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62. 這い寄るそれはすぐそこまで
しおりを挟む「ハァイ、お疲れお疲れ~」
「ち、父上……!」
セロンが驚いていると国王はセロンの肩に手を回し、その笑みをセロンの顔に近づけた。
「あの時以来だね。セロン、どう?
グランバーへの旅に始まり、今日を終えて気分転換になったかい?」
「え?は……?」
セロンはその問いに違和感を覚え目を細めた。
「気分転換ってグランバーへの旅行のことだったのでは……?」
「おや、私は君の気分転換にとてもハラハラドキドキなものをあげようとしか言っていないよ?」
国王は意味深に笑うだけだ。思わずうんざりした表情をセロンは浮かべ、頭を抱えた。
「全ては貴方の手の平の上だったってことか……」
「いやぁ? そうでもないよ。
エメインがルークくんにハマるのも、悩んでいる君がマリィ夫人と話すのも、そうなればいいとは思っていたけど、基本、運任せだった。
特に、セロン。君だ。
息子のことは面倒みないと決めていたんだけどね……君、あまりにもあれだったからさ。どうしても叶えたくて、つい手を回して、今日、フィルバートがここに来ないよう仕向けちゃった。
仕方がないね。セロンにはフィルバート以外の、君を理解してくれる才覚と覚悟と思いやりのある人が至急必要だと思ったし、私が動くしかない。
で、どうだった? 君が勇気を振り絞って話しかけたマリィ夫人は?
君が1番欲しかった言葉をくれたでしょう?」
「…………!」
セロンは息を飲む。やはり全て国王の手中だったかと気づいて、頭痛すら感じる。しかし、ある意味タチの悪いことに、今回、全てはセロンの為に行われたことだ。
国王の望み通り動いてしまった悔しさはあるものの、セロンは渋々感謝を述べた。
「……アリガトウゴザイマス……オカゲデタスカリマシタ…………」
「はっはっ!その敗北感ダダ漏れの感謝。実に爽快だね。受け取ってやろう。明日からは頑張ってくれそうで何よりだよ、セロン」
「………………はぁ」
そのムカつくほどいい笑顔の国王を苦々しく思い疲れたため息を吐きながらも、マリィに救われたのは事実、セロンは何も言えなくなった。
だが、ムカつくほどいい笑顔は不意に一瞬で消えた。
「でも、私にも想定外はあってだね。
流石に看過出来ない話だと思わないかい?アーネットの件」
「!」
国王はセロンから手を離し、セロンの前に立つ。セロンが驚いていると、その瞬間、その人の目の色が変わった。
「聖女祭が近いというのに、私の目を掻い潜るように妙な事が立て続けに起きている。
今日のアーネットの件は特に顕著だ。
過去のアーネットの行動記録、思考パターンを考慮すると、今日のあの彼女の後先を顧みない突拍子もない行動はあまりに不可解だ。
嫉妬に狂ったにしても説明出来ない何かがある。そう思わないか? セロン」
国王からそう問われ、セロンは口元に手を当て考える。
「確かに……それにあの人はフィルバート兄様を愛していた。兄様に嫌われるようなことはしないはず……」
セロンがそう気づくと、爛々と光るその目を細め、国王は淡々とセロンに伝えた。
「まだ調査している最中だが。
聞けば、彼女は直前まで飲酒していたらしい。
だから、最初は酒に酔ってあのようなことをしたと思われた。
だが、調べてみるとそのワインに酔ってアーネットは凶行に及んだ訳ではないのが発覚した。
ワインの中身は、見た目だけ似せた偽物だったのだ」
「……!」
「詳細なデータは王立研究所で調べているが、確実にワインは興奮剤や自白剤に近い何かに変えられていた。
正に罠。彼女はその罠に引っかかったのだ。
だが不可解な点が一つ。
そのワインの贈り主はモロー公爵だ」
「……モロー公爵? えっ、実の娘に、毒を盛ったということですか……?」
「この状況ならばお前の言う通りだ。
送り状はモロー公爵本人の筆跡に間違いなく、王城に運んできた人間もモロー公爵家の人間だ。王城までモロー公爵家の人間以外誰一人ワインに触れていない。
モロー公爵が盛ったと考えるのが普通だろう」
セロンは信じられない目で国王を見る。モロー公爵はかなり歪なものだったが実の娘であるアーネットを溺愛していた。
彼は完璧な淑女である彼女を誇りに思い、王太子妃にした過去がある。
そんな愛している娘に毒? しかも、興奮剤や自白剤のような毒を? 何のために?
セロンには全く信じられず、実の娘に毒を盛る意味も理解出来なかった。
あまりの不可解さにセロンは動揺し頭を抱える。しかし、事態はこの程度で終わらない。
「セロン、だが、妙なのはそれだけじゃない。
……お前も知っているだろう。最近、フィルバートのことばかり人の噂になると思わないか?
確かにあの子は人に好かれる性質だが、それだけでここまで信者が増え噂されるのはおかしい。
特にフィルバートを王になど、何故どいつもこいつも嬉々として国家転覆を謀るようなことを堂々と話すのか?
その上、フィルバートは帰国してから表舞台には一切出ていない。常識ある者ならフィルバートが王位に興味がないことなど直ぐに分かるだろうに」
その言葉にセロンはハッとなり、今更になって気づいたその違和感に驚愕する。
国王の目が、乗車場の出入口……王都の町へ向かうそこに視線を向けられる。
出入口からは遥か下に広がる王都がよく見えた。
一見平和な街だ。人が行き交いある人は帰宅しある人は家族に見送られ出勤する温かな空気に包まれる中、街にはガス灯が次々と灯る。だが、その瞬間、国王の目から爛々としたその光が消えた。
「誠に遺憾だ……今、この国にこの私の治世を脅かそうとする連中がいる。そう、この私の怒りを買った愚か者共が……。
さて、私の盤上に土足で足を踏み入れたんだ、どうしてやろうか……?」
国王はその口元を吊り上げ嗤った。
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