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第四章 何もしなければ何も起こらない、のだ。

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ますます猫っぽいとは
どういう意味なんだろう?

そう思いながらユリウスさんを見たら、
その隣には見知らぬ人が一人
一緒に立っていた。

40代くらいの、ちょっと
疲れた顔をした男の人で私を
見て目を丸くしている。

ああ、うん。初対面で猫耳は
ないですよね・・・。
驚かせてごめんなさい。

申し訳なさを感じながら話しかける。

「こんばんは、ユリウスさん。
お隣の方はどなたですか?」

「あ!こちらはユーリ様の
リンゴの木を預かってくれる
マールの町長、ヨセフさんっす‼︎」

紹介されて、ヨセフさんという
その人がやや緊張気味に
ぺこりと頭を下げてくれた。

「どうも、初めまして。
この度は私どもには勿体無いほどの
機会をいただきまして何とお礼を
言っていいか・・・」

おどおどしながら、どこを見れば
いいのかとその視線も定まらない。

「そんな!私の方こそ急な
思い付きでマールの皆さんの
貴重な土地を使わせてもらって
申し訳ないというか・・・・
ありがとうございます。
あ、私はユーリって言います、
これからもよろしくお願いします!」

ぺこっとお辞儀をすると
結界石がまたリン、と
軽やかな音を響かせた。

ユリウスさんがちょっと、
どこみてるんすか、ちゃんと
ユーリ様を見て下さいよ!と
視線の定まらないヨセフさんを
肘で小突いている。

町長さんに対して何やってるんだろう、
失礼じゃないのな?

「あの、明日また帰る途中
マールには寄るのでぜひ
リンゴの木を見せて下さいね!
育ち具合が悪いようならまた
加護を付けますので。
あと、それから・・・」

言おうかどうしようか少し迷う。

急にもじもじし出した私に
リオン様が不思議そうにする。

「どうしたのユーリ、何かほかに
言いたいことが?」

「あの、ヨセフさん・・・。
マールには放棄されている農地が
まだあるって聞きました。
そこ、使わせてもらうことは
できますか?」

思い切って言ってみた。

「無理に借りたいわけじゃないんです!
出来ればってだけで。土地代は、
ええと・・・」

しまった。そこは考えてなかった。
詰まってしまったが、目を丸くした
ヨセフさんがなんとあっさり
OKを出した。

「放棄された農地で良ければ
いくらでもタダで使って下さい。
ああいう土地は人の手が入らなければ
荒れていくだけなので、
使ってくれる人がいる方が
ありがたいので・・・。
でも何故ですか?」

「なあに、ユーリ。もっと
リンゴを植えたいの?
それならそうと言ってくれれば
いいのに。その分働き口も増えるし
マールに戻ってくる農民も
いると思うよ。」

リオン様がそんな事か、と
頷いている。でも急に思いついた事
だったから言いにくかったんだもん。

「リオン様がマールに果樹園を
作るって言ってくれたので
思い付いたんです。
リンゴだけじゃなくて、イチゴとか
リーモとか、ブドウとか・・・。
他の果物も取れたら素敵だなって。
果物狩りが出来たり、その果物を
使ったスイーツを食べられたり・・・。
もちろん、私が豊穣の力を使って
ある程度まで大きくするので、
肥料とか買わなくても
育ってくれると思うんです。」

ちなみにリーモというのは
私が魔力切れで寝込んだ時に
リオン様に手ずから食べさせられて
いた桃っぽい果物である。

デコポンみたいな固い皮の中に
桃と同じ味と食感の実が入っている、
甘くてとってもおいしい果物だ。

それを聞いたヨセフさんの目が
それまではどこか疲れた色を
浮かべていたのに、輝き出した。

「本当ですか?そんな風に
土地を使っていただけるなら
ありがたいです。いくらでも
癒し子様の実験の場として
使って下さい!どうせ遊ばせて
おくだけの土地なんですから」

ふむ、とリオン様が考えた。

「それはあのリンゴみたいに
特別な効力は付けないの?
それなら王家としてではなく
僕個人の趣味の場として
農夫だけ借り上げてその分の賃金を
払おう。その代わり、そうだな・・・
果物が取れて収益が出た時は
その2割を貰おうか。」

「えっ、リオン様のお金を
使わせるのはちょっと」

慌てたら、何言ってるの。と
笑われた。

「僕はユーリの後見人だよ?
こういう時に利用しなきゃ。
それに、これから先収益が上がれば
そこから貰うお金をそのまま
賃金に回せばいいからね。
自然と僕のお金を使うことは
なくなると思うよ?」

それにユーリの加護がついた
果物ならおいしいに決まっているし、
たくさん売れてむしろ儲けるかもね。

リオン様はニコニコしてそう言った。
アントン様も頷いている。

「確かに、長い目で見れば
マールが潤う可能性は高いですな。
よろしい、明日ユーリ様が
マールに立ち寄られるのに
合わせてここから色々な果物の
苗木を運ばせましょう。」

・・・またトントン拍子に話が
進んでしまった。
癒し子の権力が怖い。

みんなが協力してくれるこの
ありがたさを忘れないようにしよう。
そう思いながらホッとして
ヨセフさんに笑いかけた。

「色々ご面倒をおかけしてすみません。
でも、ぜひよろしくお願いしますね。
おいしい果物が取れたら絶対
食べに行きますから‼︎」

そこで出会ってから初めて
まともに目が合ったヨセフさんが
顔を真っ赤にしてまたぺこりと
頭を下げた。勿体無いお言葉です、と
言ってくれたけどお礼を言うのは
こちらの方だ。
明日、帰り途中でマールに寄るのが
とても楽しみになった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



たくさんの人で賑やかにざわめく
領事館の中、客と途切れる事なく
歓談しているリオン様が、後ろに立つ
俺に目配せをした。

そろそろユーリが来る頃だから
出迎えに行って欲しいということだ。

軽く会釈をして、一時的にその場を
離れる。

昨日アントン様に頼まれて、
またあの猫の耳のような髪型を
してくるようシンシアに頼んだが
さて、どうだろうか?

ノイエに到着した時のユーリを
思い出す。
ピンク色のかわいらしいドレスが
良く似合っていたから、
今日もきっとかわいらしいドレスに
身を包み、ご機嫌に違いない。

そう考えながら出迎えに向かうと、
夕食会の会場のだいぶ手前で
人が滞留していて動かない。

何かあったのだろうか。
皆、とある方向に注目していて
それを見るために人の流れが
滞っている。

俺は人並外れて背が高いので、
こういう時は便利だ。
ひょいと後ろから覗いてみれば、
衆目を集めていたのはユーリだった。

よくよく見れば、周りの者達は
ノイエに到着した時に
ユーリのあの猫耳姿を初めて見た
俺たちのようにぽーっとしている。
そのせいで人の流れが
悪くなっていたのか。

早いところユーリをリオン様の
所へ連れて行かなければ
この人混みは解消されそうもないな、と
思った時に、俺の耳がかすかに
鈴の音らしきものを捉えた。

・・・鈴?こんな所で?
聞き間違いかと思ったが、
やはり聞こえてくる。
しかもユーリの方から。

慌てて声をかけると、シンシアに
手を引かれたユーリがにこにこして
俺の方へやって来た。

音はユーリの首元からしていた。
まじまじと見ると、いつもの
チョーカーに鈴が付いている。
何故。

そしてその鈴も気になるが、
いつもと違う大人びた雰囲気の
ユーリにも目を奪われた。

濃紺色に金色のこまやかなビーズが
輝く様はまるでユーリの瞳の色を
写し取ったかのようなドレスだった。

いつもより少しだけ開いた胸元を、
例のチョーカーとリオン様が贈った
ネックレス・・・それから鈴が
華やかに彩りを添えている。

猫耳を模したあの髪型も、
頭の周りに垂らされた金色の細い
鎖の頭飾りのおかげで
異国の姫のように見えて
不思議な雰囲気だ。

ユーリを見つめる俺に満足気な
シンシアが希望通りか尋ねてきたが、
それ以上の出来映えだと思った。

全体的に、色のせいか大人びた
黒猫っぽさが漂うのにその顔をみれば
あどけない可愛らしさがある。

アントン様が相好を崩して
その手に抱き上げる様子が
目に浮かぶようだった。

あまりにも見つめ過ぎたせいか、
ユーリを俺に託しながら
珍しくシンシアに冗談を言われた。

が、あれは本当に冗談だったのか?
まるで俺の心を見透かしたかの
ような事を言うと、それに抗議する
暇も与えずにさっさといなくなった。

・・・シンシアは最近仕事ぶり
だけでなく、そういうところまで
ルルー殿に似て来た気がする。

そんな事を考えていたら、
俺の手をぎゅっと握る感触に
ハッとした。

ユーリが俺の手を握りしめている。
動揺しそうになって、それを
誤魔化すために彼女の首にある
鈴について尋ねた。

そうしたらなんと、シグウェルの
奴の仕業だった。
それを付けていけばリオン様が
喜ぶからと言われて、贈られた
その鈴を素直に身に付けて来たらしい。

恐らく、ノイエに着いた時に
ぽろりとこぼしたリオン様の
呟きから着想を得たのだろう。

なんとなく、王宮を出禁にされた
ことに対しての意趣返しも
含んでいるように思うのは
俺の考え過ぎだろうか。

「あいつ・・・」

思わず呟いた。余計な事をしてくれる。
ただでさえ愛らしい姿なのに、
そこに鈴が付いたらますます周囲の
注目を集めてしまうだろうが。

何とかそれを外してもらう事は
できないか。いや、でももう少し
この姿を見ていたい気もする。

相反する気持ちの間で、どうすれば
良いのか迷っていたその時だった。

ユーリが俺に、今日は抱っこは
なしですか?と聞いて来た。

ユーリからそんな事を言ってくるのは
初めてじゃないか⁉︎
いったいどうしたというのだろう。

だが小首を傾げてそう尋ねられては
断る理由がない。
いつものように抱き上げると、
ふんわりと花の香りがした。

あの小さな手でしっかりと
俺に掴まっているユーリの
心地良い重みと温かさを
腕の中に感じながら思う。

・・・もし俺がユーリに好きだと
打ち明けたら、こんな気安い関係では
いられなくなるだろう。

それに、こんな強面で身体の大きな
男から好意を寄せられていると
知ったらユーリは戸惑わないだろうか。

そう考えていたらユーリが突然
驚くようなことを言い放った。

『他の人はなんて言ってるか
知りませんけど、私はレジナスさんの
事が好きですからね!』

タイミングが良過ぎる。
絶対にそんなはずはないのに、
たった今俺が考えていたことへの
返事をもらったような気になって
変な声が出てしまった。

一体何を言い出すんだ⁉︎
驚きのあまりそのままむせてしまって、
ようやく落ち着いてからユーリに
注意をする。

ーそんなこと、誰に対しても
軽々しく言うもんじゃない。
よく考えて言わないと。
特に男相手に言ってみろ、
その気がなくても大変なことになる。

そう思ったらなぜか父親が娘に
説教をするような形で話してしまい、
ユーリにきょとんとされた。
駄目だ、全然伝わってない。

どう言えばいいのか、と悩んでたら
アントン様が現れて結局その話は
うやむやになってしまった。

リオン様が先日、ユーリが
無邪気なのも考えものだよね。と
言っていたが分かる気がする。

自分の気持ちを自覚したら、
まさかこんなにもユーリに
はらはらさせられるとは
思いもよらなかった。

マールの町長と楽し気に話す
ユーリを見ていると、笑い声と共に
あの鈴の音が鳴り響く。

まるで彼女の無邪気さそのもの
みたいに軽やかで澄んだその音に、
頼むからもう少し自重してくれと
俺は心の中でそっと願った。


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