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第七章 ユーリと氷の女王

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「ユーリ様、昨日は本当にありがとうございます。
ユーリ様もお体の方は大丈夫ですか?」

朝食後、さっそく訪れたカイゼル様の部屋で
ヒルダ様にまた頭を下げられた。

カイゼル様のベッドの傍らに座るヒルダ様の
隣にはバルドル様が立っていて、気遣うように
その肩を抱いている。

ヒルダ様はベッドに身を起こしたカイゼル様と
片手をしっかりと繋いでいて、
フレイヤちゃんはカイゼル様の服の端を
掴んでカイゼル様の隣ですやすやと眠っていた。

2人は血が繋がっていないはずなのに、
随分とフレイヤちゃんは懐いている。

そしてヒルダ様と二人の旦那様も、
三人で楽しげに話すその姿から
お互いにとても思いやって
いることがよく分かった。

こういう関係が成り立っているのを
目の当たりにするのは初めてなので
なんだか不思議な気分だ。

「フレイヤがこんな状態で申し訳ありません。
何しろ昨日カイが戻ってからずっとこのように
離れようとしませんで・・・」

困り顔のヒルダ様にバルドル様も苦笑し、
カイゼル様も申し訳なさそうに微笑んだ。

「まさかヒルダが王家と癒し子様にまで
頼られたとは知らず・・・。
こんな情けない姿をさらした僕を
見捨てずに助けて下さり、
本当にありがとうございます。」

ぺこりと頭を下げたカイゼル様は
とても穏やかで優しそうな人だった。
さっそくその手を取って、
体のあちこちについた傷を癒やす。

そして体の痛みがなくなったカイゼル様に
聞いた話は、やっぱりヨナスの力が
絡んでいるものだった。

「あの日、フレイヤにせがまれて
山頂近くの小さな湖に飛来し始めた
白鳥を見に行くところだったのです。
その途中、セビーリャ族と出くわしました。」

「セビーリャ族?」

聞き慣れない言葉に首を傾げたら、
ヒルダ様が教えてくれた。

「ルーシャ国の領土に度々入り込んで来ては
農産物に牛や羊などを略奪していく
他国のならず者どもです。
ここダーヴィゼルドにも何度も越境して
騒ぎを起こしているので、つい先日も
かなり痛めつけてやったはずでした。」

カイゼル様が頷く。

「この冬を越すまではもう越境は
してこないだろうと思っていたんです。
それが、たった1人でしたがその
セビーリャ族と出くわしました。
彼は僕らに気付くと、手に持っていた
何かを地面に叩きつけました。
そうしたら、次の瞬間割れたその何かから
紫色の液体がこぼれて霧が立ち昇ったと
思ったら、そのセビーリャ族が魔物に
変化したんです。
それがフレイヤを襲おうとしたのを
庇い、そこから先の僕の記憶は曖昧です。」

バルドル様とヒルダ様が顔を見合わせた。

「じゃあ私達が倒した魔物と言うのは、
人間が魔物に変化したものだったのか。」

「液体が泉に、霧は人を魔物に変えたと
言うことか。カイはその影響であんな事に?」

それを聞いたシェラさんが目をすがめる。

「興味深いですね。その壊れた何かに
ヨナス神の力が封じ込められていて、
それをセビーリャ族がダーヴィゼルドに
嫌がらせか混乱をもたらそうと企み
どこからか探し出して持ち込んだ、
というところでしょうか。
あの場所をもう一度探索させて、
その壊れた破片を回収させます。
昨日リオン殿下とも話して、
加護がついたかも知れない山の調査に
宮廷魔導士団の副団長を派遣させるよう
お願いしましたので、ついでにその
破片も見てもらいましょう。」

その言葉に驚いた。

「えっ、ユリウスさんがわざわざ
来てくれるんですか⁉︎」

「戦神グノーデル様のご加護が
ついたかも知れないのです、
ここはやはり宮廷魔導士団の役付きに
検証してもらうのが一番ですからね。
彼にもあの足の速い馬を使ってもらい
オレ達と同じ道を辿ってここへ
来てもらう手はずにしましたから、
ひょっとするとユーリ様の侍女や
馬車よりも早く着くかも知れませんよ。」

本当は団長を頼みたかったのですが、
イリヤ殿下がご不在の王都から
離れさせるわけにはいきませんので。

そう教えてくれたシェラさんの言葉に
うわぁ、ユリウスさんが
また大変な目に遭っている。と
思わず同情した。

あの崖下りやら渓流の飛び越えやらを
させられるんだ。大丈夫かなあ。

心配していたら、その日の夕刻
案内役の騎士さんを一人伴った
ぼろぼろのユリウスさんが到着した。

「な、なんなんすかこの脳筋力技ルート!
これだから筋肉で何でも解決できると
思ってる騎士はイヤなんすよぉ‼︎」

・・・泣き言がダーヴィゼルドの
公爵城に響き渡った。

「お、お疲れ様ですユリウスさん。
私の癒しの力で回復しますか?」

同情して声を掛けた。脳筋力技ルート?
例の崖下りとかのことかな。

「あっ!ユーリ様‼︎少しだけ
おっきくなったって聞いてましたけど
ホントっすね、かわいい‼︎美人‼︎
俺についてはお気遣いなく、
自分で回復魔法使いますから!
つーか、回復できるからって無茶苦茶なんすよ
キリウ小隊は!そりゃ早く着くけど
騎士の辺境訓練かって話ですよ。」

ブーブー言いながら、パンと埃をはたくように
ユリウスさんは自分の体を軽く叩いた。
するとほんのり明るく光ったので、
あれが回復魔法なんだろう。

それにしても、本当にシンシアさんの馬車より
先に着いてしまったのには驚いた。

「そんなに騒ぐとは見苦しいですね、
ユリウス・バイラル副団長。
同じようなルートをユーリ様も辿りましたが
ユーリ様は泣き言一つ仰いませんでしたよ。」

あなたのルートとの違いは崖と川越えが
2つ3つ多いか少ないかだけです。

そう言ったシェラさんが、ユリウスさんに
同行してきた騎士さんから書類を受け取った。
この人もキリウ小隊の人らしい。

初めましてと会釈をすれば、ニコリと笑い
デレクが世話になりました、と
お辞儀をしてくれた。
ちなみにユリウスさんと違って
すごく元気そうで全然疲れてない。

「はぁ⁉︎ユーリ様にもあの道を
使ったんですか⁉︎あ、あり得ないっす‼︎
意味が分からない‼︎」

ユリウスさんは呆気に取られている。
崖と川下りの数が私よりも少し増えただけで
そんなに大変だったんだ。
じゃあシェラさんは私に強行軍に
なりますよって言ってたけど、
ちょっと優しいルートにしてくれてたんだね。

「シェラさんの手綱捌きが上手だったので
そんなに怖い思いはしてないし、
途中で食べた昼ご飯もおいしかったんで
結構楽しかったですよ!」

正直にそう言ったのに、

「いやいや、ご飯がどんなにおいしくても
女の子を乗せた馬で崖下りとか無いですから!
ユーリ様は食い気で誤魔化されてるだけっす‼︎」

ユリウスさんに全否定された。
しかもまた人のことを食い意地が張ってる
みたいに言ってるし。

「ユリウスさんがなんだか失礼だ・・・」

「申し訳ありませんユーリ様。
今すぐこの男を始末したいところですが
山の調査が済むまでは辛抱して下さい。
それさえ済めば、ユーリ様の目の前から
永遠に消し去ってみせますので。」

「何すかそれ!一体どこの過激派ですか⁉︎
ユーリ様、変な信奉者を増やすのは
やめるっすよ、シャレになりませんから!」

ユリウスさんが青くなっている。
はい、ごめんなさい。
ちょっとふざけてみたら護衛騎士もとい
癒し子原理主義者を刺激してしまった。
シェラさんの前で冗談を言うのは難しいね。

冗談ですよ、とユリウスさんに言えば
それは俺じゃなくてそこの物騒な
思考の持ち主に言うっす!と抗議された。
でもシェラさんは何を言っても
変わらない気がするよ?

「それにしてもユーリ様、すごい事したっすね。
グノーデル神の力は使い方が分からないって
言ってたのに、いきなり山一つ分加護を
降ろすなんて勇者様もびっくりですよ。」

「いや、まだ加護が付いたとは限らないんじゃ?」

「聞いてる限りの状況だと確定だと思うっす。
とりあえず明日、現場で魔力の流れを見て
あとグノーデル神を祀ってる神殿からも
勇者様の遺物の短剣を借りてきてるんで、
もしそれに何らかの反応があれば確実に
加護の認定がされるっす。
そしたら多分そこ、すごい事になるっすよ!」

「すごいこと?」

何だろう。加護付きのお祝いで年に一度
お祭りでもするのかな?

のんきにそう思っていたら、

「今までこの国どころか周辺国のどこにも
グノーデル神の加護が降りた地はないんすよ。
勇者様はその加護で戦いましたけど、
ユーリ様みたいに場所そのものに神の加護は
降ろせませんでしたから。てことは、初の
グノーデル神の聖地が誕生するって事っす!
戦神ですから、騎士や傭兵なんかの荒事に
関わる人達がこぞってダーヴィゼルドに
巡礼に来るかもしれないっすよ?」

興奮気味のユリウスさんの説明に
今度は私が青くなった。

えっ、酔っ払ったノリと勢いで雷を
落としただけだよ⁉︎
まさかそんな事でグノーデルさんの加護が
降りて聖地認定されるとか大丈夫なの?

「だから本当はうちの団長がすごく
来たがってたんすよね~。
明日調査が終わったら団長に鏡の間で
報告があるんすけど、ぜひユーリ様も
同席して下さい。どういう状況で加護を
降ろしたのかとか、多分めちゃくちゃ
詳しく訊きたがると思うんで!」

ウッ、リオン様にキレてお酒を飲んで
酔っ払った挙句の所業って言わなきゃ
いけないんだ。絶対バカにされる。

空に向かって叫んで手まで振ったし。
勇者様のやった魔物討伐と違って
なんだか全然格好がつかない。

「お、お手柔らかにお願いします・・・。
出来れば文書とか書類には残さない方向で」

「またまた謙遜しちゃって!
何でですか、偉業じゃないっすか?」

「だって、お酒を飲んで大きくなった姿で、
酔っ払った勢いでついやっちゃったんです。」

「エッ」

「だからカッコ悪いなあって」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!
大きくなった?あの、団長が幻影魔法で
見せてくれた例の姿っすか⁉︎」

ユリウスさんが慌ててシェラさんにも確かめた。
対するシェラさんはそりゃあもう、
色気ダダ漏れな良い笑顔をしたので
不意打ちでその色気に当てられてしまった
室内の侍女さん達がよろめいたのが私の
目の端に見えた。

「はい、間違いありません。この目で見ました。
まるで美の化身・・・美の女神ですね。
お怒りになっていたそのお姿すら大変美しく、
たとえオレ自身があの金色の瞳で睨まれて
雷を落とされたとしても、女神の怒りに
直に触れられるなら喜んでこの身を捧げたいと
思うくらいには素晴らしいお姿でした。
見られなくて残念でしたね、ユリウス副団長。」

それを聞いたユリウスさんがガックリと
床に膝をついた。

「シ、シェラザード隊長まで直にユーリ様の
あの姿を見たのに、また俺だけ見れてないとか‼︎
何なんすかもう!めっちゃ悔しいっす‼︎」

その日二度目のユリウスさんの叫びが
公爵城に響き渡った。

それがあまりに悔しそうだったので、
私本来の姿の話よりもグノーデルさんの
加護の話の方が大事ですよね、とは
さすがの私も言い出せずに結局その日は
終わったのだった。







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