真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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66. 不穏の裏で

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マリィとルークが別邸に帰ってくると、侍女達が笑顔で出迎えた。

「おかえりなさいませ。奥様、ルーク様」

「お帰りが遅く、心配しましたわ」

そんな侍女達の顔を見るやいなやルークは駆け寄った。

「救急箱用意して! マリィ怪我してる!」

その言葉に侍女達は顔を見合わせた。





「……それは、不運でございましたね」

「奥様、背中が赤くなってますわ。幾らルーク様の為とはいえお体を大事にしてください」

マリィは自室で彼女達の治療を受けていた。

幸い怪我は軽く痣にもならなさそうだ。
しかし、マリィはため息を吐いた。

「疲れたわ……」

「それはそうでしょう。女の嫉妬は大変ですから」

「本当に大変だった……。
……ところでケイトは?」

「昼から買い出しに出かけてます」

「昼から……? もう外、暗いけど大丈夫かしら?」

「ケイトですもの。勘のいいあの子のことです。大丈夫でしょう。
今日は買い出しするものが多かったですし、馴染みの店ばかり行くことになってますから、前の買い出しの時みたいにお茶してるかもしれません。
もうしばらくすれば、あの明るい声でただいまと言って帰ってきますわ」

「なら、良いけれど……」

マリィはケイトが気になりながらも、治療の為、着崩していた服を整えた。
侍女の1人が髪を整えれば、そこには立派な公爵夫人が現れる。

「奥様、先に夕飯にしましょうか。元気を出すにはまずは食べることからですわ。
私達はケイトを待ちますから」

「えぇ、そうさせてもらうわ……」

マリィがそう言った時だった。

玄関の方からルークの歓声が上がった。

「フィルバート! 来てくれたの!?」

嬉しくてたまらないらしいルークのその声にマリィは喉から変な声が出た。

「……ひゅ」




玄関ホールは明るい雰囲気に包まれていた。

ルークがフィルバートに飛びつくと、フィルバートはその小さな身体を抱え上げた。

その腕には2つの買い物袋を抱えている。

「フィルバート、どうしたの? 今日来るって言ってなかったよね?」

「あぁ、言ってなかった。
……ダメだっただろうか?」

「ううん、嬉しいよ!」

「それは良かった。
今日はどうだった? ルークは聖女に会ったんだろ?」

「うん、楽しかった! いっぱいおしゃべりしたよ!
あ、そうだ! マリィに怒られたんだけど、エメインにね、フィルバートがマリィに話すみたいに、綺麗で可愛いねとか真似して言ったの。僕悪くないよね?」

「……ッ、ゥ……ゴホッ」

フィルバートは思わず、変な咳が出た。
流石のフィルバートも察した。彼は真似して、何の躊躇いもなく本当にそのまま話したのだろう。

頭の中で顔を真っ赤にして頬を膨らませるマリィを思い浮かべフィルバートは頭を抱えたくなった。

「ルーク、次からは俺の真似ではなく、自分で考えた言葉を伝えろ……絶対にだ」

「えぇ、自分で考えるの……? でも、僕、フィルバートみたいにマリィが真っ赤になるような言葉思いつかないよ」

「ウッ……。と、とにかく! ルーク、お前だって俺が台本見ながら褒めていたら嫌だろう?」

その言葉にルークはハッとした。

「それは嫌! あんまり嬉しくない!」

「なら、しないことだ。
俺だってマリィ夫人と話す時は、彼女に嫌われないか不安になりながら、彼女のことだけを考えて、どう彼女に喜んで貰おうかと思って必死に……」

しかし、そこでフィルバートは気づく。

玄関ホールから伸びる廊下の先、そこに侍女を連れた彼女が……恥ずかしそうにこちらをチラチラと見るマリィがいることに。

2人して目が合うとすぐさま逸らした。

「フィ、フィルバート様、その……いらっしゃいませ……」

「あ、あぁ、邪魔させてもらっている……もしかして聞いていたのか……?」

「え、えぇ……割と最初の方から……」

「それは……。
気づかなくてすまなかった」

「い、いいえ。貴方がどう思ってあんな言葉を言っているのか分かって良かったです……」

「っ! 不快だったか……?」

「い、いえ、寧ろ……その、嬉しかったですわ」

その言葉にフィルバートは顔を上げる。そこには耳まで真っ赤になったマリィがいて、フィルバートは息を飲んだ。

マリィはその頬を赤くしながらもその照れを隠すように咳払いし、話を無理やり戻した。

「わ、私のことは良いのです! フィルバート様、今宵はどうしましたか? 先触れもなくびっくりしました」

「あぁすまない。どうしても渡したいものがあって……」

フィルバートはルークをそっと床に下ろすと、持っていた買い物袋の1つをルークに渡した。

プレゼントだと察しルークは目を輝かせた。

「いいの!?」

「開けろ。俺からの気持ちだ」

「マリィ以外から何かもらったの初めて!」

手渡された袋を開けると、そこにはめいっぱいに本や文具、玩具が入っていた。

「わぁ、凄い! いっぱい入ってる!
全部凄い! かっこいい」

ルークは袋の中身を一つ一つ取り出しじっくりと見る。フィルバートが選んだこともあり、男性が好きな良いセンスのものばかりだった。

「フィルバート、ありがとう!」

「あぁ、大事にしてくれ」

そこへマリィはやってきて、ルークが持つ袋の中を覗き込む。

「まぁ、こんなにいっぱい買ってきて……! 買いすぎですわ。 フィルバート様」

予想通り、マリィに怒られ、フィルバートは苦笑するしかない。

「ルークの為にあれもこれもと思ったら、選べなかったんだ」

「もう甘いんですから……!」

「こればっかりは許してくれ。
それに、あなたにもあるのだから……」

「へっ?」

マリィが驚いていると、フィルバートはマリィの目の前でもう一つの袋を開ける。そして、フィルバートは袋に手を入れ、それを取り出した。

「貴方に、似合うと思って……」

黄色のアンバーの宝石がついた可憐な藍色のリボンのバレッタ。

マリィの目にそれが飛び込んだ瞬間、マリィはこれ以上ないほど真っ赤になり、頭の中が真っ白になった。

「え、えっ、ほ、ほんとうに、わた、わたしに……!?」

「あぁ……女性にプレゼントをするなんてやったことがなくて何となく忌避していたんだが……。
これを見つけた時、どうしても貴方に渡したくなって……」

動揺するマリィの手を掴み、フィルバートはそっとその手のひらにバレッタを乗せる。

真っ赤に恥じらいながらマリィはバレッタを受け取ると、自分の髪に手を伸ばし、その輝く白銀の髪に徐にそのバレッタを付けた。

フィルバートが思った通り、バレッタはマリィにとても似合っていた。思わずルークも声を上げてしまう。

「可愛いよ! マリィ!」

マリィは目を泳がせながら恥ずかしそうにフィルバートを見た。

「貴方はどうですか……?」

その期待と不安の混じった藍色の目が、上目遣いで、フィルバートを見つめる。

だが、見つめた先にいたフィルバートは……。

「その、見ていられないな……」

「えっ?」

「きっとそうだろうと思っていたが、貴方に、似合いすぎている……」

自分が見繕ったそれが彼女を彩り、光り輝いているのを見て、見ていられなくなり目を逸らしていた。

送った本人なのに照れているようだ。そんな彼にマリィは苦笑し、そして、察して、そっと聞いた。

「あの、このバレッタの宝石が何か分かっていて購入したのですか?」

「いや、ただ貴方に似合うからと……」

「これはアンバー……琥珀ですわ」

「…………えっ?」

本気で知らなかったのだろう。虚をつかれたような表情になるフィルバート、そんなフィルバートにマリィはこれ以上ないほど真っ赤になりながら答えた。

「セレスチアでは、男性が女性に自分の瞳の色の宝石をプレゼントすると、他の人には渡さないという意味になるのですけど……そういうことでよろしいですか?」

「…………」

「…………」

つい無言になってしまう2人、玄関ホールに何とも言えない空気が流れる。

偶然買ってしまったそれがまさかそんな意味になるとは思わず、フィルバートは驚愕するが、しかし、昼間のデニスから聞いた噂を思い出す。

彼女と自分が恋人だというあの噂を……。


「マリィ夫人、俺は……貴方が良ければ……そう捉えられても構わないと思っている。むしろ、好都合とも……」

「……!」

「嫌に思うだろうか? 不快ならば外してくれて構わない……これは俺のエゴだ」

一方、マリィは今日、王城で起こった様々なことを思い返していた。
セロン、そして、アーネット、フィルバートを慕う色んな人達。その人達の顔を思い浮かべ、マリィは深い吐息を吐いた。

フィルバートの問いは直接答えたっていい程の簡単な問いだ。だが、直接答えるだけでは物足りない気がした。
自分の意思も、思いのその重さも、きちんと伝えたい。だから。

「……フィルバート様に、今度、藍色の宝石がついたものを贈りますね」

「マリィ夫人……?
それはどう言う意味だ?」

「その意味は……今、聞いてよろしいのですか?」

「……!」

まるでフィルバートを試すように、吐息と共に意味深に吐かれた言葉に、フィルバートは息を飲み、つい彼女を見つめた。

恥じらい涙目になっていき、しかし、真っ赤になりながらその嬉しさを隠せていない彼女を見れば、何となく分かる。

きっとそれはフィルバートにとって夢みたいな理由だ。

「……マリィ夫人、楽しみにしている。貴方の藍色を」

「っ!! え、えぇ……!
あ、あの、このバレッタ、大切にしますね」

「あぁ……身につけていてくれると嬉しい」

マリィは身悶えしそうな自分の体を必死に抑える。
意味がわかった上で言われる、楽しみという言葉も、つけていてという言葉も、マリィからすれば悶絶するしかない言葉だった。

マリィは思わず顔を隠すように俯き、フィルバートも目を泳がせる。

ただルークだけは言葉少なに交わされた大人達の会話についていけず、ぽかんと口を開くしかなかった。

「え?え、どういうこと……?」

そんなルークに侍女がそっと寄り添った。

「ルーク様が分からないのは無理はありませんわ。これは駆け引きですからね」

「アンネ? かけひきって?」

「ふふふっ、直接愛を囁くだけが正解ではないのですよ。時に言葉以外で伝えるのも分かってもらうのも大事なのです。
そうしていけば、お互いの本気具合が分かりますから」

「本気……? じゃあ、フィルバートとマリィは……」

しかし、そこでルークの言葉は途切れる。アンネの人差し指によってその口を閉じられたのだ。

「それは野暮というものですよ? ルーク様。見守りましょうね?」

アンネにそう言われてルークは黙るしかない。

ルークから見た2人は、ルークでも分かるほど甘い空気を漂わせていた。












だが、その時だった。

「誰かいませんか! 誰か! こちらにお務めだという女性を1人抱えて来ているんです。誰か!」

玄関の外から危機迫った男の声がした。






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