真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

文字の大きさ
74 / 77

65. 歪む夜

しおりを挟む




「さぁ、受け取りなさい! 床に落ちて割れてもアンタらが不甲斐ないせいだから!
また今度お金を持ってくるか私にプレゼントをすることね!」

その瞬間、人々が悲鳴を上げる中、、ガラスが割れるけたたましい音と赤い水が跳ね返る生々しい音が大広間に響き渡る。

赤く染まる世界でナディアは笑い声を上げた。

瓶が割れ、負傷する者も泣き出す者もいる中、狂喜乱舞し、赤い水を取り合う醜い人間達が、ナディアは愉快でたまらなかった。

そんな時、ふと、ナディアの足元に赤い水で全身ずぶ濡れになった歳若い男が縋ってきた。

「ナディア様、どうかご慈悲を! 
なんでもします!だから!」

歳若いその男は赤い水に塗れているが、顔がそこそこ整っていた。
それにナディアは目を細め、彼にそっと近づき迫った。

「じゃあ、私を愛してよ! 貴方そこそこ良い感じだし、それでいいわ!」

ナディアは自分の願いが叶えられると信じて疑っていなかった。ここまで貢がれ崇められている自分が愛されないはずがないとナディアは思っていた。

しかし、そうナディアが言った瞬間、男は青ざめたのだ。

「……え? 」

「はぁ? 何その顔? ほら、愛しなさい! 私に尽くしなさいよ!」

「だ、だって、僕には愛する妻と子どもが……」

その言葉にナディアの目の前は全て真っ赤になり、悲鳴のようなヒステリックな金切り声で叫ぶ。
その声に、真っ赤になりながら争っていた人々もハッとなり、ナディアの方を向いた。

ナディアは叫んだ。

「殺して! こいつを殺して! 殺した奴に水をやるから!」

その言葉に大広間にいる人々の目の色が変わる。
全員の歪んだ仄暗い目に歳若い男を映る。
そして、震え上がる歳若い男に向かい床に転がる割れたガラス瓶を持ってゆっくりと迫り……皆、似たような猟奇的な笑みを浮かべた。

「や、やめてくれー!!」

男の悲鳴が上がる。

そこに人々が殺到し、瞬く間に形容し難い生々しく濡れた痛い音が大広間に広がった。

そんな様を見ながらナディアは肩で息をしていた。

「愛する妻と子ども……? アイツ、私を騙したんだわ……! 何でもするといいながら! あんな良い顔して私を騙したのよ!」

ナディアの脳裏に、家族に囲まれ幸せそうに過ごすルークの姿が映る。
きっとあの男にもそういう存在がいたのだろう。それがナディアはイラつかせてたまらなかった。

「ちょっと顔がいいからって! 私をバカにしていたのよ! 死んで当然よあんな奴!」

ナディアは苛立ちから親指の爪を噛む。

しかし、その時だった。

「ナディア!! この役立たず!!」

大広間の裏手からクリフォードが怒鳴り込んできた……それも、鬼の形相で。

クリフォードは真っ直ぐにナディアに向かうと、その頬を平手打ちした。

「きゃっ!!」

「この能無しめ!! あの水は俺の為の水だろう!?
全国民がこの俺を、と言ったじゃないか! なんだ! これは!」

クリフォードは真っ赤なドレスを着たナディアに冷水を浴びせる。そして、ずぶ濡れになったナディアをクリフォードは蹴り飛ばした。

床に転ぶナディア、そのナディアの頭をしてをクリフォードは踏みつけた。

「っ、ぐっ!」

「なぁ? ナディア、どうしてどいつもこいつもんだ?
俺ではなく! よりによってどうしてアイツらはムカつくあの野郎を王にしようとしているんだ!?」

クリフォードはこれ以上ないほど怒り狂っていた。今にもナディアを殺そうとしていた。
だが、ナディアは何を言われてるか分からなかった。

(フィルバート……って誰? し、知らないわ……なのに、あのお馬鹿な人達はクリフォードじゃなく私の知らないそのフィルバートって人を崇めてる?
何が起こっているの……? 確かに私は……!)

だが、ナディアが思考する暇はなかった。

床を濡らす赤い水を吸って重くなったナディアのドレスごとナディアはクリフォードに掴みあげられる。

怒り狂ったクリフォードの目と目が合う。その瞬間、ナディアは確かに死の予感がした。

「ナディア、お前、俺が気に食わないからって嫌がらせか? 随分賢くなったなぁ! 腹が立つ! 俺がいなければ何も出来ないくせに!」

「……っ!」

「罰を与えてやる。来い!」

「や、や……!」

ナディアは未だに男にガラス瓶を叩きつけ続けている貴族達に振り返り助けを求めた。

「私を助けて! 誰でもいい! 私を……!」

しかし、貴族達は無我夢中でガラス瓶を男に叩きつけ続けるだけで振り返りもしない。

ナディアは悲鳴をあげた。

(なんで皆、私を見ないの! 助けないの!? 意味がわからないわ! 私を崇めているんじゃないの!? コイツら!
もしかしてまだ足りないの!? 国一番の女じゃないから皆、私を無視するの?ムカつく! ムカつく! きっと聖女を殺さないと誰も私を見ないのね!)

ナディアは悔し涙を流しながらクリフォードに連れていかれるしかなかった。

一方、クリフォードは掴みあげたナディアに違和感を覚えていた。

(何か、やけに重い……それに、でかくないか……?)

クリフォードはナディアの歳を記憶しておらず考えたこともないが、掴みあげたその体は痩せているが生まれて数年の人間とは思えないほど大きく重く……10ようだった。


訝しみながらもクリフォードはナディアを裏手へ連れていく。

大広間には赤い水に狂った貴族達だけが残され、彼らの狂ったように笑い合う声と、もう粉々になるまでガラス瓶を床に叩きつける音しか大広間には残されていなかった。

そんな2人と人々の背をロッカーから冷静に観察していたその人……ケイトはそっとロッカーから出ると来た道を誰にも見つからないよう戻る。

逃げるなら誰もが狂っている今の内だった。だが……。

(どこに言えばいいの? こんな話……。
あの人が言う通り、セレスチア中がナディアさんに支配されてるなら警備隊に言ったって仕方が無いし……)

ケイトは焦る。この国を脅かす脅威をケイトは見た。このまま放っておけば、大広間にいた貴族達のようにセレスチア中の人間がナディアに平伏し水に狂ってしまう。

(私はどうしたら……っ!)

その時、ケイトの脳裏に浮かんだのはマリィ、そして、ルークとフィルバートの姿だった。

一縷の希望を抱き、ケイトは夜も深まった路地から駆け出す。

(早く! 別邸に!)

だが、その瞬間。

駆け出したケイトの視界は暗転した。

しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

処理中です...