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64. そこは最悪な一夜城
しおりを挟むナディアは正に人生の絶頂を感じていた。
……ここに至るまでの道は気に食わないことばかりだったが。
あの日、人間を屈服させる練習をさせる為、クリフォードはナディアに口に出すのも恐ろしいものを見せた。
体罰、拷問、圧迫、解体……。
流石のナディアもクリフォードが聖女をどうする気なのかよく理解できた。
クリフォードにとって自分を立てない人間は価値のない人間だからこんなことが出来るのだろう。しかし、それをナディアにやらせようというのが彼の最悪なところである。
魔法使いとして三流以下なナディアは他人の為でしか魔法を使えない。
その裏をついて、クリフォードはナディアに自分の為に魔法を使わせようとしていたのだ。
……そして、それは。
「ほら、やれ! 出来なかったら、お前にこの鞭を入れてやる!」
「…………!!」
「ナディア!? ……ははっ! なんだこれは!」
何故かクリフォードの為ならナディアは魔法を振るえた。クリフォードの思惑は、ナディアが気味が悪くなるほど上手くいったのだ。
それからクリフォードはナディアに様々なことをさせた。
まずズィーガー公爵家本邸の人間を騙すことからさせた。その結果、本邸を管理している者達は皆、ナディアとクリフォードが何日も帰って来なくても、ずっと自宅にいるものと勘違いしている。
いない人間を甲斐甲斐しく世話する彼らをクリフォードは笑った。
そして、クリフォードは貴族達に近づいた。
貴族達は最初こそクリフォードを警戒し、全く相手にしようとはしなかったが、ナディアにその思考を支配された瞬間、クリフォードに躊躇いなく全財産を投げ出した。
クリフォードはナディアを連れ、様々な場所に連れていき、ナディアに人々を洗脳させていく。
特にナディアはもう平民ではなく、マリィ・ズィーガーの子どもとなっている。悪名高いとはいえ、貴族籍の2人を無下に出来る場所などなく、人々は次々と餌食になっていった。
「これはいい! 俺はここからのし上がってやる! 今の俺ならまた王位も……!
ナディア、お前の魔法も役に立つじゃないか!」
「…………」
「なんだその不満そうな顔は? 俺がいなければ価値もないお前がしていい顔じゃねえだろ! 敬え!」
何度もナディアは殴られた。容赦なく。
道具であるナディアにクリフォードは容赦しない。
ナディアはクリフォードが憎くて憎くてたまらなかったが、現状ナディアの魔法は彼の為にしか使えない。彼を切り捨てることなど出来なかった。
「………………」
「だが、こいつ完璧じゃないんだよな。……直接そいつに会わないと頭をいじれないとかコイツが馬鹿だから仕方がないとはいえ不効率すぎる。
もっと支持者を増やす方法はないか? もっと効率よく、もっと都合良く……」
「…………」
「そうだ。あるじゃないか! 」
クリフォードはナディアの頭を引っつかみ、ある場所に立たせた。
そこは水道の前。蛇口からぽたぽたと水滴が落ちるそこに痛がるナディアの顔を無理やり近づけ、クリフォードは笑った。
「確か面白い毒薬があったんだよ。神の水なんて呼ばれていた……。
ははっ、名案じゃないか! セレスチアの水道は同じ源流の水を使ってんだ。
それを俺を敬わずにはいられない水に変えれば……最高だと思わないか?」
「……!」
クリフォードは隣国で流行り始めたロストという毒薬から閃き、セレスチア中の水を汚染することに決めた。
セレスチアの水を飲んだ人間は漏れなくクリフォードの思い通りになる。
警備隊だけでなく平民も貴族も王城も……全員、クリフォードに跪き、敬い、担ぎ上げる。
そんな未来が待っているとクリフォードは歓喜した。
「ようやく俺の時代が来た! 全ての人間が俺を見上げ敬う時代が……!!
俺は衆目の的になり、あのムカつく父上を追いやって王になるんだ!」
「…………」
「ナディア?」
「……!」
「お前は雑魚だが、王となった俺の傍にいることになる。
相応しい肩書きが必要だな?
もっと俺に都合の良い、立派な肩書き……そうだ。お前は聖女だ。聖女にしてやろう。どうだ? 俺は優しいだろう?」
悪事だけは直ぐに頭が回るクリフォードはナディアの名を上げる為、ナディアの魔法に汚染された水に神の水と称されたロストと同じく飲む直前に願うとその願いを叶えるという同様の効果をナディアに付与させたものを闇市場で売り始めた。
水は願う者によって薬に媚薬に毒薬になる、正に万能薬となった。
しかし、元はクリフォードの強欲な願いから生まれた水だ。その水は確かに願いを叶えるが、ロストより凶悪な叶え方をした。
薬ならば確かに立ち所に病気を治すが、しばらくすると更に悪化した状態で再発し、またその水が必要な体になり。
媚薬ならば恋焦がれるだけで終わらず、理性が消え本能で相手を求めてしまう程に狂ってしまい。
毒薬ならば相手を死に至らしめるだけでなく、相手に想像絶する苦痛を与え、のたうち回らせ、ジリジリと殺し痛ぶり地獄を味合わさせて殺す。
そして、その水で願いを叶えたものは、飲んでもいないのに、まるで麻薬に酔い中毒になったように水を求めるようになった。
「金はいくらでも出す! くれ! 水をくれ!」
「何故だ。これっぽっちじゃ足りないというのか!? 家財も家宝も売る! だから、水を……! 水を!」
「私の息子が死んでしまうわ! だから、水がどうして欲しいの! どうか息子を助けて……水を下さい!」
口々に悲鳴を上げ縋り付く人々。
クリフォードはその人々の前にナディアを立たせた。
ナディアは最初こそ縋り付く人々に戸惑い、どうすればいいか分からなかった。結局、思いつかず、クリフォードから習った人を屈服させる方法を試すことにした、
すると面白いほど上手くいった。
「そんなに水が欲しいなら、お金だけじゃなく私にプレゼントをちょうだいよ。アクセサリーとかドレスとか色々あるでしょう?」
「足りないに決まっているでしょう? 私を満足させてよ? ほら、私の靴を舐めなさい?」
「息子ね……ふーん、気に食わないわ。あんたにはあげない!
どうしても欲しいなら今ここで鞭打ち100回耐えてよ」
傲慢に残虐に冷徹に、そして、さりげなく自分の要望を混ぜれば、人々は狂ったようにナディアに従い、その願いを叶えた。
短期間で綺麗なドレスもアクセサリーも部屋に入らないほど手に入れ、崇拝され崇められ、まるでナディアは女王に、否、聖女になったようだった。
「今は、地下に住むしかないけど、いつか絶対王城に住んでみせるわ! そして、この国一番の女、否、世界一の女になるの!」
そう願えば願うほどナディアの心は肥大化していき、傲慢になっていく。
そして、今日も。
「ほら、ここに水はあるわよ!
何をすべきか分かってるわよね?」
ナディアがそう微笑えば、大広間に花吹雪のように人々のありったけの金がばらまかれた。
「ナディア様! 私達の聖女様!」
「貴方の為なら私達は何でも致します!」
「水を!どうか! 貴方の素晴らしい水を!」
貴族達はナディアを崇め、その財産も身も心も差し出して、ナディアに尽くす。
「最高だわ……! 良いわよ、あげる」
ナディア、傍に控えさせていた男達に赤い水の入った箱を出すよう命令する。
人々が歓声を上げる中、ガラス瓶に入ったそれをナディアは男達に空中に投げるよう命令した。
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