上 下
250 / 634
第十三章 好きこそものの上手なれ

25

しおりを挟む
私がシグウェルさんのものだという印を付ける?

それはどういう意味かと聞く間もなく、突然両脇に
手を入れられてひょいと抱き上げられた。

「何ですか⁉︎」

私を持ち上げているシグウェルさんはいつもと違って
腕まくりをしているので、その素肌の腕の筋張った
ところや筋肉が目に入り男の人の腕だ、と意識して
しまって心臓が跳ねる。

「赤くなったり青くなったり忙しいな」

そう言って薄く笑ったシグウェルさんに、私は
そのまますとんと書類が散らばっているテーブルの
上に座らせられた。

ばさばさと書類が床に落ちるけどお構いなしだ。

あれ?なんか前にもこんな風にされたことがある
ような。あれは魔導士院の団長室の机だったかな?
夢か現実か定かではないけど、そんな記憶がある。

思い出そうとして一瞬気が逸れたら、

「腕を借りるぞ」

そう言ってシグウェルさんは私のドレスの左袖の
部分を二の腕が見えるくらいまくり上げた。

「な、何ですか?」

私の二の腕なんてシグウェルさんが掴めばその大きな
手は余裕でぐるりと一周して掴みきるくらい細くて
あまり肉はついていない。

「細いな。もっと肉をつけた方がいい。」

やわやわと確かめるようにその指先で二の腕を
揉まれるように触れられれば、元の世界で得た何の役
にも立たない無駄な豆知識・・・ただの噂話とも
いう、
『二の腕の柔らかさは胸の柔らかさと同じ』
という中2男子が喜びそうなことをなぜか急に
思い出してしまい、まるで自分の胸を触られている
ような気恥ずかしさに襲われた。

みるみる自分の顔が赤くなってきたのが分かる。
そんな私にシグウェルさんは、

「なんだ、ただ腕を触っているだけなのにそんなに
恥ずかしいのか?」

と不思議そうな顔をした。そして

「それならこの先の反応が楽しみだ」

そう言ったかと思うと掴んでいた私の二の腕の内側に
口付けて強く吸い上げた。

つい先日、リオン様とレジナスさんの二人に挟まれて
あれこれされた時と同じぴりりとした刺激をそこに
感じる。

「ふぁっ、ちょ、何するんですか⁉︎」

あの時と同じく恥ずかしさに真っ赤になって涙目の
私を、腕に口付けたままシグウェルさんはちらりと
見上げてその反応を見ている。

「んっ!」

くすぐったいような痛いような妙な感覚に耐えられ
なくて思わず声が出るとやっとシグウェルさんは
私の腕から口を離した。

見ればそこにはしっかりと赤い跡が付いている。

シグウェルさんはそれを確かめると、もう一度そこに
軽く口付けた。

「いい顔だった」

満足そうにそう言うと丁寧に私のドレスの袖を直して
二の腕を隠してしまう。そして

「消すなよ。その場所なら殿下やレジナスもすぐには
気付かないだろう?それは君が俺のものだという証で
付けたんだから消えるまでそのままにしておいて
くれ。」

そんな事を言った。なんてことをするのか。確かに
二の腕の内側なんて誰も見ない。見ないけどさあ!

それにそんなところに口付けられるなんて今まで
一度も経験がない。思わず

「こっ、こんなところに口付けられるとか初めて
ですっ、恥ずかし過ぎます・・・っ!」

涙目のまま抗議すれば、またいい顔をしたとでも
言うようにシグウェルさんは目を細めた。

そうしてテーブルに腰掛けたままの私に腰を落として
目線を合わせる。顔が近い。紫色の瞳がひたと
私を見つめている。

ウッ、と頬を赤らめるとそんな私の目尻に滲んでいる
涙をシグウェルさんは指で拭った。

「君の初めての相手になれるとは光栄だ。他にも
まだ殿下達にされてない事があれば教えてくれ、
先に俺がしてやろう。」

そう言って涙を拭った指を舐めた。

ちょっと、言い方!あと何してるの⁉︎

呆気に取られている私に構わずシグウェルさんは
なんだ、これはただの涙で魔力は入っていない
んだな。と残念そうに呟いている。

そんな私とシグウェルさんのやり取りを見ていた
ユリウスさんは、シグウェルさんの言動にまた私以上
に乙女のように頬を染めると

「もう一回窓を開けてもいいっすか⁉︎」

と叫んだ。叫びたいのは私の方だよ・・・。

シグウェルさんに二の腕に口付けられ、あまつさえ
その跡を付けられるというよく分からない恥ずかしい
目に合わされてしまったけど、とりあえず伴侶に
シグウェルさんを選んだ事を伝えるという最低限の
ミッションは完遂した。

なので今日はもうここまでで、とフラフラで帰ろうと
したところに、セディさんがせっかくだから私のため
に用意した部屋をぜひ見て行って欲しいと懇願した。

仕方がないのでそのお部屋を見せてもらってついでに

『ユーリ様、ご覧下さい!このように隣の坊ちゃまの
寝室とも繋がっておりまして・・・!』

なんて嬉しそうに隣のシグウェルさんの部屋まで
見せられたりした。

しかも帰り際にはまだ「本当に侍従や侍女を誰も
連れ帰らなくてよろしいので?お気に召す者は
おりませんでしたか?」なんてことまで念を押して
聞かれた。

そんなセディさんをあしらいつつ奥の院まで戻れば
もうそれだけで気力を使い果たしてしまっていて
シグウェルさんに消すなよ、と言われていた二の腕の
口付けの跡のことなんてすっかり忘れていた。

それを思い出したのは夕食後にリオン様とお茶を
飲みながらシグウェルさんに会いに行った昼間の
ことを話していた時だ。

伴侶として話を聞いてもらうために、レジナスさん
にもいつもと違ってリオン様の後ろには立たずに
座ってもらっていた。

「・・・まさかユールヴァルトのタウンハウスの中に
ユーリのための部屋まで準備していたなんてね。」

思った以上のことをしてきたね、とリオン様は
呟いた。レジナスさんも私の話を、眉根を寄せて
心配そうに聞いていた。

「まあ、お部屋自体は可愛かったですよ。淡い桃色
の壁紙に白いレースが上品に合わせてあって・・・
かわいいフワフワの白ウサギのぬいぐるみまで置いて
ありました。」

若干少女趣味というか少し幼い少女向けにも見える
部屋のあれこれはアントン様が揃えたらしい。

だからなのか、まるでアントン様に娘がいたらこんな
部屋だったのかも、と思う可愛らしさと愛情に満ちた
部屋だった。

「あんな風に準備してもらうと一度くらいは使わない
とアントン様の好意を無下にするようで悪いと思って
しまいますね・・・」

ついぽろっとそんな事を言ってしまいリオン様に

「ダメだよ、ユーリ。そうやってユーリの同情を
誘ってあそこに泊まらせようとする魂胆だよ。」

そんな風に注意をされてしまう。

「え、そうなんですか⁉︎」

あの優しいアントン様までそんな事を考えてるなんて
まさか。目を丸くした私に、

「他にはおかしなことはなかったの?大丈夫だった?
シグウェルも、浮かれてユーリにおかしな事をしたり
してないよね?」

そんな風にリオン様に聞かれた。

おかしなこと・・・。何かあったかな?

なんだか何もかもがおかしかった気がしてどれの事
かと昼間のことを順番に思い出せば、あの二の腕への
口付けのことが頭に浮かぶ。

さっと一瞬で赤みが増した私を見咎めたリオン様に

「ユーリ?」

何かあったなら言って、と目で促される。

「たいしたことじゃないですよ、シグウェルさんに
伴侶の印だってちょっと口付けられただけです!」

色々はしょったけどウソは言っていない。そして
こういう言い方をしてもこの話を詳しく知っている
エル君ももう自分の部屋に下がってもらっているから
誤魔化せると思った。

それなのに、

「・・・ユーリ、左腕がどうかしたか?」

レジナスさんは目ざとく一瞬だけ挙動不審な動きを
した私を見逃さなかった。さすが・・・。

そういえば左ヒザを怪我していたデレクさんを私が
治した時も、体幹の整い方から目ざとくそれに
気付いていたっけ・・・。

レジナスさんの言葉に、勘の鋭いリオン様は何かに
気付いたのか

「ユーリ、左腕を見せて。」

そう言って手を差し出してきた。そこまでされると
もう誤魔化しようがない。

観念しておとなしくシグウェルさんの付けた口付けの
跡が残る二の腕を見せれば、案の定二人の動きは
止まってしまい、そこをじっと見つめられた。

一体何を言われるのか、反応が怖い・・・。

どきどきして身じろぎも出来ずに、リオン様に腕を
掴まれたまま私はじっと座っていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ただ、あなただけを愛している

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,477pt お気に入り:259

隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:617pt お気に入り:4,044

【長編版】婚約破棄と言いますが、あなたとの婚約は解消済みです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,961pt お気に入り:2,189

乗っ取られた令嬢 ~私は悪役令嬢?!~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,796pt お気に入り:115

隻腕令嬢の初恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,995pt お気に入り:101

処理中です...