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第十二章 癒し子来たりて虎を呼ぶ

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真っ赤になって抗議した私を面白そうに眺めていた
グノーデルさんだったけど、そうだと言って辺りを
ぐるりと見回した。

「・・・ふむ、やはりここにはあの銀髪の小僧の
子孫は来ておらぬか。」

「誰ですって?」

「銀髪の小僧だ。レンのともがらで、あいつの周りを
チョロチョロと付き纏っていた奴、その子孫に
当たる者だ。」

勇者様の友達ってことはキリウさんで、その子孫なら
シグウェルさんのことに違いない。

「シグウェルさんに何かご用でした?」

「その者というよりもその者の家にだな。」

そう言ったグノーデルさんはぶるりとその身を
震わせた。

するとそのもふもふの毛皮の中からとろりと綺麗な
ハチミツ色をした、鶏の卵くらいの大きさの宝石が
転がり出て来た。

手に取ればその大きさも相まってわりとずっしりと
重い。

「これは何です?」

「昔レンと一緒にいた銀髪の小僧と賭けをした。
その時に賭け金代わりにそ奴から受け取った魔石だ。
あれからだいぶ経ったしそろそろ返してやろうかと
思ってな。ちょうどいいことに、ユーリのおかげで
地上に顕現する事も出来たし良い頃合いだろう?」

「金品を賭けた賭け事なんてやってたんですか⁉︎
神様なのに⁉︎」

「一度だけだ。レンの奴が何人嫁を取るか賭けて
俺が勝った。銀髪の小僧は5人以上は増えぬと
言ったがあの目は節穴だな。レンが推し負ける事を
見越せぬなど、親友の名乗りも片腹痛いわ。やはり
レンのことを一番理解しているのは俺である事が
その賭け事でよく分かった。」

グノーデルさんは大威張りでそう言ったけど、
人の嫁取りで賭け事をするなんてとんでもない。

しかもその話しぶりからは、キリウさんと自分の
どちらが勇者様の一番の理解者か張り合っていた
ようでもある。

「グノーデルさん相手に賭けをするなんてキリウさん
って凄く肝の座った人だったんですねぇ・・・」

「うむ、ただの人間のくせにこの俺に臆する事なく
気安く話しかけてくる変わり者だったな。」

普通の人間なら地上に現れた俺と目を合わせる事すら
難しいはずなのに。

グノーデルさんがそう言ったので、だからさっき
レジナスさんが目を合わせただけで嬉しそうだった
のかと思い出した。

「この魔石はあの小僧の家に伝わる家宝に等しい物
らしい。そろそろ返してやらねばさすがにあ奴の
家でも困っているのではと思い出してな。」

「そんなのをキリウさんは賭けの代償として
差し出しちゃったんですか⁉︎」

さすがシグウェルさんのご先祖様だ。そんなに
大事な物を賭けちゃうなんて、シグウェルさんに
負けず劣らずの変わり者だったらしい。

私はてっきり、小隊の名前の由来になる位だから
剣の腕が立って魔法も得意な、立派な人格者で
みんなに尊敬されている凄い人だとばかり思って
いたのに。

「あの小僧は負けず嫌いで気取り屋な、格好付けの
ただの女好きだったぞ?」

私の心の声を読んだかのようにグノーデルさんは
私を見た。

「まあ剣技と魔法の腕だけはずば抜けていた事は
認めるが。ともかく、そんなわけでこれはお前から
あの銀髪の小僧の子孫に返しておいてくれるか?
俺が長く預かっていた分、俺の力がいくらか
染み込んでしまったかもしれないが悪い影響を
与えるものでもないしな。・・・もうあの銀髪の
小僧とも戯れられぬと思えばいささか寂しいとも
伝えておいてくれ。」

そう言ったグノーデルさんの青い目は昔を懐かしむ
ようにとても優しい。

私とじゃれあった時も楽しそうだったけど、尊大な
態度を取る割にグノーデルさんは実は人間と遊ぶのが
好きなのかも知れない。

「また会えますか?」

会ってまたこうして話せたりじゃれあったりできれば
いいのに。

そう思って聞けば、首を左右に振られた。

「それは難しいな。あまり頻繁に地上に顕現すると
その分本来の力の回復が遅れる。それにほれ、この
通りだ。俺が地上に出るとそれだけでこれほど
地がひび割れ荒れてしまう。これではお前の仕事の
邪魔になってしまうからな。俺に会いたければあの
レンの子孫と共寝をするのが一番だ。たまになら
また夢の中でお前を俺の世界に呼べるだろう。」

話しながらいつかの夢の中のようにグノーデルさんは
私の頬に自分の額をすり寄せてくれた。

どうやらそろそろお別れの時間らしい。

そうして私から離れる間際、グノーデルさんは
ふと思い出したように言った。

「そうだユーリ、お前は今悩み迷っていることが
あるな。俺からすればそれは迷うことではないように
見えるぞ。お前はすでに選んでいる。」

「え?」

「俺はレンにとってもユーリにとっても、一番の
理解者なのだ!仮にお前の伴侶の数を賭けても誰にも
負ける気はしないぞ‼︎」

そう言って笑っている。

「え?何の話ですか⁉︎」

「時が来れば分かる。それはそういう類いの
ものだ!」

ガラガラとまた雷の音のような笑い声が辺りに響く。

「健やかに過ごせよ。」

私から少し離れた位置に立ち、笑うグノーデルさんの
体が青白く光を放った。

するとその光に呼応するように、グノーデルさんが
現れた時と同じような大きな雷の音がする。

違うのは、落ちた雷がたった一つだったことと
その太く大きな雷の落ちた先がグノーデルさんの
立つ場所なことだ。

ドォン、と言う体に響く大きな音と地震のように
揺れる地面。目も開けられないほど眩しい真っ白な
光に包まれるグノーデルさん。

雷の反響する音がまだ止まない中、やがてその白い
光が消えて目の前の視界が開けた時にはもう、
グノーデルさんの姿は影も形もなく消えていた。

「行っちゃった・・・」

たった今までグノーデルさんの立っていた場所を
見つめて呟けば、そんな私の後ろから馬を引いて
歩み寄ったリオン様が話しかけてきた。

「・・・あれがグノーデル神様なんだね。
ユーリのおかげでとても貴重な経験をさせて
もらったよ。」

こんな経験、もう二度と出来ないだろうね。

そう言ってほうとため息をついたリオン様は、
まだどこか夢見心地だ。

いつの間にかレジナスさんとエル君も一緒だ。

レジナスさんもリオン様へ、

「魔力を感じることの出来ない俺ですらあの神威の
前では顔を上げるのが精一杯でした。グノーデル神様
は俺に立てるかとは問いませんでしたが、きっと
俺が立ち上がれないと分かっていたのでしょう。」

そう話している。エル君は、僕なんて最後に顔を
上げるお許しが出た時以外はそれすら出来ません
でしたと言っている。

リオン様もそれに頷きながら

「僕だって立てなかったさ。それどころか、何か
話したくても喉を引き絞られたみたいに声すら
出せなかったし、片膝をついているだけでもとても
恐ろしかった。気を許せばすぐにでも平伏したい
衝動に駆られるほどだったしね。それなのに、その
グノーデル神様に平気で駆け寄って行って思いきり
抱きついたり戯れたりしていたユーリはやっぱり
凄いよ。しかも軽口まできいてそのお体を叩いたり
していたでしょう?」

そう言われて周りを見回せば、他の騎士さんや
傭兵さん達はまだ地面に座り込んだまま動けずに
呆然としていた。

一言も発せないまま、たった今起こった出来事の
余韻に浸っているかのようにぼんやりとしたままだ。

むしろあの出来事の直後にこうして私のところへ
歩み寄りグノーデルさんの感想を話しているリオン様
やレジナスさん達の胆力が凄いのかも知れない。

「まるで夢のように現実味のない出来事だったけど、
土竜もラーデウルフも消えてしまったし、あの山が
あんな状態になっているのが何よりの証拠だね・・」

グノーデルさんが吹き飛ばした、ついさっきまで
山があったはずの場所を見つめたリオン様につられて
私やエル君、レジナスさんまでみんなでしばしの間
そのぽっかりと開けた空間を見つめていた。
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