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第十六章 君の瞳は一億ボルト

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溶岩の流れを止めたし、避難して来た人達の怪我も
治したのでやっと休める。

「昨日お猿さんが出たあの露天風呂って今日も
入れるんですか?」

お風呂の準備をしてくれているマリーさんに聞けば
にっこりと微笑まれた。

「はい、大丈夫ですよ!大きくなったユーリ様の
お姿を見られないように、力を使った後なので
静かにゆっくり休みたいという理由で人払いも
済ませてもらいましたからね!」

モリー公国名産のお花も浮かべましょうか?とても
良い香りがしますよ、と持参したらしい数種類の
花びらが収められた小瓶の入った箱を確かめていた
マリーさんがそれにしても。と私をチラリと見て
頬を染めた。

「ユーリ様が大きくなることが出来て、しかも
それがこんなに美しいお姿だなんていつ見ても
見惚れてしまいます。今回もこのお姿になられると
知っていたら、このお姿のユーリ様にお似合いの
素敵なドレスや小物をもっとたくさん持参しました
のに!」

そうなのだ。身の回りの世話をしてくれる人で私の
大きい姿を知っている人は今まではシンシアさんだけ
だった。

それがモリー公国の時にマリーさんにも知られて
しまった。

おかげで大きい姿の時の私を着飾りたい、もっと
素敵に髪を整えたいとシェラさんばりに目を輝かせて
「今度はいつ大きくなられますか⁉︎」なんてことを
聞かれたりしていた。

・・・まあ温泉に入るためにはシンシアさんだけじゃ
私のお手伝いが大変だし、かと言ってまさかエル君や
レジナスさんに手伝わせるわけにもいかない。

マリーさんのおかげで温泉へもスムーズに入れ
そうだ。

「お猿さんだけでなく、鹿もお湯を舐めに来るそう
なんですけど今日は会えるといいなあ」

まだ若干酔いの残るフワフワした気分のままそう
言えば、マリーさんに感心される。

「昨日温泉に猿が現れた時もそうでしたけど、
ユーリ様は野生動物と一緒に温泉に入っていて
怖くないんですか?」

「こちらが黙っていれば向こうも大人しくしてるから
むしろカワイイくらいですよ?」

日本にいた頃、温泉に入る猿のニュースを見て
いたせいかも知れない。

「それに一応エル君が少し離れたところにいて守って
くれているしマリーさんも側にいますからね。何も
怖いことなんかないですよ!」

扉の側に立つエル君にも笑いかければぺこりと
お辞儀をされて

「大きいんですからはしゃぎ過ぎて滑って転んだり
しないで下さいよ」

と注意された。母親か。それを聞いたマリーさんまで

「岩場は滑りやすいですからね、まだ少しふらふら
してますけど大丈夫ですか?もう少し酔いがさめて
から入られては?」

なんて言い出した。

「これ以上遅くに入ったら元の姿に戻るために
眠くなっちゃいますから。入るなら今ですよ!」

外を見れば段々と日が傾いて来ていた。

シェラさんを治した後も支援作業で疲れている人達を
陰からこっそり癒したりおやつを食べたりしていて
気付けば時間はすでに夕暮れだ。

星が見えるにはまだ早いけど、沈む夕陽の中、
暮れなずむ森の景色はまだ見たことがないから
楽しみだ。

マリーさんと2人で手を繋ぎ、露天風呂のある
場所へと別宮から少し歩いて傾斜を登る。

板張りで屋根のついた廊下のように整備された道を
歩いていけば、やがて別宮を見下ろす小高い場所に
着く。そこが露天風呂だ。

周りは木々に囲まれていて天幕のように布もいくつか
掛けられていて、私の方からは景色を楽しめるけど
周りからはこちら側が見えないようにされている。

「あー、やっとお風呂です!」

ざぶんと飛び込むように入ればマリーさんが慌てた。

「ユーリ様⁉︎湯浴み着は⁉︎」

「誰も見てないから大丈夫ですよ!女同士じゃ
ないですかー。」

ほっとした開放感から、気分の良さも手伝って
マリーさんが目を離した隙に裸でお湯に入った。

やっぱり何も着ないで入るお風呂は気持ちいい。

マリーさんが私の湯浴み着を手に温泉のへりで
うろうろしているけど捕まらないもんね。

マリーさんから離れた奥の方へと移動して眼下の
景色を楽しむ。

「夕陽が綺麗ですねー、レジナスさんの目の色
みたいです!あっ、一番星‼︎」

「ユーリ様、あまりそちらに近付かないで下さい!
それこそレジナス様でしたら目が良いので万が一
こちらに目を向けていたら見られますよ⁉︎」

「まっさかぁ~」

確かにレジナスさんは私には全然分からないずっと
遠くの山にいるラーデウルフもすぐに見付けられる
けど、あれは見えてるっていうより気配を感じてる
んじゃないの?

「どれどれ」

試しにレジナスさーん、と声を上げて上半身だけ
お湯から出して手を振って見るけど、私の声は森の
緑に吸い込まれるみたいにあまり反響もしなかった。

これ、レジナスさんに聞こえたかな?そもそも
レジナスさんが外にいなきゃ意味ないけど。
首を傾げていたら

「ユーリ様‼︎」

私のした事にマリーさんが悲鳴を上げた。
これ以上心配させるのはかわいそうかもしれない。

「大丈夫ですよマリーさん!もう薄暗くなって
きてますし、ちゃーんと髪の毛で隠してますから!」

ほら、とマリーさんの方へと振り向いて見せる。

髪を前の方に寄せてちゃんと胸は隠している。
こういう時、髪が長いって便利だなあと思う。

「やっぱりまだちょっと酔ってますね⁉︎お待ち下さい
今すぐ冷たい飲み物を準備しますから、それを飲んで
少し落ち着かれて下さい!」

そう言ってカーテンのように張ってある布の向こうに
消えたマリーさんの「ええ⁉︎うそでしょ、あっ、
ちょっと・・・っ‼︎」という更に慌てた声がした。

どうしたんだろう、何かあったのかな?

注意されたので今度はきちんと肩まで浸かりながら
不思議に思っていれば、マリーさんが焦った様子で
顔を見せた。

「申し訳ありませんユーリ様!あの、猿が!猿に
ユーリ様の着替えとタオルを盗まれてしまいました!
今エル様が取り返しに行きましたので、すぐ戻るかと
思いますが・・・!」

「え?」

申し訳ありません!と頭を下げるマリーさんに
目を丸くする。そんなマンガみたいなこと、本当に
あるんだ。面白くなって思わず笑ってしまう。

「大丈夫ですよぉ、それよりも下に新しい着替えを
取りに行く方が早くないですか?」

あははと笑えばマリーさんはでも、とためらって
いる。

「その間、ユーリ様はお一人ですよ?誰か来たら
どうします?エル様もいないのに」

「来るとしたらお猿さんか鹿だけですよ。ここまで
魔物は来ないように結界もあるっていうし。それに
ほら、いざとなったら大きな声でレジナスさんを
呼びますから。レジナスさんならきっと来てくれる
はずです!」

ほらほら早く、という私の言葉にそれなら・・・と
マリーさんは着替えを取りに行くことにしたらしい。

「おとなしくしていてくださいね!」

そう念を押された。なのでマリーさんがいなくなり
1人になってもしばらくの間はじっとお湯に入って
いた。

「まだかな・・・」

肩から上が出ているとはいえさすがに暑くなって
きた。そういえば喉も乾いてきたなあ。

冷たい飲み物があるって言ってたけど何だろう。

あのリーモのお酒を薄めたものだといいな。結局
あれはまだ飲めていないし。

そんな事を思いながら少し考えてざばっとお湯から
立ち上がる。

これ以上つかっていると湯当たりしそう。
少しクールダウンだ。

一応別宮を見下ろせる端からは離れ、そちらからは
見えなさそうな岩場に腰掛ける。

さっきみたいに前に寄せた髪で上半身を隠すのも
忘れない。

そうしてひと息つけば、木々の間を流れてくる風が
気持ち良い。

その時だった。がさりと私の目の前の木が揺れた。

まさか猿?それとも鹿?動くと驚かすだろうか。

マリーさんなら先に声を掛けるだろうし。

身を固くして動きを止めれば、失礼します。という
声がした。

まさかの人間だ。ていうか、シェラさんの声だ。

「えっ」

待ってと止める間もなく、あっさりとシェラさんは
裸で岩場に腰掛けている私の前に平然と顔を出した
のだった。



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