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第十四章 手のひらを太陽に

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シェラさんに追い立てられるようにして眠ったその夜
見た夢は、目の前いっぱいに広がる薬花の花畑の中で
座ってしゃぼん玉を吹いている大きな姿の私に、
向こうから駆けて来た元気になったフィー殿下が
腕いっぱいに抱えた薬花の花束の中からそのひと束を
私に渡してくれるものだった。

お姉様、僕も薬花も救ってくれて本当にありがとう
ございますと微笑むフィー殿下の近くでぱちんと
弾けたしゃぼん玉の、虹色の光が殿下の笑顔をより
輝かせる。

ああ、元気になって良かった。

いくつものしゃぼん玉が飛ぶ中でそう思いながら、
殿下に渡された薬花を胸元でぎゅっと握りしめて
私も笑う。

なんだか幸せな気分になるそんな夢だった。

「・・・ユーリ様、そろそろ起きませんと。」

幸せな気分に浸っていたら、誰かに頭を撫でられる
感触で目を覚ました。

「おはようございます、ユーリ様。」

頭を撫でていたのはシェラさんだった。

「・・・おはようございます」

ぼんやりしたまま瞬くと、シェラさんはものすごく
幸せそうな笑顔を見せた。朝から眩しい。

「ユーリ様、今朝はどのような良い夢をご覧になって
いたのですか?お布団を直すだけで触れるつもりは
なかったのですが、あまりにも可愛らしいことを
されてしまいましたので思わず時間を忘れ撫で続けて
しまいましたことをお許しください。」

「・・・なんのことですか?」

まだちょっと眠い。横になったまま目をこすりながら
言うと、

「オレの指を握りしめて離そうとしないまま、その上
微笑まれるなどそのような可愛らしい事をされて
しまいますと胸が締め付けられて苦しくなります。
もっともその胸の痛みすら甘く心地良いものでは
ありますが。そしてオレにそんな痛みも喜びも
与えられるのはオレの女神であるユーリ様ただお一人
だけです。」

まだ私の頭を撫で続けながらうっとりとそう言葉を
紡ぐシェラさんを、朝からよく口が回るなあと感心
する。

えーと、シェラさんの指を握ってる?

何が苦しいって?

寝起きで色々言われたので、断片的な単語しか頭に
入って来ない。

とりあえず何かを握っている感触のする右手を見る。

すると私の手はしっかりとその胸元でシェラさんの
人差し指と中指を握りしめていた。

少女の姿の私の手では大人のシェラさんの大きな
その手のたった2本の指をぎゅっと握りしめている
だけでも手に余るくらいだ。

ていうか、出された指を握るとか赤ちゃんか。

「うわっ!ごめんなさい‼︎」

びっくりして一気に目が覚めた。慌てて手を離して
起き上がる。

「おや・・・気の済むまで握っていただいても
良いのですよ?ユーリ様の手は柔らかい上にお力も
それほどありませんので、全く痛くありませんから。
遠慮なくどうぞ。」

はい、とシェラさんは手を差し出してくるけど
もう充分だ。

「ゆっ、夢で!フィー殿下に薬花を貰ったんです!
きっとそれを受け取ったのを寝ぼけてシェラさんの
手を握っちゃったんですよ、ごめんなさい!」

「この醜さに溢れた世界の中で、まるで頼るものが
このオレしかないようなそんな仕草をされますと
愛らしいばかりで謝罪を受けるいわれがありません。
むしろオレから礼を言いたいくらいです。」

「意味が分かりません・・・」

ベッドからひょいと抱き上げられて出されながら
「まるで女神に尽くすオレへのご褒美ですね、
ありがとうございます」とよく分からないお礼を
言われた。

そして上機嫌なままのシェラさんに、美容院で髪を
洗う時のような寝た姿勢のまま座れる椅子に仰向けに
寝かせられた。

「え?何ですかこれ?」

こんな椅子あったっけ?まさかこれも買った?

「今日は二人でお出掛けですからより念入りにお支度
をいたしますので。」

心なしかその声が弾んでいる。いや、出掛けるのには
違いないけどお仕事だよ?

そして椅子に移動させられる前に目の端に映った
ドレス、一枚じゃなくて数着がまたずらりと並べて
あったけど・・・どれも大きいサイズな気がする。

まさか昨日帰りが遅くなったのは大きい私用のドレス
をあんなに買って来たせいもあるんだろうか。

ということは押しの強さに負けて許可した下着も
買ってきたのか・・・。

そんな私のいたたまれなさを知らずにシェラさんは
柔らかな温かい布でそっと顔を拭う。

「出掛ける先は高地ですので、お顔が乾燥しないよう
香油を付けましょうね。」

そんな事を言いながら私の両頬を優しく包んで香油を
塗った指先でマッサージをし始めた。

この年頃の少女にエステみたいな顔筋マッサージは
まだいらないと思うんだけど。

だけど大きくて長いシェラさんの指先の施す繊細な
動きのマッサージはすごく気持ち良くて、思わず
二度寝してしまいそうだった。

これは断れない。むしろずっとやって欲しい。

「お顔が蕩けていますよ、気持ち良さそうで何より
です。」

嬉しそうなシェラさんはそう言いながら保湿のための
化粧水みたいなものやクリームみたいなものも次々に
施していき、最後に軽く粉まではたいて仕上げた。

唇も乾燥するといけませんから、とハチミツの香りの
するうっすら紅色に色付いたバームみたいなものも
その指先で丁寧に塗り込む。

「なんて可愛らしいのでしょう。普段からお化粧なし
でも充分輝いておられますが、お化粧映えするお顔
ですので簡単なお化粧でも施すと、更に美しさと
愛らしさが増しますね。思わず口付けたくなるほど
魅力的ですがそれを自制するオレを褒めて下さい。」

私を褒めてるんだか自分を褒めて欲しいんだか
よく分からないことを言われた。

やっぱりこれは相当浮かれているんじゃないかな。

なんか昨日、寝る前にデートって言ってた気がするし
大丈夫なんだろうか。

「さて、今日のお召し物ですがとりあえず前開きで
簡便に着替えられるドレスをご用意しました。向こう
で大きい姿になった時のものも同じように前開きや
体の脇で開閉が出来るものを取り揃えました。お好き
なものをどうぞ。」

ちなみに下着はすでに荷物入れに入れてあります。
ニコリと微笑まれた。

あ、そうですか・・・。どんな物を準備したのか
知らないけど怖いから見ないでおこう。

今見て着替える気力を無くしたら大変だ。きっと
シェラさんのことだからかわいい下着を準備したと
思いたい。

そう願いながら今着る水色のワンピース型のドレスを
手に、並べられたドレスを見る。

「シェラさん、どれもなんだか胸元があいている
ような気がしますけど・・・。」

「はい。ダーヴィゼルドの時は随分と暑がって
おられましたから。馬にも乗りますので、乗馬が
し易いようスカート部分も内側にはスリットが入って
おります。」

大人っぽい黒から薬花みたいな青紫の色っぽさを
感じるもの、淡いピンク色、モリー公国の濃い緑の
森林を思わせる深緑色や金糸の刺繍入りの白い物まで
何種類ものドレスがある。

昨日の今日で、よくここまで揃えられたものだ。

とりあえずかわいいピンク色を手に取れば、それは
並べられた中で一番胸元が開いているし背中もあいて
いて露出過多だ。

「可愛らしさの中に色っぽさがありとてもユーリ様
らしいと思います。オレの一番のおすすめです。」

そう説明されてそっと元に戻した。次に手に取った
ノースリーブの金糸の刺繍入りの白いドレスも、
離宮で着たドレスのように背中の方がU字型に
お尻の近くギリギリまで開いている。

「そちらも、清楚な中にユーリ様の背中から腰に
かけての曲線の美しさを優雅に見せてくれますね。
その背に触れてエスコートするのが楽しみになる
一着です。」

・・・そう説明されたのでまた元に戻す。

どうしてこう、どれもこれも露出が多いのか。
そりゃあ毎回大きくなった時にドレスを引き裂いて
いるような気がするけどさあ。

そう思うと自分がゴリラにでもなった気がして来た。

「なんかどのドレスを選べばいいのかよく分からなく
なって来ました・・・もういっそのこと服じゃなくて
毛皮でも羽織っておけばいいんですかね?」

「おやめ下さい。裸に毛皮のみ纏うなど、その
ような扇情的なお姿をされてはいくらオレでも自制
しかねますので。」

真面目な顔で諭された。いや、さすがに下着は
つけるよ?なんで裸に毛皮って話になるんだろう。

「ええと、とりあえずこの中で背中が出てなくて
胸元もそんなに開いてないのはありますか?それを
着たいです・・・」

仕方ないので最低限の希望をシェラさんに伝える。

起き抜けのエステみたいなマッサージから始まり
ドレス選び、更にその後は髪型もただのポニーテール
でいいと言ったのにサイドから手の込んだ編み込みを
施したポニーテールにされたりと、出掛けるまでに
随分と時間がかかった。

身支度に時間がかかるから今日は早めに起きましょう
と言われていたけど、まるでどこかの舞踏会か宴席に
でも呼ばれるかのような丁寧な仕度の仕方だ。

なんだか今まで外出の同行を思うように出来なかった
その鬱憤を晴らすかのようなシェラさんのお出掛けに
対する気合いの入れ方に、何も言えなくなる。

ちゃんと今日行く場所の下見もして来てるんだし、
仕事だって分かってるよね?

一抹の不安が胸をよぎったのだった。



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