひさまの下で、花畑の中を手を繋いで、でーと、したい」



その瞬間、セレスチア王国全てが晴天になり、国中の野原という野原がそういう季節でもないというのに大輪の花々に埋めつくされた。













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