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第十八章 ふしぎの海のユーリ

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準備万端なその後は夢中になってしばらくの間
アサリ取りをしているとエル君に

「そろそろいいんじゃないですかユーリ様」

と呆れられてしまった。見れば取ったアサリを
入れて置いた小さな手桶はいっぱいになっている。

「こんなにあったらユーリ様の食事どころか使用人達
の分まで賄えちゃうっすよ。満足したっすか?」

手桶を覗き込んだユリウスさんに

「面白かったです!」

今日はこの位で勘弁してやろうと勢い込んで頷けば、

「じゃあそろそろ水分補給で休憩するっす。はしゃぎ
過ぎて脱水症状でも起こされたら俺のクビが飛ぶっす
からねー。」

ユリウスさんが魔法で水を出してくれたのでそれで
足を洗って日傘の影に座る。

するとエル君が、

「どうぞユーリ様。リーモの氷菓子です」

そう言ってつるりと滑らかな陶器のようなフタ付きの
小鉢を出して来た。

それはここリオネルの、少し暑いくらいの外気の
中にあっても手に持つとヒンヤリと冷たい。

何でだろう?と思っていたら目ざとくそれを見た
ユリウスさんがうわあと声を上げた。

「それ、氷瀑竜の骨で出来た小物入れじゃないすか!
え?宝石じゃなくて食べ物入れたんですかエル君!」

ユーリ様らしいっちゃらしいけど・・・なんて言って
いるけど大いなる誤解だ。

別に私は装飾品でなく食べ物を入れてくれと頼んだ
わけでもない。

それにこの入れ物の存在自体も知らなかったのだ。

「氷瀑竜の骨で出来てるってことはもしかして、
ヒルダ様の贈り物の中の一つですか?」

こくりとエル君が頷く。

「小物入れは他にもユーリ様は色々持っているし、
どうせならその特性を活かした使い方をしようと
思いました」

特性・・・というとずっと冷えたまま冷たいって
いうアレか。なるほど、それなら凍らせた食べ物も
ずっと冷えたままなのかも。

ま、まあ本当は小物入れだけど考えようによっては
陶器のタッパー的な物に見えなくもない。

そう思いながらフタを開けた中には甘いリーモの
シャーベットのようなものが入っていた。

甘くてシャリシャリですごくおいしい。

その甘さと冷たさを堪能していたら、ふとどこかから
声がしたような気がした。

風に乗って聞こえてきたのは女の人の・・・
声?歌?

きょろきょろと辺りを見回すけど私達の他は誰も
いない。プライベートビーチだしなあ・・・。

「ユーリ様、どうかしたっすか?」

護衛の騎士さんと話していたユリウスさんが首を
傾げている私に気付いて声をかけてくれた。

「今どこかから女の人の声が聞こえて来ません
でしたか?」

「え?いや、気付かなかったっすね。エル君は?」

「・・・すみません、僕にも聞こえませんでした。
気になるようでしたら少し周りを見てきましょうか」

いつも周りに気を配ってくれているエル君にも
聞こえないなら気のせいだろうか。

それともほんの一瞬の事で気付かなかった?

「いえ、私の聞き間違いかも知れないので大丈夫
です!・・・あっ、あそこから船が出て来ましたよ、
あそこには何があるんですか?」

余計な心配をかけるのも悪いと慌ててエル君の
見回りの申し出を断っていると、ちょうど視界の端
に船が現れたので話を変える。

目の前の左端は大きめに湾曲していて、船はその
陰から出て来たところだった。

「あー、あそこは町側に続いているちょっとした
入江っすね。地図で見た時は確か海中トンネル
みたいに中が空洞になっている場所だったかな?
リオネルの住民が貝か魚でも採りに来てたんじゃ
ないっすかね?」

船はこちら側に近寄ることもなく遠くへと離れて
いく。どうやらその入江からこちら側がこのお屋敷の
プライベートビーチらしい。

「海中トンネルとか海辺の洞穴とか、涼しそうで
面白そうですね。シェラさん達にお願いしたら、
見に行ってもいいって言ってくれないですかねぇ。」

興味深く小さくなっていく船を見送っていれば、
もうすっかりさっき聞こえてきたと思った声の事は
忘れてしまっていた。


海岸の散策後はまた階段を登ってお屋敷に戻り、
暇だったので庭園の中にある風通しのいい東屋で
ユリウスさんに魔法陣について教えてもらった。

前にシグウェルさんに出された宿題の、分厚い紙の束
全てを消費するまで基本的な魔法陣を描き写すという
スパルタ方式の指導のおかげでノートサイズくらいの
魔法陣ならいくつかは何も見ないで描けるように
なったので、間違いがないか私の描いたものを見て
もらった。

「団長、面倒くさがりなわりにこういう基礎的な
ところはきっちりしてるっていうか手を抜かない
っすからねぇ・・・頑張ったっすねユーリ様。
ファレルに行ったりして忙しかったのに団長の
出した課題、ちゃんとこなすなんて。」

「やらないでがっかりさせたらなんかもう二度と
教えてくれなさそうな気がして。おかげ様でこの通り
簡単な回復系のものなら描けるようになりました!
これと私の癒しの力を組み合わせれば、回復系の
何回か使える癒しのお札みたいなものを作れない
ですか?」

「そうっすねぇ・・・後で試してみましょうか?」

基本この世界の人達が使う紙や地面に描く魔法陣は
使える限度は一回限りのものだ。

移動用の魔法陣などは複数回から数年の間、使っても
大丈夫なように複雑で強力な魔法を組み合わせて
作ってあるらしいけど。

それ以外のものは一度使うと魔法陣は紙や地面から
消えてしまったり色褪せてしまう。

だけど私が描いたものは全然そうならない。

何度でも使えるみたいなので、そんな癒しの加護が
付いた魔法陣のお札なんて便利だ。

いっぱい描いてあちこちの地方の神殿に送って保管
しておいてもらえば、まだ私が足を運べないでいる
その地方の人達の助けになれるかもしれない。

そんな話をユリウスさんとしていたらシグウェルさん
が現れた。

「お帰りなさい!シェラさんは?」

てっきり一緒に戻ってくるかと思っていた。

「君のここでの服やら何やらをシンシアに確かめに
行ったようだ。俺達がここに来る時にも何だか色々
持っていただろう?」

そういえば魔法陣の上に立っていた時なんだか
色々皮袋や箱を持っていた。私に必要な物なんて、
騎士さんと一緒に先に持たせたと思っていたのに
まだ持ち込んでいたんだ。

「午後の格好がどうだとか夜はこれにしてもらおう
だとかここに着いた時からシンシアと話していた
ようだから、今は恐らく夕食後に町の夜市を訪れる
ための格好についての相談だな。君、ここにいる間は
彼の着せ替え人形になって一日に三度は着替える羽目
になるんじゃないか?」

そう言ってシグウェルさんは面白そうに薄く笑った。

「ええー・・・」

今も海岸から帰って来て着替えたばかりなのに?

夕食後に町に行けるのは魅力的だけど、三日しか
いないここに一体シェラさんはどれだけ私の服を
持ち込んだんだ。

「ところで君は何をしていたんだ?・・・ああ、
魔法陣の勉強か。休暇に来てまで真面目なことだな。
だが悪くない。どれ、俺も見てやろう」

東屋に広げていた魔法陣の描かれた紙を見下ろした
シグウェルさんはそう言ってすとんと座るとあぐらを
かいた。

そしてそのまま私をぐいと引き寄せてその上に
座らせる。

「なんでですか⁉︎」

「よくリオン殿下がこうして君を膝の上に乗せて
いるだろう。俺が同じことをして何が悪い?どこか
おかしいか?」

平然としてそう聞かれたけど・・・!

「リオン様は私を膝の上やら間に座らせますけど、
こんな風にあぐらの上に座らせられたことはない
ですよ⁉︎」

あえて言えば国王陛下に会いに行った時がこんな
感じであぐらの上に座らされた。

「同じようなものだろう」

シグウェルさんはそう言うけど、組んだ足の間に
私のお尻がすっぽりはまって抜け出せないという
気恥ずかしさとその密着している感じは膝の間に
座らされている時にはないものだ。

「いいからそのまま魔法陣を描いてみろ、後ろから
見てやる」

と言ってシグウェルさんは私にペンを持たせる。

そんな私達にユリウスさんが

「だから団長、無表情でいきなりそういうベッタベタ
なスキンシップ取るのやめてもらえないっすか⁉︎
相変わらず表情筋が死んでるっすね、見てる俺の方が
恥ずかしい!こんな時どんな顔をすればいいのか
分からない‼︎」

そう騒いだ。

だけどユリウスさんが騒いだおかげで私の感じる
気恥ずかしさが少し和らいだので、それはそれで
良かったのかな・・・?
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