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閑話休題 ちいさな恋のものがたり

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その日のオレは、歴史の講義をさぼってこっそり
王子宮から抜け出すといつものように召使いの
子供達が集まって遊んでいる王宮の遊び場にいた。

だって教師の話はつまらない。

リオン叔父上の話す歴史の講義なら面白いから
いつだって喜んで聞くんだけど。

オレが思うに、頭の良い人っていうのは話も面白い
んだと思う。どんな人間が聞いても分かりやすく
噛み砕いた話をして人の興味をひけるのはすごい。

だから子供のオレが聞いてもいつでも面白い話を
してくれる叔父上はきっとすごく頭がいいんだ。
オレもあんな風になりたい。

・・・でもオレはまだ子供だから、今はとりあえず
父上の側近のゲラルドに見つかるまでは遊ぶのが
仕事だ!こうやって召使いの子供達の中に混じって
遊んでいると、王子宮の中にいるだけじゃ分からない
色んな話が聞けてすごくいい。

今日も棒切れを剣代わりに振り回して遊んでいたら
その中の一人が言っていた。

「なあ知ってるか?この間、皇太子殿下がたくさんの
偉い魔導士を集めて大きな儀式をしたんだって。」

オレの父上の話だ。

そう、オレの父上はこのルーシャ国の次の王様だ。

おじいさまはまだまだ元気なのに、遊びたいし
働くのはもう飽きた!って言って父上に王様業を
譲る準備に入っている。

そのおかげでオレも次の皇太子殿下になるんだから
って、最近は勉強する時間を増やされた。

「大きな儀式ってなに?」

別の子がきょとんとして聞いている。そうだよな、
普通の人にはあんまり関係ない話だもんな。

オレみたいな王族や貴族なら、国の将来にも
関わることだからある程度のことは聞いているけど。

なんだっけ、神殿からの神託で神様から遣わされる
召喚者ってのを呼び出す儀式だったとか。

てっきりオレもそれに立ち会うのかと思っていたら、
万が一何か事故が起きた時に父上とその後継ぎである
オレを同時に亡くすわけにはいかないからって
父上だけが儀式に出掛けたんだった。

そんなに危険な儀式なのかと心配していたら、
暗雲が垂れ込めて嵐のような様子だったとその場に
立ち会った騎士団長に後から聞いて驚いた。

父上に何もなくて良かったとほっとして、その話を
聞いた日の夜は父上に会った時、思わず抱きついて
しまったほどだ。

『む、どうしたレニ!組み手でもしたいのか⁉︎』

とか言って父上には全然オレの意図が伝わらない上に
ぶん投げられたけど。

まあお元気ならいいか。とその時はそのまま組み手を
していたら、最後にはそれが母上に見つかって
二人一緒に怒られてしまったのだけは失敗だった。

「なにかすごく大事なものを呼び出す儀式をして、
大人たちはそのせいで大変だったんだって。」

「そういやおれの母ちゃんもなんか誰だかの世話が
どうのとか言ってこの頃ぼくを迎えに来るのが
遅いんだけど、何か関係あるのかな?」

「きっとそうだよ!大人に大変な思いをさせて
おれたちの母ちゃんや姉ちゃんを遅くまで働かせる
なんて、その儀式で呼ばれたものってすごく迷惑
だよな!」

・・・なんか好き勝手言ってるぞ。

儀式で呼び出されたものがなんなのか、オレも
まだ詳しくは聞いていない。

そのうち会わせてくれるらしくて今はリオン叔父上が
その管理者みたいなのになってるってゲラルドが
言ってたなあ。

だけど少なくとも、こいつらが言ってるみたいに
国や大人達に迷惑をかけるものじゃないはずだ。

だって父上がその危険もかえりみずに立ち会った
んだもの。

「何言ってるんだよお前ら!知らないのか⁉︎
あの有名な勇者様だってその儀式で呼び出された人
なんだぞ‼︎だから今回だって、呼び出されたものは
きっと勇者様みたいにすごくてカッコいいものに
決まってる‼︎」

父上譲りのよく通る大声でそう言ったオレは、
それまで座っていた塀の上からとおっ‼︎と勇者様の
ように剣代わりの棒切れを振りながら飛び降りた。

と、着地した先の地面がぐらりと揺れて滑り落ちて
しまった。どうやらオレが飛び降りた先は地面だと
思っていたのがゴミの山だったらしい。

食器のかけらだとかぼろ切れだとかが適当に
重なっていた先に着地したせいで両膝を切って
しまった。痛い上に格好がつかない。

せっかく勇者様っぽくカッコいい感じに飛び降りた
っていうのに。

「うわあ大丈夫かレン!」

「めちゃくちゃ血が出てる!早く大人を呼んで
こないと‼︎」

周りのやつらが慌て始めた。まずい。大人を呼びに
行かれたら、レンなんて偽名なのがすぐにバレて
王子宮に連れ戻される。それはいやだ。

もし王子だってバレたらこいつらはもう一緒に
遊んでくれないだろうし、オレもここには来れなく
なるだろう。

そう思っている間にも膝からの血は止まらなくて
怖くなってきた。いい年をして・・・って言っても
まだ8歳だけど、こんな大怪我をしたことは今まで
なかったので訳がわからなくなって泣いてしまう。

ほんとにカッコ悪い。この年でこんなに自分が
大泣きするとは思わなかった。それも召使いの
子供達の前で。

その時だった。

「大丈夫ですかっ⁉︎」

心配そうな女の子の声がした。今までに聞いたことの
ない声だ。膝をおさえながら顔を上げたら、オレに
手を伸ばしてしゃがみ込んできたのは見たことの
ない子供だった。

眉をひそめてオレの膝の具合を真剣に見ている。

上品な薄緑色のワンピース姿は明らかに召使いの
子供じゃない。王宮勤めの親を訪ねてきた貴族の
子供だろうか。

年の頃はオレより少し上なのか?俯き加減でオレの
膝を見ているその顔に、さらさらとなめらかで長い
黒髪が落ちてくる。

子供にしてはやけに大人びた長いまつ毛の奥には
綺麗な瞳が見えていて、白い顔によく映えるピンク色
の小さな唇は、うわあ痛そう・・・と呟いた。

その声にハッとする。
あれ・・・?オレ、今この子に見惚れてた?

そう思うのと同時に、膝から血を流しながら
みっともなく泣いていた自分を思い出した。

途端に恥ずかしくなって、かあっと赤くなった顔を
ぐいぐいぬぐってみっともなさを誤魔化すように
その子に話しかける。

「す、すごく痛い!どうしよう、もしかして
死んじゃうのかも・・・‼︎」

そしたらその子は、ころころと鈴を転がしたような
声でおかしそうに笑うと

「人間、これくらいじゃ死にませんよ。」

そう言ってオレの頭を優しく撫でてきた。

ーなんだよその笑顔、めちゃくちゃかわいい
じゃないか。

一瞬、膝の痛さも自分のみっともなさも忘れて
ぼけっとしてしまった。

だけどすぐに我に返ってつい強がりを言ってしまう。

「わっ、笑うな!子供扱いするんじゃない‼︎
頭を撫でるなんてお前、失礼だぞ‼︎」

そしたらなぜかその子はますます笑顔になって
目をキラキラさせると強気でかわいい、と呟いた。

か、かわいいだと⁉︎そんなこと今まで誰にも
言われたことはない。

いつだって尊敬する父上みたいに強くなろう、
リオン叔父上みたいに賢くなろうと努力してきて
レニ親王殿下はお年のわりにきりっとしていますね
とか、イリヤ殿下に似て凛々しいお顔ですね、とか
言われたりはしていたけど・・・かわいい⁉︎

この子の目は一体どうなっていて、オレがどんな風に
見えているんだ⁉︎

驚いて見つめていたら、更にその子はオレを
からかうように楽しげに

「膝が血だらけのまま泣いている子なんて、
ぜーんぜん怖くありません~」

なんてふざけた事を言ってきた。

こ、こいつ・・・‼︎ちょっと自分の方が年上だから
って、かわいいからって調子に乗るなよ⁉︎

かわいいから何を言っても許されると思うな、
いや本当にこの辺じゃちょっと見たことないくらい
かわいいけど・・・。

自分の事を馬鹿にするようにからかわれたのに、
気付けばなぜかその子を見るオレの心の中は
こいつほんとにかわいい顔してるな・・・と
いう思いで占められていた。

それに気付いて、ついでにそんなかわいい子の前で
格好悪くも膝から血を流して泣いている自分の姿を
思ったら情けなさ過ぎてまた涙が出てきた。

するとその子は、自分が意地悪をしたせいで
オレが泣いたと思ったのか慌て始めた。

「あ、ああ~ごめん、ごめんね!私が悪かった‼︎」

そう言ってオレの膝の痛さがやわらぐようにと
思ったのか、そこを撫でるような仕草をした。

信じられない事が起きたのはその瞬間だ。

その子が膝を撫でたと思ったら、瞬時に膝の怪我が
消えた。あんなにたくさん血が出ていたのに。

「え」

思わず声が出た。女の子も目を丸くしている。

ぽかんとして自分の手の平とオレの膝を交互に
見ていた。

なんだこの子。オレの怪我を治したのか?

魔導士か、それとも神官・・・いや、もしかすると
巫女ってこともあるだろうか。

父上の妹の、カティヤ叔母上は確かオレよりも
幼い歳の頃に姫巫女になって神殿に入られたと
聞いている。

もしかしてこの子もそんな巫女の一人なんだろうか。

「お前、一体なんなんだ?」

考えながらそう聞いたオレの顔はよっぽど不信感に
溢れて見えたらしい。

その子は顔色をさっと変えて青くなると、

「名乗るほどの者じゃありませんよ!」

そう言って、オレがここで怪我をした事が分かれば
もうここには遊びに行かせてもらえなくなるだろう、
だからここで起きたことは誰にも言わない方が
いいんじゃないかな、などと言ってきた。

オレもバカじゃない。

その子の言うことはその通りだと思った。
だけどそれ以上に、なんだかその子はオレを
治したということを他の誰にも知られたくない
みたいだというのが分かった。

王子のオレの怪我を治したのにどうして。

そう思っていたら、その子はあっという間に
その場から逃げるようにいなくなってしまった。

まだ名前も聞いていないのに。

つやつやの黒髪と、猫みたいに大きな瞳。

全然大声じゃないのに綺麗で耳触りのいい、
透き通ったよく通る声。

頭を撫でた優しい手つき。

オレよりも年上のはずなのに背の高さはそんなに
変わらない。むしろオレの膝を撫でたその手は
白くて小さいくらいだった。

あと、なんかかわいかった。かわいいと思った
女の子はよく考えたらあの子が初めてかも知れない。

「見つけましたよ殿下!またここにいたんですね‼︎」

目を三角にして怒ったゲラルドに首根っこを
掴まれ確保されてしまったけど、考えるのは
あの子のことばっかりだ。

・・・その後、あの子にまた会えないだろうかと
あの遊び場に行くたびにそわそわしていたけど
そこであの子に会うことは二度となかった。

そうしているうちに、リオン叔父上が召喚の儀式で
呼ばれた者に目を治してもらったという話が
聞こえてきた。

快復して元気になった叔父上は母上のいる宮を
訪れてくれ、オレも会った。

快復し政務や公務に復帰するので、オレも叔父上の
公務に同席して王族としての責務を少しずつで
いいから本格的に学んで行こうと言われた。

尊敬する叔父上から色々なことを学べるのは
嬉しい。だけどそうなると、あの遊び場には
行けなくなり、もしかしたらまたあそこに来るかも
しれないあの子に会える機会はますます少なくなる。

「レニ、どうかした?何か気になることがあるなら
なんでも聞いていいんだよ?」

叔父上がふんわりとした笑顔でオレにそう
問いかけてきた。

「いえ!なんでもないです‼︎」

ハッとして慌てて取り繕う。そのまま笑顔で
叔父上と会話をしながら考えるのはあのちょっと
生意気でかわいい、黒髪のあの子のことだ。

またいつかどこかで会えるだろうか。せめて
名前だけでも聞いておくんだった。

もしかして巫女だったりしたら、神殿に入っていて
もう会えないかも知れないけど。

そうじゃなかったらまた会えるといいな。

オレは今日も叔父上の後をついて歩きながら、
そんな事を思っている。

・・・まさかあの子が思ったよりもずっと近くに、
しかも最初からすぐそばにいたなんてことは
思いもよらずに。




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