上 下
403 / 634
第十七章 その鐘を鳴らすのはわたし

23

しおりを挟む
シグウェルさんが送ってくれた竜の鱗に加護を付けて
ついでに集落の中に入る人達にも念のため無事を祈り
その体にも加護を授ける。

あの霧に眠らされることなく、みんなを助けて無事に
集落から戻って来て欲しい。

シェラさんの他、王都から同行して来た魔法剣士さん
達やファレルの神殿の護衛騎士さん達が主に集落の
人達の救助にむかう。

そしてユリウスさんや宮廷魔導士団の魔導士さん、
ファレルの神官さん達は助け出されて来る人達の
状態を確かめてからファレルの神殿へとその人達を
運ぶそうだ。

集落から救出されてくる人達はファレルの神殿へ
運ばれる前に私も癒しの力を使う予定だ。

何もしないでいるよりも、もしかしたら目覚めるのが
早くなるかもしれないし。

集落の中から助け出してくる人達をどこに寝かせるか
とか、その人達を運ぶ荷台付きの馬車はどこに、とか
最終的なこまかい打ち合わせをしているとそこへ
ユリウスさんが少し大きめの布袋を持ってきた。

それは重そうにじゃらりと音を立てた。

「それは何ですかユリウスさん。」

「結界を張るための魔石っす!」

簡易テーブルの上にそれを置いたユリウスさんが
袋の中身を見せてくれた。

透明な水晶がたくさん入っている。

「集落の中の人達を全員助け出せたらすぐに結界を
張り直せるように、魔導士団の奴らには念のため
今のうちにこの結界石を持たせて集落の周りをぐるっ
と囲んで待機してもらうっす。」

そしてタイミングを見てユリウスさんが花火のような
魔法を打ち上げ、それに合わせて魔導士さん達は
結界石を地面に打ち込む。

ファレルの神殿の大鐘楼にも待機している人がいて、
ユリウスさんの合図を見たら鐘を3回つくので私が
結界を発動させるのはその鐘の3つめが鳴った時。

ユリウスさんはそう教えてくれた。

「私が結界を補強する加護の力を使うのは3つめの
鐘が鳴るのと同時なんですね?」

復唱して確かめる。

それで霧が確実に外に漏れないようにしてから
神官さんが祭具を新しい物に取り替えるという。

その間に私はシェラさんと一緒に集落の中のヨナス
神殿の中へ入り、シグウェルさんが作ってくれた
水晶の鐘を使って魔石を浄化するのだ。

エル君は万が一に備えて集落の外に待機していて、
何かあったら私を助けに来てくれることになって
いる。

はあ、緊張する。ちゃんとあの竜の心臓から出来た
鐘は鳴らせるだろうか。

「この鐘、どこに吊るして鳴らせばいいんでしょう?
ヨナスの神殿の中にそういう場所があるんですか?」

シェラさんに聞けば、

「魔石を祀ってある台座の対角線上に信者達が座る
座席を挟んで、神官が説法をするための演台のような
場所があるそうです。神官達の話ではその演台の横に
説法の初めと終わりに鳴らす鐘を吊るしておくための
台が今もあるはずだそうですよ。」

そう教えてくれた。今はもう使われていないので
だいぶ古びているらしいけど、きちんと固定すれば
今でもちゃんと鐘を吊るせるらしい。

「鐘を鳴らす場所が魔石に近いってことはそれだけ
霧も濃いかもしれないんですよね。」

大丈夫かな。鐘は何回つけばいいんだろう。

うまくいくかどうかという緊張感とプレッシャーに
そわそわしながら、いよいよ集落へと入り始めた
騎士さん達を見守る。

みんな胸元に私が加護を付けたあの竜の鱗を忍ばせて
私に一礼してから集落へ足を踏み入れ、霧の中へと
その姿は消えて行く。

シェラさんも

「ではユーリ様、オレも行ってまいります。オレの
部下達を取り戻したらすぐに戻って来ますからね、
しばしのお別れです。」

どうかオレに女神のご加護を。そう言って私の服の
裾へ口付け一礼すると、あっという間にその姿は
霧の中へ溶け込んで行った。

打ち合わせ通りにそれぞれの任務をこなすために
自分の持ち場へと分かれていく騎士さんや神官さん、
魔導士さん達を見送ってどれくらい経っただろう?

やがて集落の中からポツポツと騎士さん達が戻り
始めた。

馬車の荷台や自分の乗る馬、中にはおんぶをして
眠る人達をそれぞれ連れ帰って来る。

小さな子供やお年寄りはいないものの、小柄な人や
少し年嵩の人、より顔色の悪い人などを神官さんが
順番に並べてくれたので、それ以上悪化しないように
その人達から私は優先的に癒しの力を使って様子を
確かめる。

そうすれば少し顔色が良くなって、僅かにぴくりと
その頬や指先が動く人もいた。

まるでイリューディアさんの力がヨナスの力を
中和してくれているみたいに見える。

シェラさんも、自分の部下であるキリウ小隊の二人を
馬につけて無事に戻って来た。

一応ユリウスさんも心配していたのか、その様子に

「おー、無事で良かったっす!今のところ作業は
順調に進んでるっすね、そろそろ俺も結界石の配置を
確かめに行ってくるっす!」

とほっとしたように笑顔を見せると、私のところへ
シェラさんが戻って来たのと入れ違いで手を振って
出掛けて行った。

「ユーリ様、俺はここを離れるっすけど合図の花火で
鳴る大鐘楼の鐘の音にタイミングを合わせるのを
よろしく頼むっすよ!」

と念を押される。

「分かってますよ、ユリウスさんも気を付けて!」

と送り出せば私のそばへと戻って来たシェラさんが
浮かない顔をしていた。

「どうかしましたか?中で何か気になることでも?」

尋ねた私に、

「ユーリ様、昨日お力を使ってこの集落の中を見た
時には起きている者や動いている者は誰もいなかった
のですよね?」

おかしな事を言う。

「そうですよ?みんな倒れて眠り込んでいました。
エル君が探索に行った時もそうだったんですよね?」

怪訝な顔をした私に話を振られたエル君もこくりと
頷いた。

「はい、人間どころか動物まで眠り込んでいて物音
一つしない全く静かなものでした。」

その言葉におかしいですね、とシェラさんは呟く。

「この集落の異常に探査を頼まれたキリウ小隊は
隊員を二人派遣しました。今オレが助け出して来た
部下達です。その靴の先や服が比較的新しい泥で
汚れているんですよ。どう見ても眠り込んでいて
動けるはずはないんですが。」

かと言って動物の類に引きずられて汚れたわけでも
なさそうだし、エル君の言うように集落の中に人の
気配は感じられなかったので誰かが集落に隠れていて
隊員さん達を動かしたとも思えない。

「足跡はありましたか?」

エル君の言葉にシェラさんは残念そうに首を振った。

「あいにくと往来のある大きめの道路に倒れていた
もので、故意に誰かが近付いたかどうかまではこの
短時間では。もう少し詳しく時間を取って調べて
見なければ分かりませんね。泥のつき方から見るに、
まるで自分で転げ回ったかのようですがこの通り
眠っておりますし。」

そう言われて見やった二人は確かに眠っている。

「顔色はそんなに悪くないみたいですけど、念のため
私の加護を付けてから神殿へ運びましょうか。」

まだ集落の中から運ばれてくる人達もいる。

その人達を見る前に先にこの二人に癒しの力を
使おう。

そう思って、シェラさんが馬から降ろして並べた
二人に近付いておかしな事に気が付いた。

二人の胸元が淡く光っているような。

黒い隊服の胸の辺りが他の部分よりも明るい。
まるで私が加護を付けた竜の鱗を持っているみたい
だなと思った。

「シェラさん、この二人にも竜の鱗を渡しました?」

「いえ?余分な鱗は持って行きませんでしたよ。
なぜそんな事を?」

「だって胸元が淡く光ってますよ?」

不思議そうなシェラさんに私も疑問形で返したら、

「オレには光っているようには見えませんが・・・。
本当ですか?」

そう言われた。私に見えているのにシェラさんに
見えないって何だろう。

その時、前にも同じようなやり取りをシェラさんと
したのを思い出した。

あれはダーヴィゼルドでのことだ。

カイゼル様の胸に突き刺さっていた紫水晶が私には
見えていたのにシェラさんには見えていなかった。

まさか。

急いで眠っている二人のうち片方の胸元をはだけた。

「ユーリ様⁉︎」

突然の私の意味不明な行動にシェラさんもエル君も
呆気に取られている。

そりゃそうだ、はたから見たら寝ている男の人の
服をいきなり剥ぎ取ろうとしているようにしか
見えないだろう。

パッとめくった胸元には、小さめの紫水晶のかけらが
一つ。

あの時のカイゼル様と同じだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ただ、あなただけを愛している

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,477pt お気に入り:259

隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:617pt お気に入り:4,044

【長編版】婚約破棄と言いますが、あなたとの婚約は解消済みです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,961pt お気に入り:2,189

乗っ取られた令嬢 ~私は悪役令嬢?!~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,796pt お気に入り:115

隻腕令嬢の初恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,995pt お気に入り:101

処理中です...