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第十六章 君の瞳は一億ボルト

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恥ずかしさにいたたまれなくなって帰りの準備を
していたマリーさんとシンシアさんのいる部屋へと
行けば、二人に笑顔で迎えられた。

「これから外へ出て馬車へ乗る前にオーウェン伯様へ
最後のご挨拶ですからね。寒くないようになさって
ください。」

そう言ったシンシアさんは私にふわりとあの銀毛魔狐
の毛皮のコートを羽織らせた。

ここに来る時は着てなかったけど一応持って来て
いたらしい。

ケモ耳姿を晒さないように耳のついたフード部分を
しっかりと留めておけば、シンシアさん達の顔が
あからさまにがっかりする。

「そのもふもふのお耳が可愛らしいのに・・・」

なんて言っているけど最後の挨拶でそんな姿を
晒すのはダメでしょう。

「それにしてもよく持って来てましたね?あった
のならここに到着した時や別宮に出掛けた時にも
着たかったのに。」

「貴重なお品ですからね。大事にしたかったのと、
地方ではこれがユールヴァルト家からユーリ様へ
特別に贈られたと知らない者達もまだいますし、
公の場でこれを着るとユーリ様とユールヴァルト家の
関係を勘ぐられますから、それはユーリ様がお嫌かと
思いまして。とっておきの一着として念の為の持参
でした。」

「あ・・・なるほど。」

シンシアさんの言葉に納得する。そういえば対外的
にはまだ正式に私とシグウェルさんの事は公表して
いなかった。

そんな中でユールヴァルト家本家の人しか着れない
これを私が身に付けていたら、私がユールヴァルト家
にお嫁に行くという噂が広まってそれを私が嫌がる
だろうと気を遣ってくれたのか。

「それなのに今これを着てもいいんですか?」

首を傾げればシンシアさんが苦笑した。

「ここに着いた翌日に、鏡の間を使ってリオン殿下と
オーウェン伯様の会談がありましたでしょう?
あの時、リオン殿下から帰りはこれを身に付けさせる
ようにとのご指示が私達にあったんです。」

「ええ?」

「きっとユーリ様にご縁談を勧めようとする事への
牽制ですよ。ですからもしも伯爵様からお尋ねが
ありましたらその件については恥ずかしがらずに
お話なさっても良いかと存じます。」

私に三人目の伴侶が決まっているって?

せっかくのお気に入りだけど、途端にこれを脱ぎたく
なってきた。

そう悩みながら部屋を出れば、自分も帰り支度を
終えて部屋の外で待っていたレジナスさんに手を
差し出された。

「・・・もう変なことを言ってシェラさんと
張り合ったりしないでくださいね?」

「分かっている。さっきは悪かった。」

ちろりと見やれば、反省したのか神妙な顔をして
レジナスさんは頷いた。

「ならいいです!シェラさんとユリウスさんは?」

手を繋いでもらって並んで歩けばレジナスさんは
ほっとしたようだった。

「二人とも先に行っている。外には見送りのために
オーウェン様が騎士達を並ばせているから驚かずに
笑顔を見せてやってくれるか」

「何ですかそれ?まさかまた誰か選んで持ち帰って
くれとかそういうのじゃないですよね?」

ぎょっとして聞けば違うと笑われた。

「想定外の火山の噴火で領民達や領地に大きな被害が
出てしまうところを助けただろう?それに対する
感謝の気持ちを込めての見送りだそうだ。」

「そういうことですか!」

「本当はユーリに助けられた土地の者達も見送りに
来たいと言っていたそうだが、なにぶんここに来る
までの間も魔物の危険があるからかえって迷惑になる
だろうと、それは皆に控えさせたらしい。」

「お見送りなんて別にいいのに・・・その気持ちだけ
で充分ですよ。また今度、私の出した温泉の周りが
整った後にでもここに来れるといいですね。次は
レニ様も一緒に、あの勇者様の結界の場所を案内して
あげたいです!」

コーンウェル領のこれからの事を話せばレジナスさん
も頷く。

「予想外に慌ただしくなってしまったが、レニ殿下
へは良い土産話が出来たな。きっと話を聞かれれば
レニ殿下も喜ばれることだろう。」

話しながらお城の正面へ向かえば、大きく開かれた
扉の向こう側に青空とキラリと銀色の光を反射する
何かが見えた。

「ん?」

不思議に思えば、そこに朗らかなオーウェン様の
声がかかった。

「おお、ユーリ様!もう王都へあなたをお返し
しなければならないと思うと残念でたまりません。
ぜひまたおいでください、領民一同その日を心待ち
にしておりますぞ!」

オーウェン様はいくつもの勲章を下げた立派な
礼装姿の上に白銀色に輝く甲冑を身に付けている。

「私もまたここに来るのを楽しみにしていますので
ぜひ招待してくださいね。・・・ええと、それに
しても立派な甲冑ですね?この後、どこかに魔物を
退治しに行く予定でも・・・?」

「いやいや、これは我が領民をお救い下さったこと
への感謝の印としてコーンウェル領らしくユーリ様の
出立を華やかに送り出そうと思いましてな。むしろ
私の方こそユーリ様が身に纏われているその毛皮が
気になりますが。」

値踏みをするように目を細めて私のコートを見た
オーウェン様が続ける。

「見間違いでなければそれは東方の大貴族で高位
魔導士としても名を轟かせているあのユールヴァルト
一族所有の魔物の毛皮ではありませんか?」

銀毛魔狐か・・・と顎に手を当て呟いているので
その価値や所以はよく知っていそうだ。

「あ、ハイ、そうです」

「見れば一枚物の切り出しの上、色艶も素晴らしい。
そこまでの物をユーリ様に献上するなど、まさか
ユールヴァルト家は跡継ぎでもあなた様に捧げて縁を
結んだのですか?」

「さ、捧げ・・・?」

シグウェルさんは別に貢ぎ物でもなんでもないけど。

あ、でも本人は「俺は君のものだから」とかなんとか
言ってたっけ?

捧げられたというのは否定したいけどシグウェルさん
と伴侶の約束をしているのは間違いない。

やっぱりこのコートは寝込んだ私へのお見舞い品
だと知らずに勘違いしているみたいだけど、これで
私に縁談が持ち込まれないならリオン様のいう通り
牽制代わりに利用させてもらおう。

「まだ内緒ですけど、シグウェルさんとも将来的な
伴侶の約束はしてます。・・・まだ内緒ですけど!」

周りに大っぴらにされるのはまだなんだか恥ずかしい
ので念を押す。いやまあ、知ってる人は知ってる
んだけどね。

私のその言葉にオーウェン様はわずかに難しい顔を
した。

「なんと、リオン殿下は相手が誰かは明かさずに
ユーリ様にはすでにもう一人、決まった相手がいると
仰っておりましたが魔導士団長ですか・・・。
よくもまあ、あの気難しい変わり者の心を動かされ
ましたな。さすがユーリ様。それに求婚の証にそれ程
の品物を贈ったというならば、この先ユーリ様に求婚
する者はそれ以上の品物を贈ることが出来、少なく
とも魔導士団長やそこにいるレジナスとも渡り合える
ほどの実力や風貌を備えていなければならないと
言うことですか・・・。ふぅむ、これはなかなかに
条件が厳しい。さて、我が領の者達で見劣りしないか
どうか・・・」

ぶつぶつ言いながらオーウェン様はちらりと自分の
後ろを見た。

そこには声さえ掛けてはこないものの、到着した時と
同じようにきらきらしい騎士さんやら青年やらが
着飾って並んで立っていた。

・・・声を掛けてこないだけで相変わらず目が合えば
にっこりと麗しい笑顔を見せてくれるし、なんなら
そっちを見てなくても視線を感じるのでさっきから
あえて知らないフリをしてたけど。

「いや、これは戦略の練り直しが必要ですな。
うちの孫が見目良く育つことを期待しましょう」

え、まだ諦めないの?

聞き捨てならない独り言と共に首を振った後に
パッと雰囲気を変えたオーウェン様は再度朗らかな
笑顔を見せた。

「まあ、とりあえず今回は感謝と敬意を込めて送り
出させてください。さあ、こちらへ。」

促されて外へ出れば、赤い絨毯の両側には銀色の
甲冑姿に身を包んだ騎士さん達がずらりと並んで
いた。その間にはコーンウェル領とルーシャ国を表す
紋章入りの色鮮やかで大きな旗もたなびいている。

絨毯の向こうには私の乗る馬車やすでにユリウスさん
やシンシアさん達が乗って待っている馬車、それに
シェラさんを始めとした護衛の騎士や兵士が馬に跨り
待っているのが見えた。

さっき見えた銀色の光の反射はコーンウェルの
騎士さん達の甲冑だったんだ。

「偉大なる召喚者にして神の力の代行者、癒し子
ユーリ様にコーンウェルの忠誠と敬意を捧げよ!」

空気を震わせるように大きなオーウェン様の声が
誇らしげに響く。

それを号令におお!と声が上がり騎士さん達も剣を
抜くと斜め前にそれをかざした。

綺麗に高さと角度が揃ったそれはまるで銀色の光の
アーチだ。

すごい、カッコいい。

目を輝かせた私にオーウェン様は嬉しそうに微笑む。

「武力でこの地を魔物から守り続ける我々に出来る
精一杯の送り出しです。中央のように優雅な王都風
ではなく申し訳ありませんがご容赦くだされ」

「そんな事ないです!こんなに素敵でわくわくする
お見送りは初めてですごく嬉しいです、本当に
ありがとうございます‼︎」

勢いよく頭を下げてお辞儀をする。

シンシアさん達には「ユーリ様は国王陛下と並ぶ
偉い方なのですから、感謝の気持ちを伝える時には
あまり簡単にそう頭を下げないでくださいね。周りの
者がかえって恐縮しますから」とよく言われていた。

だけどこっちは電話口でも頭を下げてしまうくらい
骨の髄まで日本人だ。

こんなに心のこもった素敵な送り出しをして貰ったら
反射的に頭を下げる勢いもつくというものだ。

「いや、ユーリ様、頭を上げてくだされ」

オーウェン様が慌てている。

「はい、でも本当に嬉しかったので!」

困らせるわけにはいかないのですぐに頭を上げる。

その拍子に突然自分の視界がモフッとした何かで
遮られた。

「あっ」

勢いが良すぎてきちんと留めておいたはずのあの
ケモ耳フードを被ってしまった。

思わず上げた私の声に、皆の視線が集まったのが
分かる。

しまった。最後の最後でやらかした。

「みっ、見ないでください!」

ひえぇ、と慌てて耳を抑える。いやそうじゃない、
フードを脱ぐんだった。

前に赤ずきんちゃん風ケープで騎士さん達に猫耳を
さらした時と同じパターンだ。

それまできりりとした表情や誇らしげな顔で綺麗な
アーチで剣を捧げてくれていた騎士さん達の表情が
変に崩れて、ガチャガチャッ!と剣先が震えて触れて
いる音がする。

エル君が呆れて「ユーリ様・・・」と呟いて、
遠くの方では馬車の窓から顔を覗かせてこちらを
見ていたユリウスさんが

「あざといっす!でも可愛い‼︎」

と叫んだ声が聞こえた。

こうしてせっかくのオーウェン様の心遣いを最後の
最後でどうにもしまらないものにしてしまった。

そして私は、恥ずかしさのあまりあの長い赤絨毯の
上を自分の足で歩いていくなんてとてもじゃないけど
出来なくなって、結局いつものようにレジナスさんに
縦抱きされケモ耳フードを深くかぶったままで
コーンウェル領を後にして王都へと帰って行くこと
になったのだった。






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