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閑話休題 親父同盟

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小高い丘の上、壮麗な王家の離宮のバルコニーから
見えるのは夕暮れ時の王都の景色だ。

ゆっくりと暮れていく王都を見降ろせばぽつぽつと
灯りが灯り始めて人々の営みの息遣いが聞こえて
くるようでもある。

その目の前の視界いっぱいに広がる王都の街並みと
生活の灯りにルーシャ国という国の豊かさを改めて
実感する。この国がここまで豊かになるのにかかった
歳月はたったの100年だ。

勇者様が異世界よりこの地に召喚され、数々の
魔物と悪竜どもを打ち倒して人々の脅威を取り除き、
その衛生と食生活を改善した結果、ルーシャ国は
他国とは比べものにならないくらい劇的に、
そして急速に豊かになってその恩恵を他の国とも
分かち合った。

神の意志に基づいて、それを履行すべく現れる
異世界からの召喚者がもたらす恩恵の大きさを、
眼下に広がるこの王都の景色を見るたびにつくづく
実感する。

そして今代の召喚者の偉業もこの景色を見る度に
その奮った力のとんでもなさに畏怖を感じるのだ。

この地平線の果てまで続くような街並み、
その王都全域を覆い尽くし民を癒したその加護の力。

軽微なかすり傷から身体欠損で絶望に打ちひしがれて
いた者まで全ての者を建物すら貫いてあまねく
公平に治してしまったその力の偉大さよ。

癒し子を遣わしたイリューディア神の恵みに改めて
感謝をしながら、男は一人じっと王都を眼下に
見降ろしていた。と、

「お前は本当にここから見る王都の景色が好き
だよなあ。毎度毎度、王都を訪れる度に飲み会は
ここを指定してくるけど、そんなに気に入ってるなら
隣の敷地に屋敷でも建てたらどうだ?なんならここ、
買い取るか?それ位の金はお前なら持ってるだろ?
顔見知りのよしみとオレの退位記念で今なら格安で
譲ってやるぞ?」

いつの間にか姿を見せていたルーシャ国王、
ナジムートはバルコニーに立ち街を見降ろすその
銀髪の男に呆れたように声を掛けた。

銀毛魔狐の毛皮に襟を縁取られた仕立ての良い
外套を翻して振り向いた相手は、その紫色の瞳を
冷たく煌めかせると

「バカを言え。国王自ら国の離宮を一個人に
売り込むなどどういう神経をしている。隣の敷地?
そんなものを買って貴様と隣人になるなど御免だ。」

フンと鼻で笑った。

「いやぁ相変わらず憎たらしい。なんだよお前、
ユーリちゃんをお前んちに取り込む算段が台無しに
なったのがそんなに面白くないのか。」

「ユーリちゃん?なんだそのふざけた呼び方は。
貴様には癒し子様に対する畏敬の念はないのか。」

眉を顰めてやれやれと頭を振れば、その長く美しい
銀髪がさらさらと流れる。魔導士の大家、
ユールヴァルト家の当主ドラグウェルは齢50を
とうに越えているというのに、いつまで経っても
人目を引くその美しい容姿は衰えることを知らない。

一度気になって、不老の魔術でも使ってんのか?と
聞いたナジムートはドラグウェルに軽蔑するような
視線をよこされ、人間の美しさは老いるところに
あると言うのにそれが分からないとは愚か者め、
この私がそのような魔法を使うと思うか?と
言われた。

それなら老いろよ、と言ったらこれでも私は
歳を感じているんだが?と不思議そうに返されて
物凄く納得がいかなかったのを思い出す。

「いやお前、癒し子に畏敬をうんぬん言う前に、
オレにも敬意を払えよ。オレ、一応まだ国王
なんだけど?貴様呼ばわりはねぇんじゃねえの?
あとユーリちゃんはユーリちゃんだ。なんつーか
ユーリちゃん、としか言いようのない可愛らしさ
なんだって。なんせ鉄面皮のお前の息子が気を許して
笑顔を見せているくらいだぞ?」

変わった魔法や、魔法絡みの事象に面白さを
感じた時にしか頬を緩ませたところを見た事のない
あのシグウェル・ユールヴァルトが。

癒し子に気安く自分から関心を持って話しかけ、
頭を撫でてはその服装をほめている。しかもその上
自ら作り上げた最上級の結界石まで分け与えたと
報告を受けたナジムートは耳を疑った。

一体今度はどんな魔法実験をする目的で癒し子に
そんな風に近付いているのだろうかと。

ただ実際癒し子に直接会い、その後こっそり
シグウェルと癒し子が一緒に何やら弓矢の練習を
しているのを覗いたナジムートが思ったのは
あ、これシグウェルの奴普通にユーリちゃんの
愛らしさと人柄に落ちただけだわ。と言う事だった。

なんの心配もなかった。むしろ息子の気持ちを
知った時のドラグウェル始めユールヴァルト家の
暴走の方が面倒くさそうだった。だからシグウェルの
気持ちは教えてやらない。そう思いながら
老化知らずの友人にナジムートは笑顔を見せる。

「お前も一度ユーリちゃんに会えばその愛らしさが
分かるって。めちゃかわいいからな、あー早く
お義父さまって呼び方に慣れてくれねぇかなあ。」

それを聞いたドラグウェルの眉がピクリと動く。

「それは自慢か?最初から自分の息子をあてがう
つもりで癒し子様の後見人をリオン殿下にしたのか?
まったく、これだから王家は・・・勇者様のみ
ならず、今代の癒し子様まで独占しようとするとは」

「いやオレはなんも関与してねぇよ。後見人に
なるっていうのはリオン自ら申し出てきたこと
だからな。ユーリちゃんがあいつを伴侶に
選んだのだって、別にオレがユーリちゃんを
惚れさせろってリオンに言ったわけじゃねぇし。
全部当人たちの意思だ。」

なんでオレそんなに悪どい腹黒国王みたいに
思われてるわけ?とナジムートが首を捻る。

そこへドラグウェルではない別の声が割り込んだ。

「それでもやはり我々ユールヴァルト一族としては
悔しいものなのですよ、陛下。」

穏やかに微笑みながら入って来たのはドラグウェルの
3つ歳下の弟アントンだ。こちらも、いつまで
経っても若々しい。

しかし、童顔に見られるのが嫌だという理由で
ここ数年は口髭を生やしているためその恩恵か、
最近は周囲には兄であるドラグウェルよりも
いかめしく歳上に見られることもあるらしい。

「おっ、来たか。マディウスも一緒か?」

「はい、そこで合流しました。お久しぶりです陛下。
お変わりなく壮健なご様子で嬉しく思います。」

不遜な態度の兄とは違い、貴族らしく丁寧で美しい
礼を取り自分の後ろを振り返る。

そこへドヤドヤと賑やかな足音を立てながら
騎士団長のマディウスが両手いっぱいに酒瓶を
抱えて現れた。

「おい何言ってんだアントン!陛下にだけ
良い顔してンじゃねえぞ、少しは俺を手伝って
荷物を持てよ!」

「君ほど酒瓶が似合う男はいないと思うんだが。
それを邪魔するのは無粋というものだ。」

はは、とアントンは朗らかに笑う。

ドンと数本まとめて円卓の上に酒瓶を置いた
マディウスを見ながらアントンは続ける。

「思いもよらない癒し子様の出現に今度こそ
召喚者に縁の深い我が一族がその繋がりを
確かなものにしようとしていたところを王家に
横から掻っ攫われたのです。しかもそれがあの
愛らしいユーリ様となれば悔しさもひとしおです。」

残念そうに首を振るとアントンは兄に訴えた。

「兄上、王都にあるシグウェルのあの屋敷で
ウサギを飼うべきです。セディに言ってすぐにでも
準備させましょう。ユーリ様はノイエ領を
訪れた時にウサギとの触れ合いを大層喜んで
おられましたから。ウサギの名付けをして貰えば
愛着も湧いてシグウェルの屋敷に足繁く通って
くれるはずです。」

こいつ・・・。ナジムートがジロリと半目で見やる。

猫耳のユーリちゃんの肖像画を残そうと画策したり
見舞い品に銀毛魔狐の毛皮を紛れ込ませたりと
裏であれこれ企んでは実行に移してるこいつこそ
腹黒って言われるべきなんじゃねぇの?と思う。

「それだったらウサギくらい王宮で飼うっつーの。
オレの庭園で飼ってユーリちゃんに通って
もらうわ。」

「そりゃそうだ。それにアントン、ユーリ様は
ウサギよりも魔獣を捌いた野営料理の方が好きだぞ。
どうせユーリ様を釣るなら食い物で釣った方が
確実だし、手ずから料理を食べさせてやれる
機会もあるかも知れん。」

豪快な笑い声を上げたマディウスがアントンに
アドバイスを与えた。その話にユールヴァルト家の
二人は目を丸くする。

「野営料理?しかも魔獣?そんな野蛮なものを
あの可愛らしいユーリ様が口にするのですか?」

想像が出来ません。とアントンが言い、マディウスが
おい!と声を上げた。

「野蛮とか言うな、俺達はしょっちゅう食ってるし
なんなら勇者様だって好物だったじゃねえか。
アタマのついた魚なんて目がこちらを向いていて
恐ろしいし下品で食べられませんなんて言う
貴族連中と違って、魚の串焼きに喜んで頭から
かぶりつくユーリ様はうちの騎士連中にも
人気なんだからな。そんな事を言ったら中央騎士団
全員を敵に回すぞ。」

それを聞いたナジムートがそうかそうかと
相好を崩した。

「ユーリちゃんは甘いモンだけが好物かと
思っていたが、魔獣料理もイケる口とはいいな!
さすがは小さくても勇者様と同じ召喚者だ。
今度は魔獣狩りにでも誘ってみるとするか!」

それをマディウスが手で制する。

「いえ、陛下のところにはすでにリオン殿下が
いらっしゃいますから、黙っていてもユーリ様と会う
機会は多いでしょう。それに比べて俺達騎士団は
演習でもない限りなかなか一緒の時間を過ごせない
ですからな、魔獣狩り演習にユーリ様を誘わせて
いただくのはうちに譲ってもらいますぞ?」

何、レジナスに頼めばすぐにでもユーリ様には
来ていただけるでしょうしな。

物腰は丁寧だが譲るつもりはなさそうに、
慇懃無礼な態度でそう言った騎士団長はニヤリと
悪そうな笑みを浮かべた。

「ずるいですよ、それならこちらは金毛大ヒツジの
大移動をお見せするために我らがユールヴァルト領へ
ユーリ様をご招待致します!
陛下がユーリ様の機嫌を取ろうと自ら毛刈りをした
羊で贈り物を作ったという情報は把握済みですから。
ただの白い羊よりも金毛ヒツジの方が遥かに希少で
年に一度の大移動は見ものですからな、ユーリ様にも
楽しんでいただけるはずです。ねぇ兄上!」

負けじとアントンも声を上げた。

「大体マディウス、あなたは先日の野営見学で
可愛らしい騎士姿でしかも猫耳のついたユーリ様を
肩に乗せたと聞いています。それなのにまだ
満足していないのですか?」

「だってそれを言ったらお前、陛下はユーリ様の
手から直接菓子を食べさせてもらってるんだぞ?」

「はっ⁉︎」

「おう、そういえばそうだった。抱き上げて頬擦りも
したけど、ユーリちゃんのほっぺはもちもちで
柔らかかったぞ。小さい時のカティヤを思い出したが
あいつみたいに頬擦りを嫌がって最後にオレの頬に
噛み付いたりしない分カティヤよりも可愛いな!」

・・・自分の娘に噛まれるとか、それは相当
カティヤ様は嫌だったのでは、とアントンは思ったが
さすがにいくら気心の知れた仲でも口に出すのは
憚られた。そんなアントンの心境に全く気付かない
ナジムートは続ける。

「つーかオレ、お前らが思うほどそんなに
しょっちゅうユーリちゃんに会えてるわけじゃ
ねえからな?なんだか知らねーがリオンの奴が
会わせてくれん。」

嫉妬かな?と言う国王陛下に他の3人は、まあこの人
気に入った人間を構い倒すめんどくさい人だから
リオン殿下の気持ちも理解できる、と心の中で
そっと彼の息子に同情した。

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