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第十二章 癒し子来たりて虎を呼ぶ

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ちょっと尊大で、それでいてすごく嬉しそうな
グノーデルさんの声がその場いっぱいに雷が鳴り響く
ように聞こえてきた。

はっとして目を開けて空を見上げる。

「え?今の声は何⁉︎」

リオン様も、どこから聞こえた声なのかと戸惑って
いる。周りをみれば、レジナスさんやエル君も
同じだ。

それどころか土竜やラーデウルフまで戸惑っている。

やっぱり今の声は私だけじゃなくてみんなに聞こえて
いたらしい。

そう思っていたら、

「待ちかねたぞユーリ‼︎さあ俺が来たぞ‼︎」

また楽しそうなグノーデルさんの声がして、
今度こそ太くて大きな雷が何本もその場に落ちた。

その威力に、土竜の地響きどころじゃなくまるで
地震のように地面が揺れた。

「うわ、わっ・・・‼︎」

あまりの衝撃に馬も前脚をあげていななき、抱えて
いた剣や小刀を取り落としそうになる。

危ない、とリオン様はしっかりと私を支えてくれた
けどその声も雷の轟音にかき消されそうな位の耳を
つんざく大音量の落雷だった。

目の前の視界があまりの眩しさに真っ白に染まる。

耳がキーンとするような轟音が消えた後も、周りには
雷の音が反響している。

ダーヴィゼルドの山全体に落ちた雷も凄いと思った
けど、これはその比じゃない。

まばゆさに目を必死に瞬いて何が起きたのか
確かめようとしたら、やがて真っ白な視界が
うっすらと開けて来た。

「会えて嬉しいぞ、ユーリ‼︎」

そこには気絶した土竜の頭の上に鎮座して、あの
深く澄んだ青い瞳でこちらを見つめている白い虎の
姿をしたグノーデルさんが太くて立派な尻尾を
振っていた。

「・・・本当にグノーデルさんだ」

「うむ、俺だ!」

そう言って夢の中で見たのと同じ・・・というか、
実際はそれよりも更にひと回りくらい大きな体に
見合わない軽やかさでグノーデルさんは土竜の頭から
とんと飛び降りた。

グノーデルさんの元へ行きたくて馬から降りようと
した私を手伝って、先に馬から降りていたリオン様が
手を貸してくれる。

リオン様はそのままその場に片膝をついて頭を下げ、
グノーデルさんに礼を取った。

気付けばレジナスさんもエル君も同じように
首を垂れている。

いつの間にか騎士さんや傭兵さん達まで10人以上
いたのは、ラーデウルフや土竜が私達を囲んだのを
見て加勢に駆け付けてくれていたかららしい。

その人達もみんな一様に頭を下げて礼を取ったり
土下座のように平伏している。

「グノーデルさん‼︎」

みんなが身じろぎ一つ出来ないでいるそんな中、
私だけがグノーデルさんに駆け寄って思い切りその
もふもふの体に抱き付いた。

「すごい、夢の中で触った時よりももっとずっと
大きくてフカフカのツルツルで手触りがいいです‼︎」

グノーデルさんの首をぎゅっと抱き締めて撫で回し
ながらそう言うと、夢の中で会った時のように
ゴロゴロと機嫌良さそうに喉を鳴らす音がした。

「本当に会えるなんてウソみたいです。」

「俺の頼み通り、レンの小刀を手に入れてくれた
からな。しかもレンの使い込んだ剣にその子孫まで
いるのだ、俺を呼ぶにはこれ以上ない良い条件だ!」

話しながらグノーデルさんは夢の中の時のように
座ると私をお腹のところに寄りかからせてくれた。

「あれがユーリの寝かしつけがうまいレンの子孫
だな?顔を上げるが良い、レンに連なる血の者よ。」

そう言ったグノーデルさんはちらりとリオン様を
見やった。

いや、リオン様に対してそういう二つ名みたいなのは
どうかと思うんだけど・・・。

複雑な心境の私には気付かずに、グノーデルさんは
機嫌良さげに尻尾をたしたしと地面に打ち付けて
いる。

そんなグノーデルさんの言葉に、リオン様は膝を
ついたままゆっくりと顔を上げた。

緊張で強張っている、顔色を白くしたリオン様の
姿と言うのは初めて見る。

グノーデルさんときちんと視線を合わせているけど
その瞳には畏敬の念が浮かんでいるのが分かる。

「うむ、初対面でも臆する事なくしっかり俺と視線を
合わせられるあたりはさすがレンの子孫だ。」

目を細めたグノーデルさんが満足そうに話を
続けようとしたその時、低い唸り声が聞こえた。

気絶していた土竜が二頭とも目を覚ましたのだ。

ハッとしたら、

「うむ、良い良い。お前達はおとなしく死んでおれ。
俺の話の邪魔だ。」

なんてことなさそうにそう言ったグノーデルさんは、
あの立派な尾を一度だけ強めにバシリと地面に打ち
つけた。

途端にさっきの轟音がまた辺りに鳴り響いて閃光が
ほとばしると二頭の土竜の上に雷が落ちる。

その一瞬で、土竜はどちらも黒く焼け焦げて
粉々になってしまった。

「世界を巡り、それから土くれに還るがよい。」

その言葉に呼応したかのようにその場に強い風が
吹き抜けて、ついさっきまで土竜だった黒い粉末を
舞い上げてさらって行ってしまう。

「あの大きなイヌどもはこの地の肥やしにして
くれよう。きっと良い土になり人の腹を満たす
食い物を育てあげるぞ。」

ユーリ、お前もイリューディアの力で後でこの地に
加護を付けてやれ。

そう言われて改めて周りを見れば、さっきまで
私達を囲もうとしていたラーデウルフの姿がない。

あるのは何か灰色っぽい土のような塊だ。

「え?ラーデウルフを土に変えちゃったんですか⁉︎」

「どうやら俺がこの地に降りた衝撃に耐えられ
なかったらしい。やわなイヌどもだ、レンの生きて
いた時代のイヌどもはもう少し根性があったぞ?」

グノーデルさんは楽しそうに笑っている。

土竜もラーデウルフも、祓ってもらおうとお願い
するまでもなくあっという間に片付いてしまった。

そうしてそのままもう一度、グノーデルさんはすいと
リオン様に視線を合わせる。

「さて、レンの子孫よ。お前には礼を言おう。よくぞ
今までユーリを守り慈しんでくれた。その愛情と
慈しみの心あればこそ、クソ女・・・ヨナスの力に
囚われることなくユーリは育つことが出来る。
これからもよろしく頼むぞ。」

その言葉にリオン様は無言でもう一度頭を下げた。

「それからもう一人いるな。そこの太陽が沈む色の
瞳をした黒き獣の如く勇猛なる騎士だ。頭を上げ、
俺を見ることが出来るか?」

その言葉にレジナスさんはぴくりと身動きをした。

そんなレジナスさんを、グノーデルさんの首に
抱きついたまま無意識にそのもふもふを撫でながら
見ているとほんの少し時間をおいてリオン様よりも
ゆっくりと頭を上げた。

レジナスさんもグノーデルさんをしっかりと見つめて
いるけど、緊張からかその顔色は若干青ざめている
ようにも見える。

リオン様同様そんなレジナスさんを見るのは
初めてだ。

その様子にグノーデルさんは楽しげに笑うと、
辺りにはまたガラガラと雷の鳴るような音が響いた。

「良いぞ、面白い。地上に降り立った俺に屈する事
なく目を合わせられる人間はなかなかおらんので
嬉しい限りだ。それでこそユーリの隣に立つのに
ふさわしい。」

機嫌良さそうにグノーデルさんの尻尾が大きく
ゆっくりと左右に揺れている。

「お前にも礼を言おう。不完全な状態でこの世界に
送り出されたユーリに対し、真っ先に手を差し伸べて
くれたな。その時より今まで、ユーリへ惜しみない
優しさを与え見守り続けたその心を讃えよう。
これから先もレンの子孫と共にユーリの隣にあり、
その限りない愛情を常にユーリに与え続けるが良い。
俺はイリューディアと違い、ユーリを守り愛情を
与えるお前達にふさわしい愛の加護はつけられん。
生憎とその力は持ち合わせておらぬからな。だが
戦いに相応しい祝福ならば与えることは出来る。
受け取るが良い。」

そう言ったグノーデルさんは二人にふっと息を
吹きかけた。
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